第77話 身体強化論
シーサーペントがとって来てくれた魚は、まんまマグロだった。
「脂がのっていて旨い!」
出来れば寿司にして食いたいところだが・・この世界には米も醤油もなかった。そしてこの世界の人間は食べ物には必ず火を通す。なので焼いたものが主流だったが、それでも脂ののったマグロは絶品だった。
「これおいしいわね!」
イオナが感動していた。イオナだけじゃない、マリアもミーシャもミゼッタも初めて食べたようで驚いている。食堂の席には俺たちの他に、配下もみんな座って食べていた。
「シロもさ!めっちゃ気に入ってくれたんだよ。一匹まるまる食ってたし」
「それもこれも、ラウル様の使役したあいつのおかげですね!」
ゴーグが目をキラキラさせて言う。
「使役・・したのかなあ?とにかく俺もびっくりしたよ!な!セイラ!あいつに食われると思ったもんな。」
あいつ、とはシーサーペントの事だ。
「ええそうでした。でも、あのとき私がシーサーペントに気がつくのが遅くなって、申し訳ございませんでした。」
「良いんだよセイラ、だってあいつ俺の事が好きみたいだったよ。」
「でも、もし敵と判断されていたらと思うと。」
「結果オーライだ。」
「お・・おーらい??」
「こっちのことだ。」
それにしても本当に偶然の産物だった。俺達が漁をしていなければ、あいつは近づいてこなかったろう。
「シーサーペントはルゼミア王にも手を出しません。」
ギレザムが俺に教えてくれる。
「それでグラドラムまでの船旅が安全なんだったな。」
「はい。」
やはりあれか・・元始の魔人の系譜。ルゼミア王もその系譜に含まれているということなのかもしれない。
「もう・・ラウルは、本当に心配ばかりで。」
「本当ですよ。訓練は私も連れて行ってください。見張らせていただきます!」
「ラウル様、自由を謳歌するのもわかりますが少しは自重を。」
「ラウル、本当に気を付けてね。」
「わかってるよ。」
ううむ・・・べつに楽しんでやっているわけじゃないんだけどな。またみんなからのお小言。心配してくれるのはありがたいんだが、俺は俺の使命の為にやってるんだよ・・
「まあまあ、ラウル様の遊び心のおかげで、我々はこうして美味しいものにありつけたわけですし、今後の訓練は集団で動くことにすればよろしいかと思います。」
ギレザムがみんなに弁解してくれる。でもな・・ギル・・遊びじゃないから。
「ほんと気を付けるから、そう・・マリアも今度から一緒に訓練に参加しよう。」
「良いんですか?ぜひ!」
マリアは滅茶苦茶うれしそうに返事をした。そういえば、サナリアの森での射撃訓練以降は、実戦続きで訓練などしたことなかったものな。
「格闘の戦闘訓練なんかどうだろう?」
「格闘ですか?ラウル様!私はなんでもござれですよ!」
マリアはやる気だった。
《しかしだ・・・》
俺のめんどうをみてきて、結婚適齢期を過ぎてしまったのは申し訳ないが、戦闘訓練なんかしてますます縁談が遠のくんじゃないかね?
「じゃあ、母さん。マリアをゴブリンとの格闘訓練に連れてってもいいかな。」
「いいんじゃない。」
話の流れでマリアも戦闘訓練に参加する事になってしまった。
次の日、俺とマリアは闘技場にいた。俺の配下たちとゴブリン隊長たちが集まった。
「みんなにお願いがある。」
「「「「「はい!」」」」」
「マリアは普通の人間だ、それは知っていると思う。火魔法が使えるが魔力の使用は訓練では封じることにする。」
「「「「「はい!」」」」」
「マリアは俺のように魔人の血が入っていないから、みんなのような身体能力はないんだ。」
「「「「「はい!」」」」」
なんだろう・・・俺がシーサーペントにのって海から現れてからというもの、みんなの俺を見る目が違う気がする。ざっくばらんな感じが良いのに...正直やりずらい。
「どうしたんだ・・?ギレザムなんだかやりづらいんだが・・」
「いえ!我らはシーサーペントに乗る人などはじめて見ました故、そんな方に馴れ馴れしく話しかけて良いものかと・・」
「いいに決まってる。」
「はあ・・・では!みんな気を緩めていいぞ!」
「はい。」
困ったな、最近グレイトホワイトベアーに懐かれたり、シーサーペントに乗ったりしてるから、魔人達の俺のポイントがグーンと上昇している。でも俺自身はそんなに大したことないんだよね...
