第805話 人と獣の増援部隊
結局の所…アウロラとイオナから前線に出ると聞いてしまったミーシャとミゼッタは、自分らも一緒に付いてくると言ってきた。ミーシャは兵器系の調整で使ってくれと言い、ミゼッタは光魔法に更に磨きをかけたから絶対に使えると言って曲げなかった。俺は渋々彼女らの言う事を聞いて了承する。
話し合いが終わり俺達が転移魔法陣を通って遺跡基地へと戻ると、モーリス先生やグレースが待ち構えていた。よく見ると着実に遺跡内部が基地化していて、飛ばないと行けなかった天井の入り口まで階段が作られている。しかもダイヤモンド森林を伐採して作ったらしく、ほぼ透明なガラスの階段のようになっている。
「ラウルよ、大勢で戻って来たようじゃな!」
「はい先生。いろいろありまして、結局アウロラを連れて行く事になりましたので」
「ラウルは、反対すると思ったのじゃがのう」
「反対はしました」
そして白いひげを撫でながら、アウロラやイオナをチラリとみたモーリス先生が言う。
「負けたか?」
「そう言う事です」
「なら仕方ないのう。そうと決めたらイオナも覚悟を決めんとイカンのじゃ」
するとイオナがモーリス先生に言った。
「あら、先生。とうに覚悟は決まっていますわ。これまでの死闘で何度ラウルを失いかけた事でしょうか。私とアウロラが平和な所に居てラウルを失うくらいなら、一緒に逝ってしまいたいですもの」
「いや、母さん。俺は絶対に二人を失わない」
「いいのよラウル。あなたはあなたの仕事をして頂戴、アウロラと私はハイラさん達とセルマ達が守ってくれるから」
ぐももももーん!
セルマが任せておけ! とばかりに胸を叩いている。まあ人間相手なら絶対に負けないだろうけど、万が一、相手にカーライル・ギルバートのようなやつや、ルブレスト・キスクみたいなやつが居たらヤバい。そこで俺はナガセハルトとイショウキリヤをチラリと見る。するとナガセハルトが気をつけをして言った。
「ラウル様! お任せください! 俺もここに来るまでかなりの間、魔人に稽古をつけてもらったのです。腕はかなり上達したと自負しております!」
剣力だけは、ぴか一だったナガセハルトが技術を身につけたらどうなるのだろうか? それはそれで頼もしいのかもしれない。
「僕はなぜか魔力がかなり増大しました。ですので魔力切れの心配をせずに使ってください!」
イショウキリヤからは確かにかなりの魔力を感じる。他の人間と同じように、魔人と暮らす事で魔力の増大に繋がったようだ。魔人の魔力が人体に対してどのくらいの負担があるのかが心配だが、イオナもマリアもミーシャもミゼッタも健康でいられるのだから、それほど気にする必要はないのかもしれない。が…、俺を生んだ母親の事もあるし注意しなければならない事は確かだ。
「そしてミーシャやミゼッタまでもかの…」
「先生! 私はラウル様の鎧の調整に必要です! そしてデイジーさんの助手も必要でしょう?」
ミーシャが焦ってデイジーを見る。するとデイジーは答えた。
「まあそうだねぇ。ミーシャがいるととても効率よく仕事が進むからねぇ…、いると助かるのは確かだね」
「そうですよね! だから一緒に行くんです!」
「分かったのじゃ…」
そしてモーリス先生がミゼッタをチラリと見る。やはりモーリス先生は彼女らが心配なのだ。
「先生! 私も! 魔法に磨きをかけました! 先生の教えを守りコツコツ制御と精度を上げて来たんです! ですから!」
「わしは悪いとは言っておらん。じゃが最前線は常に人手不足じゃからの、おぬしらの護衛に避ける人員はなかなかいないのじゃ」
ああ…モーリス先生は俺と同じことを言っている。俺も彼女らには散々そう言ったのだが、とにかく一緒に行くの一点張りだったのだ。
「私は自分の事は自分で護ります!」
「私も!」
この遺跡基地なら危険は及ばないと思うが、ここから先は予測不能だ。俺とモーリス先生が少し考え込んでいると、キチョウカナデが話し出す。
「あの…」
