第802話 格の違い
俺たちは村に戻りアリスト辺境伯やリュウインシオンと話をしていた。ストライカー装甲車の脇に立って立ち話をしている。村人は周辺の爆撃の音に恐れをなして、皆が家に潜むように隠れてしまっていた。村は静かに俺達の行方を見守るかのようにひっそりとしている。
そして俺が言う。
「さてと、尻尾を捕まえた」
まあ…敵にはまんまと逃げられてしまったが、俺達がこの地から魔獣を退けた事に間違いはない。そして恐らく敵の人間にマリアの弾丸を撃ち込むことが出来た。もちろん敵にも治癒魔法士の一人や二人はいるだろうから、また復活する可能性はあるが俺達が危険な存在である事は知らしめられただろう。
そして俺が言った言葉に、リュウインシオンが答えた。
「やはり敵はここまで来ていたのですね?」
「そう言う事だ。だがこれで一旦、この村の人間が魔獣に食われる事も無くなった」
すると今度はアリスト辺境伯が答える。
「我が領の民をお救い下さいありがとうございます」
「まずは魔獣を操る奴を退けただけです」
「それでも当面の危機は回避する事が出来ました」
まあ…後であの森の惨状を見たら、何て言うかわからないけどね。とりあえずこの村の周辺の森はすっかり焼けてしまって、建物を建てるならすっごく楽だと思う。ただ薬草とか森の幸を採ろうとするのなら、相当遠くまで行かないとしばらくは草木が生えないだろうね。
俺がアリストとリュウインシオンに尋ねる。
「まあそうですね。とにかく我々は先を急ごうと思います。リュウインシオンとアリスト辺境伯はどうします? もう既に敵がこちらの動きに感づいていますし、ここから先はかなり危険だと思います」
「私はついてまいります」
食い気味にリュウインシオンが俺に迫って来る。綺麗な顔でぐいぐい来るのはやめてほしい、俺の配下が周りにいるんだから。そんでもって…今の言葉聞いていたかな? 出来ればここから先は遠慮してもらいたいんだけどね。俺はヘオジュエに向かって尋ねる。
「ヘオジュエ、陛下はそう言っているけど俺達が守りきれるかどうかわからないよ?」
「…そうですね。王よ、ここらで我々のお役は終わりではないでしょうか?」
ヘオジュエは俺の言いたいことを理解してくれているようだ。
「どうして? ヘオジュエ! 私はラウル様をお助けしたい」
「違います。ここからは我々が魔人軍の邪魔だと言う事です。我々は足手まといにしかならないのです」
「うっ、それは…」
するとアリスト辺境伯もリュウインシオンに告げる。
「陛下。恐れ入りますが、ここから先はモエニタ国の事。アラリリスの現王である、あなたが口を差しはさむ事は出来ないかと思われます」
「でも」
するとヘオジュエがリュウインシオンの言葉を止めるように言う。
「陛下。我々は戻りましょう、アラリリスへ」
「…わかりました。…それでは従いましょう」
リュウインシオンはまだあきらめきれなそうにしているが、渋々返事をした。
「では一度アラリリスへと送るよ。ここからの帰路はまだ危険が潜んでいる可能性があるから、陸路ではなく空を飛んでね」
「わかりました」
そして俺達は一路アラリリスへと戻る事となった。アリスト辺境伯が今後の事をある程度レビン町長に説明し、ストライカー装甲車に全員が乗り込んで村を出る。
そしてその先には、マリア達が待機しているチヌークヘリが待っていた。ストライカー装甲車はファントムに破壊させて廃棄し、すぐにチヌークヘリに乗り込むのだった。
「さて、いよいよアラリリスを見れるわけですな」
アリスト辺境伯が言うと、リュウインシオンがそれに答えた。
「そうですね。復興具合を見たらきっと驚きます」
リュウインシオンもすっかり帰る気になったようで良かった。一路チヌークヘリは俺達を乗せてアラリリスへと飛ぶ。とにかく急いで先行部隊を追う事になるが、俺達が侵攻していることがわかっているのだから次は堂々と空路で行く事になる。ギレザム隊には、すぐに追いつくだろう。
しかし…リュウインシオンも律儀な人だ。俺が道案内をお願いしたら最後まで任務を遂行しようとするなんて。きっと根が真面目なんだろうな。
俺がそんな事を考えていると、シャーミリアが念話を繋げて来る。
《ご主人様。恐れ入りますが、恐らく彼女は義理立て以上の感情を抱いている可能性があります》
《義理立て以上の感情?》
《心拍数や発汗、そして独特の匂いから察するに…。特別な感情を抱いているようです》
《特別な感情って、尊敬…みたいな?》
《いえ。恐らくは、恋をしているものかと》
《恋!?》
恋ってあの恋?
