第81話 王の頼み 〜ミーシャ視点〜
最近ラウル様が大きく逞しくなられている。
ミゼッタと同じ年なのに、私の年齢に近づいているような気がする。
魔人の血が流れていると聞かされた時は驚いたが、見ているうちに間違いないと思った。子供なのにどんどん力が強くなっていくのだ。しかし・・戦いが終わってしばらくたつと、いつものラウル様に戻る。
「あの、ラウル様。この前の料理はいかがでした?」
「ビッグホーンディアのシチューとミートローフか。絶品だったよ。ディア自体も上手いがやっぱりミーシャの味付けがいい。シチューなんか塩加減と酸味が抜群で肉がとろっとろだったもん。ミートローフもやわらかくて食べやすかった。」
「本当ですか!それは良かったです。」
今日もラウル様はみんなと食事をされている。サナリア領にいたころは、私が貴族様と同じ食卓に着く事なんてなかった。マリアはたまに一緒に食べていたらしいけど。あの頃私はラウル様をイオナ様のお子様としか見てなかった。私より7才下の小さい子と思っていた。いま背丈がほぼ一緒で目線が少し高い気がする。
「またつくってよ。今日のディアのステーキも焼き加減、塩加減がうまい。さすがセルマの愛弟子だ。」
「いいえ、私などまだまだです。」
「お世辞じゃないよ。」
「ありがとうございます。」
そう・・この方はお世辞など言わない。直接的な物言いをされる。
見た目はグラム様やイオナ様と、血のつながりが無いため似ていないが、髪の色だけが金色で一緒だった。顔はガルドジンという魔人の首領に似ていた。本当に魔人の子なのだと思った。目の色はイオナ様のようなブルーではなく、金色だった。逃亡中の戦闘をくりかえすたびに目の色がどんどん変わっていったのだ。
「ミーシャは何か困ってる事とかないかい?」
「特には、ただそろそろ砂糖がなくなりそうです。」
「わかった。今度、理由があって大陸に渡るんだ、その時入手してくるよ。」
「ありがとうございます。」
「あとは?」
「大陸には誰と渡るんですか?」
「シャーミリアに人選は任せてる。人間はマリアだけだ。」
「そうですか・・」
マリアは一緒に行くらしい。理由は分かる、マリアは自分の身を自分で守れるからだ。自分やミゼッタは足手まといになる。
「必ず、無事に帰って来てください。」
「大丈夫だ。ルゼミア王に外交特使としての書簡をしたためてもらう。そういう手筈になっているから。」
「それだと安全なのですか?」
「相手が魔人国に宣戦布告する気があるなら危険はあるが、グラドラムのポール領主によると、魔人国はあのグラドラム戦でかなり警戒されているらしい。大丈夫だよ。」
「はい。」
もうラウル様には危ない目にあって欲しくなかった。何度も死ぬ思いをしてここまできたのだ、これ以上辛い思いをさせたくはない。
「ラウルを信じましょう。それに今回は魔人の選りすぐりが行くそうよ。私たちのようなものはかえって足手まといね。」
イオナ様がいうので、マリアとミゼッタも頷いた。
本音を言うと私は付いていきたい。
ラウル様はサナリアに赤ん坊としていた頃から知っている。まだ私がメイドになっていなかった頃、牧場主の子供だった私は父について、フォレスト領主様の馬の屋敷に、餌を運ぶときなどに着いていった事がある。イオナ様に抱かれた玉のような赤ん坊がラウル様だった。
「コンコンコンコンきつねさん♪」
「キャッキャ」
大人たちが話しているときに、ラウル様をあやして遊んだりした。あのときの私はこんな運命が待っているなんて想像もつかなかった・・・
だってあのときは私もまだ小さかったし、ラウル様はよちよちの子だったから。
