第796話 虹蛇のミッション ~グレース視点~
地下のダイヤモンドの森で悩む者達がいた。いや、正確には一人だけが悩んでいた。虹色の髪をかきながら、どうするべきかを考えているのだった。
「オンジ、どうしたらいいと思う?」
「いやはや、グレース様。虹蛇様であるあなたが分からないとなれば、私には成すすべもありません」
「だって、虹蛇を守る会の会長なんでしょ?」
「はて…、会長。いえ、私は虹蛇様の守護をするための一族のものです。虹蛇を守る会を作っている訳ではありません」
「同じことだよ。なんか家に伝わるいい伝えとか無いの?」
「虹蛇本体にダイヤモンドを食べさせる方法の?でございますか?」
「そう、虹蛇本体にダイヤモンドを食べさせる方法」
「わかりません」
僕があのホログラムで見た感じでは、僕のグレードアップの為には虹蛇本体にダイヤモンドを与えないといけないらしい。だけど、そんな方法が全く分からない。あのワームの切れ端みたいな奴は、僕が触ったら跡形もなく消えてしまった。それで呼び出したくても呼び出せなくなってしまったのだ。
「ラウルさんに会わせる顔が無いんだけど」
「そういわれましても」
すると僕達の側に、ラウルが護衛として置いて言ってくれたカララがやって来る。アナミスとティラはこの洞窟内を、隈なく探索している所なのだ。カララが話し出した。
「グレース様。もしかするとなのですが」
「なんですか? 何か分かりました?」
「あのワームはグレース様が手を触れたら消えてしまいました。と言う事は既にグレース様がお取り込みになったという事ではないでしょうか?」
「確かに」
「では、グレース様がダイヤを食べればよろしいのではないですか?」
「はへっ?」
この人は何を言っているのだろう。いや、ラウルさんの部下は全般においてこんな感じだ。まあ魔人なのだから、そんな素っ頓狂な事を言うのかもしれないがダイヤを食うなんて無理だ。
「どうでしょう?」
「いや…無理無理! ダイヤってとっても堅いんだよ?」
「でも虹蛇様なら…」
なんだか…そう言われると、もしかしたらそうなんじゃないかと思い始めて来た。だって僕はきっとあのワームと同化したんだから、僕が食べるのが普通かもしれない。そう思って、徐に落ちているダイヤを拾い上げてみる。
「これを…」
「はい」
「よし」
ゆっくりとそのダイヤを口に持って行き、歯を閉じてみる。歯がダイヤにあたり、力を加えてみるが全くびくともしなかった。
「無理だ」
「もっと強く」
「えっ?」
カララが言うので、思いっきり齧ってみることにした。
ガキィ!!!
「痛っってぇぇぇ!」
「あ」
「あ」
オンジとカララがあっけにとられたような顔で僕を見た。
「何? どうしたの?」
「申し訳ありませんでした」
カララが頭を下げる。一体何があったというのだろう、俺には理解が出来なかった。
「大丈夫ですか?」
オンジも心配そうにしている。一体何が…あっ…
僕の前歯が一本欠けていた。そりゃそうだ、ダイヤを思いっきり齧ったんだから歯も欠ける。
「うっそ! 欠けてる!」
「グレース様! エリクサーを!」
「そうだ!」
そして僕は保管庫からエリクサーを取り出して、口に含んだ。するとシュウシュウ言いながら歯が回復してくる。良かった…歯医者なんてないし、歯っかけのまま生きていかなければならなかった。
「とにかく、それは齧るものではないようですな」
当たり前だ! オンジが分かりきった事を言う。でも…ならどうやって取り込めばいいんだ? まさかこれを飲めって言うんじゃないだろうな。そんな事をしたら腹が大変な事になりそうだ。
「どうするかな」
そんなことをしていると、今度はティラが側に寄って来る。
「グレース様! 不思議なものを見つけました!」
「不思議なもの?」
「はい!」
ティラに連れられて僕らは、その不思議なものの所まで行った。するとダイヤモンド林の奥に、扉っぽい物があったのだった。
「本当だ。なんだこれ?」
「扉ですよね!」
「だね」
「ちょっと待ってください!」
そうしてティラとカララがあたりを探し始めるのだった。すると間もなく、ティラが戻って来る。
「グレース様! 手形がありました!」
「おお! あった? 行って見よう」
「はい」
そして僕とオンジ、カララ、ティラがその場所に行って見る。すると手形があった。
「これは鍵だな」
そう言って僕が手を合わせると、地上でなった時と同じように扉が開くのだった。ティラが嬉しそうに扉が開いた事を伝えてくる。
「開きました!」
「よし! 入ってみよう。念のため、アナミスさんも呼んだ方がいいんじゃないかな?」
そう言って振り向くと、アナミスがそこにいた。これでここに残った面子は勢ぞろいした。五人でその扉を潜り中に入ってみると、そこは不思議な空間だった。どことなく近代文明を彷彿と刺せるような、科学的な空間だったのだ。
「不思議な場所ですな」
オンジが言う。
「本当です」
カララも答えた。だが僕からすると近未来的な雰囲気に見えるだけ。何というかステンレスっぽい台が並んでいるように見えた。
