第776話 二ヶ国合同演習
俺は百名の魔人兵をシン国の荒野に連れてきていた。
二次進化したライカン、オーク、オーガを十人ずつ。残り七十人は一次進化魔人から、ライカン、オーク、オーガ、ダークエルフをそろえていた。
あと勝負にならないので、飛翔系魔人のハルピュイアとサキュバスと竜人、そしてユニーク系魔人のミノタウロスやスプリガンは連れて来ていない。さらに俺の直属も連れて来ておらず、一応護衛でファントムとシャーミリアとマキーナがついてきている。他は全てモエニタ侵攻の準備に回っていた。
だた俺が砂漠基地で模擬戦を行う話をしたところ、オージェとエミルとグレースがどうしてもついて来るというので、三人とお付きのトライトン、ケイナ、オンジが同行してきた。
そして今回の模擬戦の総大将を務めるティラに声がけする。
「ティラ、俺は口出ししないから、好きなようにやっていいぞ」
「はい」
シン国には十四の領地がある。一つの領地に一万からの武士がいるらしいが、その中から精鋭を五百人ずつ連れて来てもらった。その十四の領地から集められた七千の武士が、西側の陣地で雄たけびを上げている。俺達は東側の陣地でじっと模擬戦が始まるのを待っていた。既にティラから作戦は伝えられており、百名の魔人たちが陣形を整えて待っていた。
俺達は合戦の一部始終が見える特等席の、丘の高台からその地を見下ろしていた。全員が召喚した双眼鏡で敵陣を見ている。
「ティラ!敵陣の旗が振られたぞ」
俺がティラに伝えると、ティラが魔人軍に号令をかける。準備が整ったら旗を振る手筈になっていたのだった。その返答の為に俺は信号拳銃を撃った。それを確認したティラが大きな声で叫ぶ。
「みんな! そのままの陣形で前に出ろ! 私の指示が出るまで仕掛けるな!」
ほんのり浅黒いミニスカートの少女が、勇ましく兵士たちに指示を出している。いつものただただキャピキャピしたティラじゃない。カッコイイ。
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
向こうには千の騎馬隊がいるが、こちらは大狼に変身したライカンが二十ほどしかいない。他は全員が歩兵だった。しかし魔人軍の侵攻速度の方がはるかに速く、走る速度が馬を大きく上回っている。俺が固唾をのんでその光景を見ていると、隣りにいるエミルが話しかけて来る。
「あっちは真剣や矢じりのついた弓か…、まあ魔人軍相手だしそれも仕方ないか。でも大丈夫か?一応相手は腕に自信のある武士なんだろ?そして数が七十倍だぞ」
「いやー、エミルもそう思う?やっぱそうだよな?俺も千くらい用意したらいいと思ったんだけどさ、マキーナがこれで十分だって言うんだよ」
「なるほど。マキーナさんの見立てなら間違いないのかね」
「だと思う。俺はわからん」
そう、この人選と人数はマキーナが決めたものだ。敵を分析して、自軍の戦力を十分に精査した結果がこの百人だったのだ。マキーナが言うには、ここにスプリガンやミノタウロスが入れば蹂躙に近いものとなり、サキュバスが入れば既に勝負にならなくなると言っていた。
そして何かを考えるようにオージェがポツリとつぶやいた。
「まあ、知らぬが仏ってやつか」
オージェは進化ライカンのマーグと手合わせしたことがある。まあマーグの攻撃はオージェには効かなかったが、それでもかなりいい感じだった。副隊長格のマーグですらそうなのだから、隊長格のジーグはもっと戦闘力は高い。今回はその配下クラスの二次進化魔人が三十人もいる。
「うーん…、大丈夫ですかね?」
グレースが心配そうに言う。
確かに…、相手が鍛えられた人間だとは言え…まずいかも。
そう思って俺はマキーナの横顔を見た。するとマキーナは何か狂気を含んだ眼差しで、模擬戦を眺めているのだった。
「そろそろぶつかるぞ!」
