第782話 コブラのドッグファイト
エミルの試験を突破した中から、更に選考した魔人達が俺の前に勢揃いしている。勢揃いと言っても全部で八名、種族もいろいろな種族から集まっていた。比較的進化ゴブリンが多い気がするが、その中には俺の直属のティラとスラガも混ざっている。
「ティラとスラガも?」
俺が尋ねるとエミルが面白そうに答える。
「な! ラウル、まさかティラちゃんとスラガが飛べるなんて知ってたか?」
「想像もしていなかったよ」
俺がティラとスラガに目配せすると、自信ありげな視線を返してくる。今、俺達はアラリリス基地の北に作られた航空基地にいた。俺達の前にはAH-1 コブラ戦闘ヘリが四機並んでいる。理路整然と並ぶ戦闘ヘリは圧巻だ。
スーパーゴブリンとも言うべきティラと、圧倒的な戦闘力を持つスプリガンのスラガにこんな特技があったとは思わなかった。あとはゴブリンが四人とダークエルフが一人とライカンが一人。彼らにもどうやらヘリ操縦特性があったのである。
「ただ、まだ人を大勢乗せるのはまだ無理かもしれない。とにかく飛ばせるのは飛ばせるんだよ。マリアのように精密ではないかもしれないけど、航空戦力としては十分に役立つはずだ」
「エミルの見立てでは誰が一番かな?」
「まあ、ティラちゃんかな。物凄くセンスがいい。スラガも物覚えが良いけど恐らくティラちゃんは天性のものだ」
「なるほど、じゃあみんな!飛行訓練を見せてくれ」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
それぞれ前席に射撃手、後席に操縦士が搭乗していく。どちらも操縦できるらしいが、より得意な奴が操縦席へ、他の面子が射撃主として前に座った。皆キャノピーを締めて俺に親指を立ててみせる。準備が整ったようだ。
ヒュンヒュンとローター音を響かせて、飛び立っていくAH-1 コブラ戦闘ヘリの雄姿はたまらなくカッコイイ。雲一つない大空を見上げるのに、俺とエミルはサングラスをしていた。
「おお!」
俺が想像だにしない事が起きた。何と四機のAH-1 コブラ戦闘ヘリが、編隊飛行を行っているのだ。俺が驚くのを見たエミルは、したり顔で一言呟く。
「なっ」
なにが、『なっ』か分からないけど、エミルの言いたいことがなんとなく分かる。
「か、かっこええ…」
「まさか異世界で、編隊飛行が見られると思っていなかっただろ!」
「うん! うん!」
「なんつーか、ワルキューレの騎行を大音量で流したいだろ!」
「流したい! 鳥肌が立つ」
「だよなー」
俺たち二人の趣味の時間はしばらく続いた。そんなに凝った飛行はできないが、きちんと前のヘリに続いて飛ぶ事が出来ている。そこで俺は気になった事をエミルに聞く。
「他の魔人にはいなかったのか?」
「飛ばせるだけなのが数名いたが、思うような方向には飛ばせていなかった」
「やっぱセンスってあるんだなあ」
「だな」
しばらく編隊飛行を披露して、ヘリが着陸し始める。一機目のキャノピーを開けて、ティラが一目散に俺の所に走って来た。
「ラウル様! どうでした!?」
「凄いよ。あんなに上手く飛べるなんて知らなかった。俺なんて何機ヘリをダメにしたか分からん。ティラは凄いよ」
「えへへへへへ」
ティラが少し顔を赤くして照れたように笑った。そして次々に魔人達が俺のもとへとやって来る。
「みんなも凄い! まさかスラガまで操縦できるなんて思わなかった!」
「エミル様のご指導の賜物です」
「確かに先生が良いと飛べるようになるんだろうな。俺はならなかったけど、スラガも凄いよ」
「恐れ入ります」
そしてしばらくはヘリの操縦についてや、それぞれの感想などを聞きながら過ごす。あれだけ魔人が居ても、八人しか適性のあるやつが居なかったのは少々残念だ。しかし、航空戦力がハルピュイア隊とサキュバス隊の時より、ずいぶん上がったのは確かだった。
「なあ、ラウル」
「なんだ?」
「今までは、安全性を考慮してやっていなかったんだが…」
「なにをだ?」
「ドッグファイトさ」
「ああ、確かに危険かもな」
「敵にもワイバーンなどの航空戦力がある以上、ドッグファイトの訓練も必要じゃないか?」
「…たしかに。まあ、今まではシャーミリアとマキーナがいるから何とかなって来たが、数が増えれば彼女達だけでは捌き切れないかもしれないな」
俺がそう言うと、エミルがティラとスラガを見る。
「ティラちゃんとスラガは、この中でも群を抜いて上手い。俺とラウルが射手になって、ティラちゃんとスラガの操縦でドッグファイトをやってみないか?」
「…やってみるか」
「そこで相談なんだが、シャーミリアに緊急時のサポートをお願いできないかね」
「わかった」
《シャーミリア。来い!》
ドン!
