第781話 魔人軍部隊演習
俺は双眼鏡で荒野を見渡していた。高台にいるが風も吹いておらずかなり暑い。ゆらゆらと揺らめく陽炎で、あまり遠くまでは見渡せないようだった。
「どう思う? グレース」
「オージェさんとエミルさんですからね…、絶対正攻法では来ないですよね?」
「まだこちらの斥候からは連絡が無いから、侵入してきてないと思うんだけど」
「とにかく侮れないです」
「ああ」
俺達、魔人軍はアラリリス近郊の荒野で部隊演習をしていた。一つの部隊はオージェが指揮官でエミルが副官、それに敵対するように俺が指揮官でグレースが副官として部隊戦をしているのだった。魔人全員にテーザー銃と無線機だけを持たせて、五百対五百人の魔人軍を指揮しているのだ。もちろんオージェの提案で始まった演習で、指揮官役の俺達四人がくじ引きで二対二に分かれた。
「砂塵が見えない」
「まだ動いてないんでしょうねぇ」
「直属が一人も混ざってないから、すっごくやりづらい」
「直属の配下が居たら、ラウルさんはズルになっちゃいますもんね」
「まあ、そういうことだな」
そして俺は、俺とグレースの後ろに立っている旗を見上げる。そこそこ大きい旗で、へのへのもへじが描いてある布がかけられている。ルールは簡単で、この旗を取られたら終わりだ。未だに配下から無線が入っていないので、敵を察知していないと思われる。
「てかテーザー銃は魔人にほとんど効かないですよね?」
「まあ、ビリッとはするだろ? その段階で戦線離脱するルールになっているから」
「あと格闘はオッケーですからね、オーガが有利ですよね」
「でも、斥候や潜入はゴブリンの方が美味い」
「まあ、それぞれの部隊に特性を持たせてますからね。相手がバランス重視のチーム編成だといいんですが、オージェさんとエミルさんですから絶対一筋縄ではいかないですよね?」
「だな」
ガガッ
唐突に無線が入る。どうやら敵に接触したようだ。
(ラウル様。オーガとオークの混成部隊がいます)
(方角はどっちだ?)
(そちらから見て、二時の方向です)
俺とグレースが双眼鏡をそちらに向けると、かすかに砂塵があがりそれが動いているようだ。
(数は?)
(少ないですね。三十ほどしかおりません)
(了解だ。監視を続けろ)
(は!)
俺とグレースが顔を見合わせる。数的におかしいと思うからだ。
「囮ですよね?」
「だろうな? だけどそんな単純な方法かな?」
「まああるとすれば、荒野に点在する高台の使い方ですよね」
「俺達の部隊は、既にスタンバっているはずだけど…」
「この動きからすると…こっちの動きが読まれてますね」
「予定を変えるしかないな」
俺とグレースがこの動きに対して、あらかじめ予測していた作戦に変える。それを潜伏している部隊に無線で伝えるのだった。!
(ゴブリン中央隊! 敵小隊が二時の方向に出現した。だがこれは囮だと推測される。演習場の中央付近でとにかく砂を巻き上げろ、出来るだけ大部隊がいるように広範囲でだ。敵が来る前に撤退しろ)
(は!)
(オーガ隊、中央のゴブリン隊がこれから騒ぎを起こす。その隙に十時の方向に見える高台に移動しろ。その高台には浅めの洞窟がある、そこに潜伏しろ)
(は!)
(オーク隊は三百メートルほど後方に下がり、鶴翼の陣形に展開)
(は!)
そして俺達は再び、部隊からの連絡を待つことにした。ギラギラとした太陽は容赦なく俺達を照らし、荒野の気温はどんどん上昇していた。まあ、魔人達にはなんてことはないだろうが、じっとしている俺達は暑かった。
「飲むか」
「ですね」
俺とグレースはあらかじめ各部隊に用意されていた水を飲んだ。魔人達のリュックにも水は入っているが、恐らく魔人は演習中飲まなくても大丈夫だろう。そして再びゴブリン隊から通信が入る。
(オーガとオークの混成部隊が止まりました)
(了解だ。まだ見張ってろ)
(は!)
