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第773話 陣取りゲーム

砂漠基地の司令塔にある会議室で、俺はオージェとエミルとグレースと共にミーティングをしていた。テーブルの上にはフラスリア産のお茶に、氷が浮かんだグラスが並んでいるおり、グラスの表面に浮かぶ水滴がツウっと流れ落ちる。魔導エンジンのおかげで氷が作れるようになったのだ。フラスリア産のお茶は冷やしても美味いという事が分かり、この砂漠基地ではいつもこれを飲んでいる。


「さてさて…」


「ああ…」


 そして俺はもう一つの課題を突き付けられて、仕事が増えたことに軽く疲労感を覚える。


 オージェらは俺とは別動隊として、砂漠西側の山脈方面を南下し敵地を探りに行っていた。その報告を受けて俺も現地を見にいったのだが、結構深刻な状況になっていた。そのため俺達は次の対策を考えていたのだった。


「もうすぐ魔導エンジンが届くから、そうしたらすぐ対策が打てる」


 俺は自分のしたことを後悔しながら皆に話す。


「ああ、シン国側の結界があれに破られでもしたら恐ろしい事になるだろう。だけど魔導エンジンの量産化のおかげで何とかなりそうじゃないか?」


 オージェが俺の失態をフォローするように言った。


「俺の空母落としが、あそこまで影響を与えるなんて思わなかったんだよ」


「西の山脈には砂漠の凶悪な魔獣が密集してたからな。まあシン国には虹蛇の結界があるから、砂漠の魔獣が侵入してこないってのが救いだよな」


 そう。どうやら砂漠に住んでいた魔獣たちは、俺の空母落としにより砂漠に住めなくなり、西の山脈に逃げ込んだらしいのだ。シン国側に逃げても侵入できないのと、あのメガロドンから逃げるには西の山脈しかないようだった。


「東側に行かないのも、間違いなく前虹蛇の影響だし」


 アラリリス首都やロウラン村も砂漠の魔獣の襲撃は受けていない。恐らくはシン国と同じように、結界による防波堤があるのだろう。俺達が進軍した時に結界らしきものは見つけられなかったが、アラリリス王都やミゴンダンジョンの状況を見ても前虹蛇の手が入っているのは間違いない。


「東にも逃げられないと分かった砂漠の魔獣が、西の山脈に集結してしまったって事だろうな」


 エミルが腕組みがら言う。


「だな。しかも、俺が砂漠を旅した時に遭遇した時より進化してた」


 俺はオージェ達に聞いて西の山脈の視察しに行ったのだが、そこで見た魔獣は俺が以前見たものとは違っていた。特にあのサソリは更に巨大化し、骨格が狂暴な進化を遂げていた。しかもそいつらが来た事によって、西山脈の生態系が変わってしまったようだった。


「あれも、瘴気の影響かね?」


「それは分からん。モーリス先生にも分からないそうだ」


「なるほどね」


 モーリス先生に分からないなら俺達に分かるわけがない。


「だけどシン国の結界といい東の結界といい、なぜ前の虹蛇は人間の為にそんなことをしたんだろうな?」


 オージェがお茶の水滴を指ですくいながら考え込むように言う。確かにわざわざ人間の為に、そんな仕掛けを作る理由が良く分からない。


「恐らく、虹蛇自身の為ではないですかね?」


 そうグレースが答えた。


「自身の為?」


「はい。アトム神が言ってたじゃないですか?信仰が薄くなって自分の力が弱まったって。神々は人間の信仰を集めるため、民の為にいろいろするんじゃないんですかね?」


「「「おー!」」」


 グレースの答えを聞いて腑に落ちたのだった。


「確かにアトム神は、あまり民の為に働いてなかったような気がする」


 俺は素直に感想を述べた。するとオージェもそれに答える。


「なるほどな。それで信仰を失って、力を失っていったって事か」


「だと思いますよ」


 皆が合点がいった!という顔をして見合わせた。


 ふと話に熱中して喉が渇いていた事を思い出した俺は、目の前のグラスに入った冷たいお茶を一気に飲み干した。カランと氷が鳴る。するとそれにつられたように、オージェとエミルとグレースもお茶を飲む。


