第780話 虹蛇と女王
俺達がヘオジュエに連れられて行くと、リュウインシオンは真面目に復興作業の現場で働いていた。俺達を出迎える予定の姫の格好のまま、騎士達にあれこれと指示を出して魔人の手助けをさせている。流石に魔人の手が加わっているので復興スピードは速いが、細かい所を人間達に手伝わせているようだ。
「リュウインシオン様!」
ヘオジュエが声をかけると、リュウインシオンは慌てた顔でこちらに走って来た。
「申し訳ございません! つい作業に集中しておりました!」
「気を使わないでくれ。遅れたのはこっちの方だ」
「そんなことはございません」
リュウインシオンの真面目さがビンビンに伝わって来たところで、とりあえず俺は彼女の言葉を遮る。
「まずは紹介したい。こっちが本物の虹蛇だ」
するとリュウインシオンが勢いよく跪いた。恐らく彼女は、こんなヘンテコな奴が虹蛇だとは思わなかったのだろう。それに合わせて虹蛇だと知っているはずの、ヘオジュエ以下騎士達も慌てて跪き頭を下げる。
「これは虹蛇様! きちんとお出迎えしなければならぬところを、私の不注意でこのような場所へお越しいただき申し訳ございません!」
リュウインシオンの言葉を受けた、虹色の髪をした女の子っぽいグレースが、何故か頬を赤くしてペコペコして答える。
「はは、僕はどこでもいいんですよ。本当に。別に作業場だろうが穴ぐらだろうがなんでもいいんです」
「そんなわけにはまいりません! なんという神々しいお姿でございましょう!」
「あ、ははっ…。あの、ドレスが汚れますので立ってください」
「ドレスなど汚れても構いません」
「あの、綺麗だし。とにかく立ってください」
「ご命令とあらば!」
リュウインシオンはヘオジュエと騎士にも目配せをする。すると恐る恐ると言った感じで、ヘオジュエ達も立ち上がるのだった。
「僕は命令なんてしませんよ。とにかく、真面目な人ですね! 立派だと思います! 少しの時間も無駄にせず働くのは素晴らしい事です!」
やたらべた褒めだ。
「そのような! 虹蛇様を差し置いて他に大事な事などありますでしょうか?」
「あるある! いっぱいあるよ! むしろほとんどの事が大切だよ!」
「なんと謙虚であらせられるのでございましょう! それに対し我々はなんと図々しい事でございましょうか!」
なんかこのままいつまでもやっていそうなので、俺はそのやり取りに口を挟んだ。
「リュウインシオン。とにかくゆっくりと話が出来るところに行こう。ここだと兵や一般市民の目もあるし」
「そ、そうでございました。せっかくご尊顔をお見せいただいたというのに、重ね重ね申し訳なく…」
また…。
「もう、良いと思う。とにかく行こう」
「はい!」
そうして、俺達はリュウインシオン達について第二御所に戻る。御所の中に入り、すぐに応接の間に通されて、俺とグレースは上座のような所に座らせられるのだった。
「えっと…、この状態?」
「何かおかしな事が御座いましょうか?」
俺達二人が座り、シャーミリアとファントムとマリアが両脇に立っている。そこまでは良い…
だが、その前にリュウインシオンとヘオジュエと騎士達がひれ伏するように床に跪いていた。
「君らの椅子はどこに?」
「虹蛇様と、同じ高さに座る事など出来ません」
「いやいや、これじゃ話し辛いと思うけど?」
「それでも虹蛇様と同じ席に座るなど!」
俺はグレースに目配せをした。こうなったらグレースに強制してもらった方が良いと思ったからだ。
「あ、ああ。分かりました。じゃあ僕たちも床に座りましょう」
なんでそうなる!そうじゃなく、椅子を用意してもらいたいのだ!
