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第804話 十神

 部屋にはイオナが入れてくれたお茶の香りがたちこめており、落ち着いて話を始められる雰囲気になっていた。更にイオナが焼いてくれた、焼き菓子をつまみながらのお茶は格別だった。そして俺はアラリリス基地に無さそうなティーカップに目を落として言う。


「このティーカップ…」


「フラスリアのトラメルさんから頂いたのよ」


「そうか、とてもいい感じだ」


「お茶と一緒に送ってくださったわ」


 なるほどね。既に貴族同士のお付き合いみたいな事が始まってるわけだ。


 あともうひとつ。アラリリス基地に、こんな上品な茶室が設けられているなんて思わなかった。恐らくバルムスあたりがイオナの為に作ってくれたものだろう。


「トラメルは元気にやっているんだろうか?」


「お茶と一緒に届いた手紙では元気そうだったわよ」


「そうか。ならよかったよ」


 その上品な茶室には、俺の他にイオナ、アウロラ、マリア、カトリーヌ、シャーミリアが居る。顔面偏差値の高い人間達の中に、神が作ったのかと思われる美貌のヴァンパイア。普通の男たちがうらやむような空間で、俺は上品にお茶を飲んでいるのだった。


 早速本題に移ろう。


「それでアウロラ。お話って何かな?」


「わざわざ引き戻してごめんなさい。でも恐らく重要な情報だから」


「うん」


 アウロラは、真剣なまなざしで俺の目を真っすぐに見て来る。その可愛らしい顔に俺がメロメロになりそうだが、そこはグッと我慢をして聞きに徹する。


「だんだんわかって来たんだけど、この世界にはもっとたくさんの神が存在しているみたい」


 結構な情報だ。いったいどういう事だろう?


「もっとたくさんの神?」


「うん。いま分かっているのは魔神、龍神、虹蛇、精霊神、アトム神と、それに敵対しているだろう勢力の火神でしょ? それ以外にも、多分この大陸にはあと四人の神が存在しているみたい」


「え! そんなにいんの?」


 想像していたより居た。


「そう。それをこの大陸の十神、シダーシェンと呼ぶんだって。そして恐らくまだ受体していない神、引き継がれてない神もいるみたい」


 まじか。


 まあ北に魔神、龍神、精霊神、アトム神がいて、二カルス大森林のすぐ南に虹蛇、最南端に火神がいるって事は分かっていたけど、あと四人も神がいるんだ…。


「そいつらって全員この戦いに関与しているのかな?」


「そこまでは降りて来てないのだけど…」


 するとアウロラに変わってイオナが話し出す。


「いいかしら?」


「いいよ」


「砂漠基地に居たメリュージュに聞いたんだけど」


 そう言えば、オージェのお母さんは砂漠基地に居るんだな。イオナと一緒に来るかと思ったが、何で来なかったんだ?


「話の腰を折ってごめん。メリュージュさんはここには来てないんだ?」


「ええ。暑いんですって、このアラリリスの地はメリュージュには堪えるそうよ」


 なるほど。龍国は遥か北に存在するからな、砂漠基地くらいの気温が限界って事か。あの大きな体ではなあ…。


「ごめん、続けて」


「ええ。それでアウロラから聞いた話をメリュージュにしたら、シダーシェンと言う言葉は聞いた事があるみたい。メリュージュも意味は分からなかったけど、アウロラの話を聞いて納得してたわ」


 メリュージュは数百年生きているんだったっけな…、てかうちの魔人も…。


 俺はチラリとシャーミリアを見る。


「はいご主人様。私奴もシダーシェンという言葉は聞いた事が御座います。ですがそれが十神という意味である事はたった今知りました」


「なるほどね。てことはアウロラの話は信憑性が高いって事だ。てか俺達は北にいたから知らなかっただけかもしれないね、モエニタ周辺国にも言い伝えとかはありそうだけど」


 恐らくはザンド砂漠と二カルス大森林の存在が、その情報の共有を阻害し数千年のうちに言葉だけが残った感じか。そしてアウロラの天啓とは、恐らくアトム神の過去からの記憶の呼び起こしなんじゃないかと思う。でもなあ…それなら俺やオージェ、エミル、グレースが思い出してもよさそうなもんだが、俺には一度もそんな機会はなかったか。


