第792話 騎馬隊の隊長
俺はLRAD長距離音響発生装置のマイクに向かって話す。騎馬隊がいる場所までは距離があるのでボリュームはデカめでだ。
「あー、うん。コホン! これはこれはウルブス兵士の諸君、良く来てくれたね。我々は君たちと話をしたい」
LRAD長距離音響発生装置から発した俺の声があまりにも大音量で、馬たちが騒ぎ出す。千の騎兵たちは馬を押さえるので一苦労しているようだ。ケープ・セント・ジョージのそばまで来ていた、十人の騎兵なんかは殊更慌てているようだ。ちょっとボリュームを落とす事にしよう。
「すまなかったね。聞こえるかな? 聞こえるなら手を上げてほしい」
すると先頭の十人以外に、遠くの千の騎兵にも手を上げるものがいた。どうやら問題なく聞こえているようだ。
「我々はモエニタ国に逃げ込んだ犯罪人を追いかけて来た、北からの使者である。北の大陸で虐殺を行った者がいる。それを探して遠路はるばる、このモエニタ国迄やって来た。心当たりのある者は挙手をお願いする」
俺の問いに、誰も手を上げる事は無かった。
何かを隠しているのか、本当にわからないのか…どうなんだろう? ちっさくて表情が読み取れない。もっと近くに寄らないと雰囲気も分からないぞ。本来はヴァルキリーを着て俺が降りて行ってもいいが、あいにくヴァルキリーは古代都市にいるグレースの中だしな。
十名の騎兵はどうしていいのか分からずに、右往左往しているようだった。
「なんかひときわ立派な甲冑を着ているやつが居るな」
俺が隣にいるシャーミリアに声をかける。
「そのようでございます。隊長か何かでございましょうか?」
俺達がそう喋っていると、ヘオジュエが口を挟んで来た。
「あれは、ウルブス騎兵隊長のコスタ騎兵長です。何度か面識がございます」
「なるほど。じゃあ偉い人って事だ?」
「軍の中でも顔がきく方かと」
「了解だ」
どうするか? とにかく無駄に争う気も無いが、もし相手がこちらに協力しないなら『やって』もいい。そのまえに兎にも角にも話をしないといけない。俺はシャーミリアの顔を見て言う。
「シャーミリア、アレを連れて…」
「は!」
シュッ!
俺が言い終わる前に、シャーミリアは消えた。そして数秒の後にドン! と甲板に降り立つ。シャーミリアの手には、ぐったりしたコスタ騎兵長がぶら下げられていた。
「おいおい。少し手加減をしろって…、言わなかったな…」
まあ、速すぎて言えなかった。って事だけど。
「大変申し訳ございません! そして…」
申し訳なさそうに言うシャーミリアに俺が寄ってよく見ると、コスタは死んでいた。シャーミリアの超高速飛翔により、恐らく内臓関係がダメになり全身の骨がバラバラになったのだろう。
「ファントム、ニードルエリクサーだ」
ファントムの服の下から、ポロリと新鮮な死者を生き返らせるエリクサー注射が出てきた。俺はそれを受け取り、ぐったりしているコスタ騎兵長の首元にぶっ刺した。
「ぷはっ!」
何とか息を吹き返してくれたらしい。俺は更に瓶に入ったエリクサーの蓋を開けて、コスタ騎兵長の体に振り撒いた。すると体の傷も治ってきたようだった。
「こんにちは」
俺はそのコスタの顔に、顔を近づけて挨拶をする。
「は…、えっ! あれ? なに?」
どうやら馬の上に乗っていたのに、次の瞬間、俺の顔が見えて驚いているようだ。するとそれに気が付いた、ヘオジュエが膝をついて語り掛ける。
「コスタ殿。私が分かりますか?」
呆然としていたコスタが、ヘオジュエの顔に焦点があってきたようだ。
「アラ…リリス…の…」
それでもなかなか言葉を発する事が出来ないでいる。あまりの事に目を白黒させていた。するとヘオジュエの隣りにいたリュウインシオンが話しかける。
「ごきげんよう。アラリリスのリュウインシオンです。私が分かりますか?」
コスタはリュウインシオンに目を移した。するとようやく意識がはっきりしてきたようだ。スッと膝をついて挨拶をする。
「こ、これは。アラリリスの姫君ではありませんか! 一体なぜ…」
コスタは次の言葉が見当たらないようだった。そもそもさっきまで馬に乗っていたのに、俺達に囲まれている事に気が付いたらしい。
「突然の訪問失礼いたします。私たちはこちらの方達に協力する為に、モエニタにやってまいりました」
「アラリリスがこの人たちに?」
「そうです。出来れば抵抗などなさらぬように、忠告いたしたく思います」
リュウインシオンの言葉に、コスタは目を光らせた。ようやく精神的に立ち直って来たらしい。
「なにを!」
コスタが立ち上がろうとするが、立ち上がれなかった。ギレザムが肩をグッと押さえているからだ。恐らくはびくともしないだろう。轍にハマった何トンものトラックを、素手で持ち上げる魔人の力に人間が抗えるはずがない。
「まずは落ち着いてくださいませ」
リュウインシオンが優しく語り掛けた。
「な…。グッ」
コスタは今のでよく声を上げなかったと思う。ギレザムが肩をグッと握ったのだ。恐らく相当な痛みが走っているだろう。コスタの額に脂汗が浮かんできている。
「ギレザム。放してやれ」
「は!」
スッとギレザムが後ろに下がる。拘束から解き放たれたコスタは、肩をさすりながら俺を見た。
「これはどうも。俺の部下が失礼をした。別に危害を加えるつもりはなかったんだ。とりあえず落ち着いて話が出来たら嬉しいんだが? 話は出来るかな?」
「わかった」
