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第769話 蛇口

 迎賓館のロビーには、既にモーリス先生とデイジー、マリア、ミーシャが座って待っていた。ヴァルキリーを着た俺とカトリーヌが階段を下りて行くと、それを見たマリアとミーシャが立ち上がって軽く礼をする。


「お疲れのようじゃな」


「皆さんは、大丈夫ですか?」


「わしらは大したことはしとらん」


「そうじゃな」


 確かにモーリス先生とデイジーは特に疲労は見られなかった。


「ラウル様。そろそろリュウインシオン達がこちらに来るとの事です。先ほど使者が来て知らせにきました」


 メイド姿のマリアが伝えてくる。


「分かった」


 なんか気まずいな…昨日の事はどうなったんだっけ?事前情報を入れておかないと…


 そんなことを考えているうちに扉の呼び鈴が鳴らされた。どうやらリュウインシオン達が到着したらしい。俺はヴァルキリーを着ているから表情は読まれないと思うが、チラリとカトリーヌを盗み見る。だか彼女は何も気にしていないようで、ただ呼び鈴のなった入り口の方を見ていた。


「ミーシャ」


「はい」


 マリアとミーシャが入り口の方へと歩いて行った。広いロビーにはランプが灯さされていて、日中だというのに少し薄暗い。よく聞けばかなり強い雨音が聞こえているので、未だに外は雨が続いているらしい。灼熱の国だったのが嘘のようだ。


「リュウインシオン様がいらっしゃいました」


 マリアが俺達に告げる。


「迎えてくれ」


 すると玄関口から、護衛の騎士が入って来た。その後についてリュウインシオンが入室し、ヘオジュエがその後ろに続く。そしてその後ろにまた二人の騎士が護衛についていた。


 マジか…。俺はある事に息をのんだ。


「これはこれは、虹蛇様!わざわざお出迎えいただきありがとうございます」


 リュウインシオンが言うとヘオジュエ以下騎士たちが、立ち止まって俺に深々と礼をした。


 それよりも俺達の目は…リュウインシオンにくぎ付けになっていた。


「うむ…」


 俺はそう答えるのがやっとだった。リュウインシオンが、昨日までの騎士のいでたちではなかったからだ。黒髪を綺麗に結い、かんざしのような豪華な髪飾りと、赤い生地に金の刺繍をあしらった着物のようなドレスを着ていた。


「これは…申し訳ございません。私たちは平服にて、出迎えるにはいささか礼を欠いてしまったようですじゃ」


 モーリス先生が頭を下げた。


「いいえ。北の国からわざわざ私の国を助けに来ていただいた方々に、私が礼を尽くしたかっただけでございます。そのようなお心遣いは必要ございません」


「なんという上品な佇まい、わたしらはこんなので良かったのでしょうかねぇ?」


 デイジーさんも恐縮しているようだ。それだけにリュウインシオンの品格が、昨日とは同一人物とは思えないくらい高貴な感じに見えた。


「いえいえ!私の国の建物を壊すことなく、民は路頭に迷わずに済みました。一重にモーリス様とデイジー様のおかげと聞いております」


「なに、わしらはラウ…虹蛇様のおっしゃるとおりやっただけですのじゃ」

「そうですそうです。お礼は全て虹蛇様へ」


「わかりました。虹蛇様。私どもの国をお守りいただき、感謝の念に堪えません。私たちの心願を成就させていただき、そしてこれからもご威光で私達を守っていただけると言った下さいました。私達アラリリスの全ての国民は、未来永劫忠誠を誓います」


「苦しゅうない」


 今の答えで良かったのかも疑問だ。


 そしてリュウインシオン達が俺の元へと歩いて来る。近くでリュウインシオンを見ると、どこからどう見ても麗しき中国王朝の王妃のような佇まいだ。この人とお風呂に入っただなんて、俺はなんという不届き物なのだろう。


 …っていうか、隣のヘオジュエの目つきが鋭い気がする。俺を見る目が優しくない。やっぱパワハラで無理やりリュウインシオンと風呂に入ったような形なので、怒っているのかもしれない。


 さてどうしよう。


 そう思っていたら人間達しかいなかったはずのロビーには、いつの間にか魔人達が勢ぞろいしていた。気配が全く感じられないのはいつもながらだが、何よりリュウインシオンとヘオジュエ以下騎士たちが驚いているようだった。


