第808話 未確認者の救出 ~ギレザム視点~
我らは距離をとって森の小屋を監視していた。ありがたい事にラウル様から下賜いただいた、暗視スコープのおかげで森の闇夜も問題なく見通す事が出来る。我ら魔人の目でも見えるには見えるが、ラウル様の武器はそれを遥かに凌駕する性能を持っている。その小屋の周りは柵で囲われており、デモンが周りをびっしりと囲んでいるようだ。
ゴーグがその事を不思議に思い皆に聞いた。もちろん敵に察知される可能性がある為、念話を使う。
《あれ、どうして中に入って行かないんだろ?》
するとルフラが答えた。
《恐らくはラウル様の恩師様がお使いになられる、結界のようなものじゃない? アトム神様も似たような力をお持ちだったけど》
我もガザムもそう思っていた。恐らくは近づかないのではなく近づけないのだろう。今度はアナミスが疑問を呈した。
《デモンとあの小屋の人物の敵なのかしら? それとも味方?》
それにガザムが答える。
《敵だろ。味方なら結界で防ぐ事はしないだろうし》
するとティラも同意する。
《そう思う! きっと臆病なんだと思うけど》
皆の意見は、ほぼあっているだろう。なぜか小屋の主はデモンに囲まれ、身動きが取れなくなってしまっているようだ。だが小屋の主は、デモンの侵入を防ぐだけの力を持っていて、小屋自体を脅威から守る事が出来るらしい。我が推測結果を皆に伝える。
《デモンの侵入を防ぐ結界を張るのだから、恐らくは手練れであると思われる。だがデモンの数が多い、それに対応するだけの武力が無いのかもしれん》
《ギルはどうしようとしてるの?》
《あの結界がいつまで持つのか分からん。ティラの言う通り、ラウル様に所縁のある者だとしたら救出せねばならんのではないか? あいにく周囲に火の一族の気配はないようだ》
《転移魔法陣で後から出てくるかもよ》
確かにゴーグの言う通りであろう。モエニタ国内の転移魔法陣はほぼ未確認だ、ここで戦端を開けばあのゼクスペルとやら火の一族がやって来る可能性がある。ゼクスペル一体ならどうか…。 いや、都合よく一体だけ出てくるとは限らない。だが目の前のあの小屋の人物が、このまま朝まで無事かどうかは分からない。
《あ、見て》
我らが監視する小屋の扉が開いて、何やら人が出てきたようだ。
《俺達が見たのはの女だ》
《そう! あの人》
《なるほど》
小柄な人間の女性のようだが、ティラたちが言うように人間の気配はしなかった。もしかしたらデモンに通ずる者の可能性もある為、俺達は見極めるべく慎重に監視する。その行動の結果如何によって我らは速やかにこの場を撤収し、北部に後退してラウル様と合流する必要がある。
ティラが言う。
《何か叫んでるみたい》
《アナミス、読めるか?》
《ええ…》
アナミスがじっと女を見つめ、言っている事を読み取る。
《どうだ》
《そのまま言うわね。くんな! 帰れ帰れ! ばーか! 何度来てもお前達なんか知らん!》
なるほど、デモンは何度目かの来訪らしい。そしてそれに対し怒り、帰るように叫んでいるようだ。
《相手のデモンも何かを言っているようだけど、人間の形状をしていないから分からないわ》
《情報は十分だ》
するとゴーグが驚いたように言った。
《え! あれ見て! 何やってんの?》
ゴーグの驚きっぷりに驚いた我々は、一斉に暗視スコープを覗いて様子を確認する。
《なにを…》
《あれでデモンが下がるはずが…》
《あっ! そんなもの投げても…》
その女のような人影はなんと、鍋やヤカンを放り投げていた。アナミスが呆れたように言う。
《なにやってるのかしら?》