「いや、グレース。皆さんにも椅子を用意してもらった方がいいんじゃないかな?」
「なるほど、そ、そうですね。椅子を用意していただけますか?」
「かしこまりました! ヘオジュエ!」
「は!」
リュウインシオンの指示でヘオジュエと騎士達が、部屋の外に置いてあった椅子を持ってくる。そしてグレースに促されるままに、リュウインシオンとヘオジュエが対面に『立った』。
「えっと、座ってください」
「失礼します!」
そうしてようやくリュウインシオンとヘオジュエが椅子に座るのだった。ここまで来るのに、めっちゃ長かったんだけど! とにかく話し合いをする準備は出来たようだ。
「改めまして、僕が虹蛇のグレースです。よろしくおねがいします」
「虹蛇様にご挨拶を頂けるとは、この上ない幸せにございます!今すぐ、献上品をお持ちします故!」
俺はたまらず注意する事にした。
「いや。まずそれは後で良いんじゃないか? そしてその畏まった感じどうにかなんない?」
「しかし…」
リュウインシオンが戸惑う。
「いや、リュウインシオンさん。僕からもお願いしたいですよ」
「その、虹蛇様! 我々のような下々の者に敬語などお使いいただかなくてもよろしいかと」
「といわれても、癖のようなものでして」
ポリポリと頭を掻きながら、ほっぺを赤くしているグレース。グレースの様子もなんだかおかしい気がする。俺はグレースに耳打ちした。
「なんか緊張してるのか?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど…」
「どうした?」
「なんというか…ちょっといいですか?」
「ああ」
グレースは俺の袖を掴んで、部屋の端っこに連れて行く。どうやら聞かれたくない話があるようだ。
「ラウルさん」
「なんだよ」
「リュウインシオンさんが、あんなに綺麗な人だってなんで先に言ってくれなかったんですか!」
なんかグレースは怒っているようだ。とはいえ、今後のアラリリスの事を話すのに、彼女の容姿の事を伝える必要があるとは思えなかったのだ。なのに、この虹色の奴は何を言っているんだ?
「そんなの関係ないだろ!」
「大ありです! 僕の髪型とか変じゃないですか? 今朝、顔洗ったっけな?」
「えっと、髪型はずっと変だ。てか髪の色がな。あと顔に特にゴミはついていない。目ヤニも涎の跡もない」
「ほっ!」
「それが何か関係があったか?」
「何か関係があったかですって!? 大ありです! あったかもなにも、リュウインシオンさんがあんなに美人だって、何でずっと黙ってたんですか?」
「いや、別に伝える必要ないと思って」
「ラウルさんは、何にも分かっていない。あんな絶世の美女に会わせるなら、もっと準備をさせてください!」
グレースは真剣な目をしていた。だんだんと申し訳なくなってきた。俺はそんな事を何も考えずに、ただグレースを連れて来たのだ。早くアラリリスの今後の計画を立てようと思っていただけだ。だけど、目の前の真剣な奴の顔を見ていたら、なんかとてつもなく不味い事をした気分になる。
「ごめん」
「もう、取り返し尽きませんけど! とにかく、上手くフォローしてくださいね!」
なにを?と言いたい所をグッと堪えて、ウンウンと頷くしかなかった。とりあえずグレースが落ち着いて来たので、俺とグレースは元の席へと戻るのだった。席へ戻ると、リュウインシオンとヘオジュエが不安そうにこちらを見ている。
「なにか、私達に落ち度が御座いましたでしょうか?」
俺が、ふぉ、フォローしなきゃ! グレースがフォローしてくれって言ってたんだから!
