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第795話 和解と交渉

 アリスト辺境伯が降伏を承諾して数日後、話し合いの場を設ける事にした。アリスト辺境伯が兵士全てに説明をして、ウルブスがアラリリスの領になる事を知らしめた後だ。もちろん下っ端の兵士たちの抵抗があったが、コスタ以下ウルブスの精鋭である騎馬隊が、こぞって降参要求をのむことを説得したのだった。今後条件を確定させたら、市民に対して通告する事になる。


 そして俺自身も俺達に与する事になったアリスト辺境伯には、それなりの礼儀をもって応対をすることを心掛ける。俺がアリストに語り掛ける。


「高圧的な物言いですみませんでした。どうしても舐められるわけにはいかなかったのです」


「まあ致し方ないでしょう。そして信じられない話の数々…、その様な悪魔が北の国々を崩壊させたというのは、未だに信じられません」


「機会が来たら北にお連れしますよ。見ればわかります。今は我々魔人国が全面的に復興支援を行い、どの国も持ち直してきています」


 俺とアリスト辺境伯が話をしていた。


 辺境伯としての地位はモエニタのものであるが、そのままの地位で良いのではないかと言う事になった。俺達が話している場所は、ケープ・セント・ジョージ・ミサイル巡洋艦からほど近い岸辺にある軍用テントだ。もちろんアリストの護衛としてコスタの騎馬隊も一緒だ。騎馬隊からはコスタと精鋭の部下の四人がこのテントの中にいる。魔人軍からは俺とシャーミリア、ギレザム、ファントム。アラリリス国からはリュウインシオンとヘオジュエがいた。


 リュウインシオンがアリストに話す。


「ウルス卿」


「アリストでかまいません。陛下」


「アリスト伯。実は私たちのアラリリス国で、その魔の仕業により民が人形にされていたのです」


「あの人形は、アラリリスの民だったのですね」


「そして魔を討伐しました。人形は人間に戻りましたが、全て屍になっておりました…」


「何と恐ろしい、そして酷い事を」


 そして今度は俺がアリストに説明をする。


「魔人軍の調査の結果、その魔はモエニタの中枢にいると考えているのです」


「それもにわかには信じられませんが、我がウルブスにても、おかしな点はあったのです」


「おかしな点?」


「王宮からの使いが無くなりました。商人などは来るようですが、ウルブスは完全に我々だけで統治しているような形になっております」


 なるほどね。それはおかしい。今度は俺が聞く。


「それで教会だけが活発に動いていると」


「そうなのです。最近では教会は我々の言う事を聞かず、かなりの権力を持ってきているようなのです」


 そうか…だと、教会だけは押さえておかないといけないな。


「それは恐らく、火神の影響です」


「火神…、岩戸より復活したと聞いてはおりますが」


「信者が多ければ、それだけ力を増すからですよ。だから教会が活発化しているのです」


「そしてその火神が、魔の者を操っていると?」


「我々の調査の結果はそうです。北の地ではデモンと呼ぶのですが、それらを使い北大陸をめちゃくちゃにしてくれました」


「分かりました…」


 そして俺は続けて話す。ウルブスの都市を隈なく調査した結果を伝える為だ。


「ウルブスには、デモン召喚の魔法陣やインフェルノと呼ばれる地獄の業火の魔法陣は確認されてません」


「ということは、ウルブスの人間を殺すつもりはなかったと」


「そうなります」


 それは間違いなかった。どこにも魔法陣の形跡はなく、デモンの気配も感じられないのだ。俺は人を犠牲にする事を避けるため、強硬突破を試みて見事ウルブスを無傷で降伏させたのだった。


「それにしても…」


「なんでしょう?」


 アリストは言い辛い事を口にするようだ。


「魔人国のあれだけの力があれば、わざわざ我々に降伏勧告を出すことなく滅ぼせたはず。その方が手っ取り早いし、あなた方の軍の侵攻の妨げにもならなかったと思うのですが」


