第803話 一時帰還
砂漠遺跡の要塞化はかなり進んでいた。モーリス先生が地下のダイヤモンド森林奥に魔導エンジンを運び込み転移魔法陣を設置した為、かなりの一般魔人を連れてくる事が出来ているのだ。俺はここを魔人達に任せて、モーリス先生とグレースを最前線に連れて行く事を伝えた
古代遺跡には魔人軍から、ゴブリン隊40ダークエルフ隊20オーク隊20竜人隊10オーガ隊10ライカン隊10をそのまま駐屯させ、更に一般の魔人を五百人ほど住まわせる事とした。出入りが出来るのは地下の転移魔法陣のみで、グレースには地上入口を全て封鎖させる予定だった。グレースがここに来ない限りは、地下の要塞化作業の邪魔は誰にも出来ない。地下に前線基地を作らせれば、万が一砂漠方面から進軍されてもここで敵を食い止める事が出来るだろう。
「この基地は理想的じゃのう。敵の脅威や砂漠の魔獣を気にせず、基地建設に集中できる環境じゃ」
「はい。先生、ここが出来上がれば砂漠からの進軍されたとしても止められます。以前のように魔獣の大進撃があっても、ここで食い止める事が出来るでしょう。まあ敵が先に進んだとしても、瘴気の発生している場所を進まねばなりませんので、進軍は無理だと思いますが」
「備えあれば憂いなしといったところじゃな」
「そうです」
「じゃがやはり、魔人軍の人員不足が否めんのう」
「はい。北大陸全土とシン国からアラリリスにかけて、魔人軍が管理する拠点が広がりすぎていますからね。更にウルブスという都市近郊にも基地を建設中ですので、主要な将官が居なくても基地が建設できる地下神殿はありがたいですね」
「急激に拡大して来たからのう…、そろそろ人員が枯渇して来たと言う事じゃな」
「はい。まあそれについては今、エミルに頼んで打開策を進めています」
「まあそうじゃな。猫の手よりはだいぶマシじゃろ」
「はい」
そしてモーリス先生はもう一つ懸念な事があるようで、それを話し出すのだった。
「ラウルよ。実はアウロラちゃんの事なんじゃが」
「アウロラがどうかしましたか?」
「今は砂漠基地ではなく、アラリリス基地に居座っているようじゃ。イオナも一緒におるので心配はないと思うがのう」
「まあ、既にアラリリス基地は完成していますので、危険はないと思います。万が一は転移魔法陣で逃げる事が出来ますし、施設も堅牢ですので問題はないんじゃないかと」
「そう言う事ではなくての」
モーリス先生が少し言い辛そうにしている。
「はい」
「前線に連れて行けとうるさかったのじゃ」
「えっ…、そう言えばこれからの戦いには、自分が必要だとアウロラは言ってましたね」
「ふむ。それがのう…実はわしも、もしかしたらそうかもしれんと思い始めておるのじゃ」
「え?! 先生がですか?」
それは初耳だった。今、俺はダイヤモンド森林の奥に作られた部屋に、モーリス先生とカトリーヌとデイジー、シャーミリアとファントムと一緒にいた。アリスト辺境伯は魔人たちと一緒に地上のテントに待たせており、カララとラーズとルピアはマリアが待機しているチヌークヘリを守っていた。
「ふむ。恐らくじゃが、敵対している神についてアウロラちゃんが話した内容がかなり的確じゃった」
「そうなのですか?」
すると脇からデイジーが話して来た。
「あたしも聞いたよ。なにやら神がそろわねばならない何かがあるとか無いとか、ちーっとも分らんかったけどのぉ」
「婆さんには分かるまいて」
「ふん! ジジイに言われとうないわ」
ちょっといざこざが始まりそうなので、俺がすかさず話を切る。
「ま、まあまあ。それで話の内容とはどんなものでした?」
「わしが言うとった通り、敵の中枢には恐らく神がいるであろうと言う事じゃ。それは以前言うとった通りじゃが、何やらその神々同士の話し合いが必要らしいのじゃな」
なるほど、そりゃ初耳だ。また新たにアウロラに神託が降りて来たらしい。彼女の情報はとても貴重で無視できない内容になっている。
「神々の話合いとはなんです?」
「どうやら神はもっといるようなのじゃ」
「えっ?」
「今確認されているのは、魔神、虹蛇、精霊神、龍神、アトム神、そして火神じゃったな」
「はい」
「もしかすると、もう少し居るようなのじゃ」
「えっ! もっといるんですか?」
「そのようじゃ」
うっそ…。今までデモンと戦って来たけど、もしかしたらその上の存在がまだ他にもいるって事か? しかし…神が悪魔を利用する、そのこと自体がおかしいような気もするけど。とにかく俺達以外に神がもっといるって事だ。確かに…いてもおかしくは無いか。まあ…もしかしたらだけど…そう言う事はアトム神が知ってたんじゃないのか? まああいつが、きちんと教えてから受体するわけはないだろうとは思う。
「で、それらの神々で話し合いをしなければならないと?」
「そう言う事になるらしいのじゃ」
「でも戦いになんかなったら、アウロラが危険ですよね?」
「わしもそう言ったのじゃが、それとこれとは話が違うの一点張りでのう。その理由を聞いても、詳しい事は自分にもわからんというのじゃ」
「それは困りましたね…」
