第779話 神々の動向
砂漠基地にいるはずのアウロラがアラリリス基地に来ていた。最南端のアラリリス基地はまだ安全とは言い切れず、環境も厳しいためアウロラが耐えられるような場所ではない。だがアウロラはモーリス先生に無理を言って、俺のもとへとやってきたのだった。部屋には俺とアウロラ、モーリス先生、イオナ、シャーミリア、ファントムがいた。他に転移魔法陣施設を管理している、オークとオーガが四人が壁際に立っている。
「私も待ちなさいと言ったのよ」
イオナが申し訳なさそうに言ってくる。だがアウロラはそんなことはお構いなしに話し始めた。
「ここからは、私が必要なの! 私が居ないといけないの!」
「だから、なんで?」
「それはわからない!」
アウロラはきっぱりと言う。あまりにも力強く言うものだから俺もたじろぐのだった。だかこの先の戦いは、これまでより熾烈を極めるだろう。ここに居る全員がアウロラを連れて行く事に反対だった。
「モエニタの案内役は、リュウインシオンの許可をもらってヘオジュエにお願いしているし、そもそもアウロラはモエニタなんて知らないだろ?」
「知らないけど、そう言う問題じゃないの」
「…神託か?」
「そう。とにかく行かなきゃいけないみたい」
「うーん。アラリリスの南方には敵の斥候も出て来てるんだよな、万が一バティンみたいなデモンが来たら危ないんだけど」
「でも行かなきゃダメなの」
アウロラがここに来てからは、ずっとこの調子だった。そもそも離れていれば連絡手段も無いため来ることは無かったのだが、転移魔法陣を設置したおかげで簡単に来れるようになってしまった。アウロラは俺の妹として、その権利を最大限に利用してここに来たのだ。俺達は転移魔法陣を設置してある施設の、待合室のような場所で話をしていた。ここは外と違って涼しく、人間達でも快適に過ごす事が出来る場所だからだ。
「まだアラリリスの統治も出来ていない状況だから、簡単に王都には行けないよ」
俺がアウロラに諭すように言うが、すぐさまそれに反論してくる。
「別にアラリリスに行きたいわけじゃないから」
「この基地に留まるって事じゃダメなんだ?」
「そう、行かなきゃいけないの」
「ここなら、魔人軍の精鋭をそろえているから、この施設から出なければ安全かもしれないんだけど」
「それじゃあ、砂漠基地に居たって同じだもん」
ここには精鋭部隊などよりはるかに強い、俺の直属がそろってるから安全っちゃ安全なんだけど。アラリリスより南方はまだ未確認で、何が起きるか分からない。
「とにかく! この先は一度、魔人軍で調査してから進軍する事になってるんだ。どんな敵がいるかも分かっていないし、安全確保出来てからにしないか?」
「安全確保のために私が行くの、そしてハイラさん達も連れて行った方がいいわ」
「彼らは人間だぞ」
「ヘオジュエさんたちもでしょ」
確かにそうだ。アウロラに言われるまでも無くヘオジュエ達より、エドハイラやイショウキリヤたちの方が役に立ちそうだ。だがそれだからと言って、アウロラや彼女らを連れて行くという事にはならない。
「連れて行かないとどうなるんだ?」
「わからない」
埒が明かない。だがアウロラは先ほどから頑として譲らなかった。連れて行くにしても、万全の体制を整えてからでなければ許可は出せなかった。
「ラウルよ。これより先の進軍に着いて行くのはいったん見合わせるとして、この基地に留まっていてもらうというのはどうじゃろうな? 魔人軍の精鋭部隊がおるのじゃから、この建物から出なければ、いざという時に逃げる事もできるじゃろう?」
「おじいちゃん!」
「そうは言ってものうアウロラちゃん。ラウルの言う通り未知の敵がいるやもしれんのじゃ。ひとまず提案を受け入れるべきじゃと思う」
「だって…」
「アウロラ。皆さんもそう言っているのだから、一旦様子を見ましょう」
イオナがモーリス先生に続いてアウロラを説得する。
「…わかった。じゃあ、いつでもお兄ちゃんに連絡が取れるようにして」
「それなら大丈夫だ。無線機を設置してあるから呼び出しはいつでもできるよ」
「それなら、そうする」
いったん行軍には同行しない方向で決まった。
「じゃあ、ハイラさん達も連れて来ていいの?」
「それも許可する。彼らはアウロラたちの護衛についてもらう事にしよう」
「わかった」
そして俺達の話し合いが終わった。砂漠基地はグラドラムから来たミノタウロス副長のブロスが魔人軍を指揮しているから、十分安全は確保できているはずだ。まあこのアラリリス基地にも精鋭を集めているから、安全ではあると思うのだが、何が起きるか分からないのが戦場なのだ。
「とにかく母さん。アウロラを何卒よろしくおねがいいたします」
「わかったわ。迷惑をかけてごめんなさいね」
「お母さん! 迷惑なんてかけてない! むしろ私が来ないとダメなの!」
「わ、わかったわ」
イオナが困ったような顔をしている。アトム神を受体してからというもの、アウロラがワガママになって来た気がする。
「では、ご主人様。母君様とアウロラ様には、こちらの施設にある待機所で暮らしていただきましょう。数名の魔人を護衛につければよろしいかと思われます」
「すぐ手配しろ」
「は!」
シュッ! シャーミリアが消えた。すぐさまアウロラたちを護衛する魔人を連れてくるだろう。後はエドハイラやイショウキリヤ達がきたら、一緒にこの施設で待ってもらう事にする。