「あの、アウロラちゃん」


 今度はカトリーヌが口を開いた。


「はい」


「残りの神はどんな存在か分かるの?」


「カティお姉ちゃん。それがあまり分かってないの、なんとなく天啓が降りて来そうな気配はしてるけど、まだはっきりとは…」


「でもこれからの戦いにどうしても必要な情報だと思ったって事だよね?」


「それは間違いないの。もしこの戦いに十神が全て関与しているのだとしたら、数の少ない方は不利になる。幸いにも既にこちらには五人の神がそろっているから、不利にならないとは思うのだけど…」


 アウロラの言いたいことはおおむね分かった。十神は何らかのバランスの上に立っているような気がしていて、既にこちらに五人の神がそろっている。相手に五人の神がそろっている場合、アウロラが行かないとその神の均衡が崩れて、こちらが不利になると考えているのだろう。


「アウロラが、前線に行かなきゃならないって言ってた意味がやっとわかったよ。そのシダーシェンのバランスが崩れるって事だね。アウロラが行かないと不利になるって思ってるって事だ?」


「うん」


 筋が通ってる。だけど俺はアウロラを前線に連れて行きたくはない…どうすればいい?


 そう考えているとマリアが言う。


「ラウル様。では、まずシダーシェンの所在を知る事が先決ではないでしょうか? 残りの五神の内で、火神が敵だとおおむね予測はついているようですし。あとの四神が敵かどうかは分かりません」


「その通りだマリア、良いところに気が付いたね。まだ宙ぶらりんになっている神もいるかもしれないし、まだ受体していないって事は戦いには与しない可能性もある」


「そのように思います」


 とにかく俺達は先に、残り四神の行方を追わなければならなくなった。そして確かにこの事は、早急にオージェとエミルとグレースに伝えねばならないだろう。既に作戦が開始されているので、俺が各人の所を回って伝えるしかない。


「だと、オージェとエミルとグレースに早く伝えないと。エミルは俺の依頼で北に行っているが、まもなく戻ってきてくれるはずだ。グレースは転移魔法陣で帰ればすぐに伝えられる。問題はオージェだな…、既にモエニタ国の深部まで潜り込んでいるからな」


「もっと早くに伝えられれば良かったんだけど」


「いや、アウロラ。このタイミングでも十分早かったと思う。そしてそう言う事なら…、アウロラを連れていかなければならないんだろうけどなぁ」


「じゃあ…連れて行ってくれる…」


 それとこれとは話が別だ!


「でも! 連れて行きたくない、だって前線はほんっとうに危ないんだもん」


「いや…あの、お兄ちゃん? そんな事、言ってられないと思うけど?」


「いや、だってアウロラに何かあったら…」


 マジで。アウロラに何かあったら俺は生きていけない。イオナにもなんて言ったらいいか分からないし。と思っていたらイオナが言ってくる。


「ラウル。いいかしら?」


「なんだい母さん?」


「もしその均衡が崩れて負けたら、私達の世界はどうなるのかしら?」


「それは…」


 もちろんこちらの軍勢が負けたら、再びあの北での悪夢が繰り返されるだろう。やっとここまで巻き返して来たのに、全て白紙になって…いや、白紙になるどころか壊滅的にやられてしまうだろう。そしたらみんなの暮らしは絶望的って事だけど。


「お兄ちゃん。お兄ちゃんが私も守りたいって言う気持ちは分かるけど、私情を挟んでいられないんじゃない? 私達は戦争をしてるんでしょ?」


 ズッッギュュュュン! まさかアウロラから正論をぶつけられる事になるとは思わなかった。その通り。俺達は戦争をしているのであって、そこに家族の私情など挟んでいられない。それは重々承知していたんだけど…