「じゃあ、話の続きをするよ。」
「「「「「は・・・」」」」」
「コホン!」
咳ばらいを一つしてやめさせる。
「とにかくマリアは普通の人間だ、でも魔法の発動イメージを使うとかなり集中力があがるから、それを維持した戦い方が出来ないかと考えているんだ。」
「発動イメージを維持した戦い方ですか?」
「そうだ。そして、さらに上の段階で実はもう一つ考えがある。それは・・魔力で身体強化が出来たらそれを使いたいところなんだ。」
そう普通の人間でも、父のグラムやバルギウスの大隊長のようなバケモノがいる。気が発動条件ということはグラム父さんに聞いたことがあるが、なにか絶対にからくりがあるはずなんだ・・気を使わず魔力で身体強化が出来たらと思う。
「魔力で身体強化できるんですか?」
マリアが興味津々に俺に聞いてくる。
「うーんそれが良くわからないんだ。魔法の発動イメージを使うことで、マリアは驚異的に集中力があがるだろ。あれはある種、気での身体強化だと思うんだよ。」
「なるほど・・たしかに気の冴えが尋常じゃなくなります。」
「ん?やはりそんな感覚があるのかい?マリア。」
「はい、あの長距離狙撃をした時に感じました。」
あの2キロメートル以上の連続スナイプをした時か・・たしかにあれは尋常じゃない。
「なるほど・・・。ならば・・さらに魔力を体内で流動出来ないか?と考えてるんだが、なぜそういう考えに至ったのか話したい。」
「なんです?」
「まず、俺はおそらく魔人と人間のハイブリッドだ。」
「「「「「「はいぶりっど???とはなんです???」」」」」」
全員の頭に?がいっぱいついてしまった。失敬失敬。
「えっと、魔人の力と人間の魔法が使える混血といったところかな。」
「なるほど、それなら分かります。」
ギレザムが頷くと、みんなもうんうん頷いていた。分かってくれたらしい。
「俺は騎士のように気を扱えるわけではない、しかし爆発的に身体能力があがる時がある。」
「そうですね召喚された武器を使い、殺し合いをしている時は格段に能力が上がっておられます。」
ギレザムとガザム、ゴーグがうんうんと頷いていた。この3人は俺と一緒に死闘を潜り抜けたため、間近で見ていて気がついている。
「前に人間のモーリス先生という人から聞いたんだが、魔人達の身体能力は体内の魔力が大きく関係しているらしいんだ。」
「我らが魔法を使っていると?」
「魔法を使っているわけではないが、魔力で身体能力が向上しているのは間違いないと思う。」
「なるほど。」
「それが人間と魔人の違いらしいんだよ。」
「どういうことでしょうか?」
ここからは魔人達と深く接してきた俺の推測になるが、とにかく彼らに分かってもらわねば訓練方法も見つからない。俺も彼らもマリアも初めてのことだから、本当にできるかどうかはわからなかった。とにかく糸口を探し出し取っ掛かりをみつけたい。
「魔力が少ない、もしくは魔力が無い人間は長い歴史の中で、闘気をまとい身体能力を上げる研究をしてきたんだ。そこまでは俺が人間の先生から学んだ事なんだが・・」
「はい」
「俺は・・ある種、闘気と魔力は似たものではないかと思うんだ。」
「人間の使う闘気と、我々の魔力がですか?」
「ああ。」
配下たちはいまいちピンと来ていない様子だ。それもそのはずで、彼らは学んで使っているわけでも、頭で理解して使っているわけでもない。本能がそれらを使えるようにしているだけなのだ。ある意味、人間でいったら全員が天才というやつだ。
「そしてさらに気づいたんだ。大陸の魔獣や魔族が気を使うとはモーリス先生からは聞いたことはなかった。しかし、お前たちは気配を感じたり、気をまとう事ができている。オーガの3人と共に戦い、ラーズ、セイラと訓練をして分かったんだ。」
彼らが気を使うのと人間の闘気では根本的には全く別物だろうが、魔族が全く魔法が使えないのは、一つは使い方を体系的に学んだ歴史が無いからだと考えられる。
「魔人の国ではルゼミア王だけが魔法を使えているよな。」
「あの方はそう意味づけられ、生まれた方ですから。」