「なんだ?」
「ならば! 一度、私を山脈に連れて行ってはくれませんか?」
なんだなんだ? 藪から棒に…、でも何か意味はありそうだ。俺はキチョウカナデに聞き返す。
「どういうことだ?」
「以前、私がドラゴンに乗っていた事を覚えていますか?」
あー、覚えてる覚えてる! あの時は俺が操るグールがかなり苦戦したんだ。
「覚えてる」
「ならば話は早いと思います。あの時、私はワイバーンに乗って山脈に連れられて行ったのです。あの憎き敵の術中にハマり、私は強力な魔獣を使役しろと言われたのです」
そう言う事だったのか。そのあたりの事情を良く聞いた事が無かったが、わざわざ強力な魔獣を使役しに行っていたんだ。
「なるほど。今回も山脈の奥に行って、強力な魔獣を連れて来たいって言う事か?」
「そう言う事です」
それは使えるかもしれないが、山脈までどうやって行こうかって話だな。ワイバーンが生息しているのならどうにかなるが、このあたりにワイバーンがいるのかどうか知らんし。
「山脈を迂回していくとなれば、時間がかかりそうだが…」
するとマリアが声をあげる。
「ラウル様。ウルブス基地を設営中のスラガがヘリを飛ばせます」
そう言えばそうだった。マリアの他にティラとスラガがヘリの操縦適性があるんだった。
「そうだな。ウルブス基地の状況を見て、スラガを使えるようならカナデと一緒に飛んでもらおう」
俺がそう言うとカナデがぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます! スラガさんなら頼もしいです! もし問題が無ければぜひ!」
「分かった」
俺が承諾するとカナデは嬉しそうに笑う。自分が役立てる事が嬉しいのだろう。すると今度はホウジョウマコが話し始めた。
「ラウル様!」
「なに?」
「もし敵がこちらに寝返らず敵対するようなら、屈強な敵騎士を私に下さいませんか?」
「ああ、それはいいぞ。こちらに下った奴はダメだけどな」
「それはもちろんです」
「ならそれは約束しよう」
「やったぁ!」
ホウジョウマコがガッツポーズをしている。彼女の能力はかなり特殊で、素人だろうが騎士だろうが数名を自分の駒とする能力を持っていた。しかも彼女が操る男たちは、物凄いコンビネーションで戦う事が出来るのだ。人道的な問題で許していなかったが、敵の人間なら自由に使わせても良いだろう。俺も散々洗脳なんてして来たし、それでも不安なら魂核を書き換えて来た。実際エドハイラ以外のここにいる日本人は全員、魂核を書き換えちゃって違う人間になってるし。
それよりも皆の能力を考えてみると、かなり有効活用が出来そうな気がしてきた。
「先生。たぶんいけますね」
「ふむ。ラウルがそう言うならもう何も言うまい」
「はい」
するとグレースが声をかけて来る。
「ラウルさん! 決まったのなら行きましょう! 僕もこんな洞窟飽きてきましたよ!」
虹色のセミロングヘアを揺らして、可愛らしい笑顔で言う女の子…。違う! こいつは前世アラサーのおっさんで、ITで荒稼ぎしたバブリーな実業家だ。見た目に騙されてはいけない。
グレースは女の子が増えたことでテンションが上がったのか、先頭きってダイヤモンドで作られた階段の所に来た。
「皆さん! こんな素敵な階段見た事ないでしょう!」
グレースが、さも自分が作ったようなどや顔で言うが、これはドワーフの指示で魔人が作ったものだ。確かに透明な階段が延々と続いているのは不思議な感じがする。グレースはとっとと階段を上って行き、女子たちが後について行く。
「モーリス先生。これって強度的に大丈夫なんですかね?」
「ドワーフは、大丈夫じゃと言うとったぞ」
するとデイジーがそれに重ねるように言う。
「かなりの強度らしいわい。じゃが…高いところが苦手な奴は登れんじゃろうな」
「セルマでも問題ないのかな?」
そしてモーリス先生とデイジーが後ろを振り向き、セルマ熊をじっと見つめる。
ぐもも?