「手形がある!」
ティラに言われ行って見ると、確かにそこにも手形があった。僕は早速そのうちの一つに触れてみることにした。するとそれは光り始め、どこか遠くでゴウンゴウンと動力が動くような音がする。
「何か機動したみたいだ」
「見てまいります」
カララが音のする方に行ってしまった。一体何が起動したというのだろうか? とにかくしばらく待っていると、カララが戻ってくるのだった。
「何か回っている物がございました」
「回っている物?」
カララに連れられてその場所に行って見ると、何かの動力のような物が動いていて回っているように見える。
「これは…」
僕がそれをじっと見ていると、オンジが声をかけて来る。
「グレース様。なんとなくでございますが、モーリス様をお待ちになった方がよろしそうな気がしませんか?」
確かにそうだ。あのお爺さんならこれが何か分かるかもしれない。この部屋の事も、見れば何か分かるかも。
「他の手形は何だろう?」
「なんでしょう? まずは慎重に動かした方がよろしいかもしれませんね」
「だね。とりあえず他は、保留にしておこう」
その部屋にはそのステンレスの台みたいなものしかなく、他は良く分からなかった。だが下手に触ると取り返しがつかなくなるといけないので、モーリス大賢者を待つことにする。そして僕たちはその部屋を出た。
「あれ?」
外に出ると、ダイヤモンドの森が薄っすらと光り輝いていた。何というか洞窟全体が更に明るくなったような気がする。もしかしたらさっきのがスイッチだったのかもしれない。それを見たオンジが僕に告げる。
「まだまだ調べたら出てきそうですな」
「だね。まだあるかもしれないから隈なく探してみよう」
「「「「はい」」」」
みんなは返事をして、それぞれに散って行った。残ったのはオンジと僕。
「腹は減らないか?」
「多少減りましたが、まだまだいけます」
「オンジだけが普通の人間なんだから、無理してちゃだめだよ」
「皆が頑張っているというのに、そういう訳にもまいりますまい」
「いやいや。ラウルさんとこの魔人は特別さ」
「…分かり申した。かなり腹が空いております、それと疲労も」
「やっぱり。ごめんね、魔人に合わせて稼働してたらそうなるよね。きっと寝ても何も言われないと思うからさ、休んだほうが良いよ」
「いえ。食事だけで」
「分かった」
そして僕は保管庫から美味しいパンを用意した。旅行用ではなく、やわらかくて食べやすいパンをだ。あとそれを流し込む為の紅茶も用意してやる。虹蛇の保管庫は作りたてを保管する事が出来るのが良い点だ。ラウルさんの戦闘糧食は温めないと味気ない。
オンジが食べ始めるのを見て、さっきダイヤモンドをかじった事を思い出した。あれは食べられなかったけど、この光輝いているダイヤは食べられるだろうか?
おもむろにダイヤに触れようとした時だった。ブワッっと僕の手の先からワームの形状のものが出て来て、ダイヤモンドの木に吸い付いたのだった。
「うわ! 出た!」
それを見たオンジが驚いたように聞いてくる。
「それは痛くないのですか?」
僕の手の先がワームになっているので、痛くは無いかと言っているのだろうが、変な感覚なのでなんて言っていいか分からない。
「痛くない」
「まってください!」
そしてオンジが僕の手先のワームの所を覗き込む
「消えていってます!」
「うそ! なるほど!」
発生条件が分からない。だが今、変わった事をしたとすればスイッチを入れた事。
いや…それだ。
スッと手を引くと、ワームが消えてしまった。そして僕が再びさっきの部屋に飛び込んで確認すると、ステンレス製の台っぽいのは八つあった。
「オンジ! きっとあれ、虹蛇のスイッチだよ。だってワームが出て来たんだもの」
「なるほどでございます」
謎が一つ解けた気がした。バラバラに飛び散った体を探した後で、こんな謎解きをしなければならないのはうんざりだ。吸収したらすぐにその力が使えるようになっていて欲しい。だがとにかく、これは僕に対しての挑戦状だ。受けて立とう。
すると今度はアナミスがやって来る。
「すみません。壁の中腹に何か不思議なものが」
「わかりました」
そして別な壁の所に行くと、アナミスがボクを持って飛びあがってくれた。そして壁の中腹付近にはどこかで見たような物があった。
「これは…」
「シン国でもみました」
「結界装置だ」
「はい」
「でも動いてないな、手形がある」
僕はかまわずその手形に手を入れてみた。するとこれまでと違い、手形が光り輝く事は無かった。
「動かない」
「そのようですね」
「壊れてんのかな?」
「それではグレース様。一度ドワーフのバルムスに見てもらった方が良いかもしれません」
「なるほどなるほど。彼で直せるのかな?」
「もしかしたら」
しっかしドワーフというのは凄い存在だ。
「頼める?」
「はい、恐らくは恩師様が一緒に連れて来られるでしょうから、その時にでも」
「ありがとう」
洞窟の中は謎だらけだったが、むしろこれは僕向きのミッションかもしれないと思うのだった。