第786話 虹蛇の巣
通路に入ってすぐに普通じゃない事に気が付いた。
この通路の質感や雰囲気を、俺は過去に体験したことがある。トラメルとケイシー神父と共に、一緒に砂漠で迷い込んだスルベキア迷宮神殿に似ていたのだ。同じザンド砂漠なのだから、虹蛇の残滓があちこちにあってもおかしくはない。ここは恐らく虹蛇が作った何かだと考えていいだろう。
「ひんやりしてますね。砂漠の地下にいるなんて思えないほどです」
「そうじゃな。何かおかしな質感じゃ」
グレースもモーリス先生も違和感を感じているようだ。それに俺が答える。
「モーリス先生。これはおそらく虹蛇の物です。以前トラメルとケイシーと共に砂漠へ飛ばされた時に、たどり着いた地下の空洞に似ていますね」
「なるほどのう」
その通路は少しずつ下っていて、地下深くに潜っても暗くはならなかった。なぜかと言えば、この通路の壁にはスルベキア迷宮神殿があったものと同じ、青い光が点々と輝いているからだ。まるで星空の中を歩いているような感覚だった。こんな不思議な空間を当時は、女性のトラメルと頼りにならないケイシー神父と彷徨ったのだ。あの時とは全く違って、今は頼もしい仲間との潜入となる。トラメルやケイシー神父とは比較にならないほど頼もしい。
「美しいのじゃ…。魔力は感じぬがどうやって輝いておるのじゃろ?」
「そうなんです。これ地下でも遠くまで見渡せるんですよ」
「調べてみたいのう」
モーリス先生の目が爛爛と輝いている。モーリス先生は俺の話を聞いてずっと行きたかったと言っていたし、賢者の血がうずいているのだろう。先生は壁に近づいて食い入るように見ていた。
地下深くに潜ると、通路は再び行き止まりになっていた。そして先ほどと同じように、祭壇のような物がある。これは恐らく祭壇では無くて、虹蛇専用の自動ドアなのかもしれない。やはりその祭壇の上部には手形があり、グレースがその手形に触れた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!という音と共に、その壁が左右に開いて行く。この先には何があるのか?
「なんということじゃ!」
「おおおお!」
「やっぱり!」
開いた扉の先には大きな空間が開いていた。俺にとっては既視感のある風景である。広大な空間に、透明な木の森が広がっているのだった。そして今、俺達のいる場所はその天井部分にあたる。天井付近にその入り口が開いたらしく、階段などが無いのでそのまま飛び出さなくて良かったと思う。喜び勇んで走り出していたら、奈落の底に真っ逆さまだっただろう。
「いかがなさいますか?」
シャーミリアが俺を見て聞いてくる。
「降りてみよう。確証はないが、恐らく危険はないはずだ」
「では、私奴が先に安全を確認します」
「わかった。俺達はカララの糸で降りる事にするよ」
「はい」
そしてシャーミリアはその場から無造作に、飛びおりて奈落の底に消えて行ってしまった。
「カララ、それじゃあ俺達を降ろしてくれるか?」
「かしこまりました」
「モーリス先生、グレース。かなりの高さがあると思うから心してほしい」
「わかったのじゃ」
「はい」
カララが俺達の体に糸を這わせ、絡めとるように包む。そしてその通路にも糸を張り巡らせて固定した。
「それでは、そこから出ていただいて構いません」
カララが言うので、俺が一番最初に穴から外に出る。するとぶらーんとぶら下がって、スルスルと下へ降りていくのだった。モーリス先生とグレース、その上からカララもついて来る。青い光の星空に照らされ、ダイヤモンドの森がキラキラと輝いていた。
「なんと…」
「すごっ…」
モーリス先生とグレースが息を飲んでいる。それほどの絶景が広がっていたのだ。俺も以前見たことがあるが、あの時は切羽詰まっていたのでこんなにじっくりは見れなかった。見れば見るほどその美しさに圧倒される。
ダイヤモンドの木の頂上あたりに差し掛かった時、シャーミリアが俺の側に飛んで来た。
「ご主人様。特に動いているものはおりませんでした。またデモンなどの類も一切おりません」
「了解だ」
今の言葉をモーリス先生もグレースも聞いていたので、二人がこちらを向いて頷いた。
