第801話 魔獣を操る敵
カリロ村周辺の不自然な魔獣の動きからして、既に魔人軍がモエニタ国内に進軍している事はバレているようだ。まあ、既に俺達の動きがバレているのならば自重する必要はない。むしろガンガン攻めてしまわないと、先行しているギレザム部隊とオージェ部隊に危険が迫るかもしれない。まあ分かりやすく言うと、開き直っていった方が良いと言う事だ。
そして俺は不用意に村人を殺さないようにするため、村の周辺を人がうろつかないように通告した。それを破って外に出て被害にあった場合は俺の知る所ではない。すべてに対して責任が取れるわけでは無いし、俺にも先を急ぐ事情があるのだ。
ひとまず村に待機しているカララに念話を繋いで話す。
《村人はおとなしくしているか?》
《はい。不用意に外に出ないようにしているようです》
《わかった》
村ではカララとマキーナがカトリーヌやアリスト、リュウインシオン、ヘオジュエを護衛している。万が一、何かが襲撃してきた時は、応戦せずに村人を逃がす事を優先してもらう手筈となる。
「人手不足の手配は既にめどをつけてるし、いっちょやりますかぁ」
俺は腕まくりをした。
今はマリアが操縦するCH-47チヌークヘリに乗っていた。シャーミリアが側を飛んで護衛をし、ヘリの貨物室には俺とファントムが乗っている。機内は空っぽで何も乗っておらず、俺とファントムがただ開いた後部ハッチから外を眺めているだけだ。眼下に広がるのはカリロ村周辺の森だ。
「いいか、ファントム! ガンガン出すからな、次々放れ」
《ハイ!》
うん、いい返事だ。
「じゃあ行くぞ!」
そして俺が召喚したのはナパームB爆弾だった。今のアメリカでは使用禁止とされている、ベトナム戦争で米軍が森にばら撒きまくった特殊焼夷弾用燃焼剤。ナパームBとは航空機投下用の爆弾の中身だが、爆発した後は高温で10分以上燃え続ける地獄のような爆弾である。森に潜む敵を炙り出すのに使用され、森を焼いてヘリの降下地点を作るのにも使われた。
俺の手の先に召喚された爆弾を、ファントムがガシっと掴んで後部ハッチから外へ出す。
「マリア! 森を重点的に焼いていく。まんべんなく飛んでくれ」
「はい」
マリアが操縦するチヌークは森を舐めるように飛び始めるのだった。俺は次々にナパームB爆弾を召喚し、ファントムがどんどん外に放り投げていく。俺が何をやっているのかというと、それは森の絨毯爆撃だった。悠長に敵の索敵なんぞをしていたら、思いっきり時間がとられてしまいそうだったので森を焼き払う事にしたのだ。
森で大きな炎と黒煙を上げながら、盛大に燃え始めるナパーム。俺とファントムは淡々と単純作業を繰り返し、マリアは森をきっちり爆弾で埋め尽くすように飛んだ。その作業を一時間ほど続け、俺は召喚するのを一旦止めシャーミリアに念話を繋げる。
《シャーミリア。どうだ? 周辺に何か変化はあるか?》
《今のところはございません。魔獣は死んでいるようですが、その兵器では死なない種類もいるようです》
《サラマンダーは炎に強そうだしな。なら混合で行くか》
《はいご主人様》
「マリア! 進めてくれ」
「はい」
そして再びチヌークが飛び始める。そして俺は再びナパームBと、CBU-97 SFWクラスター爆弾を交互に投下する事にした。CBU-97 SFWは450kg級の特殊なクラスター爆弾だった。投下した物を俺が見ていると、外皮が取れて子爆弾が空中に押し出された。それらがパラシュートで減速し、爆弾の揺れが安定すると腕が伸び子爆弾が放たれる。あとは回転しながら地上の対象物を赤外線とレーザー距離計で計測し、自己鍛造弾を射出するのだった。
「これの方が効率がいいかもな。マリア! 焼け跡に出た魔獣をクラスターで殺る」
「はい」
マリアが焼け野原になった森の上空にヘリを差し向けた。そして俺とファントムは次々にCBU-97 SFWクラスター爆弾を投下していく。小さな爆弾にばらけパラシュートが広がり、地上の魔獣に向けて爆弾が降り注いでいく。しばらく魔獣は右往左往に逃げていたが、見えやすいのがダメだと気がついたのか森に潜り始めた。
「おっけ。じゃ、森を焼く」
「はい」
まだ焼けていない森の上空に差し掛かり、俺はナパームBを召喚し始める。ファントムが次々にそれを外に放って行き、森を焼き尽していくのだった。すると再び、たまらず森から飛び出してくる魔獣がいた。
《シャーミリア、漏れたのを撃て》
《かしこまりました》
シャーミリアには使い慣れたM240中機関銃とバックパックを装備させている。森から散り散りに出て来た魔獣は、シャーミリアから上空から狙撃した。すると積み重なるように魔獣が死んでいくのだった。
「よし! 調子でとことん森を焼くぞ」
「はい」
俺に言われたマリアは再び、焼けていない森の上に飛ぶのだった。すぐさまナパームBを召喚して次々に投下していく。再び魔獣が逃げ惑うので、数が多い所にはCBU-97 SFWクラスター爆弾を投下していくのだった。だんだんと魔獣が数を減らし数えるほどになってきた時だった。シャーミリアが念話してくる。
《ご主人様! 不穏な動きが御座いました。南西の小高い丘に異質な感覚を捉えております》
《やっとお出ましか…、ここまで徹底的にやらないと動かないとはね》
《いかがなさいます?》