セルマがどうしたの? て顔で俺達を見る。
「どうじゃろうな…」
「それはあたしも聞いておらんかった」
「シャーミリア! セルマを上に連れて行ってくれ!」
「かしこまりました。それではグレース様が天井入り口を開いたら飛びましょう」
「よろしく頼む!」
「は!」
そして俺も一緒にダイヤモンドの階段に上がってみる。壁に埋め込まれているようで、かなりしっかりしているのは分かった。そのまま数十段登ってみて、デイジーの言っている事が良く分かる。足元の下が透けており間違いなく高所恐怖症の奴は登れないだろう。聖女リシェルならば絶対にこの階段を上れない。
そのまま地上に出た俺達は、外のテント村で待っているアリスト辺境伯の所に向かう。
「ラウル様!」
俺達がテント村に近づくと、アリスト辺境伯から手を上げて走って近づいて来る。
「遅くなった」
「いささか時間がかかったようですね。そしてお仲間が増えましたか?」
「一緒に行く事になった」
「こちらの皆様も魔人でいらっしゃる?」
「違う。俺とグレース以外は全員人間だ」
「そうですか…それは…。えっ?」
アリスト辺境伯の目がまん丸になって空を見ていた。そしてみるみる顔面が蒼白になっていく。
「て、敵襲です!」
そんな気配はしなかったがなあ…。そう思って俺が空を見ると、馬に羽が生えたような生き物が飛んでいる。イチロー、ニロー、サンロー、ヨンロー、ゴローのグリフォンたちだ。それがこちらに向かってバサバサと下りてくるのだった。
「安心してください、アリスト辺境伯。あれは俺のペットなので」
「ぺっ…ペットぉ!」
俺は天に手を広げて叫ぶ。
「おいで―!」
するとグリフォンたちは俺達の元へ下りて来た。アリスト辺境伯は驚いてに散歩後ろに下がるが、辛うじて堪えたようだった。そしてデカいグリフォンが近づいてくると、アリストはその上に乗っている人に目を移した。
「あ、ひ、人が…グリフォンに美しい人が乗っています」
俺がそっちを見ると、イオナがグリフォンにまたがって歩いて来るところだった。
「紹介が遅れた。あれは俺の母さんだよ」
グリフォンが頭をスッと下げると、そこを滑り台のようにしてイオナが滑り降りて来た。そして俺のもとへ来て、アリストに見事なカーテシーの挨拶をした。
「これは貴族様。ラウルの母にございます」
「ら! ラウル様には大変お世話になっております! 流石はラウル様の母君でいらっしゃる! グリフォンに乗っていらっしゃるとは、そのお美しさからするとやはり魔人様なのでしょうか?」
「いいえ、人間ですわ」
「へっ?」
アリストが分けの分からない顔をしていた。魔人の俺の母親が人間だったので、意味が分からなくなってしまったのだろう。そしてそのアリストの顔がまたまた恐怖で歪む。
「あ、あの! 魔獣が! とてつもない巨大な魔獣がこちらに!」
ズドドドドドドド! と走って来たのはセルマ熊だった。セルマは俺の所に来て、周りに気を使う事無く俺をぎゅっと抱っこした。俺はバツの悪そうな顔で言う。
「セルマ。お客様の前だ」
ガウガウ!グルルルルル!
「いいっていいって、しばらくぶりだったしね」
ぐるぅぅぅ!
「とにかく、お客様の前だから落ち着いてくれ」
俺が言うとセルマ熊はアリストにペコペコと頭を下げた。それを見たアリスト辺境伯は言葉を失い、ただ俺とセルマを交互に見る目るのだった。そしてぽつりと言う。
「やはり…魔人様なのですね」
アリスト辺境伯は、俺が魔人であるという実感がやっと持てたらしかった。