「あの、それとこれとは話が別って言うか…」


「ぜっんぜん別じゃない。だってお兄ちゃんたちが負けたら、私達殺されるんじゃない?」


「それはそうだけど」


 すると、小さなアウロラがビシッと俺を指さして告げる。


「私を連れて行きなさい!」


「うぐぐ」


「ラウル、恐らくアウロラが正しいわ。もしあなた達に万が一があったら、再び北大陸は業火に焼かれるのよね。ここはそうするしかないでしょう」


 逃げられない。ここで俺が自分のエゴを押し切る事も出来るが、確かにシダーシェンとやらのバランスが気になる。そしてアウロラの啓示…恐らくは記憶の呼び覚ましだと思うが、これは非常に重要な情報だ。これは身近に置いて聞いておく必要はある。


 仕方がない。


「お兄ちゃんどうするの?」


「わかったよ。じゃあアウロラは連れて行く、でもイオナ母さんは残ってもらいたい」


「あら? こんな小さい子を一人で行かせられると思って?」


 やっぱりそうなるよな…。


 するとカトリーヌが言う。


「ラウル様。そうなると完全な人手不足でございますね?」


「そうなんだよ。二人の護衛につけられる人員は今の前線には無い」


 そうと決まれば、北大陸から元魔人軍の隊長クラスを連れて来たいが…。そうなると北大陸の絶妙な防衛線が崩れる。北大陸全土の転移魔法陣を洗い切れていない以上、彼らを現場から外すわけには行かない。また、今エミルに頼んでいる人員確保についても、既にやってもらう事は決まっている。


 ウーム…


 マリアも思案しているようだが、いい案が思いつかずにいるようだ。俺の隣りでマリアが呟いた。


「ギリギリですもんね…」


「アウロラ。ちょっと護衛の人員を確保するまで待ってくれないか?」


 するとイオナとアウロラが顔を見合わせる。そしてイオナが廊下に立っているオーガに話しかけた。


「ちょっと連れて来てもらえるかしら?」


「は!」


 オーガは持ち場を離れすぐに戻って来た。そしてその後ろには…。


「彼らに守ってもらう事にするわ」


 オーガの後ろに立っていたのは、俺も見知った五人だった。


「ラウル様。ぜひ私達をお連れ下さい」


 どうやらこうなる事を見越して、イオナとアウロラが既に手配をしていたようだった。俺がゴーサインを出すのが分かっていたかのようだ。オーガに連れられて入って来たのは、砂漠基地に居るだろうと思っていたヤツラだ。ナガセハルト、イショウキリヤ、キチョウカナデ、ホウジョウマコ、そしてエドハイラの、日本人連中がそこに立って俺に礼をしている。


「お前達…」


 するとエドハイラが言った。


「すみませんラウルさん。私たちもお役に立ちたいと思っておりまして、連れて行っては下さいませんでしょうか?」


 今は猫の手も借りたいしな…


「わかった。なら一緒に来てくれるか?」


「「「「「はい!」」」」」


 五人は目を輝かせている。


「僕らも役に立ちたかったんです!」

「そうです。魔人さん達にばかり命をかけさせるなんて出来ない」

「私も前の村で頑張りましたし、強力な魔獣が居たら使役出来ます!」

「敵兵に剣の達人が居たら、私の能力も使えると思うのです」


ナガセハルト、イショウキリヤ、キチョウカナデ、ホウジョウマコが言い、最後にエドハイラが言った。


「私の危機感知能力も微力ながら役立てられればと」


 まあこいつらなら、普通の人間よりは頼もしいか。ここまで準備していたのなら、俺も了承するしかないだろう。


「わかった。よろしく頼む」


 するとイオナが付け加えるように言う。


「セルマもグリフォンたちも連れて行くわ。恐らく役に立つと思うの」


 確かにそうかも。この五人プラス、セルマ熊とグリフォンか…。護衛には十分かもしれんな…


「じゃあアイツらも連れて行くよ」


「よかったわ。セルマも喜ぶと思う」


 最初っから断る余地など無かった事に気が付く。全くの戦力外に考えていたヤツラだが、今の状況なら十分役に立つかもしれない。俺はエミルに頼んでいた人員増強も踏まえ、追加部隊の構成を検討し始めるのだった。

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