第794話 無血開城
アリスト・ガルディア・ウルス辺境伯の部屋にて、辺境伯に対し俺とヘオジュエが向かい合って座る。シャーミリアとマキーナは護衛として後ろに立った。俺が言う事は既に決まっているが、まずはヘオジュエに軽く話してもらう。
「ウルス卿、冷静にお話を聞いていただけると助かります」
「ふん! この状況では話を聞かざるを得まい。あの力…この館全体が人質に取られているようなものだ」
アリスト辺境伯が言っている力とは、シャーミリアが一瞬にして屈強な騎士たちを倒してしまった事だ。あんなものを見せられては、話を聞かない選択肢はないと判断するのは当たり前だった。
「申し訳ございません辺境伯。付け加えさせていただきますと、こちらのシャーミリア様だけがあのような力を持っている訳ではありません。この御方の配下様達は皆似たような事ができるかと」
「それは脅しかな?」
「脅しではございません。事実です。それも控えめな」
ヘオジュエの言うとおりだ。人外の力のある奴らが、銃を操りロケットランチャーをぶっ放す。戦車にも乗るし、戦闘ヘリにも乗って来る。きっとここで言葉で伝えても、ちんぷんかんぷんで何を言っているのか分からないだろう。
「…信じがたいがな」
「信じるも信じないも事実です」
「私はそれを、どうやって知る?」
「それは…」
ヘオジュエの言葉が詰まりそうだったので、俺が代わりに話す。
「なら、俺が実際に力を見せればいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、アリストはムッとしたように俺に言う。
「それは、騎士達を倒したようにか?」
「そうじゃない。俺達の戦力の一端を垣間見れば済むんじゃないかって事だ」
「どうやって?」
「見ればわかる」
「……」
百聞は一見に如かずって事だ。一度連れて行って力を見せるのが良さそうだが、まずは約束を取り付けておかないといけない。
「それなら俺はこれから力を見せよう。それを見てお前は二択を迫られる。全員で生きるか都市ごと消滅するかだ」
「なんだと!」
「俺のもとにやって来た騎馬隊の隊長にも降伏を促したが、首を縦に振らなかった。それじゃ埒があかないから大将の所までこうしてやって来たんだ」
俺の言葉にアリストは怒りの眼差しを向けて来る。ちょっと勘違いをしているのかもしれない。
「ちなみに、コスタは死んで無いし兵隊は一人も傷つけていない」
「本当か?」
「本当だ。見てもらえば分かる」
「…わかった。見せてもらおう」
ようやく俺の言葉を飲み込んでくれたようだ。彼らにも、もちろん譲れないものはあるだろう。だがこんなところで、無駄に人を殺したくないという俺の気持ちを汲み取ってほしいものだ。
「じゃ行こう」
「ああ」
アリストが立ち上がり、扉の方に向かおうとしたので俺はそれを止めた。
「そっちじゃない」
「何を言っている?」
「こっちだ」
アリストの後ろにある窓を指さす。
「ここは二階だぞ」
「問題ない。シャーミリア、マキーナ」
「「は!」」
俺が窓に歩み寄って開ける。そして次の瞬間、俺とヘオジュエとアリストは屋敷外に出ていた。
「う、うわ!」
アリストが滅茶苦茶動揺しているが、自分が女に捕まれて空を飛んでいる事を知って脂汗を垂らし始める。
「大丈夫。落とさないから」
俺が安心するように声をかけると、アリストが答えた。
「落ちる落ちないの問題ではない! なぜ私は空を…なぜこの女は空を飛んでいるのだ!」
「そういうヤツ、俺の軍には結構いるから気にしないでくれ」
「うぐぐ…」
アリストは観念してうなだれた。
俺達がケープ・セント・ジョージ・ミサイル巡洋艦に到着したのはすぐだった。アリストはその異様にデカい戦艦を見て絶句している。俺達が甲板に降りると、魔人達が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。領主を連れて来た」
そしてアリストが甲板に降りると、倒れているコスタを見て俺を睨みつける。もちろん死んでいないが、危害を加えた事に怒っているのかもしれない。
「ギレザム。コスタを起こしてやれ」