「すまんがアウロラよ。わしも前線に出ねばならん。デイジーと二人で敵の魔法陣を対策せねばならんのじゃ」
モーリス先生の言葉を聞いてアウロラがまた声を荒げる。
「えー! おじいちゃんが良くて私がダメなの!」
どうしたことだろう? あんなに素直で可愛かったアウロラが…まるでアトム神のようにワガママになってきた? いや…ワガママというには少し可哀想かもしれない。本当に俺達を心配してやって来たのだから、前のアトム神とは違う。
「モーリス先生には仕方なくついてきてもらうんだよ。インフェルノと転移魔法陣を解除できるのは、モーリス先生だけなんだ。先生たちには、本来ならばここに留まってもらいたいんだよ」
「…わかった。でも、私の神託が下りたらきちんと聞いて欲しい」
「もちろんだ」
するとそこにシャーミリアが、ダークエルフ二人とオーク二人を連れて来る。
「じゃあ貴方たち、母君様とアウロラ様をお守りしなさい」
「「「「は!」」」」
「じゃあ、無線機はこの施設に取り付けてあるから、用がある時は魔人に言ってくれ」
「わかった」
どうにかアウロラが納得したので、俺と先生は目を合わせて頷く。
「じゃあ、母さんアウロラ。また後でね」
「ええ」
「はい」
そして俺は二人と分かれ、モーリス先生とシャーミリアとファントムを連れて転移魔法陣の施設を出た。既にアラリリス基地はバルムスとデイジーとミーシャが、魔導エンジンと施設連結を行い各所に大量の兵器も置いてあるため、かなり堅牢な要塞と化している。
「しかし、神託は侮れないんですよね」
俺がモーリス先生に言うと、先生も深くうなずいて答える。
「うむ。何かが見えているようじゃからな」
「やはり連れて行った方がいいんでしょうかね?」
「ある程度は安全を確認しながらとなるがのう」
「そうですね。アウロラがああ言うって事は本当に意味があるのでしょうから、どうにかします」
「そうじゃな」
急にアウロラが来たため予定が狂ったが、俺は今日グレースを連れてアラリリスに赴くつもりだったのだ。本物の虹蛇に会わせることで、彼らの信仰をグレースに集めようと考えていた。その事で更にグレースの力が増せば、虹蛇本体を呼び出せるようになるかもしれないと考えたのだ。
そして俺達はグレースが待つ、待機所へとたどり着いた。
「ラウルさん。遅かったですね」
「ごめん。突然アウロラが来たもんだから、バタバタしてしまってね。神託だってさ」
「ああ、それは無視できないですね」
「だんだんと、前の神様の面影が出て来たみたいな気がする」
「うーん。それは違うんじゃないでしょうか?」
「違う?」
「だって、彼女JKなんですよね。JKってそんなもんじゃないですか?」
確かに! 俺は幼い妹だとばかり認識してしまっているが、彼女の中身は女子校生なのだ。あんな態度をとるのも分からんでもない。グレースの言葉に妙に納得してしまうのだった。
「そろそろ行くのですかな?」
グレースの後ろからオンジが声をかけて来た。
「そうですね。アラリリスの女王に会ってもらいます」
「わかりました」
「じゃあ、マリアがヘリポートで待機してるから行くよ」
そう言って俺達はヘリポートへと向かうのだった。エミルが飛ばないのは、今エミルは魔人精鋭部隊の中からヘリの操縦に適性を持っている奴が居ないかを探しているからだ。南へと進軍するのに、更に機動力を上げたいと考えている。オージェは相変わらず、精鋭部隊の戦闘訓練につきあってくれている。
「マリア!」
マリアはUH-60 ブラックホークの扉の側で待っていた。パイロットスーツではなくメイド姿で操縦するらしい。いつもだけど。今回は俺のお付きとしていく事になっている。
「はい。それでは参りましょう」
「マリアさん!お願いします」
「はい、グレース様。搭乗お願いします」
「了解です」
マリアが操縦席に座り、俺が助手席へと座る。シャーミリアは護衛でヘリの周りを飛び、ファントムとグレースとオンジが中に乗り込んだ。それを確認したマリアがすぐにヘリを浮かせるが、以前にも増して安定しているようだった。既にマリアはブラックホークぐらいなら手足のように操縦できるらしい。
…何でもできる…メイド
ブラックホークは西へと飛んだ。ほとんど時間を置かずに、アラリリスの王都が見えて来る。既に俺達が行く事は打診していたので、俺達のヘリが飛んで来ても警戒はしていないようだった。ヘリは都市内に入り込み、第二御所の側に着陸した。すると第二御所の内部から、ぞろぞろと人が出て来た。
「ラウル様!」
「お待たせしました」
俺が下りるとヘオジュエと騎士達が近寄って来た。
「あ、…こちらが…」
俺が指さすとヘオジュエと騎士たちの目がグレースに行く。虹色の髪の毛の色をした少女のような出で立ちの、性別不明の生物に見とれている。
「…虹蛇様…でございますね…」
ヘオジュエが呟くように言った。
「こりゃどうも」
グレースが頭をポリポリかきながら挨拶をする。するとそれを目にしたヘオジュエと騎士達が、突然ザッ!と膝をついて頭を下げた。なんか俺が偽の虹蛇をしていた時とは、完全に雰囲気が違っている。
「リュウインシオンは?」
「すみません。予定の時間よりだいぶずれ込んだため、騎士達をつれて復興の現場を見に行っております」
「真面目だな」
「それは元来のものでして」
それを聞いた俺達は、ヘオジュエと騎士たちの後を歩きリュウインシオンの元へと向かうのだった。