《はい。つきましては、子種を授ける為の候補として確保してはいかがでございましょう?》
《えーっと、子種だって?》
《魔人であればご主人様のお子を身ごもっても死ぬことは無いかと思われますが、人間となればその限りではございません。万が一を考えて予備の人間を確保する事は重要かと》
ははは…なるほどね。シャーミリアならそう言うか…てか魔人全ての願いっぽい気がする。
《ま、まあ考えておくよ。とにかく戦争が終わったらね》
《はい!》
なんで嬉しそうなんだろう? というか…カララもマキーナも嬉しそうな表情をしているし、間違いなくリュウインシオンを身籠らせようと考えているようだ。人の国の王様だし身籠らせるってのはダメな気がするけど…
チヌークヘリは休むことなく飛び、アラリリスへと到着したのだった。アラリリス近郊の基地にはかなりの魔人を連れて来たため、都市の復興はほぼ終わりかけている。転移魔法陣を使ってグラドラムから渡って来たはずで、数千の魔人が訪れているはずだ。グラドラムにあるような建築物が増えて、一部が近代化している。
「素晴らしい…」
アリスト辺境伯がその建造物を見て驚いている。
「ラウル様のおかげでここまでになりました」
リュウインシオンがニッコリ笑って返す。魔人が大量に街に入り込んだようだが、アラリリスの民ともうまくやっているようだった。
「あの…、あれは…」
アリスト辺境伯が何かを見つけたその先には、巨大化したスプリガンがいた。スプリガンが大量の岩を担いで都市内を歩いているのだった。
「ああ、あれは俺の部下ですね」
「部下…、あんなに巨大な人間がいるのですか…」
「まあ、人間じゃないですけどね。魔人国にはそう言う種族もいるのですよ」
「なる…ほど…、あ、あそこに…まじゅ…」
アリスト辺境伯が口をパクパクさせている。その先には巨大な狼の群れが、大木を両脇に吊り下げて運んでいるのだった。そしてその近辺にツノの生えたオーガや牙の生えたオークが闊歩している。恐らくアリストは魔獣の群れだと思っているのだろう。
「あれはうちの国の民ですね。一般市民なので、戦闘には向きませんがそれでも人間に比べれは百人力です。あの狼一人でも騎士団が束にならねば倒せないでしょう。オーガやオークは初めて見ますか?」
「ま、まあ。山脈にはそう言うバケ…いや、種族もいると聞いております。ゴブリンなども…」
いま化物って言おうとしたようだけど。
「あ、それならあそこに歩いてますよ」
ゴブリンがあちこちを駆けまわって細かい作業をやっていた。進化をしていないので見た目はまんまゴブリンだが、アラリリスの人は受け入れてくれているようだ。
「そうでしたか…、魔人国というのはそう言う国なのですね」
「ええ。皆が皆、気が良い奴ばかりですよ」
「人に危害は加えないのですか?」
「人に危害? とんでもない。なぜ隣人に危害を加えなどするでしょうか? あいつらはアラリリスの復興の為に一生懸命働いているだけです」
「わかりました」
アリストは納得したのかしないのか分からないが、とりあえず頷いていた。あまり魔人を見たことが無いらしく、少し恐怖を感じているようにも見える。
しかし、魔人が増えたなあ。オークやゴブリンは繁殖力が強いと言われていたが、かなりの数の魔人がアラリリスに来ているようだ。
俺が歩いて行くと、魔人達が俺の存在に気が付いたようだった。一斉に俺に向かって跪いて頭を下げた。