そして私が12才のとき、礼儀を学ぶだめにフォレスト家のキッチンメイドになった。そのときはラウル様家族は王都にいて、サナリアにはいなかった。
私は特に考えもせずフォレストのお屋敷で毎日働いた。
しばらくしてフォレスト家が王都から帰ってきた。
「「「「おかえりなさいませ!」」」」
フォレスト領主のお屋敷で働いているもの全員と、兵士の一部がフォレスト家一行を出迎えたのは、私がメイドになってまもなくの事だった。
ラウル様と再び再開したのもその時。とても賢そうなお子になって帰っていらした。ラウル様はいつも屋敷のあちこちをウロウロして、獣人を珍しそうにジロジロ見ていた。
たまにマリアとどこかに出かけて、帰ってくるとファングラビットを持って来ていた。ひとりでも出かける事があったが、あんな武器で狩りをしていたとは思わなかった。
そのとき不思議なことがあった。ファングラビットの体から鉄の玉がでてくるのだが。しばらくすると消えてしまうのだ。いまとなってはその原因がわかる。
そして今こうして隣で一緒にご飯を食べているのだ。
「ラウル様、そういえばあのシーサーペントが獲ってくる魚・・えっと・・」
「ああ、マグロね。」
「はい、マグロを生で食べたいとおっしゃってましたよね。」
「ああ、食べたい。」
「今度とれたての新鮮なときに、私が考えた料理を作ります。セイラにも海老を頼んでるんですが、楽しみにしていて下さい。」
「えっ!楽しみ!じゃあセイラと明日行ってくる。」
「わかりました。」
「ミーシャ待っていてね、私がたくさん海老を獲ってきてあげるわ。」
「おねがいします。」
ラウル様は私の料理に凄く喜んでくれる。いつもラウル様に喜んでもらえる料理を考えているうちに、腕も上達してきた。食べてもらえると嬉しい。
晩餐を終えて、私とマリアとミゼッタで後片付けをする。キッチンに下げるのはセイラとアナミスも手伝ってくれた。そして私はルゼミア王とガルドジン様へ、お出しした料理を片付けるために、王の部屋に向かった。
ルゼミア王はガルドジン様からひとときも離れないため、食卓にはこない。私が彼らの料理を手押しのトレーで運び、食べ終えた頃に下げに行くのだった。
コンコン!
「ミーシャか?入れ!」
「失礼します。」
ガチャ
部屋に入るとふたりはテーブルにいなかった。とにかくテーブルの上の食器をトレーにのせて戻ろうとした時だった。
「ミーシャ、ちとこちらへ来んか。」
「はい。」
ルゼミア王に呼ばれるままに行くと、ふたりは裸でベッドの上に横になっていた。特に隠す事なく堂々と。
私は目を逸らしルゼミア王に尋ねる。
「はい、御用でございましょうか?」
「いや、用と言うほどの事ではないわ。無駄話に付き合え。」
「わかりました。」
無駄話?いったいなんだろう?
「ミーシャ、お主・・我が息子、アルガルドを好いておろう?」
「は?なっ!い!いえ滅相もございません。そのような事・・」
「いいのじゃ、いいのじゃ、隠すことなど無いわ。悪いことでもあるまい。」
いや。だめだめ!ラウル様は高貴なお方、私が好意を寄せているなどと・・ここはきちんと、
「いえ、身分というものがございます。私のような町人の娘がいだいて良い感情ではございません。」
「ハハハ、惚れたはれたに身分など関係ないわ。好きかどうかを聞いておるのじゃ、正直に答えよ。」
「でも・・・」
「まあよいわ、ういやつよのう。しかしおぬし、ラウルのそばにいるときに発情の匂いがしとるぞ?」
「なっ!!」
「妾に嘘は通用せぬわ。」
「ガ、ガルドジン様!」
ラウル様の実の父だし。助けてくれますよね??
