第774話 酒豪姫
俺はリュウインシオンとヘオジュエを連れてシン国の首都へと来ていた。城までの護衛にはシャーミリアとマキーナ、ファントムがついてきている。そしてアラリリスの騎士達も一緒だった。信頼できる騎士達に俺の正体を明かしてもいいかと聞かれ、俺は魔人国の王子であることを明かした。確かに王族が護衛も連れずに、他国へ行く事など出来ないのでそうなったという訳だ。
俺達は将軍の城の大広間へと通され、板の間の敷物の上に座っていた。俺は日本人だったため正座は得意だが、リュウインシオンとヘオジュエは苦手なため胡坐をかいて座っている。数名のアラリリスの騎士とシャーミリア達は、部屋の中に入らずに廊下に膝をついていた。
「すまん、ラウル殿が下座に座るというのはどうも落ち着かん」
カゲヨシ将軍が上座に座って俺に言う。
「いえ。この国の将軍様なんですから、そこに座っていただかないとおかしいですよ」
「しかしだな。世界をその手に収めるほどの力を持つ貴殿の上に座るなど」
「それはそれ、これはこれです」
俺とカゲヨシ将軍がどこに座るかでしばらく揉めていた。こういうところも何というか日本に似ている気がする。どこに座ろうがどうでもいい気がするし。
「将軍。ラウル様がそうおっしゃっているのですから、いいではありませんか」
マキタカがカゲヨシ将軍に向かって軽い口調で言った。人間としては凄い戦闘力のカゲヨシ将軍だが、部下との壁の無い感じが人としての器の大きさを感じる。その器の大きさ故に、ここの武将たちは将軍の為に命をかけられるのだ。まったく凄い人たちなのだ。
「そうか、そうじゃな。すまんがそうさせていただこう」
先ほど立って軽く挨拶を交わしてから、リュウインシオンとヘオジュエは押し黙っている。言葉を発する機会を待っているのだろう。
「それで将軍。こちらがアラリリス次期王リュウインシオンと側近のヘオジュエです。そしてこちらがシン国のカゲヨシ将軍です」
俺が改めてお互いを紹介する。
「私が!アラリリスのリュウインシオンでございます!カゲヨシ将軍にはお初にお目にかかります!」
なんとも堅苦しい。
「初めまして。なんとお美しい御方じゃ。先代のズシアン様の面影があるようじゃ」
「父をご存知でしたか?」
「もちろんですじゃ。先代の王はとても素晴らしい御方じゃった。まだお若い頃にお会いしたのですがな、民を大切にするとてもお優しい方でしたな。何よりも眉目秀麗なそのお姿が印象的でした」
「は、はい」
「何やらお堅くなっておられるようじゃがな、もっと気楽になさってくだされ」
カゲヨシ将軍は何の含みも無く、笑いながらリュウインシオンに声をかける。リュウインシオンがどことなく堅くなっているからだ。外交が初めてだと言っていたので、どう接していいのか分からないのだろう。
「先代は我が国の芋を大変気にいっておいででな、高い魚や料理には目もくれなんだ。芋が美味いと言うて、たくさん食べてくださった」
「芋ですか?」
「そうじゃな」
確かにあの芋は美味い。なんていうか砂糖を使っていないのに、めっちゃ甘くてまるでお菓子のような感じだ。もしかしたら先代のアラリリスの王は甘党だったのかもしれない。
「そうですか…父らしいですね」
リュウインシオンが憂いを帯びた表情をした。先代王の安否も分からず、恐らくは死んでいると推測されるのだから無理もない。まだその現実を知ってから日が浅いのだ。
「気遣いが足りなかったのう。すまんのじゃ」
「いえ。お気遣いなく、私は既に覚悟をしておりました。多くの民が救われた事が何よりの手向けではないかと思われます」
「そうじゃな!民が生きていれば国は興せるのじゃ。これからのアラリリスの発展に我がシン国も協力させていただくのじゃ」
それを聞いたリュウインシオンが申し訳なさそうに言う。
「それが…将軍様。今はわが国に何も返せるものが無いのです」
「ん?何を言うとるのじゃ?一方的にシン国が援助させていただく、というのでは不服なのじゃろうか?」
何を言ってるの?って感じでカゲヨシ将軍が言う。
「そう言うわけではございません。ですが、我がアラリリスもいずれ復活いたします。その折には我が国もシン国への恩返しがしたいと思っているのです」
「ああ…そう言う事か。いや…わしらは北で恐ろしいほど壊滅してしまった国を見たのじゃ。いつどこの国が、ああなってもおかしくない脅威がすぐそばにあると知った。我ら人間は共存して生きていく必要があるのじゃよ。明日は我が身、ならば隣人を救う事は未来の自分たちを救うと言う事になるのじゃ。貸し借りなど無いと思っていただいてよろしいのじゃが?」
「そういうわけにはまいりません。それではアラリリスの面子が…」
「面子など気にされるな。それよりも、こちらにおられるラウル殿の力を見たのであろう?」
「はい」
「国の面子なんぞと言っとる場合じゃなかったろう?あれ。ラウル殿が気変わりなどしようものなら、シン国もアラリリスも一夜にして滅ぶのじゃ。小さい国の小競り合いなど何も意味をもたん」
えっと…このおっさん、さらりと酷い事言わなかった?