 すると唐突にドアがノックされて声がかけられる。


「ラウル様」


 マリアだった。俺達の給仕をしてくれていたのだが、丁度タイミングを見計らって入ってきてくれたのだ。


「頼む」


 俺がそう言うと、マリアがテキパキと動き出す。


「はい」


 そしてマリアは持ってきたアイスペールから、トングで俺達のグラスに氷を入れてくれた。そしてそこに淹れたてのお茶を注ぎ入れてくれたのだった。その手際の良さは戦闘メイドになった今も健在だ。


「お茶請けです」


 そしてトレイに乗せられていた食べ物を一人一人の前に置いてくれた。生クリームのようなものが添えられ、綺麗に切られた果物の盛り合わせだった。砂漠基地でこんなものが食べられるようになったのは、魔導エンジンと転移魔法陣のおかげだ。クリームはシュラーデンの特産で、果物はラシュタル産なのだ。


「なんというか…背徳感があるな」


 エミルが言う。


「確かにな、禁術を駆使して各地の食べ物を食べるなんて、なんか悪い事をしている気分になる」


 オージェが気がひけたかのように目の前のデザートを見ていた。


「そうか?せっかく食べられるようになったんだし、遠慮なく食おうぜ」


「そうですよ!美味しい物に罪はない!食べましょう」


 俺とグレースは同意見のようだ。価値観の問題だが、使える物は使った方が良いというのが俺の考えで、もっと有効に使った方がいいと考えるのグレースだ。


「うま!」

「本当だ!」

「良く冷えてるね」

「氷魔法の杖は物凄い発明ですよね!」


 そう、凄い発明だった。しかもこれは、この砂漠基地で作られたのだ。モーリス先生の魔法の知恵と、デイジーとミーシャが魔獣から出た魔石に細工を加え、バルムス達ドワーフの細工の力で生み出した魔道具だ。この魔道具を人が使う建物のあちこちに立てて館内を冷やしている。更に鉄のボックスの中には大きめの魔石が入れられていて、その中に生鮮食料も保存できるのだ。館内のランプは全て発光する魔石に変えられており、まるで電気が使える前世のようだった。


「それで、アトム神の話に戻すけどな」


「ああ、そうだったな」


 俺は果物を食いながらさっきの話に戻す。


「前の虹蛇の力を考えると、俺達の中では虹蛇が一番力があると思わなかったか?」


 俺が言うとエミルが返してくる。


「確かにな。ラウルが見たという巨大な虹蛇の本体が実在するなら、それは世界の脅威になりえる力だろう」


「実際に凄かったんだって、体内に入ったけどスクリーンみたいなものまであったんだ」


「っていってましたね」


「グレースはまだ本体を出せないのか?」


「良く分かんないんですよねー」


「分かんないかー」


「はい」


 まあ、あの虹蛇本体には攻撃力はないだろうが、あの体で暴れまくったら世界は滅びるんじゃないかと思う。


「オージェの分体レヴィアサンも凄いは凄いが、虹蛇の本体には負けると思うし、エミルの精霊の力も凄いけど虹蛇本体の力を考えるとな」


「なるほどな」


「でも同じ神でも、何故そんなに個体差が出るんですかね?」


「確かにそうだな」


「アトム神の力が弱まっていたと言う事を考えると…」


「「「「……」」」」


 俺達はある答えに同時にたどり着いた。


「信者…」

「だな」

「ああ」

「そうですね」


 アラリリスやシン国の人間はきちんと虹蛇を信仰していた。それは北の人たちの神の信仰より強く、そのため虹蛇の力が高まっていったのではないだろうか?北の人間はそれほどアトム神を信仰していなかったし、ファートリア神聖国は出世欲や個人的な欲望で、信仰そっちのけになってたんじゃないかと思う。精霊神を信仰するエルフや獣人は数が少なく、魔人も龍族も同じだ。