「は!」
ギレザムが気を入れてやると、コスタが目覚める。
「う、うう。は! 領主様!」
コスタは急いで立ち上がろうとするが、ギレザムが押さえつけているので動けない。
「放してやれ」
スッと手を離すと、コスタは勢いよくアリストの所に来て跪いて言う。
「申し訳ございません! 私が不甲斐ないばかりに! なんと申し開きをしてよいか!」
「いい。コスタ、立て。敵の中にいるのだ。首を下げるな」
「はっ。わかりました」
コスタは立って、アリストの前に立ちはだかる。俺達から自分の大将を守るという、覚悟がひしひしと伝わってくるが、俺達には子犬が母犬の前に立って唸っているようにしか見えない。騎士道精神というものだろうが、この際それは無視して言う。
「それで、俺達の力を見せるという事だったね。一応聞いておくけど、降伏の余地はあるかい?」
「なに?」
コスタが叫びかけるのを、アリストが制した。
「まだ戦ってもいないうちから、負けを認める騎士など我が領にはいない。もし負けを認めて欲しいなら、力を示してくれ」
「わかった。もう一つ、これも一応聞いておくけどいいかな? 領土が少し焼けるかも」
「なんだと?」
「もちろん人の居ないところをね。これは承認を得ようと思って言ったんじゃない。ただの通告だ」
「くっ! わかった」
領主様の許可をもらったので、俺達はあらかじめ用意していた作戦に移る事にする。俺はすぐにゴーグに念話を繋げた。
《今どのあたりだ?》
《えーと、北の森の上空です。もう準備はできてます!》
ゴーグはマリアが操縦するヘリで、北の森上空を飛んでいた。もちろん俺が仕込んでいた作戦を実行する為だ。
《了解だ。なら俺が合図を送るから、そしたら落としてくれ》
《はーい》
ゴーグが楽しそうに返事をしてきた。アイツも空を飛ぶのが好きなタイプの性格で、モーリス先生と馬が合うのが良く分かる。
「じゃあ、俺はこれから魔人軍の力のほんの一部を見せる事にする」
「ふん。楽しそうにしているな…気に入らん」
アリストはなかなかに肝が据わっている。こんな状況だというのに、まだ強がりを言う胆力があるようだ。まあ、そうでなければ辺境伯など務まらないのかもしれないけど。味方の国の人だったら、仲良くなれそうなんだがな…
「北の方角を見てくれ」
俺が指し示すと、アリストとコスタは北の森の方面を見た。天気も良く、俺の力を示すには良い日だ。
「よく目をかっぽじって見てほしい。これが俺の力だ」
《やれ》
俺がゴーグに指示をして数秒後の事だった。
バウッ! ドゴゴゴゴゴ! 北の森に、大きな爆発が起きキノコ雲が舞い上がった。
「なっ!」
「うわっ!」
アリストとコスタは言葉を失う。俺が北の森で使用した兵器は、BLU-82/B・デイジーカッター爆弾だ。湾岸戦争で使われた時、イギリス軍やイラク軍はアメリカが戦術核兵器を使用したと誤認したものである。スラリー爆薬にアルミニウム粉末を加えたとされる、粉塵爆発の効果も加えたその破壊力はまるで核爆発のように見える。
もちろん戦術核兵器を使ったら、もっと驚異的な力を示せるだろうが土壌を汚し復興に時間がかかる。また後続の部隊も来るので、基地を設営する為にデイジーカッターで森を一部消滅させておこうと思ったのだ。俺は二人に尋ねる。
「どう?」
「な…」
「どういう気持ち?」
よく見ると二人は震えていた。顔面蒼白となり、唇がわなわなとして言葉を発せないようだった。初めてあんなものを見せられれば、誰だってこうなるだろう。しかもここは異世界、魔法攻撃でもあんなものは見た事が無いはずだ。
「……」
「黙ってたら分からない。もしよかったら、もう一発試してみてもいいよ」
すると二人はただただ、首を横に振るだけだった。フルフルと子犬のように。
「一応想像してほしいんだ。あれを都市ウルブスで、適当に数十発ぶっ放したらどうなるかを」
コクコクと二人が頷く。どうやら良ーくわかってくれたようだ。それほど手荒な真似をしないで頷いてくれたので、俺は内心ほっとした。
「それで、もう一回聞くけど。降参してくれるよね?」
「わ…、分かった。降参する。頼むからアレで民を焼かないでほしい」