「別に、人間達に恨みはありません。ただ目的達成の為に必要ならそれもするでしょうが、わざわざ好き好んで虐殺をすることは無いです」


「なるほど。私は少し勘違いをしていたのかもしれませんね」


「何をです?」


「恐れ入ります。口を憚らずに言うのならば、暴君なのかと思いました」


 アリストの包み隠さず話す態度はとても好ましい。俺がやったことを考えれば、そう考えるのは間違いないだろう。この領主は判断も早いし理解力が半端ない。俺は後ろにいるシャーミリアとギレザムに尋ねる。


「どうかな…。俺は暴君か?」


「ご主人様が? そのようには思えません。むしろ私奴のような者に寛大で、分け隔てなく接してくださいます」


「そうですラウル様。魔人にはラウル様に対して不平のある者はおらんでしょう。それに、助けた国々の方達も慕ってくださるようだ」


「そりゃべた褒めすぎるだろ。でも、魔人も人間も獣人も平等に暮らせる世界がいいな」


「「は!」」


 そのやり取りを見ていたアリストが、納得したように言う。


「なるほど。ラウル様の人となりがなんとなく見えてまいりました。何というか…不敬にあたるかもしれませんが、私は仲良く出来そうな気がします」


 そりゃ奇遇だ! 俺も君とはそんな気がしてたよ!


「それはありがたいです。私もアリスト伯とはうまくやって行けそうです」


「ありがたい事です」


 そして俺達の話は今後の事に移る。


「それで、これから俺の軍が大挙してやってくる。この北の森に前線基地を作るつもりだが、それは了承していただけるかな?」


「ふふふ。あの城を一夜で作ったのでしょう? 断ったところですぐに出来てしまうのでしょう」


 アリストが言うのは、ケープ・セント・ジョージ・ミサイル巡洋艦の事だ。だがあれは、三十日が過ぎれば消えてしまう。俺達が作る基地は、きちんと物資を運び積み上げて作るものだ。一日で作れるものではない。


「あれはまた別です。ひと月の後に解体します」


「あれを…解体?」


「まあそんなところです」


「そうですか」


 するとコスタが話し始める。


「そういえば。漁師を助けていただいたようで」


「いや…、あれは助けたというより、俺達の船にぶつかって沈んだので浮き輪を出しただけで…」


「それでも全員助かりました」


 そう言えば漁師たちの船を壊したんだっけ。船が無ければ漁が出来ないな…


 俺はすぐにアラリリス基地のバルムスへ念話とつなげる。


《バルムス》


《これはラウル様》


《こっちで漁師の船を壊しちゃったんだけどさ。代わりの物って作れるかな?》


《もちろんでございますが、グラドラムで漁をするくらいの船ですか?》


《大きさとしてはそれより少し小さいほうが良い》


《お安い御用でございます》


《了解。三十艘ほどすぐに作ってくれ》


《かしこまりました》


 そして俺はアリストに伝える。


「アリスト伯。そういえば、漁をするのに船が無くては困るでしょう。我が魔人国から新造の船を三十艘ほど提供いたします」


「さ、三十艘でございますか? そんなに?」


「必要になると思いますよ」


「分かりました。もらい受けましょう、その対価は如何ほどに?」


「無料です。とにかくいち早く漁師の仕事を始めてほしいのです」


「ただでという訳にもまいりますまい」


「いいです。ただ我々にも魚を都合して下さるとありがたい」


「御安い御用でございます」


「ユアン湖では相当魚が獲れるのでしょう?」


「そうですね。条件的にかなり恵まれておるようで、魚だけには困りません」


「なら仕入れますので、それは正当な料金で買い取りましょう」


「痛み入ります」


 とにかく今はアラリリス国の改善をしたかった。シン国や北から物資を運び込んではいるが、いつまでも転移魔法陣頼りでは正常とは言えない。近いウルブスからの流通を早め、アラリリスの食の改善をしたいのだった。


 テントでの話し合いは、今後の戦争の行方についてに変わった。


「それで、これから我々魔人軍は、南へと進軍します。恐らく状況からすると、モエニタの王族は死に絶えていると思います。私の目的はそれをやった元凶を殺す事、そしてこの地の為にデモンや真の敵からモエニタを奪還する必要があります」