「お呼びでございましょうか?」
いきなり空から落ちて来たシャーミリアが、跪いて俺に問う。
「お前を呼んだのは、これからの俺達の訓練の助手をしてもらいたいからなんだ」
「もちろん、お手伝いをさせていただきます」
「という訳でエミル。やろうか、組み分けはどうする?」
「俺が乗ったらかなり有利だからな、ラウルがティラちゃんと組みで良いんじゃないか?」
「了解だ」
「後ろについて迎撃態勢をとった方が勝ちだ」
「ああ」
「三分後に戦闘開始だ」
そして俺はティラと共にAH-1 コブラに乗り込む。キャノピーを締めて、隣の機体に乗っているエミルとスラガに親指を立てた。
AH-1 コブラがローター音を上げて、大空に舞上がる。するとそれを追うようにして、エミル達のAH-1 コブラも空に飛びあがった。
「じゃあ、ティラ。まずは南へ飛べ」
「はい」
流石にエミルがセンスを褒めるだけあって、ティラの操縦技術は高い物だった。ちゃんと思った通りの方向に行けているようだ。俺は後部座席のティラにいろいろと指示を出してみるが、その通りに動かす事が出来ているようだ。
「三分だ」
機首を北に向けると、エミル達の機体がコメ粒ほどの大きさに見える。雲も無いので単純な操縦技術だけがものを言うだろう。
「右舷から周ろう」
「はい」
そして俺達の機体は右舷に周っていく。するとそれに呼応するように、エミル達が反対側へと円を描くように飛び始めるのだった。
でも、一体どうやって後ろを取ればいいんだ? こんな雲一つない空で隠れるところなんてない。いくら何でも、覚えたての二人がドッグファイトなんて出来るはずない気がしてきた。するとティラが後ろから声をかけてくる。
「ラウル様」
「なに?」
「低空を飛んでも良いですか?」
「それだと上を取られる」
「ちょっと試したいことがあるんです」
「まあ、やってみて」
するとティラがヘリの高度を落とし始める。どんどん地面が近づいてきて、俺は若干血の気が引いた。
「大丈夫なのか?」
「はい」
するとティラは、丘陵地帯の間にある谷へと潜ったのだった。こちらからはエミル達が見えないが、あっちからも見えないだろう。だが、まだ日が浅いティラがこんなところを飛んだら…
「行きます!」
「えっ!」
するとティラはAH-1 コブラを一気に加速させた。
「うわっ! うわっ!」
あっという間に丘陵地帯が迫って来た。このまま真っすぐ飛べば間違いなくぶつかるだろう。俺は思わず体を強張らせて、衝突に備えた。だが、機体は丘にぶつかる事は無く、左旋回でそれを避けたのだった。だが、また正面に岩壁が迫る。
「ぶ、ぶつかるって!」
俺が言ったのも束の間、ティラはその岩壁を綺麗に避けて谷を縫うように飛び始めるのだった。これはまぐれではない、完全に機体をコントロールしているのが分かる。
「どうします?」
ティラは嬉しそうに、俺に聞いてくる。
「敵がどこにいるか分からない以上、上に出て確認する必要があるけど。先に見つけられればヤバいぞ。とはいえ…らちがあかんしな。上昇しよう」
俺が言うとティラは一気に機体を、丘陵地帯の上へと出した。
…その時だった。
「うおっ!」
真正面にエミル達の乗るヘリが居た! だが相手も俺達が出てくる事を想定していなかったようで焦っている。