「どうやらこっちが兵を動かしたのを察知したな。後出しじゃんけんでやろうと思ったが、こっちから仕掛けないといけないかも」
「前線を上げますか」
「だな」
俺は無線を使って、魔人軍の前線を二百メートルほど上げる指示を出した。
(ラウル様)
斥候のゴブリンから通信が入る。
(なんだ?)
(どうやら敵は全て混成部隊のようです。更にすべて小隊規模に分けて、横に広がって守りに入っている? いえ! いま進軍し始めました!)
(了解だ)
そして俺はすぐにオーガ部隊へと通信を繋げる。俺たちはオーガだけを一部隊にまとめていたのだった。あとはゴブリンとオークを散らしてあちこちに配置している。
(オーガ隊)
(は!)
(敵は混成部隊のようだ。小隊規模で横に広がって進軍してきているらしい。北の部隊から各個撃破していけ。こちらはオーガのみの部隊だ負ける事は無い)
(蹴散らしてやります!)
オーガから威勢のいい返事が返ってくる。そして俺の指示通り、オーガ隊は北の部隊から順次撃破していくのだった。小隊を一つ潰す度に俺に連絡が入る。
「いい感じだ。意外にも正攻法だったな。これでだいぶ有利になったぞ」
「やっぱりオージェさんは脳筋なんですかね?」
「サバゲじゃそんな事無かったけどな。やっぱり将をやっているより、実働部隊の方があっているのかもしれんな」
「まあそうですね」
俺達が優位にゲームを進めている事をしたものの、それでも油断はしていなかった。あっちにはエミルもいるし、こんなに単純な方法で攻めてくるわけがない。だが無線から伝わってくるのは、小隊撃破の報告ばかりだった。
(ゴブリン隊、敵の先行部隊は何をしている?)
(あたりを捜索しています)
(なんで? 敵の襲撃を受けているのは無線で伝わってるはずだぞ?)
(わかりません)
すると今度はオーガ部隊から連絡が入る。
(敵部隊は、各個撃破しているこちらに気が付いて北部に集結してきているようです)
(残った数はどうだ?)
(まだ半分以上はいるかと思います)
(…そうか)
なんか変な動きをしているのは明らかだが、それでも俺達が有利な事には違いが無い。こちらがやられたオーガの人数を差し引いても、九対六の割合でこちらの人数の方が多いのだ。するとまたゴブリン隊から通信が入る。
(中央部隊が南へと流れていきます! どうします?)
(なるほど)
「グレース。どうやら敵さんは、やられた事に気が付いて部隊をまとめて南に動かしたみたいだぞ」
「ならオーガ隊に追わせて、後方のオーク隊と挟み撃ちにすれば、かなり削れるんじゃないですかね?」
「だな」
俺はすぐにオーク隊に通信を繋げる。
(オーク隊! 南に陣を移して敵を迎え撃て! 今オーガ隊が追撃している)
(は! 一網打尽という事ですね!)
(そういうことだ)
そして俺はすぐさまゴブリン隊に通信を繋ぐ。
(ゴブリン隊!敵主力の位置を常に把握して、オーガ隊とオーク隊の中央に位置するように誘導しろ。逐一位置を俺に報告するんだ!)
(は!)
敵の主力部隊はためらうことなく、こっちに突っ込んできている。
「一点突破してくるつもりかな」
「兵力が減りましたからね。恐らくは一点集中で突破してくるのだと思います」
そして俺は前線からの連絡を待った。
(敵部隊。止まりました)
ゴブリンからの無線連絡に、俺とグレースは顔を見合わせる。
「一点突破じゃないのか?」
「何を考えているんでしょう?」
そして俺達も部隊を止めて様子を見る。しかし敵がすぐに動き出す様子はなかった。
「じゃあ、こっちが一気に敵の基地を攻めるか。位置的にオーガ隊から敵本拠地までは、あまり兵が残っていないよな。ここは一気に攻め込んだ方が有利だぞ」
「確かに、それならばオーク隊を上げて追い込めばいいんじゃないですかね?」
「よし、そうするか」
俺は今の作戦内容を、各部隊に告げるのだった。敵陣方面に大きな砂塵が上がり、オーガ隊が突撃しているのが分かる。前線からの情報では恐らく防衛はゴブリンしかいないだろう。こちらのオーガ隊であれば、敵は一気に蹴散らす事が出来る。
「ラウルさん! 敵基地の直前まで攻め込みましたよ!」
「よし!」
俺が見ている通り、オーガ隊から通信が入った。
(ラウル様。まもなく敵陣に到達いたします! どういたしますか?)