「我々も一緒に戦う事は出来ますか?」


「昨日までの自国の民に、弓を引けますか?」


「それは…」


「アリスト伯には戦闘に参加してもらわずともいいのです。殺したくないものを殺さねばならないかもしれない。そういう汚れ仕事は、我々魔人軍がやるのですよ」


 するとアリストとコスタが口を噤んでしまう。


「どうしました?」


「ラウル様」


「はい」


「願わくば。もし可能であるのならば…」


「はい」


「我がウルブス領のように、無傷で事を進める事は出来ませんか?」


 なるほど。そう思うのは当然のことだ。昨日までの自国の民を殺されるのは、辺境伯としては許せるものではないのだろう。


 だが…


「申し訳ありませんが、お約束は出来かねます」


「そうですか…」


 アリストとコスタ、そして騎士達が下を向いた。そこで俺は付け加える。


「もちろん出来る限り、無傷で事を進めたいとは思います。ですがあいつらは、恐ろしい技を使い人間を操る事が出来るのです。魅了されて牙をむいてくる大量の人間を、無傷で捕える事は難しい。アラリリスのように人形にされているかもしれない、我々が戦っているのはそう言う存在なのですよ」


「…私たちの想像を絶する相手と言う事ですか…」


「そう言う事です。もしかすると既にデモンや屍人にされているかもしれない。そうなれば我々になすすべがない、殲滅するしか方法が無くなるのです」


「わかりました。それでも、私にはそれを見届ける責任がある。モエニタの裏切者として、きちんと現地に向かいそれを受け入れねばならない。私だけでも連れて行ってはもらえないでしょうか?」


 うーん…どうしようかな。こんな決断力があって理解の早い、聡明な人間を死なせたくはない。だからと言って、無下にこの提案を断るのもなあ…

 

 すると、今度はリュウインシオンが言う。


「ラウル様。出来ましたら私からもお願いしたいです。どうかアリスト伯を同行させていただく訳にはまいりませんでしょうか?」


「リュウインシオン…」


「今はウルブスは平和です。ですがこの先どんな状況が待っているかもわからない、もしかするとデモンに滅ぼされた街に出くわすかもしれません。その現実を見る必要があるのです」


「陛下のおっしゃる通りです。私からもお願いしたい」


 ヘオジュエも言って来た。なので俺は念を押して言う。


「しかし、領主が居なくては、反乱が起きたりしませんか?」


 すると、今度はコスタが言って来る。


「アリスト様に弓引く者など、ウルブス兵には一人もおりません。我々はアリスト様の為に生き、そして死ぬ覚悟が出来ているのです。下々の兵は降伏に反対しましたが、アリスト様が健在である事を知り納得して降伏を飲みました」


「そう言う事ですか…」


「という訳で、コスタよ。ウルブスは頼むぞ」


「は! ご無事のお帰りをお待ちしております」


 なに…この信頼関係。


 そして後ろに並ぶ四人の将も、凄く良い顔をして笑っている。アリストという男、相当な人格者なのかもしれない。俺がまだ連れて行くと言っていないのに、もう決まったかのように話を進めている…


「じゃあ、一緒に行きましょう。アリスト伯は、騎士の護衛をつけるのでしょう?」


「いえ。あなた方のお力からすれば、むしろ人間の兵など足手まといでございましょう。リュウインシオン陛下もヘオジュエ殿も、そう言う理由で兵士を連れていないのでは?」


「まあ…そう言う事です。でも一人って」


「私一人守れぬようでは、モエニタ攻略などできますかな?」


 うわ! めっちゃ一本取られた。


「わかりました。コスタ、アリスト伯の命は確かに預かった。必ず無事に戻る事を誓う」


「よろしくお願い申し上げます」


 コスタと四人の騎士が俺に頭を下げる。そしてリュウインシオンとヘオジュエまでも一緒に頭を下げるのだった。俺はまた守るべき者が増えたのだった。

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