「避けろ!」
ティラは右方向に旋回し、スラガは反対方向へと舵を切った。危なく正面衝突するところだったが、お互いが機転を利かせて避ける事が出来た。
「わっ!」
しかし、ティラはすぐさまスラガの操縦するヘリの方へと機首を向ける。スラガたちのヘリの側面を見るような形になった。そのまま直進してスラガたちのヘリの後ろに周ろうとしているのだった。だが、スラガもただでは後ろは取らせない。もちろんエミルが指示をしているのだろうが、あっちは指揮官が良いためか、かなりいい動きをしている。
「うおっ!」
俺は既に指示すらも出していなかった。指示もなくティラは無我夢中で、スラガとエミルが乗る機体の後へと回ろうとする。右旋回、左旋回、上昇、下降を続けてどうにか相手の後ろにつこうとしている。指示もしない俺は、完全なお荷物と化していた。ただ、スラガとの技術差があるようで、どうにか均衡を保っている。
「また谷に潜るか?」
「えっと!」
必死にやっているティラに俺が変な声をかけたもんだから、どうやら操縦ミスを起こしてしまったようだ。あっという間にスラガたちに後ろを取られてしまう。
「負けた!」
ティラが物凄く悔しそうだ。というか…俺が悪い…
「ティラ、ごめん。俺が変な指示を出したから」
「いえ! ラウル様は悪くありません! 私が未熟なんです!」
「そんな事はない。俺が変な指示を出さなければ勝っていたかもしれない。確実にスラガよりも操縦技術は上だったんだ!」
「次こそは!」
「だな! とりあえず着陸しよう」
「はい」
元の場所に着陸した俺達はヘリを降りた。
「ご主人様。ご無事で何よりでございます」
「ティラの操縦が上手いんだ」
「それにしてはティラが浮かない顔をしているようです」
「俺のせいで負けちゃったからな」
俺がそうシャーミリアに言うと、シャーミリアが口を開く前にティラが言う。
「違います! ラウル様のせいじゃありません! あそこで私が指示通りに動いていれば良かった」
「それはどうだろう? あの時、下に潜るのは悪手だったかもしれんし」
そんな話をしているところに、エミルとスラガがやって来た。だがスラガも何か自信なさそうな顔をしている。勝ったのだから、もっと嬉しそうな顔をすればいいと思う。
「どうだった? スラガ」
「思うように動かせませんでした。ただエミル様の指示に従い、操作した結果です」
どうやらスラガは自分の力で勝ったとは思っていないらしい。
「ごめんねスラガ。でも、これから飛行時間を積み重ねていけば絶対に上手くなるよ」
「は!」
「そして、ティラちゃん」
エミルがティラに優しく声をかけた。
「凄いね! いつの間にあんな技術を身に着けていたんだい?」
「でも、負けました」
「操縦技術で負けたんじゃないよ。戦術的な読み勝ちでこっちが勝っただけさ」
そう言ってエミルが俺をチラリと見た。どうやらさっきの操縦ミスが俺の仕業だと見抜いているらしい。
「そうだ、俺が余計なことを言わなければ」
「まあ、そんなところだろう。でもティラちゃん、ケイナかマリアと組めば相当な力を発揮しそうだね」
「ほんとですか!」
ティラの顔がぱっと輝いた。さっきまで落ち込んでいたが気持ちの切り替えが早い。
とにかく俺はティラの意外な能力を知る事が出来たのだった。




