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第767話 アラリリスの姫

  俺が料理をたらふく食って身動きが出来なくなっている所に、リュウインシオンがヘオジュエを連れてやって来た。二人が跪いて俺に挨拶をした後で話し合いが始まる。


「あなたが中の人ですか?」


 腹を膨らませて座っている俺に、ヘオジュエが目を丸くして聞いてくる。


「そうです。私が中の人です」


 俺が思いついた懇親のギャグで返すが、リュウインシオンとヘオジュエにはスルーされた。たぶん分かったところでスベっていたかもしれないが…いや…わかりゃしないか…


「失礼な事をお尋ねしますが、かなりお若いように見受けられます」


「まあ実際に若いよ」


 なるほど…虹蛇だと思っていた奴が、こんな若けりゃ驚くか。


「ヘオジュエ!魔人国の皇太子ですよ!失礼です!」


「失礼いたしました。悪気はございません、あれほどの奇跡を起こされるようには見えなかったものですから」


 ヘオジュエはだいぶ正直だ。


「まあそうだよな。無理もない」


 俺は立っているヴァルキリーを見る。これを見る限りでは、中の人は大人だと想定するだろう。


「そちらにいる虹蛇様は?」


 ヘオジュエが俺の視線を追ってヴァルキリーを指して言うと、ヴァルキリーが手を振った。とりあえず鎧が動く事を知らしめるために、俺が念話で指示をしたからだ。


「これは虹蛇ではない、俺の鎧だ」


「鎧が…動くのですか?」


「そうだ。魔人国の技術だ」


「魔人国…遥か北にある国だとリュウインシオン様から聞きました」


 やっぱり南国の人間は魔人国の存在を知らないらしい。まあ前世の俺が中東あたりの国々に詳しいかったかと言えばそうでもないし、この世界にはインターネットも無いので知らなくても仕方がない。とりあえず俺達が何の目的で来たかを伝えないといけない。


「今日、俺達と一緒に見た化物がいただろ?ロウランで遭遇した、あの気味の悪い化物がデモンという悪魔だ。ああいうのがわんさかいるんだが、俺達魔人国軍はそれを駆除するために南へと進軍して来たんだ」


 ヘオジュエはロウランで見たデモンを思い出しているのか、難しい顔をして腕組みをする。リュウインシオンに至っては、顔から血の気が引いているようだ。


「あれが、そんなに?」


「数百匹、細かい奴を入れれば数千は駆除して来たよ」


「あれがそんなにですか…にわかには信じられませんが…」


「この国はデモンを新王としていたが、良く滅ぼされなかったと思う。まあ恐らく敵は、魔人軍対策としてアラリリス国の人たちを生贄に、新しいデモンを呼び寄せようとした形跡があったがね」


「恐ろしい事です」


「まあ、デモンが湧いたら湧いたで、俺は全部駆除するつもりだったけど」


「確かに。あの神器ならば対抗出来るでしょうな」


 ヘオジュエが言っているのは俺の武器の事だ。


「ちなみに、あれは神器ではない。俺の魔法で呼び出した武器だ」


「魔法!?」


「そうだ」


 これにはヘオジュエだけでなく、リュウインシオンも驚いていた。


「あの神器は、いえ…魔法の武器ですか?あれはどのくらいあるのです?」


「さて、魔人軍の全体にいきわたるほどは出せるかな」


「……」

「……」


 リュウインシオンもヘオジュエも凍り付いている。何か恐ろしい物でも見るかのような表情で俺を見ていた。まあそうなるわな…


「何か問題でも?」


「恐れながら、シン国の人々はどうなっているのです?」


「普通に暮らしているよ。今は俺達が近隣に基地を設置して、デモンの脅威にさらされないように防衛しているかな」


「失礼ながら、殿下」


 殿下とか呼ばれるのはくすぐったい。


「ラウルでいい」


「恐れ入ります。ラウル様…ラウル様のお力なればシン国はおろか、北の国々の征服も容易かったのではありませんか?」


 うーん。彼はなかなかに単刀直入に聞いてくるな。まあ征服しようなどとは思っていないが、俺達魔人や仲間達が脅威にさらされず、何かの圧力に屈する事の無い世界にはしたいけどな。


「なるほど、そう考えるか…。でも俺は人間達を縛り付けるつもりは毛頭ない」


 そこまで話し終えると、ヘオジュエが腕組みしてしばらく黙り込んで考えこむ。目をつぶって下を向いていたが、顔を上げて話を始めた。


「…リュウインシオン様…」


 言葉はリュウインシオンに向かってだった。


「なんだ?」


 そしてヘオジュエは何かを諦めたかのように、リュウインシオンに向けて言う。


「このお方は、世界を変えるだけの力をお持ちだ。恐らくは我が国など、一夜にして滅ぼす力を持っておられるでしょう。リュウインシオン様が、このお方と良い条件で条約を結んでいただいた事に感謝をいたします」