オージェが言うので、俺は模擬戦の会場を凝視する。すると少数の魔人軍は直前で立ち止まり、鋒矢の陣に整えていた。それを包囲するように一気に七千の武士が迫って来る。
「どうするんだろ?ティラ」
「見てれば分かるさ」
そのまま魔人達が前に進むと、鋒矢の先の部分が敵の陣形とぶつかった。じりじりと敵方が押され始めたと思った時、その鋒矢の先が突如割れたのだった。
「ライカンが…」
陣形の割れた部分から、ライカンが二次進化魔人たちを乗せて突入したのだった。たちまち敵の陣形が崩れていく。大狼の背から次々飛び出していく二次進化魔人達。それらはまるで暴風のように荒れ狂い、あっという間に人間達を蹴散らしていくのだった。
「ご愁傷様だ…」
俺が言うとオージェが心配したように聞いて来た。
「エリクサーは持たせてあるんだろ?」
「当然だ。一応加減はするように言っているが、相手の数が数だからな。間違いって事もある」
「うわぁ…」
グレースが嫌な感じにため息をついた。
「でも数はまだまだ相手の方が多いぞ」
「ははは。まだ彼女が出てないよ」
「…なるほど」
そう、二次進化魔人が荒れ狂う暴風のように戦うのを、離れた場所からただ眺めている南国の少女がいた。戦局を見て一番いいところで突入するのかもしれない。
…と思ったら、ティラはクラウチングスタートの姿勢をとっている。
「アイツ…なにしてんだ?」
「まさか…大将自ら?」
だいぶ離れた所で見ていたティラだったが、戦いを見ていてもたってもいられなくなったらしい。超進化魔人のティラはいきなりダッシュを始めた。
「いった!」
エミルが興奮気味に叫ぶ。
するとティラは敵陣にぶつかる直前で、大ジャンプをして飛びあがった。恐らく五十メートルは浮かび上がっているだろう。そして敵陣左翼の中心に落ちていく。どちらかというと左翼の方が人の数が多く、六対四くらいの比率になっていたのだが、ティラは多い方に飛び込んでいった。
「あーあ、いっちゃった」
「いったな」
数千の人ごみの中に、少女が落ちていくと落ちた地点から思いっきり敵の兵士が倒れ始めた。ほとんどティラがワンパンで倒しまくっている。相手の兜など全く意に介さず、思いっきりパンチとキックで暴れまくっていた。
「ティラ、すっげえ進化してるし…」
「そういえば彼女、二カルス大森林で毎日巨大トレントと模擬戦をやってたんだっけ?あと、進化魔人軍団に稽古つけてたっても言ってたな」
エミルの言うとおりだ。ティラは二カルス大森林基地の指揮官を任せていた時期がある。その間にニカルスの巨大トレント達と毎日戦っていたと言っていた。俺が子供の頃に、魔人国で組手をしていた頃のティラはもうどこにもいない。
あっという間に半数以上の人間が倒れていく。そして残った人間達もだいぶ動きが悪くなってきている。ずっと魔人と戦い続けて疲労が溜まって来たのだろう。それに引き換え魔人達は生き生きとして、たった今戦い始めたかの如く俊敏に動いている。体力が無尽蔵なので仕方がない。
「マキーナさんの言う通りでしたね」
グレースが言う。するとマキーナがこちらを振り向いてニッコリ微笑んだ。俺達四人はその笑顔を受けて、薄っすらと鳥肌をたててしまった。俺達の事もじっくり品定めしているかのような、その眼差しに俺達は苦笑いで返す。
「あれ、そうとう怪我人出てるぞ」
双眼鏡で覗いているオージェが言った。俺もまた双眼鏡で覗くが、血を見た魔人達が嬉々として暴れ回っているように見える。特にティラはとっても楽しそうに人を殴り続けていた。一発殴って五人以上が倒れているし、相手の攻撃がかすりもしない。
「ラウル。止めなくていいのか?」
エミルも心配そうに言った。
「そうですね。ちょっとヤバくないですか?」
グレースも焦っているように見える。
…ヤバいか…ヤバイな…
「シャーミリア!敵陣の大将の所に行って戦いを止めるように伝えてくれ!これ以上は危険だ!」
「は!」
ドシュ!