「カゲヨシ将軍!僕が悪魔みたいな事言わないでくださいよ!」
「あ、すまぬ。そういう意味で言ったわけではないのじゃがな」
じゃあ、どういう意味だよ。
「ぷっ、わはははははは!リュウインシオン様、確かにカゲヨシ将軍様のおっしゃる通りです。あの力を見たでしょう?あの力を前にしたら、国々のいざこざなど子供の喧嘩にもなりやしない。今日ラウル様の機嫌を損ねたら、明日にはアラリリスは地上から消えるでしょう。そう考えたら何もかもがちっぽけな感じがします。ですがどうです!この方は我が国が自力で生き残れるように、わざわざシン国との手をとってつなぎ合わせてくださる。しかもその力をもってしても、驕り高ぶる事も無理な要求をしてくる事もない。もう、よろしいのではありませんか?」
ヘオジュエがリュウインシオンに対して言った。カゲヨシ将軍もウンウンと頷きながら笑って見ている。
「えーっと、ヘオジュエさん。俺は褒められてると思っていいんですか?それ」
「もちろんでございますよ」
じゃあいいや。
「ヘオジュエ…。あなたが言うのであれば分かりました。将軍様、実は私、外交というものがはじめての為、どう接したら良いかが分からなかったのでございます。私はどのようにすれば良いでしょう?」
突然素直に聞き出した。性格の良さがにじみ出ている。
「普通でよろしいじゃろ」
「普通、でございますか?」
「気負う事無く、普通でいて下さればそれでよい」
「わかりました。それではそのようにさせていただきましょう」
後ろで控えているアラリリスの騎士からも、カゲヨシ将軍の配下達からも安堵の気が伝わってくる。まあ俺は最初からこうなるだろうと思っていたけど。俺が悪者にされる以外は。
カゲヨシ将軍がマキタカに目配せをすると、マキタカがパンパン!と柏手を打った。するとふすまが開かれて家臣が頭を下げる。
「宴の準備を」
「は!」
そして外で待っていた家臣が、台所へ向けて歩いて行った。俺は視界の隅に気になる者を見つけていた。
「それで…タピ?お前は、なんでそんな恰好なんだ?」
なんと超進化ゴブリンのタピが、武士のような着物を着てカゲヨシ将軍の方に座っている。元々簡単な布で作ったような服を着ていたはずだが、どことなく様になっているのが面白い。顔が浅黒いので、武士にしては違和感があるが背筋が伸びてきっちり正座している。
「この国にて礼節を学びました。この格好は私が頼んで用意していただいたのです。ラウル様のお気にいらなければすぐに脱ぎます」
「いや。いい。気に入ってんだろ?」
「わかりますか?」
「わかる」
なんとなく礼儀作法を身に着けたゴブリンを見るのは不思議な感じだが、これから外交をしていくのに他国の礼儀を学ぶのはいい事だ。文官としての才能を発揮するようにもなって来たし、戦いが終わったらタピを俺の執事にしようかと思う。それまではシン国の礼儀作法を学んでくれるのはありがたい。
「それはそれとして、ラウル殿よ。あの廊下にいる方々も、ぜひ宴に参加されてはいかがだろうか?そして外のヘリにも数名を待たせておるのじゃろ?ヘリは我が国の兵が責任を持って見守るから、そちらの方達も呼んではいかがか?」
ヘリにはマリアとその護衛にスラガ、ドラン、が待機している。
「よろしいですか?」
「もしラウル殿がよろしければじゃがな」
「分かりました」
俺はすぐさまスラガたちに念話を繋げた。
《スラガ、ドラン。マリアを連れて城に来てくれ。どうやら宴を開いてくれるらしい》
《《は!》》
