第78話 人間の生存領域
マリアとゴーグ、ゴブリン隊の訓練が始まった。
俺は最初に少しだけアドバイスをするにとどめた。俺自身でもよくわからない事に挑戦させているのだ、彼女らが自主的に動くことを優先してもらった方が、成長につながるはずだ。チームとしても育つし、教えることでゴーグの成長にもなる。
試しにマリアはゴブリンと組手をしてみるが、基礎もなにもないため全く話にならなかった。
そこで、ゴーグにお願いをする。
「ゴーグ、時間がかかるかもしれない。でもマリアには類まれな才能があると思うんだ。俺の兵器の扱いが飛びぬけて上手い、それが必ず格闘術に活かせるようになると思う。」
「わかってます。基本から教えてみますよ。と言っても俺もギレザムとガザム、ミノスから教えてもらった武技と、独自に考えた体術だからどうなるか分からないですが。」
「それで、いいんだ。」
「はい。」
「よろしく頼む。」
そして俺はマリアに声をかけて呼ぶ。
「マリア!」
「はい。」
マリアは俺のそばに来て話を聞く姿勢をとる。
「初めはなかなか進まなくて嫌になるときもあるかもしれない、でも俺を信じてやってみてほしいんだ。」
「嫌になどなりませんよ。おとなしくしているのに飽き飽きしてたんですよ。イオナ様には内緒ですけどね。」
「そうか・・それならよかったよ。春になったらまた俺と射撃訓練しよう。」
「それを楽しみに頑張りたいと思います!」
マリアを起点に変化がおこることを期待しつつ、俺は闘技場を後にするのだった。
さてと。ここからは俺の時間だ。まずは・・モフモフのシロのところに行く。
「よう!シロいい子にしてるか?」
シロには専用の小屋を建ててもらった。かなりしっかりした作りで、藁をしいてもらいふかふかのベッドもある。イオナがシロを洗ってあげたり掃除をしたりしているのだった。
「あら、ラウル。どうしたの?」
小屋の中にイオナがいた。どうやらシロの藁のベットを交換していたようだった。こんなに美しい人がやる事ではなさそうだが、動物好きのイオナにはとにかくうれしいようだった。
「ごめん、本当は拾ってきた俺がやらなきゃならないのにお願いしちゃって。」
「いいのよ。ただいるだけなのは退屈だから、仕事ができて良かったわ。」
「シロはいうこと聞くかい?」
「ええ、戯れるときには力も加減してくれてるみたいよ。とてもやさしいわ。」
「よかった。シロもよかったな!」
「クォォン」
シロが返事をした。きっと・・喜んでいるのだろう。
「よしよし。」
もふもふのシロが俺に頬ずりをしてくる。
《ああ・・きもちいい・・なんてふかふかなんだ・・》
俺が変な顔をしてシロにもふもふしているのを見て、イオナがうんうん頷いていた。きっと、わかる!それ!わかるぅー!って顔なんだろう。
「母さん、シロを連れ出しても良いかな?」
「いいわよ、ちょうど小屋を掃除しようかなと思ってたところだから。」
イオナもいきいきと仕事をしている。四六時中アウロラの育児を・・母親のことばかりしていたら息がつまる。俺は母親には息抜きが必要だと思っている。だからイオナにこの仕事を頼んだのだ。
「じゃ!」
俺はシロを連れて城の中を歩いていく。目当ての部屋までノソノソとシロがついてくる。
ガチャ
目当ての部屋のドアを開けると、タタタタっと誰かが駆け寄ってきた。
「ニタン!」
「おお!!アウロラいい子にしてたか?」
「した!」
アウロラが俺に抱きついてきた。俺の事を兄として慕ってくれているようで、俺にとってはめっちゃくちゃ癒しの存在になっていた。
「ミーシャ、ミゼッタ。アウロラの相手してくれてありがとうな。」
「いえいえ、私たちも楽しいですよ。アウロラちゃんもお姉ちゃんたちと遊ぶの楽しいよねー?」
「ん!」
アウロラは2才になって、よちよちといろんなところに行きたがるそうだ。
「今日もシロをつれてきたよ」
「ワー」
シロがのそりと部屋に入ってくると、トタトタとアウロラが駆け寄っていく。
ボフッ
もっふもふの毛にアウロラが半分隠れるくらいうずまった。するとシロが床にべたぁーっと伏せをした。俺がアウロラをひょいっと抱いてシロに乗せてやる。
「わーい」