「いやいや、落ち度なんて無いよ。ただ、グレースがリュウインシオンの事を好きみたいでね」
俺がそう言うと、グレースの顔がみるみる真っ赤になった。
バターン
「虹蛇様!」
いきなりグレースが倒れてしまったため、リュウインシオンが慌てて駆け寄り抱き起こす。どうやらグレースが失神してしまったようだ。俺は何か悪い事を言ったのだろうか? 今は間違いなくフォロー出来ていたと思うのだが…
シャーミリアとマリアも心配そうにグレースの両脇に跪いていた。仕方が無いので、俺もグレースの側へとしゃがみ込む。
「すぐに! 水を汲んで来なさい! 体が熱いので冷やさなくては!」
リュウインシオンがヘオジュエに言う。
「は!」
ヘオジュエが出て行く前に俺が止める。
「大丈夫です! のぼせ上っているだけです」
「は?」
「すぐに起きます」
俺がグレースのおでこにデコピンをくらわした。
「痛っってぇ!」
「ほら」
グレースが目覚めて自分を抱いているリュウインシオンを見上げる。すると見る見るうちに顔が赤くなっていき、バッと彼女から飛び起きるようにして離れる。
「あ、あう。あの、ありがとう」
お礼を言っている。
「い、いえ。大丈夫でございますか?」
「僕は、何かした?」
「お倒れになりました」
「うっそ?」
そしてリュウインシオンと俺、シャーミリアとマリアがコクコクと頷いた。
「あ、すみません。えっと、何があったかな?」
どうやら、ちょっと記憶を失っているようだ。俺のフォローが間違ったらしいことも覚えていないらしい。とにかく話がしたいので、皆に座るように促した。
「とにかくいいですか?」
「はい」
ようやく本題に入る事が出来そうだ。皆が落ち着いたところで俺が切り出す。
「それで、リュウインシオン。戴冠式の日は決定しましたか?」
「はい、王城が完成する七日の後に行う予定となりました。国民にはこれより御触れを出します」
「それはよかった。そこで国民に虹蛇の神託を授けると言う事で良いですかね?」
「なるほど。分かりました。その事は前もって国民に知らせた方がよろしいのですか?」
「いや、当日の演出で盛り上がったところでお披露目しよう」
「かしこまりました」
リュウインシオンの戴冠式に合わせて、虹蛇が全国民にありがたい話をすることとなる。そしてここがグレースの腕の見せ所だ。
「グレースもいいかな?」
「大丈夫ですよ」
流石だ。前世でIT系の仕事をしていたグレースは、滅茶苦茶プレゼンテーションが美味いのだ。そして人心掌握をするのも、めっちゃうまい。大手企業の社長以下役員たちを相手に、飽きさせずに二時間半もプレゼンをする様な奴なのだ。物凄い莫大な契約を結び、大金持ちになったという実績がある。俺なら、ド緊張して頭が真っ白になり何も話せなくなるだろう。
「方法は魔人国で考えていますので、リュウインシオン達は国民たちへの根回しをお願いします」
「わかりました」
「そして、人心を掌握した後に、リュウインシオンの話をして王に虹蛇の後ろ盾がある事をきっちりと示してください」
「承知しております」
俺達のやり取りを、ヘオジュエ以下側近たちが神妙な面持ちで聞いている。これから、国をまとめ上げていくうえで重要なセレモニーだ。もちろん俺達魔人軍も、いろいろな演出を考えている。セレモニーの内容を軽く詰めて一旦話を終えた。
「それではそのように」
「はい」
「かしこまりました!」
グレースとリュウインシオンが返事をする。
「しっかし、僕なんかの挨拶でいいんですかね?」
グレースが軽口をたたいた。少しは緊張がほぐれて来たらしい。
「もちろんでございます! 虹蛇様のお言葉とあれば、わが国民は全てを受け入れるでしょう」
「なんか、大したこと話せなかったらごめんね」
「滅相もございません!」
「まあ、よろしくおねがいします」
「はい」
その後も国家運営や魔人国との交流などの話をし、話が一段落したところで応接の間から食事の間へと移動した。そのころにはグレースもリュウインシオンも、少しは落ち着いてきたようだ。なんだかとても仲が良い様で何よりだ。知らない人が見たら美女と虹色の美少女だが、虹色の美少女の中身はおっさんだ。あとは美女とおっさんに任せるとしよう。
俺達はその後、珍しいアラリリスの料理に舌鼓をうつのだった。