第809話 空を覆う敵
俺はマリアが操縦するヘリの助手席に座って辺りの様子を眺めていた。すると ガガッ! っと無線の通信音が鳴る。俺は無線機のヘッドセットを取ってそれをつけた。
「ラウル様」
ギレザムだった。ギレザムが念話を使わずに無線で連絡をして来たのだ。念話ではなく、突然無線で連絡を取って来たところをみると何かあったに違いない。
「無線か? どうしたギレザム」
「すみません。念話が繋がりません」
「念話が繋がらない?」
「はい。どうやら二カルス大森林のような干渉があるようです」
マジか。俺はてっきり、何も無いから念話を繋げてこないのだと思っていた。
「何があった?」
「はい。森でデモンの襲撃を受けていた者たちを保護しました。どうやら人間ではないようなのですが、どう対応したら良いか分からずご指示をお願いいたしたい」
「デモンの襲撃? 保護したのは何者だ?」
「それが聞いても答えないのです」
答えないか。ギレザムの隊にはアナミスが居たはずだが?
「アナミスの催眠は試したのか?」
「はい。効きませんでした」
なるほど、それは手の打ちようがないな。
「了解。デモンはどうした?」
「全ては殲滅しておりません。万が一を考え、対象を保護した後に速攻で退却してきました」
「上出来だ。一番最良の手段をとってくれたようだな」
「ありがとうございます」
ギレザムは俺の考えを良く理解してくれている。俺ならそうするだろうという行動を考えて、部隊を率いてくれているようだ。総大将として安心して軍を預けられる。
「恐らく、そう時間をかけずに合流できるだろう。それまで派手な動きを取らずに、俺達が到着するのを待ってくれ」
「は!」
ガガッ! 無線を切った俺は後ろの座席に声をかける。
「モーリス先生。どうやら念話が繋がらないようで、ギレザムが無線を繋いできました」
「念話が繋がらんか。して、内容は何じゃ?」
「それが人間じゃ無いものを保護したと言っています。デモンに襲われているのを救出して保護しているそうです」
それを聞いた乗組員が全員俺の方を向いた。
「ふむ。デモンに襲われておったとなれば、敵ではない可能性があるのう」
「はい。一旦他の機にも伝えます」
俺は別の機体を操縦しているエミルに無線を繋げ伝え、スラガの操縦するヘリにも同じことを伝えた。すると今度はイオナが聞いて来る。
「それで、ラウルはどうするつもりなの?」
「ギレザムの元へと急行する。保護対象が敵側じゃないとは限らないし」
「そう…」
今の俺の言葉で機内に緊張が走った。俺は外を飛んでいるシャーミリアに念話を繋いでみる。
《シャーミリア!》
《は!》
《念話は繋がるようだな》
《そのようです》
《ギレザム達に念話が飛ばないみたいだ》
《どう言う事でございましょう?》
《わからん。だが先行部隊が心配だ。俺達が合流するまで、あと一時間程度かかるだろう。悪いがシャーミリアは先行して俺達の到着を待ってくれ》
《かしこまりました》
シャーミリアの速度なら、あっという間に到着するだろう。とにかく先行部隊の戦力が乏しい状態なので、最強格の一人であるシャーミリアを向かわせた。
「モーリス先生、とりあえずシャーミリアに先に飛んでもらいます」
「うむ」
俺は再びエミルとスラガに無線を繋いだ。三機編成で向かっているのだが、念話が繋がらなくなることを懸念して、無線での連絡を常時の連絡方法にする事を告げる。そしてエミル機に先行してもらいマリア機とスラガ機が後を追うようにした。
ガガッ!