「あー、みんな! 仕事の邪魔をしに来たんじゃないんだ! そのまま仕事に戻ってくれるかな!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
俺の声を聞いた魔人達は一斉に仕事に戻って行くのだった。アリストはそれを見て目を真ん丸にひん剥いている。
「言葉を話すんですね」
「もちろんだ。普通に生活をして普通に話し、料理も洗濯もするよ」
「なるほど…、失礼ながらラウル様やカトリーヌ様やシャーミリア様はだいぶ違うような」
「えっと、俺は魔人ですが生まれながらにこんな感じですね。そしてカトリーヌは正真正銘の人間で、シャーミリアも魔人ですが進化してすっかりこんな感じになったんです」
「進化?」
「そうです。我々は進化をするのですよ、人間とは違うのです」
「…進化…ですか…」
すると横で見ていたシャーミリアが、アリストに言った。
「人間よ。魔人を見下しているのか?」
少しシャーミリアがピリピリしている。魔人に対する差別だと思っているのだろうか? 俺はアリストからはそんな感じを受けないが、魔人からすると差別されていると聞こえたのかもしれない。
「いえ。シャーミリア様、私は決してそのような事は思っておりません。ただ純粋に驚いただけです。いや…むしろ恐れを抱いていると言った方が正しいでしょう」
「恐れ…なるほど。それではご主人様に対する無礼を謝罪しなさい」
「ラウル様。もしお気に触りましたら、ご容赦ください。私に他意はございません」
「ええ、分かっています。謝罪は不要ですよ、ただ魔人のありのままを受け入れてくださるのなら尚嬉しいですね」
「もちろんです。ただ私は問題ないのですが、ウルブス領の民は全てを受け入れられるかどうかが心配です。ウルブスに限らずモエニタ国の民が受け入れるのかどうか…」
「それは分かっています。人間は見た目で差別をしてしまう生き物です。だけどウルブス近郊の基地建設地に居る魔人は進化魔人です、見た目は人間にそっくりなので心配しなくても大丈夫です」
「そこまでお考えになっての事なのですか?」
「もちろんです」
するとアリストが深々と頭を下げた。リュウインシオンもヘオジュエも、俺の部下達も街の民も見ている前で深々と。
「ラウル様のお計らいに感服いたしました。確かに人間は浅はかな生き物です。見た目で差別をしたり嫌悪したりしてしまうでしょう。ですが、ここに居る魔人の皆さんを見ていると全く悪意がない事が分かる。人間に敵対する意思は全くない、むしろアラリリスの民と仲良くされているようだ。容易に受け入れる事は出来ないであろう事は容易に想像できるが、それを可能にしているのはラウル様のお計らいのおかげなのでしょう」
するとシャーミリアが言った。
「少しは分かったようね。ご主人様の寛大な御心に気づいただけでも、見どころがあるわ」
「あ、ありがとうございます」
アリストがすっかりシャーミリアに跪いている。そしてシャーミリアはといえば、既にアリストから興味が無くなったようで魔人達を見ていた。
「ま、まあ。アリスト辺境伯、これからもよろしくお願いします」
「ラウル様。恐れ入りますが、私に対しての敬語をおやめいただけますか? あなた様と私では器の大きさが違いすぎます」
「えっと…」
「そうして下さらなければ、私が心苦しいのです」
アリストが懇願するように言う。
「わかった。じゃあこれからはそうする」
「ありがとうございます」
それから俺達とアリストはアラリリス王都の状況を一通り確認し、リュウインシオンに別れを告げて再びモエニタ国へと飛ぶのだった。