「まあ、あいつも魔人の男だからなぁ」
だめだ・・このお方も魔人だった・・なにもかも見透かされているんだ。私は観念した。
「はい、好いております。」
「うむ正直でよろしい。実はなおりいって相談があるのじゃが。」
「なんでございましょう?」
なんだろう?ルゼミア王直々に相談なんて、緊張してきた・・何を言われるんだろう?
「おぬしのような生娘に、このようなことを言うのは忍びないのじゃがの、アルガルドは女を知らん。」
「はっ、ま、まだ11才ですし、それは当然・・」
「人間にはそうかもしれんが、我ら魔人の体はそれとは関係なく成長するのじゃ。」
「確かにそうですが・・」
ラウル様は急に大きくなられた。感覚的には大人の部分を感じる時がある。やはり人間とは違う。
「アルの初めての相手が、シャーミリアやアナミスではかわいそうじゃ、お前とマリアで相談しながらアルに教えてやってはくれんかの?」
「お、おお・教える。ですか?な、なにを?」
「女をじゃ!ほかに何がある?」
「お、おんなって何を?」
「今度、妾がイオナにも話しておくわ。あやつは人間の男と所帯を持って子もおる。詳しく知っておると思うぞ、元は大陸の上級貴族の娘だからの?」
「イオナ様ですか?」
「やつはしたたかだからの、余裕で教えてくれると思うわ。あと直接は言いにくいのじゃが、シャーミリアに聞いたらマリアもおぬしと同じ生娘じゃと・・」
「えっ?マリアが?」
マリアは自分より5才も上だ、てっきり知ってるものだと思ってた。
「ああ、シャーミリアはヴァンパイアじゃからのう、本能でわかるのじゃ。だが年のいったおなごに、このようなこと直接聞いたりしてはならぬぞ。傷ついてしまう。」
「わ、わかりました。」
どうしようどうしよう!困った!
「まあルゼミアは、お前とマリアの事も心配してるんだよ。」
ガルドジン様が私たちの事も心配だと言う。
「私達が心配?」
「ああ、尼でもあるまいし、魔人の国にいては生娘のまま年を重ねてしまうだろうからな。」
「私など、どうでもいいのですが?」
「いや・・イオナもアルガルドもそうは考えてないぞ。」
「ラウル様も?」
「そうだ、心配している。」
ラウル様が、私を心配してくれている。それだけで胸がときめいた。こんな話をしたあとだから尚更かもしれない。
「あとな、もうひとつ心配なことがあるのじゃ。」
ルゼミア様が付け加えていう。
「アルガルドからな、常に魅惑の香りが漂って、城内のメスどもが発情期でもないのに色めきだっておるのじゃよ。」
「城内の魔人さんたちが・・?」
「そうじゃ、相手のおらぬメスが色めきだっておる。アルが元始の魔人の系譜だから特にじゃ。」
「魅惑の香りとはどうすれば・・抑えられますか?」
「まあ、ガルドジンの前で言いとうない。」
ルゼミア王が急に乙女の顔で恥ずかしそうに言う。い、いまさら!?
するとガルドジン様が言った。
「生娘のミーシャには俺からも言いたくないが、あいつパンパンなんだよ、いつも。」
「パンパン?」
「そっ!いつもパンッパンなんだ。あとはイオナから聞くようにしてくれ。」
パンッパンってどういう意味?まったくわからないんだけど・・いったい何をすればいいの?
「とにかくじゃ、アルが城内の魔人のメスに襲われる前になんとかしておくれ。付け加えるとアルガルドも傷つけんようにな。」
え!ラウル様が襲われる??なんとかしなくちゃ!どうしよう!
「あ、あの?私は最初になにをすれば?」
「おって、イオナから声がけさせる。それまで待っていればよい。」
「はい・・・」
私はトレーをひいて部屋を出た。というか・・
どうすればいいの?
なにがあるの?
無理無理!!
ミーシャはテンパっていた。比率がおかしいほどの大きな目をキョロキョロさせて歩いていく。人形のような顔が・・・
真っ青を通り越して、紺色、いや・・群青色になっていたのだった。