ほどなくして、マリアとスラガとドランがやって来る。マリアは完全に西欧風のメイド服をきているが、スラガとドランは魔人国の服だった。この二人の魔人は日本人に似ている。シン国の服を着たらシン国民に見えるだろう。
「おお!良く来たマリア!久しいのう!」
「カゲヨシ将軍様。ごきげんよう」
「苦しゅうない!一緒に座ると良いのじゃ」
「マリア。お言葉に甘えよう」
「わかりました」
そして座った俺達の前に、次々とお膳が運び込まれてくる。料理が並び盃に酒が注がれていくのだった。
「カゲヨシ将軍様」
マリアがカゲヨシ将軍に話しかける。
「どうしたマリアよ」
「ラウル様はお酒がそれほど強くございません」
「そうか…わかったのじゃ」
マリアは俺が言いにくい事を代わりに言ってくれた。俺は酒があまり強くない。エルフの里で飲んだネクターなら甘めのお酒で飲めるのだが、普通の酒はあまり飲めなかった。俺の前には果実水が置かれた。
「わざわざすみません」
「いや、気遣いが足らぬもので申し訳ござらん」
マキタカがカゲヨシ将軍の代わりに謝る。カゲヨシ将軍はとても酒が強く、グラドラムでもユークリットでも、モーリス先生やサイナス枢機卿と共にがばがば飲んでいた。
「マリア、スラガ、ドラン。今宵はこちらにお世話になる事になった。お前たちも酒を飲んでいいぞ」
「いえ、そういうわけには」
「そうです」
「私もいただけません」
「いや。俺が飲めない分、カゲヨシ将軍につきあってくれるとありがたいんだが」
「…そう言う事でございましたら」
「わかりました」
「はい」
そして宴が始まった。料理はザ・和食。魚のお作りに煮付け、てんぷらのようなものもあって俺には最高の料理だった。ただ一つご飯が無いのが残念だ。
「リュウインシオン様は飲まれるのですかな?」
カゲヨシ将軍が尋ねる。
「ま、まあ…たしなむ程度です」
白魚のような手で盃を持ち、舐めるように上品に酒を飲んでいる。黒髪から覗く顔は、一瞬凛々しい感じもあるがハッキリ言って美人だ。酒が入った事でだいぶリラックスできたのか、最初の堅い表情が消えていた。
だが…俺達はその隣にいる、ヘオジュエの微妙な表情に気づかなかったのだった。
「うむむ。なかなか飲みますなあ」
宴もたけなわになった頃、カゲヨシ将軍が赤ら顔でリュウインシオンに言う。反対のリュウインシオンといえば、全く最初と変わらない。顔色が変わっていないのだ。そして酔っぱらった様子もなかった。
俺はよく見ていなかったので、リュウインシオンはセーブして飲んでいるのだと思っていた。武士たちもほろ酔い気分になり、アラリリスの騎士達も武士と肩を組みながら飲んだりしていた。だがリュウインシオンは全然崩れる気配がない。
「ふぅ…。あはははははは!なかなかに楽しい酒でございますなあ!」
カゲヨシ将軍が豪快に笑いながら、だいぶ酔っているようだった。それに対して、リュウインシオンは変わらない。そして俺はさっきからリュウインシオンを目で追っていた。恐らく…カゲヨシ将軍やヘオジュエ、武士や騎士達より飲んでいる。
おかしい…
「いはあ‥はははは、れ、あれでございますなあ!リュウインシオン様はなかなかにお酒が強うございましゅなあ…」
カゲヨシ将軍のろれつが回っていない。だが対するリュウインシオンは顔色一つ変えずに、酒を浴びるように飲んでいる。
…それから数時間後。酔いつぶれる男たちの中で、一人だけ酒を飲み続けるリュウインシオンの姿があった。細くて美しい黒髪の女性が、いつしか手酌で酒を飲み続けているのだった。
酒をセーブしていたマリアとスラガとドランが、バケモノを見るような目つきでリュウインシオンを見ている。俺達はここに酒豪がいた事を知ったのだった。