 少しの緊張感が走る中、声を発したのはモーリス先生だった。


「それで、アラリリスの姫君にお伺いいたします。王位を継承されたとの認識で間違いないのですかな?」


「はい。王族が消滅してしまった今、私がアラリリスの王位を継承する事になりました。ですが、まだ式典などの予定は決まっておりません」


「承知いたしました。それでは王位継承されたとなれば、魔人国にもその話を伝え祝いの準備をさせていただきましょう」


「お気遣いなきよう。我が国は虹蛇様とあなた方、魔人国の皆様に助けられたのです。これ以上のお気遣いは無用にございます」


「そういう訳にも参りますまい。このお話は持ち帰らせていただきます」


「わかりました。モーリス様のご厚意に感謝いたします」


 そして話が一旦終わり、席に座ろうとした時だった。


「もう一つありますのじゃ!」


 モーリス先生がまた言葉を発した。


「どうされました?」


「虹蛇様の使徒が仕留めたという、魔獣の件にございます」


 どうやらゴーグが仕留めて来たバジリスクの件らしい。


「バジリスクの事でございますか?」


 リュウインシオンが頭を傾げて聞き返す。


「そうですじゃ。もう一度見せていただいてもよろしいですかな?」


「それはもちろんです。ですがどうしてでしょうか?」


「この長く続く雨でございますがな、これは恐らくバジリスクを討ち取ってしまったためです」


「バジリスクを討ち取ってしまったため?」


 リュウインシオンもヘオジュエも初耳だという表情をする。モーリス先生はその膨大な知識から何かをはじき出したらしい。


「こちらにおられるのが蛇の神、虹蛇様でございますが、バジリスクは蛇の王と言われております」


「それは知っております」


「それでは、バジリスクがこの砂漠を作った元凶だと言う事は御存じですか?」


「知りませんでした」


 えっ!この灼熱の原因があのオオトカゲのせいなの?そりゃ初耳だ!まあそりゃそうだ。だがバジリスクを蛇の王として紹介されたら、蛇の神様を演じている俺が尋ねるわけにはいかない。


「わしも自分の記録を思い出して、この雨で気が付きました。このままでは雨は止むことがありませんぞ」


「えっ?」

「はっっ?」

「???」


 アラリリスの騎士達が驚いている。もちろん俺も驚いている。何であの大きなトカゲのせいで雨が降るのかもわからないが、雨が降り続けたらどうなるかも心配だ。


「ですがご安心下され。あれを復活させれば雨はやむでしょう」


「復活でございますか?」


「じゃが上手くいくかはこれからの対応次第ですじゃ」


「どうすれば?」


「虹蛇様のお力を借りるしかないのですじゃ」


 やべえ。俺は本物の虹蛇じゃないから、何も出来ないぞ。モーリス先生それを分かって言っているのかな?どうしたらいいか焦ってきた…


 するとモーリス先生がおもむろに俺をおいでおいでして、部屋の端へと連れて行く。


「どうするんです!」


「ラウルよ焦るでない。伝記によれば、復活させて元のダンジョンへ戻せばよいのじゃ」


「いやいや、バルムスたちが解体してしまいましたよ!」


「大丈夫じゃ。シャーミリア嬢!」


「は、恩師様」


 モーリス先生がシャーミリアにおいでおいでして、俺達に密談のように話し出す。そしてモーリス先生が大体の事を俺達に教えてくれた。どうやらさっきのバジリスクの話は、古代の神話のようなものらしかった。何十年ぶりに降った雨が降り続くのを見て、それが本当の事であると分かったらしい。だとすれば物語に沿った形で、バジリスクを元の場所に戻せばいいのだという。


 そしてそれを、俺からリュウインシオンに説明するようにと言われた。


「まかせよリュウインシオン。我が復活させて元の洞窟に戻すとしよう」


「ですがそれでは元の灼熱の大地に戻るのでは?もしそうであれば雨が降り続けるのは歓迎いたします」


「果物や穀物は腐り、山が崩れる恐れがあるのだぞ」


「それは…」


 まあモーリス先生が話した内容をそのまま伝えているのだが、リュウインシオンもヘオジュエもめっちゃ困った顔をしている。


「本来は、討伐して雨を降らせて復活させて雨を止める事を繰り返すのだ」


「そうなのですか?」


 俺も本当か?って疑ってる。そんな蛇口みたいな魔獣がいるなんてにわかに信じられない。ただ…前の虹蛇の性格を考えると、そんな仕組みを面白がって作っても不思議ではない。モーリス先生は伊達や酔狂でこんなこと言わない人だし。