シャーミリアが消えるように敵陣へと飛んで行った。
《魔人軍に告ぐ!今すぐ模擬戦を止めて一旦こちら側にひけ!》
《あの!まだ!戦っている相手がいます!》
《いいんだ!ティラ!相手はもう意地で戦っているだけだ!早く治療しなくちゃいけない人間も出て来てる!》
《…わかりました!》
少しの間を開けてティラが返事をしてくる。今の返事をしてる間にも、何十人か殴りつけているように見えた。もしかしたらまだ殴り足りないのかもしれない。
そして魔人軍が一気に戦列を離れて、こちらの陣地の方に戻って来た。一人として魔人を追いかけて来る者はいない。倒れている武士たちに駆け寄って、心配そうに声をかけたりしている。
《ご主人様。大将の所に着きました》
《カゲヨシ将軍に言ってくれ。もう止めた方がいいって》
《かしこまりました》
そして俺達が敵陣を眺めていると、大きく白旗が振られた。もちろん降参という意味だ。すると敵陣に置いていたLRAD長距離音響発生装置を通じて、カゲヨシ将軍の声が響いた。
「皆の者!模擬戦はわしらの負けじゃ!これから怪我をした者の治療に、魔人軍が回ってくださるそうじゃ!倒れた者をむやみに動かすなという指示じゃ!戦を止めよ!」
その声を聴いた武将たちは、一気にその場にへたり込んだ。これまで魔人達と戦ってへとへとになっているようだ。
《全員!怪我人にポーションとエリクサーで治療をしろ!》
俺が全魔人に指示を飛ばす。
《《《《《《《《《は!》》》》》》》》》
魔人百人が一気に返事をした。どうやら一人も怪我をしていないようだ。一気に倒れたシン国の兵士のもとに走り寄って治療薬をふりかけていく。ふりかけられた武士たちから起き上がり、自分に何が起きたのか頭を振っている。恐らく瞬間で意識を刈り取られたのだろう。
こうしてシン国の精鋭部隊と魔人軍との模擬戦は幕を閉じたのだった。
「すみませんカゲヨシ将軍!」
俺達はカゲヨシ将軍のもとへと歩み寄った。マキタカと戻って来た武将たちもそばにいる。カゲヨシ将軍が心なしか青い顔をして苦笑いをしている。
「いやはや…これほど力の差があるとは、恐ろしいのじゃ」
「正直…私も驚いてますよ。こんなに差があるとは思いませんでした」
「以前、手合わせしたことのある魔人とは違うようじゃが?」
「進化しているのです。魔人は進化するのですよ」
「進化?はは…そんな事が…はは…」
カゲヨシ将軍は自国の精鋭部隊が、まるで赤子のようにあしらわれた事にショックを受けているようだった。でもコテンパンにやってくれと言ったのはカゲヨシ将軍だ。きちんと力の差を示してほしいというお願いだったから、あまり手加減をしないようにしたつもりだ。
「これで、兵士たちには分かってもらえましたかね?」
「十分に分かったじゃろう…」
「良かったです」
「ところでラウル殿…。あれは魔人軍の精鋭を連れて来たのじゃろうか?」
「いえ、一般兵を連れてきました。精鋭は今、モエニタ攻略の準備に忙しいですから」
「はは…」
「ここに居るシャーミリアやファントムなんかは、今日連れて来た魔人軍を一人で一掃しますしね。少なくとも十名はそのくらいの力を持つ魔人がいます」
「「「「「「………」」」」」」
絶句してシャーミリアを見つめるカゲヨシ将軍と武将達。シャーミリアは何も感情を動かさずに、無表情でそこにいるだけだった。なんとも思っていないらしい。
そして隣りにいたマキタカが言う。
「まあこれで各領地の兵も、魔人軍と一緒に戦おうとは思わないでしょう」
「分かってもらえたのなら何よりです」
どうやらシン国の武将達からお願いされていた案件は、無事終了したらしい。前線に行きたがっている兵士もいたらしいが、これで大人しくなるだろうと言う事だ。
「しかしのう…」
カゲヨシ将軍がポツリと言う。
「なんです?将軍?」
「素手で、あの強さで更にラウル殿が召喚する武器を使うのじゃからな」
「まあ…そうですね」
「鬼に金棒どころではないのじゃ」
「ああ、えっと!鬼に銃火器と言ったところです!」
「うーむ。笑えんのじゃ」
俺としては渾身のギャグだったと思うが、カゲヨシ将軍以下、マキタカも武将たちも青ざめた顔で引きつっていた。シン国の精鋭と魔人軍一般兵の模擬戦は無事終了したのだった。力量を見た感じ、アラリリスの兵士よりシン国の兵は強い。これからやるアラリリス軍との模擬戦では、もう少し戦力調整をした方が良いと思うのだった。