シロがのっそりと立ち上がり、アウロラを連れていく。
「じゃあ、ミーシャ・ミゼッタ。アウロラを連れていくよ。すぐに帰ってくるからね。」
「わかりました。アウロラちゃんいってらっしゃい。」
「いってらっしゃい。」
ミゼッタも11歳ですっかり大きくなり、女の子の雰囲気が強くなってきた。俺の方が魔人の血のおかげで成長が早いが、彼女もだんだんと大人の階段を上っているんだなと思う。可愛らしさに磨きがかかっているようだ。食事の時に配下が集まれば、必ずゴーグの席の隣に座って世話を焼いているのがほほえましい。
「じゃ、いってくる。」
「くるー」
アウロラも挨拶をして、城の散策に出かける。
廊下を歩いていると、魔人達が頭を下げてくる。まあそれには慣れた・・よくよく考えたら、俺はルゼミア女王の義理の息子で王子なのだ、そりゃそうなるわな。だからいちいち動揺する事は無くなった。
蜘蛛の体に女の上半身の魔人が、ほほえましく挨拶をしてくれる。
「アルガルド様。お元気そうでなによりでございます。」
「ごきげんようカララ」
「バーバイ」
俺とアウロラがアラクネの魔人に挨拶をすると、カララという蜘蛛の魔人がニッコリ笑ってアウロラに手を振ってくれる。
そこで俺はまた思う・・やはり環境なのだ。もし大陸でこのアラクネという魔人に出会ったら、人間は一目散に逃げなければならない。からめとられてエサにされるし、滅茶苦茶強いのだ。たしか、国をあげた討伐隊が組まれるはずだった。まあ大陸で出たというのはモーリス先生に聞いた話では、500年前にバルギウス帝国の南の国で見つかったのが最後だったらしいが、一つの都市が滅びそうになったのだとか。
「アッチ!」
「お、よしよし。アッチいってみようか。」
俺達がこの国に来て2年以上、夜は暇で城の中はくまなく回っていたから、どこに何があるのかはだいたいわかる。ユークリットの王城ほどではないが、だいぶ大きい城だ。あちこちに無骨な石像が置いてあるのが印象的だ。
「わー。」
「キャッキャ」
「まてー」
「ワーん」
奥から騒がしい子供の声が聞こえてくる。アウロラのを連れてそちらに向かう。
両開きの扉をくぐるとそこには魔人の子供たちがいっぱいいた。なんと、独自の文化を築き上げている魔人の国には託児所があるのだ。ここには漁師の子供や、兵士の子供たちが預けられている。サラリーマンのように毎日送り迎えするわけではない。1週間から1カ月スパンで預かっているのだ。
「こんにちは。」
「あら?アルガルド様ようこそ。アウロラちゃんも元気ね。」
「エキドナさん。アウロラを遊ばせたいんだけどいいかな?」
「はい、それではゴブリンたちの赤ちゃんの部屋にいきましょうか。」
「ありがとう。」
魔人によっては大きな子供もいる。子供はさすがに手加減が出来なかったりするので、力の弱いゴブリンの子供たちと一緒に遊ばせてくれるようだ。
「ニタン?」
アウロラが見上げて俺に遊んでいいのか?という顔をするので、「いいよ」というと、喜んでゴブリンの子供たちの中に入っていく。
「じゃまするね。」
「子供たちも喜びますよ。」
エキドナは上半身はとても美しい女性だが下半身が蛇、そして背中に翼が生えている魔人だ。ものすごい子沢山らしいので、子育ては得意なのだそうだ。
「じゃあ、俺もここにいさせてもらうよ。」
俺はゴブリンの子供たちと遊ぶアウロラを眺めていた。いつまで眺めていても・・飽きない。俺の妹がこんなに可愛いなんて、思ってもみなかった。髪は美しい金色で目は青く理想的な可愛らしい顔をしている。
「そりゃそうだよな・・イオナの娘だもんな・・」
俺は一人つぶやいた。シロはそんなことは聞いてなかったように、俺の脇にベタンと伏せをして眠り始めた。そういえば、こいつも・・赤ちゃんだった。
「ニタン!」
一刻(3時間)ほど遊んだらお腹が空いたらしく、アウロラが俺の元にやってきた。するとシロが目を開けてアウロラをペロンと舐めた。アウロラは当たり前のようにシロの背中にのった。
「エキドナさんありがとね。」
「いつでも来てください。」