「先生! 恐らくこの透明な木々はダイヤモンドで出来ているかもしれません。前にスルベキア迷宮神殿に降りた時も同じものがありました」
「な、なんじゃと! これが全て宝石?」
「調べてみないと分かりませんが」
「鑑定ならわしが出来るのじゃ」
「さすがです。降りたら削って見てみましょう」
「うむ」
そして俺達は無事に、透明な木々の森へと降り立った。地面もパキパキと音がするが、透明なものが敷き詰められている。折れた木々の枝が下に落ちたものだ。
「さて、ラウルよカンテラを出してくれるかの」
「はい」
俺は軍用のカンテラを召喚して光を灯し、その場に置く。するとモーリス先生は、下に落ちているサイコロ大の欠片を拾い上げじっと見つめた。
「ふむ」
次に鞄からルーペのような虫眼鏡を取り出して、じっくりと見始める。次第に先生の目が爛爛と輝きだした。
「ラ、ラウルよ」
「はい」
「間違いないのじゃ。これはダイヤモンドじゃぞ!」
「やはりそうでしたか。最初に虹蛇と出会った時は砂に埋もれてしまったので、もったいないなあと思っていたんですよ。ザンド砂漠の中央辺りにあったのですが…、それもきっと私が攻撃で焼き尽くしてしまいましたね…」
「もったいないのじゃ。というよりもじゃ! この埋蔵量はな、世界の価値観がひっくり返ってしまうほどじゃ。この木一本だけでも国が買えておつりが来るやもしれん。ラウルはこれをどうするつもりじゃった?」
「どうって、物資と物々交換や金品と交換しようと思っていました」
「ふぉっふぉっふぉっ、そんなことをしたら世界の財宝の価値は地に落ちるじゃろうな」
「え、そうなんですか?」
「こんなもん、希少価値じゃから高いものなのじゃよ。こんなにいっぱいあったら、安い宝石と何ら変わらんようになってしまうのじゃ」
俺とモーリス先生が話をしていると、グレースが笑い出す。
「うひひひひひ」
「どうした?」
「あ、すみません。どうもおかしくなっちゃって…」
「おかしい?」
「だってここにあるダイヤモンドを使えば、世界の国々との交渉が楽になると思いません? ダイヤを小出しにして財を蓄えて行って、魔人国の資金繰りはそれはそれは潤沢になると思いますよ。世界の市場をコントロールできるようになるのです。魔人国は経済でも強くなります」
「確かに!」
「そうじゃな!」
俺達三人は顔を合わせて、悪ーい表情を浮かべる。
「ふはははははは」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ!!」
「くっくっくっくっ…」
俺達三人はそれぞれに、妄想を繰り広げているらしい。なんともいやらしい笑いが、美しいダイヤモンドの森に響き渡るのだった。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。俺達は進軍中で、拠点探しをしている最中なのだ…拠点? あれ? 俺が何かを思いつく前に、グレースの方から言ってくる。
「ラウルさん。ここを拠点に出来ないですかね?」
やはり同じことを考えていたようだ。
「わしもそう思うのじゃ。ここに魔導エンジンを運び込めば、このダイヤは全て好き勝手に持ち出せるのではないか?」
モーリス先生も思っていたらしい。
「えっと…え? 先生…それは泥棒じゃないですかね?」
「はぅ!」
なんかモーリス先生が襟を正している。教育者としてあるまじき事を言った事に気が付いたらしい。だがそれをかき消すようにグレースが言った。
「ラウルさん! ここは恐らく虹蛇のテリトリーなんですよね? だったら僕に所有権があるんじゃないですか?」
「あっ!」
「そうじゃ!」
するとグレースがにんまり笑っている。何やら悪ーいことを考えているようにも見える。
「えーっと、もし良かったらここを使わせてあげてもいいですよ?」
「なっ!」
「ううむ…」
「嫌ならいいんですけど」
どうやらここの利権は自分にあると言っているらしい。確かに、虹蛇の住みかであることは確かだし、今の虹蛇はグレース本人だ。ここの所有はグレースと言う事で間違いない。
待てよ…、すると今度は俺がついつい悪い顔を浮かべてしまう、