確かにモーリス先生には判断がつかない内容だな。俺とエミルとオージェとグレースとアウロラが集まって、先に話しておかないといけないような気はする。だが今は作戦中で、オージェは先行して敵地に潜入しているし、エミルは俺の依頼を受けて作戦行動中だ。悠長に話し合いをしている時間は無さそうだけど…
俺はふと新しく設置された転移魔法陣を見る。魔導エンジンから魔力が注がれており、白く光っていつでも使えるようになっていた。するとその視線を追うようにして、モーリス先生が言った。
「どうじゃろ? ラウルが行ってちょっと説得してもらえんかの?」
「そんなに先生を困らせたんですか?」
俺がモーリス先生に言うと、代わりにデイジーが答えた。
「なーに、ジジイはアウロラちゃんが可愛くて何も言えんのよ。まああたしからも、アウロラちゃんの話を聞いてやっちゃどうかと思うがね、どうだろう?」
「デイジーさんもそう思いますか…」
「そうだねぇ」
だがアリスト辺境伯を待たせているし、ギレザム隊とオージェ隊が孤立してしまう可能性もある。そんな話をしに行っている暇はないように思えた。
「ラウルよ。アラリリス基地に帰ると思えば大袈裟に感じるかもしれんがの、転移魔法陣を使えば隣の部屋に行くようなものじゃて。そんなに大袈裟に考えなくても良いのじゃなかろうか」
確かにそうか。瞬間移動でアラリリス基地に行けるんだもんな、別に時間をかけて訪問するわけじゃないし…行ってくっか。
「わかりました。それでは僕だけ行ってきます」
俺がそう言うと、モーリス先生とデイジーが顔を見合わせる。そして俺の方を向いて言うのだった。
「ここはわしらが何とかする。マリアとカトリーヌを、イオナに会わせてやっちゃくれんか? イオナも二人の事とラウルの事を心配しとったのじゃ」
確かに。前線に出たっきりマリアとカトリーヌは帰っていない。アリスト辺境伯もそれほど待たせはしないだろうし、ちょっと帰って話を聞くのはありか…
「わかりました。マリアとカティも連れて行きましょう」
俺がそう言うと、カトリーヌの表情が明るくなった。やはり人間は魔人と違って、そう言うメンタル的な事は大事なんだと改めて思う。
「シャーミリア。マリアを連れてきてくれ」
「は!」
シュッとシャーミリアが消えた。そしてしばらくすると、シャーミリアがマリアを抱えて戻ってくるのだった。
「連れてまいりました」
するとマリアが俺に聞いてくる。
「どうされたのです?」
「ちょっと、イオナとアウロラに会いに行く。一緒に来てくれ」
俺がそう言うと、マリアの表情がぱあっと明るくなった。やはり彼女もイオナに会いたいと思っていたらしい。俺はつくづく彼女らの気持ちに無頓着なのだと反省するのだった。モーリス先生がそれを見て俺に言った。
「なら、行ってきておくれ!」
「はい」
そして俺とカトリーヌとマリアが転移魔法陣の方に歩きだすと、シャーミリアが声をかけて来た。
「あ、あの…ご主人様…」
なるほど。そう言えばシャーミリアはその昔、俺の砂漠転移騒ぎ以降は、一緒に行動したいって言ってたな。
「お前も来い」
「あ、ありがとうございます!」
シャーミリアも表情を輝かせて、俺の側に寄ってくるのだった。
「ファントム! お前はモーリス先生の指示に従え!」
《ハイ!》
ズンズンとモーリス先生の隣りにファントムが歩く。そしてモーリス先生はファントムを見上げて言った。
「よろしくのう。まあやってもらう事は力仕事になるがの、ファントムが居てくれると便利じゃわい」
モーリス先生がそう言うも、ファントムの表情は変わらない。
「では行ってきます」
「うむ」
そして俺達四人は転移魔法陣の中へと入るのだった。するとすぐに白い光に包まれて、室内の転移魔法陣設置場所へと出た。
もうここまで来ると、どこ〇もドアだな。
すぐにその部屋の入り口に向かい、呼び鈴を鳴らすと外からドアが開いた。番人のオーガが二人で俺達を出迎えてくれる。
「アウロラの所へ案内しろ」
俺がオーガに言うと、深々と頭を下げてから俺達を連れて行くのだった。
オーガに連れられた先では、アウロラがイオナと共にセルマ熊とグリフォンたちの所にいた。すぐさま俺が声をかける。
「アウロラ!」
「あっ! おにいちゃん! 来てくれたんだ!」
すっかりJKのような口ぶりになってしまった。だが俺は可愛らしい幼女に手を広げる。俺はてっきり抱き着いてくれるんだろうと思っていたら、アウロラは俺の手を握っておかえりっと告げた。
少し悲しい。
「あら、お帰りなさい。ラウル」
「母さんただいま」
「モーリス先生ね?」
「そう。ちょっと話を聞きに来たんだ」
「マリアもカティも来たのだから、フラスリア産のお茶でも入れるわ」
「それはありがたい」
「では奥様、それは私が」
マリアが慌ててイオナを制止しようとするが、イオナは手を上げてそれをさせなかった。
「マリア。あなたは前線で立派に働く兵士です。この時はメイドじゃなく、帰還した兵士として私にお茶を入れさせて。私がお茶を入れるのが上手なのは知っているでしょ?」
「ありがとうございます!」
そんな会話をしている間も、グリフォンたちからべろべろと舐められている俺。するとそれを奪うようにセルマ熊が俺を抱き上げてモフモフと頬ずりをしてくる。
やっぱ、たまには帰ってきた方がいいか…
喜ぶ彼女らと、クマと、グリフォンたちを見てそう思うのだった。