俺たちは小屋に向かって歩き出す。すると3人の女の魔人たちが立ち話をしていた。ひとりは顔から胸までが人間の女で翼と下半身が鳥の魔人、名をルピアといった。鳥の魔人ルピアは俺の命の恩人の妹だ。姉はグラドラムの洞窟で腹を斬られた俺を助けるため、怪我を吸い取って死んだのだった。
「アルガルド様ごきげんよう」
「ごきげんよう。ルピア、今日も元気そうでなによりだ。」
「アルガルド様もアウロラちゃんもお元気そうで。」
「ルーピ!」
アウロラがルピアに手を振ると、にこやかにルピアも手を振ってくれた。
そう・・これは、俺がやっている城の中でのロビー活動みたいなもんだ。城の中をアウロラとまわって顔を売っている。特にアウロラの顔をだ。
「アウロラ、楽しいか?」
「うん。」
「そかそか。」
アウロラの頭を撫でてやる。
以前この国に来たばかりのころ、ルゼミア王はガルドジンが自分の元にきたから、国を俺に譲るとか言っていた。しかし、俺達という存在がいきなり王家の人間だと言われても、納得いかないやつが多いかもしれない。ましてやアウロラは俺の妹とはいえ、血の繋がりがない。魔人とは縁もゆかりもないただの人間だ。そんな人間の子が普通に受け入れられるとは思えない。
「シロ、アウロラをよろしく頼むぞ。」
「ウォン。」
意味がわかっているのかは、分からないがシロは返事を返してくる。
俺はルゼミア王の義理の息子と認識されているため、おそらくはこの先も問題なくやっていけるだろうが、イオナやアウロラ、マリアやミーシャ、ミゼッタは違う。ただの人間だ。だから俺が一緒に回ることで、俺の妹だと言う印象を植え付けているのだ。さらにアウロラをグレイトホワイトベアーに乗せて引きずり回すのは意味がある。強い魔獣を使役しているという印象操作だった。
「ルゼミア王とガルドジンと俺に、これからもなにもなきゃ必要ないんだろうけどな・・・」
しかし俺には彼女らの、この国での生存領域を確保しなければならない使命がある。彼女らのニーズを探し出し、必要とされる存在にしていくつもりだった。人間国では美女というだけで価値があったのだが・・魔人の国は美女ぞろいだ。人間の美女というだけでは価値はないのだった。
「母さん戻ったよ!」
「こちらも終わったところよ。」
「ママ!」
「はいはい、お兄ちゃんとどこに行ってきたのかなぁ?」
「アソビしたの。」
「遊んでもらったの。よかったわねー」
イオナは微笑みながらアウロラを抱き上げた。
「じゃあそろそろ昼だから、食堂に集まってね。」
そう言って俺は小屋を後にした。そのままキッチンへとむかう。
「みんなご飯の準備してるところごめんね。」
「アルガルド様!このような場所になにようで?」
「いやいや。仕事続けてくれ。」
「は、はい。」
キッチンで沢山の魔人たちの食事を用意しているのは、体長20センチから30センチの妖精たちだった。ヒラヒラと羽をひらめかせて飛び回り、食事の用意をしていた。
「みんな人間の料理は覚えたかい?」
「はい。ミーシャとミゼッタがいろいろ教えてくれるから、助かってます。」
「この前作ってくれた、魚のパイはルゼミア陛下も喜んでいたよ!」
「ほんとですか!」
「やったぁ!」
「美味しいもんなああれ。」
よしよし、妖精達もやる気がでてるみたいだな。
「次は、カボチャのグラタンをミーシャに聞いて作っておくれ」
「聞いたことないですねえ。」
妖精たちはそれぞれに頭をひねっていた。そこにミーシャとミゼッタが入ってくる。
「あ、ラウル様」
「ラウル?」
「あ、ちょうどよかった。妖精達にポテトグラタンを教えてあげてほしいんだ。」
「あ、いいですね!わかりました。」
「陛下も楽しみにしてるよ。」
「え!ルゼミア王が?頑張らなくちゃ!」
「ミーシャ教えて!」
「ミゼッタ!私も手伝いたい!」
「何からしたらいい?」
妖精達がミーシャとミゼッタに群がった。とりあえず人気者みたいで何よりだな。頼りにされればそれだけ彼女らの優先順位はあがるはずだ。魔人達から人間たちの有用性を感じ取ってもらい、価値を高めることで、彼女らの居場所を堅牢な物にしていこうと考えているのだった。美女というだけでちやほやされる人間の国とはちがうのだ、実用性の高さを知らしめて行こうと思う。
あと、今日はグラタンが食べられる!
俺が食いたい物を言っただけだった。