《シャーミリアは、ヘリの護衛に戻れ》
《は!》
シャーミリアがヘリの脇を飛ぶのを確認して、俺はマリアに指示を出す。
「マリア! シャーミリアが敵を捉えた。シャーミリアを追うように飛べ!」
「は!」
シャーミリアが先行して、チヌークヘリがその後ろを追う。いつの間にかマリアの操縦技術が上がっている。現在エミルは別行動で他の作戦で動いているので、マリアの操縦技術は俺にとってかなりありがたい。本当に作戦の幅が広がったと思う。
俺達が小高い丘の方に飛ぶと、再びシャーミリアから念話が繋がる。
《敵にはデモンと人間がおります》
《わかった》
恐らくはそいつが俺を昔から悩ませてくれた奴だと思う。昔サナリア領に魔獣に乗った兵士が来たり、ファートリアでは飛竜に乗った兵士がいた。恐らく魔獣を使うスキルを持っている奴がいるはずだ。まあそいつの他にも魔獣使いはいるかもしれないが、俺の勘がそいつだと言っている。
《勘づかれたようです。追いますか?》
《まて、単独で動くな》
とはいえどうするか? このままでは敵に逃げられる可能性があるな…
と俺が悩んでいると、マリアが操縦しながら言う。
「ラウル様。私が狙撃しましょう」
「いやいや、マリア。俺はヘリを操縦できないぞ」
「大丈夫です」
えっ? 何が? だって俺はヘリを操縦できないし、マリアが狙撃をするにはヘリを誰かが操縦しないと…
「どうやって…」
「エミル様から教えてもらっているのです。この機体には自動操縦システムという物が搭載されているのです」
「えっ? そんなのあんの?」
「ございます」
するとマリアが何かを操作し始める。するとチヌークヘリは安定してホバリングを始めた。マリアが手を離して立ち上がっても、ヘリは一定の姿勢でそこに留まり続けたのだ。
「知らんかった」
現代日本人だった俺が知らないのに、異世界のメイドのマリアが知っている。既にマリアは俺の理解の範疇を超えているようだった。
「では」
「あ、ああ。銃は何が良い?」
「マクミランTAC-50をお願いします」
「わかった」
そして俺はすぐさまマクミランTAC-50スナイパーライフルを召喚しマリアに渡した。すぐさまマリアはそれを持ってサイドの窓際に立ち、窓枠にスナイパーライフルを乗せるようにしてスコープを覗く。
「シャーミリアに位置の誘導をお願いしたいです」
「わかった」
俺はすぐさまシャーミリアに念話を繋いだ。
《シャーミリア。敵の位置情報を伝えてほしい、これからマリアが狙撃を試みる。通信機を装備してくれ》
《かしこまりました》
「よし! シャーミリアが通信で位置を教える。マリアも通信機を装着してくれ」
「はい」
そしてマリアはヘッドホンの形状の通信装置を頭からかぶり耳を覆うようにした。恐らくは空中でシャーミリアが同じものを装備しているはずだ。するとマリアはシャーミリアと通信でコンタクトを取り始める。
「ええ。左…、岩…下、茂みの林…」
マリアはマクミランTAC-50スナイパーライフルの調節をし始める。
「ありがとう。見つけたわ」
えっ…もう? どうやらマリアは敵の存在を確認したようだった。普通ならこの距離で見つけられるわけがないし、この距離から銃を命中させる事など不可能だ。恐らくその小高い丘までは直線距離で十キロはある。前世での最長記録でも三キロ~四キロ、それを揺れるヘリの窓から狙ってあてる事など出来るのだろうか?
「ラウル様。捕捉しました。いかがなさいましょう?」
やっぱりそうなるか。マリアは既に神の領域にいるのかもしれない…。いや! そんな事より情報が欲しいかもしれない。
「どんな奴だ?」
「距離がありますので陰しかわかりませんが、二人とも人間のような姿形をしております。どちらがデモンでどちらが人間かまでは、さすがに分かりません」
「撃てるか?」
「はい。ですが人間なら仕留められるでしょうが、デモンなら致命傷を与えられるかどうか」
「かまわん、やってみてくれ」
「はい」
マリアが滅茶苦茶集中しているのが分かる。魔力の流れが思いっきりマクミランTAC-50スナイパーライフルに集中しているようだ。こんな目に見える形で、武器に魔力が注ぐなんてまるで魔人のようだ。ギレザムの雷を帯びた射撃の時もこんな感じたったし。
ズドン!カシッ!ズドン!
えっ? 二発撃った?
「ラウル様」
「どうなった?」
「一度倒れましたが、起き上がりました。一人は足を射抜きましたが、しゃがんだままです」
「なら、しゃがんだ方が人間だ。撃てるか?」
「残念ながら、遠距離攻撃をした事がバレたようです。遮蔽物のある場所へと隠れました」
どうやら仕留め損ねたようだ。だが今ので、こちらの攻撃が遠距離から届く事を知らしめることが出来た。
《シャーミリア! 敵はどうなった?》
《動いておりません。じっと隠れているようですが、身動きが取れなくなったのか…あるいは‥あっ!》
《どうした?》
《敵の生体反応が消えました。恐らくは転移魔法陣かと》
やられた。
どうやらすぐに逃げられるようにしていたらしい。俺達が敵に気が付いた事はこれで、敵も分かっただろう。先行部隊が攻撃されぬように牽制になればいいのだが…
「よし! 一度撤退する」
「はい」
そう言って再びマリアが操縦席に座った。チヌークが旋回し村の方角へと機首をむけ、シャーミリアがそれと並行飛行で飛び始めるのだった。