そして再び無線が繋がる。
「ご主人様。ギレザム隊と合流いたしました」
シャーミリアが到着したようだった。
「怪我人等は居ないんだな?」
「はい。そして、ここにいる者は確かに人間ではありません」
「やはりそうか」
「敵対する素振りは無いようですが、念のため監視を続けます」
「頼む」
ギレザムとシャーミリアがそろえば、まず問題はないだろう。むしろあの二人がそろって対応できないとすれば、魔人軍でどうにかできる者は俺かオージェしかいない。
するとアウロラが座席の後ろに来て俺に話しかけてきた。
「お兄ちゃん。その人達は恐らく今は敵じゃない」
アウロラの言い方が気になった。
「今は?」
「どう転がるか分からないけど、とにかく保護してあげて」
「大丈夫だ。既にシャーミリアを向けている」
「わかった」
「神託か?」
「そう」
なるほど。どうやらアウロラを連れて来て正解だったようだ。アウロラは少し先の予知が出来る、それはアトム神に授かった新たな能力なのかもしれない。
しばらく飛んでいくと、ヘリのフロントガラスの外からマキーナが合図を送って来た。
《どうした?》
‥‥‥‥
ところが外にいるマキーナに念話が繋がらない。どうやら既に念話の干渉地帯へと突入してしまったようだった。マキーナが下を指さして降下するように伝えてくる。
「よしマリア。降下しろ」
「はい」
他の機にも同じことを告げて、下降するように指示を出す。三機のヘリはマキーナに誘導されながら着陸するのだった。俺がすぐにハッチから外に出ると、マキーナが俺に伝えてきた。
「何らかの群れがこちらに飛んで来ています」
「なに!」
「眷属支配の感覚からすると、シャーミリア様のもとまでここから十キロです。いかがなさいましょう」
念話も繋がらないし、このまま飛び続けるのは危険かも知れない。まずはこっちに飛んできているのが何かを突き止めなければならないだろう。
「ラウル様! ギレザム隊から通信です」
マリアに呼ばれ、側にあったヘッドセットを取り付けた。
「どうしたギレザム?」
「上空にデモンの群れです。恐らくは我々が保護して来た者達を探しているのだと思います」
飛ぶデモンか…。ならこのままヘリで飛び続けるのは危険だな。
俺がそう思っていると、シャーミリアが無線を代わった。
「ご主人様。私奴が蹴散らしましょう」
「待て、ミリア。一人では何があるか分からない。俺が合流するからそこで待機しろ」
「は!」
俺はそのまま皆にヘリを降りるように伝えた。後部ハッチから外に出て他の機体にも降りるように伝える。
俺が前に立ち、勢揃いした全員が俺の話を聞く体制をとった。
モーリス先生、デイジー、マリア、カトリーヌ、アウロラ、イオナ、ミーシャ、ミゼッタ、セルマ熊、グリフォンたち、ファントム、マキーナ、カララ、ラーズ、ルピア、スラガ、ミノス、グレース、オンジ、エミル、ケイナ、カーライル、リシェル、ケイシー 、エドハイラ、イショウキリヤ、ナガセハルト、キチョウカナデ、ホウジョウマコ
の二十五人と六匹と化物一人。
そしてファートリアから連れて来た洗脳兵二十名と、道案内役のアリスト辺境伯がいる。
「兵器を全て持ち出してくれ! ヘリはここで廃棄する。魔人達はヘリを破壊してくれ」
「「「「「「は!」」」」」」
《ハイ》
「すみませんモーリス先生、ここから十キロほど先にギレザムの部隊がいます。ですが上空をデモンの群れに押さえられているようです。俺が先行してシャーミリアと共に戦端を開きます。その間に本隊を連れてギレザム部隊と合流してほしいのです。ヘリを廃棄後に戦闘車両を召喚しますので、それでよろしくお願いします」
「分かったのじゃ」
そして次に俺はグレースに言う。
「グレース。魔導鎧とブースターキットを出してくれ」
「了解」
「ミーシャは調整をお願いできるかな?」
「もちろんです」
グレースがヴァルキリーとブースターキットを放出している間に、俺は96式装輪装甲車を三台召喚する。
「セルマとグリフォンたちは、車両の後をついて来るんだ」
ぐるぅ!
ぎゃっぎゃっ!