(そのまま進め! おそらく防衛部隊はほとんど残っていない)
(は!)
今の無線を聞いて、俺とグレースがパン! と手を打ち合わせる。間違いなく、俺達の部隊が勝った。相手の本拠地を攻め落とすのも時間の問題だろう。
「はい! 取りました!」
いきなり背後から声が聞こえた。俺とグレースが、後ろを振り向くと三人の進化ゴブリンが旗を持って振っている。
「えっ!」
「勝ちです!」
「「え!え!えええええええっっ!!!」」
俺とグレースがあっけに取られているが、ゴブリンたちはニコニコとして旗を振っていた。ならば俺達は負けの合図を送らなければならない。すぐに赤の信号弾を空に向かって打ち上げるのだった。
「マジですか…」
「脳筋じゃなかったな…」
「そうですね。筋肉オバケになったから、脳筋になったと勘違いしていたのは僕たちだけのようです。オージェさんは前世同様にかなりの策士でした」
俺とグレースが肩を落とした。そうして俺達の大規模演習はあっけなく幕を閉じたのだった。俺達はそのまま基地へと帰投し、魔人部隊も次々と帰って来る。既にオージェとエミルは基地内で俺達を待っていたのだった。
「ご苦労さん!」
「検討したな!」
オージェとエミルが半笑いで俺達を見ている。なんか屈辱的だが、負けは負けだ。
「やられたよ」
「ほんとです」
「ていうか、今回の作戦。ラウルとグレースは随分と正攻法で来たもんだな」
「裏をかいたつもりだったんだがな」
俺がそう答えると、オージェとエミルが少し意外そうな顔をした。
「俺達がやった作戦、ラウルが良くやる作戦だと思うけどな」
エミルがそう言った。
「そうだな、ラウルよ。この戦いは旗を取れば勝ち。とそう言ったよな? それさえ取れば勝ちなんだろ?」
…なるほど…。俺とグレースは真面目に軍事演習をやっていたわけだ。そしてオージェとエミルは…俺達が前世で得意としていたサバゲの作戦をやっただけなのだ。おそらく俺は今までの魔人軍の戦いや、シン国やアラリリス国との合同演習で忘れてしまっていたのだ。
「一本取られたな」
「まったくです」
俺は搦め手が得意だったはずなのに、その俺の得意技でまんまと封じ込められたのだ。しかし逆に、これからモエニタ国へ進軍するのに、この軍事演習は良かったかもしれない。俺は忘れていた何かを思い出したような気がした。
「なんか良かったよ」
「どうやらそのようだな」
オージェが人懐っこい笑みで、俺の肩をグイっと掴んで言う。
「俺達には俺達のやり方がある。どんな敵がいるか分からないけど、ガツンと一発かましてやろうぜ!」
「そうしましょう!」
グレースが言う。
「そうだ。そして今回演習で指揮して分かったが、超進化魔人達の身体能力はとんでもないぞ。あの広さの荒野で、いとも簡単に作戦を終わらせた。ファートリア戦よりかなりやれる手段は豊富だと思う」
エミルが言った。
「確かに有意義な軍事演習だった。さてと、後はエミルの仕事を確認して準備は終わりだ」
「了解」
こうして魔人軍の軍事演習は終わった。恐らく魔人達にとっては部隊戦のおさらいになったと思う。そして俺達が話しているもとに、モーリス先生とデイジーや直属の魔人たちが歩み寄って来た。俺には頼もしい味方がたくさんいる事も再確認したのだった。