「もちろんだ。俺達に牙を向けてこないのなら、俺はあの力をこの領を守るために使う。ひいてはウルブス領はアラリリス国に下ってくれるとありがたい。悪いようにはしない、なあリュウインシオン」
するとリュウインシオンが楚々と、二人の近くにやって来た。
「手荒な真似をしてしまい申し訳ございません。アリスト・ガルディア・ウルス辺境伯様」
するとアリストがリュウインシオンの方を振り向いた。
「…あ、アラリリスの姫君!」
「いえ。今はアラリリスの王となりました。父は死に、今は魔人国の後ろ盾をもらいアラリリスを統治しております」
「前王が…、それは残念な事です…」
リュウインシオンと話す事で、アリストがだいぶ落ち着いて来たらしい。普通に受けごたえできているようだ。
「それで、いかがでしょう? モエニタではなく、アラリリスの領として私に仕えては下さいませぬか?」
リュウインシオンがそう言うと、アリストが畏まって聞く。
「ひとつ聞いてもよろしいか?」
「なんでしょう?」
「陛下はこの者たちに嫌々従っているのでしょうか? あの脅威に恐れをなして、無理やり従っているのではありませんか?」
「いいえ、それは違います。ラウル様は、私たちのアラリリスを開放してくださいました。悪魔の束縛から解き放ってくださったのです。更に、アラリリス国の再興に向けて全力を尽くしてくださっています。アラリリスに来ていただければ分かりますが、私の国は見違えるほどになりました。物資も潤沢で、民たちは幸せに生きております。一度来てみていただけましたら、納得していただけるかと思います」
それを聞いたアリストとコスタは、とても神妙な顔をしつつ、じっと考えているようだ。そしてアリストはコスタに対して告げる。
「コスタよ」
「は!」
「不甲斐ない領主を許せ」
「いえ! そのような事はございません!」
既にコスタが涙を流している。どうする事も出来ない事が分かっているからだ。
「我がウルブスは、これよりアラリリス国の領となる。魔人国に対し降伏を申し出る」
「は!」
そしてアリストが俺の方を振り向いた。覚悟を決めた男の表情だった。アリストは腹に力を入れて言った。
「リュウインシオン様。それでは今日から、ウルブスはアラリリス国の領となります。そしてラウル様、私達ウルブス領は魔人国に対し降伏いたします」
「ありがとう」
そう言って俺は手を差し出す。するとアリストが恐る恐る俺の手を取った。俺はその手を強く握りしめる。
「悪い様にはしない。まもなく我が軍の本体が、こちらにやってくるだろう。そうすればこの地は、魔の力から守られる。更に食料や物資などの補給も約束しよう。俺達はウルス卿の決断を歓迎する」
「民はどうなります?」
「ただ、平和に暮らして普通に営みを続けてくれればいい。そして…そうだな、ユアン湖で獲れる魚を我々に供給してくれれば双方に利があるんじゃないか?」
「一方的な従属関係を望むのではなくですかな? あれほどの力があれば、我が領など一瞬ももちますまい。それなのに、対等な貿易をされるとおっしゃるのですか?」
「もちろん、関税は取る。だけどそんな暴利を取るわけじゃないし、もちろんそちらから出してくれた物資に対しての相当な対価はお支払するよ」
「なぜです?」
アリストが不思議そうにする。それはそうだ、完全に支配下に置けるというのにそうしないというのだから。だけどこんな遠方の地を支配するのは労力の無駄だし、北の国々だって支配しようとは思っていない。別に俺には支配したいという欲が無いのだから。
「俺がそうしたいから、かな?」
「俺が…そうしたい…」
アリストはそれ以上何も聞かなかった。強硬手段ではあったが、敵に一人も血を流させることなく降伏を促す事が出来た。それに好条件を与えての降伏とすることで、これから虹蛇の信者になってもらうための礎を作る。
モエニタ国の奥に入れば、どのような脅威が待っているか分からない為、急速に侵攻を進める必要がある。恐らくこの事は敵の中枢にまだ伝わっていないはず。迅速にウルブス領を押さえ、モエニタ侵攻作戦が始まったのである。