まったくだ。デモンに対し鍋やヤカンで対応できると思っているのだろうか? 見てるそばから投げた鍋が片手で捕まれ握りつぶされている。それでもまた屋敷の中に入って、今度は椅子を持ちだしてきた。デモンの群れに椅子を投げるが、それも粉々に粉砕されてしまっているようだ。
するとその時だった、全員がある気配を感知した。
《ギル!これは魔獣の群れだね》
《俺が見てこよう》
シュッとガザムが消えて、新たな訪問者の確認に向かった。その状況でも女は家具や果物まで投げつけている。すぐにガザムから念話が入る。
《ギレザム。グレートボアの群れが突進している》
《グレートボア…、なるほど。小屋までの距離は?》
《約一キロ》
どうやらデモン達は自分達で結界を破る事が出来ないので、魔獣をぶつけて柵を破る作戦を思いついたようだ。魔獣が破った後に、自分らは悠々と突破して中の人物を捉えるつもりだろう。魔獣で結界が破れるかどうかは疑問だが、あれはデモンだけに効果がある可能性もある。
《救出作戦を行う! 我々が戦端を開けば、転移魔法陣でゼクスペルが出現する可能性がある! 一体ならば撃退は可能かもしれんが、それ以上となれば危険を伴う! 魔獣が柵を破れなければ監視を続けるが、もし破られるようならその時を狙って突撃する! 突破次第、当該対象を確保し速やかにこの地を離脱!》
《《《《《了解》》》》》
《総員、自分の命を最優先で守れ》
《《《《《了解》》》》》
我ながら…ラウル様のような事を言っている。だがここにいる奴らは皆がラウル様の指針を心得ていを。我とティラ、ゴーグとアナミス、ガザムとルフラが三方向に散らばり、オージェ様の教えの通りにフォーメーションを整えるのだった。
《来た》
ゴーグがグレートボアの臭いから距離を掴んでいる。
《ゴーグ、合図はお前に任せる》
《了解》
するとデモンの群れが、グレートボアを通すべく左右に割れだしたのだった。想定通りグレートボアの群れに襲わせて、結界を突破しようとしているらしい。
《行こう!》
我らは一気にデモンの近くまで寄って、臨戦態勢のままグレートボアの群れを確認した。グレートボアの群れの先頭が、柵にあたるも一回では破れない。次々と勢いよく突っこんでいくうちに、我らでも見えるような揺らぎ空間が見えて来る。
ガザムが言う。
《破られるぞ》
《よし! 総員グレートボアの群れに紛れで潜入するぞ!》
《《《《《了解》》》》》
全員がグレートボアの群れに飛び込み、どさくさに紛れて柵に突っ込んでいく。
《ギル! 破れなければ俺達が結界にやられるんじゃない!》
《いや! 見ろ! 既に開いている!》
《ほんとだ!》
我らが丁度柵にたどり着いた時、グレートボアの群れが屋敷内に雪崩れ込んだ。我々はそのまま中に潜入し、グレートボアが建屋にぶつかると同時に中へと潜入する事に成功したのだった。
三つに分かれてそれぞれの部屋を確認していく。既にデモン達も柵を乗り越えてきているだろうから、一秒の誤差も許されない。
《いた!》
ティラが見つけた。俺達はすぐにティラの居る場所に集まった。
そこに一人の女が居た。
「お、おお、おまえたち! よくも! と、とっぱしてくれたな!」
女というより女の子がガクガク震えながら、恐怖に怯えた顔で我に言った。その少女の手にはフォークが握りしめられ、こちらに向けて威嚇しているようだ。その後ろの方にベッドがあり、そこには皺くちゃな…小さな老婆? なにかがこちらを冷静に見ていた。
「アンジュ、そ奴らはデモンではない。恐らくは味方? 違うかな?」
小さな老婆にそう聞かれたので、我は思うままの答えを告げる。
「分からん! だが外の奴らは我らの敵だ!」
ギィィイィイィ! ギャッ! ギャヤァッ!