「ちょ、ちょっとまて。いいのか? グレースはそれでいいのか?」
「どういうことです?」
「俺とモーリス先生は、シャーミリアとカララと共にここから地上へ戻れるけど? グレースはどうする? ここに居る?」
「あ…」
「グレースはダイヤに目がくらんで、もう戻らないって事で良いのか?」
「す、すみません! 連れて行ってください! 出来心で言いました!」
「はは、冗談だよ。 だが確かに虹蛇の所有である事には違いない。そして俺達の駐屯地をここに作る許可はほしいかな? 恐らく神殿が建てられるほどの土地がここのどこかにあるはずだ」
「もちろんです!」
それを聞いて俺はシャーミリアに目配せをする。
「は!」
シャーミリアはこの空間に、基地を建設できる土地を探しに行ってくれたのだ。そして俺の見立て通りに、ダイヤの木が生えていない平坦な土地があったらしい。
「そしてご主人様。何か装置のようなものがあったように思います」
「装置?」
「良くは分かりませんが…」
「連れて行ってくれ」
「かなり距離が御座います」
「ちょっと車両を出しずらいから、徒歩で行くしかないだろう」
「かしこまりました」
俺達はシャーミリアに付いてダイヤの森を歩きだすのだった。パキパキと音がして、ダイヤの粒を踏みしだいて進んでいく。
しばらく歩いて行くと、森が途切れて広い土地が見えて来た。確かに秘密基地を設営するならばちょうどいいくらいの土地だった。グレースがここに居れば、かなり堅牢な要塞と化すであろう。
「これです」
シャーミリアが指さしたところに、台座のような物があった。
「また…」
その台座には上の壁にあったのと同じような手形がある。何よりも増してグレースの虹色の髪がより明るく輝いているのだった。その自分の輝きに気が付いたグレースが言う。
「たぶん僕でしょうね」
「だろうね」
そしてその手形の所にグレースが手を触れると…
突然、ぼわーんと虹蛇の頭の映像が空中に浮かぶのだった。俺としてはしばらくぶりに見る、虹蛇本体のバカでかい顔だった。
「な、なんじゃ!」
「なんだこれ!」
二人が驚いている。
「これ、虹蛇本体の頭ですね」
「これが…」
「デカい」
「いや、グレース。これは実寸大じゃない、本物はもっと遥かにデカい」
「なんと…」
するとその空中に浮かぶ虹蛇の頭が口を開いた。どうやらそれは、ホログラムのように空中に投影されている映像らしかった。それはおもむろに話をしだす。
「この装置を稼働させたと言う事は、次の虹蛇が来たのじゃな」
それは前の虹蛇の声で話し出した。実際にいま会話しているのではなく、あらかじめ設定しておいたのだろう。俺達は黙ってその話を聞いている。
「お前が今、この虹蛇の体を呼び出せるようになっているかどうかは分からんが、恐らくは砂漠で蛇の胴体を見たであろうと思う。それは散り散りに散った我の体の一部だ。それを全て集めれば再び体を出現させることが出来るであろう。今でもおそらく一部機能は使えていると思うが、全機能を開示する為には八つの胴体を集めねばならん」
えっ! まるで…ド〇ゴン〇ールじゃん!
「我が集めきるまでは数百年かかったが、お前は何年かかるじゃろうな? まあ一万年の命の間にゆっくり探せばよい」
いきなり虹蛇本体を出現させる方法が分かった。だがどこにその胴体の破片があるのか分からない。どうやって集めるというのだろう? ドラ〇ンレー〇ーでもあるのだろうか?
「まずはこの拠点のそばに居た胴体に触れるがよい。もう何体目になったのかは分からんが、せいぜい頑張るのじゃな。ある程度の力が付与されるはずじゃが、しばらくはここのダイヤモンドを食わせておれば成長するはずじゃ」
そう言い切ると、虹蛇のホログラムはふわっと消えた。
「え…」
「これ…が餌じゃと…」
「…すみません。どうやらそうらしいです」
これからも世界の宝石の価値は、あまり変わらないかもしれない…。虹蛇が完全体になるまでは、このダイヤモンドの森には手を付けられないだろう。
俺とモーリス先生とグレースは、それぞれしゃがみ込み地面に落ちているこぶし大のダイヤモンドをそっとポケットにしまうのだった。