「虹蛇が次の受体の為に砂漠を出て北へ向かったために、アラリリスはデモンに侵略された…」


 グレースがポツリと言う。


「そうだな。恐らくそれまでは虹蛇ががっちりと南の大陸を守っていたから、デモン達はそこを飛ばして北の大陸に侵攻して来たんじゃないかと思う」


 俺が言うとオージェが答えた。


「ラウルの言う通りだろうな。デモンはシン国を素通りしていったわけだし、アラリリスは虹蛇の影響が薄れたために侵攻されたと考えると辻褄が合う」


「もしかしたら、虹蛇の卵を飛ばしてやったのって、敵の誰かじゃないのかね?」


「と考えるのが普通だろうな」


 するとエミルが疑問を呈する。


「だとすればだ…俺達が戦ってるのは、いったい何者なんだろう?」


 確かにそうだ。今までデモンと戦って来たが、それだと何かがおかしい。デモンは人の信仰など集められないだろう。悪魔信仰が無いわけではないだろうが、そんなに大勢の人間を騙せるとは思えない。


「神の存在を知っていて、神の力関係を把握している奴。そして我々の動きが感知できる奴でしょうね」


「グレースの言う通りだろう」


「だとしたら、一体誰なんだ?」


 俺達は皆黙り込んだ。今まで戦って来たデモンが、世界を転覆させるために俺達神の引継ぎ者を狙っているのだろうか?


 カラン


 氷が解けてグラスが鳴る。


 何か引っかかるものがあるのだが、俺達はそれが何か分からなかった。ここまでの戦いの結果でだいぶパズルが組みあがって来たのだが、何かにたどり着きそうで掴めない感覚だ。


「何かあるよな?」


「そうですね」


 北の大陸で戦い、南の大陸に来て戦ってみて分かった事。北ではデモンが大量虐殺をして、南では人間はほとんどが生き残っていた。デモン召喚魔法陣で何かをしようとしていた形跡はあるが、俺達が攻めて来なかったらもしかしたら発動させなかったかもしれない。


「デモンは…人をやみくもに殺そうとは思ってない?」


 敵は人間を根絶やしにしようとは思っていないように感じる。アラリリスには緊急手段の為にデモンの召喚魔法陣が設置されていたのかもしれない。俺がそう言うと、エミルが悔しそうに言う。


「だが、北ではかなりの人間を殺したぞ」


「北は狙いやすかったんじゃないか?アトム神の力が弱っていて、龍神も精霊神も魔神も不在だったから。というかアトム神を継ぐアウロラが狙われた事から考えても、狙いは神だと思えるんだ」


 待てよ…


「なんかさ、陣取り合戦してるみたいな気がしないか?」


「する」

「だな」

「そうですね」


 大量の人間達を駒にして、何者かが陣取りゲームをしてるのではないかと思えた。人を削る事で相手の大将の力を弱め、そこに付け込んで侵略していく陣取りゲームだ。


「なんだろうな…敵は、デモンの大将か?それとも他に何かいるのかね?」


 オージェが言う。


「デモンの大将。てことは真の敵はアヴドゥルって言う神官じゃないってことかな」


「分からんけどな、そんな気がしただけだ」


「だけど、この状況を考えたらそうじゃないですか?」


「真の敵か…」


 俺達は得体の知れない敵の存在を感じた。この戦いの引き金を引いた張本人がどこかにいるって事だ。アウロラが示す神託によって敵が南にいる事が分かっている。その戦いの張本人がそこにいるかどうかは分からないが、その真相を知るためには攻め入るしかない。


 その真の敵をどうにかしなければ、この世界に平穏な時間が訪れないだろう事だけはハッキリしたのだった。

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