ギレザムがそう答える。しかし俺は違う答えを出す。
「俺もはっきりとは聞いたことがないんだが、ルゼミア王はおそらく昔から魔法が使えていたんだと思うんだ。そしてルゼミア王は人魔戦争の前に生まれたんじゃないかと。そしてシャーミリアも死体の蘇生の魔術を使う。あいつもルゼミア王と同じくらい昔に生まれてるんだよ。」
「はい。」
「もしかしたら昔の魔人は元来、魔法が使えていたんじゃないかと思う。」
「我々の祖先が魔法をですか?」
「推測だがな。じゃないと魔人が魔力を大量に含有しているのはおかしいと思うんだ。」
長い歴史の中で、魔人には魔法は使えないと遺伝子が覚えてしまったのだ。逆に人間は魔力を有していないため気を練り上げる事を覚え、長い歴史の中で遺伝子レベルで向上していったのだと考えた。
「ここのみんなが気をまとっていた事と、俺が人間と魔人の魔力の両方が備わってるから、気が付いたことなんだよ。環境で左右されるものなんだと。」
「すばらしい。」
「人間は膨大な魔力を秘めた魔人に勝つために、闘気を練り上げ身にまとう事に成功し、圧倒的不利を覆したんだと思う。」
「ラウル様は、逆に人間のマリアが魔力を身体強化に使う事を覚えられるのでは?と考えられているのですね?」
「そうだ。魔力を持っている人間なら可能かもしれないと・・」
「でも、人間のマリアに出来るんでしょうか?」
ギレザムと仲間たちが疑問に思い、うーんと首を傾げていた。
「私にそんなことができるんでしょうか?」
マリアも不安な顔で俺に聞いてくる。
それもそうだよな。魔力を闘気のようにまとい身体能力を上げるなんて、いままで成功した人間はいないかもしれない。しかし、俺は間違いなく魔力を身体強化に使える人魔のハーフだ。出来ない事はないかもしれない・・あくまでも可能性だが。
「わからない。」
「「「「・・・・・」」」」
俺がそう答えると、みんな黙ってしまった。そりゃそうだな、やり方もなにもわからない事をやってみようって言ってるんだから、何から手を付けていいか分かんないよな。
「みんなも黙っちゃうよね?でも俺にも出来るかはわかんないんだ。」
「「ではどのように・・?」」
ギレザムとマリアの声がそろってしまった。俺はどうやって説明しようか迷った・・俺にも答えがあるわけじゃなかったからだ。
「俺とマリアは昔から、魔法イメージを使って射撃の精度をあげる訓練をしてきた。母さんも出来ていたけどそこまで精度が上がらなかったんだ。そしてマリアは俺より射撃の精度が高いんだ。しかも・・かなりだ。」
「そんなことは・・」
「それが、あるんだよ。俺では出来ない長距離狙撃を事もなくやっている。俺にあんな芸当はとてもじゃないが出来ない。」
「そうですか」
「ああ」
俺には確信めいたものがあった。魔法発動のイメージを使い、射撃の精度をあげたことのある人間は、この世界に3人しかいない。俺とマリアとイオナだ。銃火器がない世界で、剣をしのぐ武器で戦った事のある魔法使いは俺たちだけなのだ。その中でもマリアはずば抜けて精度が高いのだ。
「だからとにかく射撃ではなく、格闘に特化した魔法発動のイメージを作り出してほしいんだ。それに1番近いのがマリアだと思ってる。」
「今のところ想像がつきませんが、ラウル様が言うのであればやってみます。」
マリアが何とか挑戦してみると言ってくれた。俺は引き続いて配下に指示を出す。
「だからマリアを、ゴブリン隊長たちと格闘能力の高いゴーグにまかせたい。どうかな?」
「はい。やってみます。」
「よくわかりませんが、マリアさん・・よろしくお願いします。」
「俺じゃ役に立つか分からないですけど・・」
「とにかく少しでも何かを見つけられるように協力します。」
「きっとうまくいきますよ!」
「やりましょう!」
ゴーグを筆頭に、ティラ、マカ、ナタ、タピ、クレが返事を返してくれた。
マリアとゴブリン隊、ゴーグの訓練が決定したのだった。
俺はこの時、これが魔人達を大幅に強化する事につながるとは想像もしてなかった。