「よし! 頼んだぞ」
するとアリスト辺境伯がポツリと言った。
「えっと。今、言葉が理解できているようでしたが?」
「ああ。俺には分かります。彼女らもバッチリ理解してますよ」
「すみません。無駄口を挟んでしまいました」
「いえ」
そして俺はアリスト辺境伯を見て思う。他の連中は魔人軍との行軍に慣れているが、何か突発的な事が起きたら、恐らくアリストはパニックになるだろう。
「えーっと、ミノスとスラガはアリスト辺境伯を護衛してくれ。カララは全体の護衛と周囲の警戒を、マキーナはカトリーヌと組みで、ルピアはマリアと組で行動するように。ラーズはモーリス先生と組みで行動してくれ」
「「「「「「は!」」」」」」
「アウロラ、イオナ、ミーシャ、ミゼッタ、デイジー、グレース、オンジ、エミル、ケイナ、リシェル、ケイシーの護衛はファントムと…カーライルでお願いする。なるべく後方待機するようにしてほしい」
《ハイ》
「かしこまりました」
「イショウキリヤ、ナガセハルト、キチョウカナデ、ホウジョウマコはエドハイラを護衛してほしい。セルマとグリフォンたちもいざという時頼むぞ」
セルマ熊とグリフォンが返事をした。たかが十キロの行軍ではあるが、デモンが大量発生しているのならば安全とは言えない。
「そしてファートリアから来た兵士諸君! 君らはカーライルの指示に従え!」
ファートリアから連れて来た、洗脳兵士に号令を飛ばす。
「「「「「「イエッサー!」」」」」」
「いざという時は、自分の命を賭して救うのだ!」
「「「「「「イエッサー!」」」」」」
まあ…俺の肉親や魔人じゃないので、彼らには職務を全うしてもらう事にする。
するとヴァルキリーの準備が出来たようで、グレースとミーシャが俺に手で合図を送って来た。
「よし! 魔人軍は時計合わせ! 3、2、1」
ピッ! と全員が俺が召喚した時計を合わせる。もちろん洗脳兵達もバッチリ操作方法は学んでいるようだ。
「では! 後で会おう!」
俺は久しぶりにバルキリーの後部から体を入れた。ガパン! と後部が閉まり俺の視界はヴァルキリーと同調する。
《久しぶりだな、ヴァルキリー》
《我が主! ようやく出番が来たようですね》
《退屈だった?》
《それが…虹蛇様の保管庫は恐ろしくいろいろな物がありまして、我が入っている間にいろいろと学ばせていただきました》
《そりゃ面白い》
《この背中につけて飛ぶこれなんですが》
《バーニア?》
《はい。これも自分流に調整を行ってみました。あちこちに虹蛇様の中にあった魔石を嵌め込んでおりますので、我が主の魔力があるうちは燃料切れを起こしません》
《すげえな》
《我もただ待ってる訳にはいきませんから》
《了解だ。んじゃ行くか》
《喜んで!》
俺は久しぶりにヴァルキリーにブースターをつけて空を飛んでみる。すると確かにすこぶる調子が良い。俺の念じた方向に念じたように飛んでいく、その自由度の高さに唸る。
《いい感じじゃないか!》
《喜んで頂けて光栄です。恐らく武器召喚も速やかにいくでしょう》
《了解》
俺は超低空飛行で南へと飛翔してみる。
ドン!
「うおっ!」
シャーミリアのフル加速まではいかないが、これもかなりの速度で飛ぶ事が出来ているようだ。
《随分、速くなってないか?》
《我が主との直接魔力連結がなったからです。我もここまでとは思いもよりませんでした》
《おまえ偉いな》
《その感覚は良く分かりませんが、ありがとうございます》
かなりの速度で飛翔しているが、空気も問題なく吸えていた。こいつは自己成長型の鎧だと言う事を改めて知る事となるのだった。まもなく森が見えてくるが、そのまま高度を上げることなく森の木々を避けながら飛ぶ。
《木を避けてくれているのか?》
《ぶつかれば敵に悟られます》
《凄すぎる!》
《ありがとうございます》
しばらく森を飛ぶと、俺の視界には黒い雲のように空に浮かぶデモン達の影が見えてくるのだった。