「まずいよ! ギル! デモンが入って来た!」
「すまんが話は後だ。我らに助けられる事に異議はあるか?」
「ない」
小さな老婆のような者がそう言うと、アンジュと呼ばれた少女が驚いたように聞く。
「デメール様! 得体の知れない者を信じると?」
「アンジュよ。ならばデモンに捉われ、アグニの元へ行くかえ?」
「いやだよ!」
「というわけだ。だが相当の大群が来ておるようだわい。未だかつてあのようなデモンの群れを見たことが無い」
これ以上、戯言を聞いている時間は無かった。我はすぐにアナミスに指示を出す。
「我が天井を破る、老人を連れて飛べ」
「了解」
手にしたPGM ヘカートII対物ライフルを天井に向ける。すると慌てた様子もなく、老婆のような者が次のように言った。
「結界を解く」
それを聞くか聞かないかのうちに、我が電撃を乗せたPGM ヘカートII対物ライフルが火を噴いた。すると派手に天井が吹き飛び、アナミスが老人を掴んで夜の空へと飛び出した。
バン! と扉が開いて最初のデモンが飛び込んで来る。
「一斉射!」
ダダダダダダダダダダダダダ!
ガガガガガガガガガガガガガ!
パパパパパパパパパパパパパ!
建物の壁が吹き飛び、暗闇に銃火器の火柱が飛んでいく。その先にいたデモン達が次々に吹き飛ばされていく中を、我が反対側の壁にむかって、電撃を帯びたPGM ヘカートII対物ライフルを撃ちこんだ。すると大きく壁が壊れて外が丸見えとなる。
「ゴーグは狼形態となり、その子を連れていけ」
「わかった」
皆が銃でデモンを食い止めている間に、ゴーグが狼形態と代わる。
「うわ! うわ! うわわ! デモン! デモン!」
アンジュと呼ばれた少女がゴーグを見てうろたえているが、おかまい無しにゴーグがそれを咥えて背中の上に放り投げる。
「退却!」
「「「「了解!」」」」
「我とガザムが殿を務める! ルフラとティラはゴーグを援護しつつ脱出しろ!」
「「了解!」」
そして我らがデモンを撃ち、ゴーグとルフラとティラが壁の穴から外に出て行った。それを確認した我とガザムもデモンを蹴散らしながら、壁の穴から外に出る。すると建屋を回り込んで来たデモンが、左手から襲い掛かって来た。我が腰から抜いたデザートイーグルで、一発脳天を撃ち抜きデモンが落ちる。だがその次々にデモンが来て、我がデザートイーグルで射抜こうとした時だった。
「伏せろ!」
ガザムの掛け声がして身を屈める。するとガザムが腰に携帯していた、手榴弾を二つ俺の先に投げつけた。
ドゴン! ドゴン! 数体のデモンが飛び散り、わずかな隙をついて我とガザムが森へと走り出した。すると数体のデモンがそれに気が付いて、勢いよく我らを追いかけて来る。
「ガザム少し時間を」
「わかった」
我は背中にぶら下げていた12.7㎜重機関銃の三脚を広げ、デモンが来る方向へ向かって設置する。
「ガザム!」
「おう!」
ダダダダダダダダダダダ!
12.7㎜重機関銃に電撃を乗せて、思いっきりデモンに掃射すると気持ちいいくらいに消し飛んでくれた。
「このまま下がろう」
「だな」
12.7㎜重機関銃を撃ちながら、それを引きずって後方に下がる。
ガチン!
弾丸ベルトが空になり、12.7㎜重機関銃を放棄する事となる。ガザムがデモンを撃ち抜いている間に、我が12.7㎜重機関銃にC-4プラスチック爆弾を括り付け信管をつけた。
「よし!」
我とガザムが走り出した。追って来たデモンが12.7㎜重機関銃の側を通り抜ける時、持っていた起爆装置を押す。12.7㎜重機関銃が、大きな爆発音とともに飛び散り巻き込まれるデモン。隙が出きたので我らは、デモンと大きく距離をあける事が出来た。
「急ぐぞ」
「おう」
我とガザムは後ろを振り返らず深夜の森を疾走するのだった。