「そうだ。それをこれから東の虹蛇の神殿にて管理をすることにしよう」


「わかりました。それでは全面的に虹蛇様へとお願いを申し上げます」


「うむ」


 そしてその日は会合を終えて、リュウインシオン達は迎賓館を引き上げて行った。城が復活するまではしばらく別の館にいるらしい。何かあればすぐに伝令に伝えてくれと言われた。部屋には俺達が残され、そしてさっきの話を確認していた。


「モーリス先生。本当にそれでうまく行きますか?」


「分からんのじゃ。じゃがこの雨はあれが原因で間違いないのじゃ、後はシャーミリア嬢の術でなるかどうか…五分五分じゃな」


「わかりました。ではすぐに王城の地下貯蔵庫からバジリスクを引き上げましょう」


「その方がええのじゃ」


 俺とモーリス先生、シャーミリア、ファントム、ゴーグ、マキーナがバジリスクを戻そう作戦に参加する事になった。モーリス先生は未届け人、シャーミリアがバジリスクゾンビ作成、ゴーグが場所を知っているため案内人。ファントムとマキーナは力仕事の為だ。


 すぐに作業に取り掛かる。重量物運搬用トレーラーEHETSに、バジリスクの部品を全て積み込んだ俺達は東へと走り続け、ゴーグに道案内をさせてミゴンダンジョンにたどり着いた。


「ここがそうか」


「はい」


 狼姿で先頭を走っていたゴーグが答える。ミゴンダンジョンは、入り組んだ鉱山のような場所の奥地にあった。重量物運搬用トレーラーEHETSでは入り込めなかったので、全部ロープで括り付けてファントムがバジリスクを背負ってきたのだった。


「入ります」


「ふむ」


 安全の為、モーリス先生をゴーグが背にのせてマキーナを護衛に付けた。ダンジョン内の露払いとしてシャーミリアが先行し、出て来る魔獣たちを始末してくれた。俺達がシャーミリアのもとに着いた頃には、かなりの数の魔獣が葬られていた。


「ファントム!早くおし!ノロマめ!」


 案の定ファントムにはキレるシャーミリア。なぜかモタモタしていると感じるらしい。そしてモーリス先生の指示のもと、バジリスクを元の形になるように並べていく。内臓の位置まで丁寧に指示されたところに置いた。


「シャーミリア嬢、やってくれるかの?」


「はい」


 そしてシャーミリアがバジリスクに術をかけると、骨や肉片がまるでスライムのように寄り始めあっという間にバジリスクゾンビが出来上がった。だがなんとなく不安定な感じがする。


「喰らえ」


 シャーミリアが指示をすると、大量の魔獣の死骸をバジリスクが食べ始める。すると次第に形がはっきりして、かなり頑丈そうになって来た。


 なるほど、こうやってファントムも作ったのか。


 あっという間につぎはぎだらけのバジリスクが出来上がった。だが元の状態より、銅像感が出ておりとても頑丈そうだ。


「ふむ。ゴーグちゃん、これをどこから連れて来たのじゃな?」


「もっと下だよ」


「ならそこへ行くのじゃ」


 そして俺達は、シャーミリアが使役するバジリスクゾンビを連れて地下へと潜って行くのだった。


「このへん」


 ゴーグが言うので、シャーミリアがバジリスクを奥へと進ませる。


「好きに食べるがいい。そしてご主人様のお役に立ちなさい」


 そうシャーミリアが言うと、バジリスクゾンビが暗闇に走って行くのだった。


「これでいいのじゃ」


「わかりました」


 そして俺達がダンジョンを上り地上に出ると、嘘のように天気が良くなっていたのだった。


 …本当に蛇口だった…


 恐らくこのダンジョンも先代の虹蛇が作った物なのだろう。普通の洞窟にしては迷路じみた作りになっているし、そもそも蛇口替わりの魔獣がいる事自体不自然だ。


「恐らくはのう…」


 モーリス先生がおもむろに呟く。


「はい」


「先代の虹蛇がいたずらで作った環境に、後から人間が住み着いたと考えるのが妥当じゃろうな」


「人間を守る為にじゃなくてですか?」


「年代的にも違うと思うのじゃ」


 なるほど。なんとなく先代の虹蛇のしそうな事で納得だ。ただ一つ言えるのは、アラリリスの水事情は俺達が握ったと言っても過言ではない。これでアラリリスが俺に謀反を働く事も無いだろう。まあ別に平和に暮らしててくれればいいんだけど。


 それにしても…蛇口って言葉。そのままの言葉だったんだな…


 俺達は一路アラリリスへと向かうのだった。

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