どうやらコスタは、どうにもならない事に気が付いたらしい。俺は落ち着いたコスタに言う。
「じゃあ悪いけど、武器を渡してもらおう」
コスタが動かなかったので、今度はヘオジュエが手を差し伸べた。コスタはヘオジュエの手を掴んで立ち上がる。そして自分の腰に付けた剣をヘオジュエに渡して来た。
「こっちへ来てくれ」
俺は船首までコスタを連れて行く。コスタは船の高い位置から、自分が率いてきた騎馬隊を見て驚いていた。今の今まであそこにいたのだから、それはそうだろう。
「私はいつの間にここへ?」
「悪いが、俺の部下が連れて来た」
「連れて…、分かった。それで何をしたい?」
ようやくコスタは完全理解してくれたらしい。
「部下達に待つように言ってくれ。もし協力してくれるなら悪いようにはしない」
「わかった」
俺はLRADのマイクをコスタに渡し、それに向かって部下に話しかけるように促した。すると訳も分からないままに、コスタが騎馬隊に話しかけた。
「あ、みんな」
唐突に聞こえた自分の大きな声に驚きながらも続ける。
「私は無事だ。とにかくこの者たちは我々と話がしたいらしい、無駄な血を流さぬためにもじっと待っていてくれ。私に何かあっても、すぐに事を起こす事が無いように。タキトゥースよ、心配は要らぬ。待っていてくれ」
すると先行した騎馬隊の一人が剣を上にかざした。了承の意味らしい。
「よし。それじゃあこちらへ」
俺達は再び甲板の中ごろに戻る。そしてコスタを座らせ、俺が正面に座る。
「リュウインシオンも隣りへ」
「わかりました」
そしてリュウインシオンが俺の隣りに座った。コスタはさっきよりだいぶ落ち着いたようだ。そしてコスタの方から話しかけて来る。
「それで? ご用件とは何かな?」
「ああ。俺達は北から来た事は言ったね?」
「そのように聞いた」
「それで、ちょっと聞きたいことがあるんだ。ここ数年でウルブスに何か変化はあったか?」
「変化?」
「そうだ。何かおかしな事は起きなかったか? 領主が変わったとか貴族が居なくなったとか」
「そんなことは無い。強いて言えば、アラリリスとの交流が無くなった事だな。アラリリスの王が変わってからは、何かおかし気な軍隊が出来たと聞いた。商人が食料を売りに行ったりはしていたようだが、時折、動く人形のような物を見かけるのだとか」
なるほど。ある程度はアラリリスの事情が聞こえてはいるようだ。
「北へ調査しに行った隊は、君らかな?」
「そうだ。アラリリスに居座ったおかし気な人形が来たのかと思ったら、変な箱のような魔獣を発見した。だがそれはとてつもない速さで消えてしまった」
どうやらギレザムたちが乗っていた装甲車の事を言っているらしい。俺はガザムの目を見て、念話を繋げる。
《ガザムが見たのはこいつか?》
《そうです。この者が騎馬隊を率いていました》
《わかった》
そして俺はコスタに向かい聞いてみる。
「人形の事をどうやって知った?」
「アラリリスから戻った商人や、逃げて来たアラリリスの民だ」
それを聞いたリュウインシオンが、食い入るように聞く。
「アラリリスの! アラリリスの民がいるのですか?」
「はい。今はウルブスで暮らしております。なんでもアラリリスの居心地が悪くなり、逃げて来たと言っておりました。ウルブスで保護をしているのです」
「そうですか。アラリリスの民が…」
リュウインシオンの目に涙が浮かぶ。
「ありがとうございます」
リュウインシオンは涙ぐみながらもお礼を言った。するとコスタが少し申し訳なさそうに言う。
「いえ。姫君、アラリリスはどうなってしまったのですか?」
「説明いたしましょう」
そしてリュウインシオンはコスタに、これまで起きたすべての顛末を伝えたのだった。話を聞いていたコスタは驚愕の表情を浮かべて、リュウインシオンの話に聞き入っていた。一連の話が終わって、ようやくコスタが理解したようだ。
「ですが…、にわかに信じられませんな。この魔人軍の方々が、それを救ったと言う事ですか?」
「そうです。我々も民も救われました。王族や貴族はいなくなってしまいましたが、アラリリスは健在です」
「ということは、リュウインシオン様が王に?」
「そうです」
「そうですか…、前王はとても良き方でした。あのお方が…」
「父は最後まで抗っておりましたが、悪魔にやられてしまったようです」
「これは心無い発言をしてしまいました。もうしわけございません」
「いえ。良いのです。全て事実ですので、それよりもウルブスには何も変化が無い?」
「そうですね。変わった事はありません。まあ強いて言えば、教会が強くなりましたかね? より一層、神を信仰するようにと布教活動を行っています」
なるほど。いきなり必要な情報が得られそうだ。俺が尋ねる。
「どういうことだ?」
「なんでも、岩戸から一万年ぶりに神が降臨したとかで、その神を崇め奉るように御触れが出ています」
ビンゴ! 流石はモーリス先生。読み通りの情報が得られそうだ。
俺がこんな巨大な船で襲来したのには訳があった。それは無用な流血を避けるためだ。恐らくはこれに圧倒されて、人間が抗う事は出来ないと思う。そのおかげもあって、このコスタという男はリュウインシオンの話を全面的に信じてくれたようだ。
やはりこんなものを見せられれば、誰でも納得せざるを得ない。まあ、もし戦う事になったとしたら、容赦なく砲撃をするところだったけどね。
それからの話は、だいぶスムーズに進んだのだった。