「私の提案ではない。すべてはラウル様からのお言葉だ」


「そうですか…」


「という訳だ。とにかく俺はせっかく生き残った人間を守りたいんだ。基地を作る事には賛成してくれるかな?」


「こちらからお願いする事でございましょう。そうですよね?リュウインシオン様?」


「もちろんだ。それは私からも伝えたさ」


「であればもう何も言う事はございません。我が国の国民ともどもよろしくお願いいたします」


 よし。国のナンバーツーになりそうなやつの了承も得たぞ。これで心置きなく基地の拡充をして行ける。そして俺は二人に告げる。


「良ければ改めて俺の側近を紹介したい」


「よろこんで」


 リュウインシオンとヘオジュエが頭を下げた。


《ギレザム、シャーミリア!来てくれ》


《《は!》》


 すぐに扉が開き、ギレザムとシャーミリアが入って来た。


「ギレザム、シャーミリア!もう知っていると思うが、こちらがアラリリスの次期王リュウインシオンと、側近のヘオジュエだ」


「お見知りおきを」

「ご主人様の恩赦に感謝しなさい」


 二人は全く違う挨拶をした。まあらしいっちゃらしい。


「「よろしくお願いいたします!」」


 ただでさえギレザムとシャーミリアは異様に威圧感がある。俺よりはるかに怖そうに見えた。


「このギレザムが魔人軍の大将だ。シャーミリアは俺の秘書の任についている」


 ギレザムは自然体で、シャーミリアがとても偉そうに立っていた。


「お二方とも、何卒アラリリスをよろしくお願いいたします!」


 なぜか俺にお願いする時より、ピリピリムードが漂っていた。まあ人間離れした偉丈夫と、絶世の美女を前に緊張するなという方が無理かもしれない。


「まあ、魔人は皆が気のいい奴らなんだ。これから徐々にみんなを知ってもらう事になるが、くれぐれも住民には虹蛇と使徒だと思ってもらった方がいい」


「それは心得ております」


「あ…ちなみに、本物の虹蛇はいずれここに連れてくる」


 俺がそう言うと、二人は目を見開いて驚いている。なんか友達を連れてくるだけなのに、こんなに恐縮されると申し訳なくなってくる。


「に、虹蛇様をお連れに!!!」


「まあ、今は砂漠の向こうにいるからじきにね」


「あなた様は…一体…」


 どうやら今の言葉で、俺の格付けがもう一ランク上がったらしい。ギレザムやシャーミリアより、俺を見る目が違ってきた。


 …だけどグレースを見たらガッカリしないだろうか?虹色の髪の毛の少女って感じだし、俺よりもっとフランクな話し方をするし。もしかしたら虹蛇って信じてもらえないかもしれない。その時はその時だけど。


 会話が終わって静かになると、まだ外で雨が降っている音がする。


「雨…まだ降ってるね」


「本当に奇跡です。なぜこんなに雨が降るのか分かりません」


「本当にたまたまなんだな」


「はい」


 とりあえず話も終わって切り上げようとした時、リュウインシオンが俺に言う。


「あの、この館には温泉があるのですが、もしよろしければ入られますか?」


「こんな砂漠に聳え立つ巨大な山の麓に温泉があるのか?」


「はい。アラリリスの観光資源の一つでもあります」


 それを早く言ってよ!


「入りたいな」


「では!準備させます!」


 リュウインシオンが嬉しそうに言った。俺も疲れた体をほぐすにはちょうどいいかもしれない。


「なら、リュウインシオン!お互い国の王族として、風呂に入って親睦を深めないか?」


「えっ!」

「はぁっ?」


 リュウインシオンとヘオジュエがいきなり声を上げた。


 …俺なんか変な事言ったかな?別に親睦を深めるだけならいいんじゃないかな?


「その!お言葉ですが!いきなり風呂に一緒に入るというのはいささか…」


 ヘオジュエが言う。


「ご主人様がおっしゃっておられるのです!一緒には入れないと言うか!」


 シャーミリアがピリピリして言う。


「ま、まあ、シャーミリア!別に嫌だと言うなら仕方がない事だよ。それぞれの事情ってもんがあるだろう」


「しかし!」


 すると言い合う俺達を制して、リュウインシオンが声をはさむ。


「魔人国では、お風呂で親睦を深められるのですか?」


 そうだよ。魔人国では親父とお母さんと入ったりして、そこで話し合いをしたりもした。ファートリア神聖国のカーライルとも一緒に風呂入った事あるし、別に問題ないと思って言ったんだが…


「まあそうだね。魔人国じゃ割とある事かな」


 リュウインシオンが難しい顔で考えている。イケメンがそういう表情をすると更に美しい。だがシャーミリアの逆鱗に触れないところを見ると、カーライルとは違う感じなのかもしれない。


「わかりました。ではご一緒に」


「リュウインシオン様!?」


 リュウインシオンの返答に、ヘオジュエが面食らった顔をしている。もしかしたらこの国ではとても失礼な事だったのかもしれない。


「あー、もしこの国の礼節を欠いていたら謝る。本当に無理をしなくていい、俺は一人で入るよ」


「いえ!ラウル様!魔人国との親密な関係を築くためにも、私はご一緒させていただきます」


 なんかリュウインシオンが物凄く気合の入った顔で言って来る。別に風呂ぐらいどうでもよくね?


「リュウインシオン様…よろしいのですか?」


 ヘオジュエがやたら心配そうに言う。


「もちろんだ」


「しかし!」


「いいんだ!」


 なんかめっちゃ押し問答してるし、別に無理に風呂入らなくていいんだけどなあ。


「いや、無理しなくていいんだが」


「いえ!是非親睦を深めさせてください!」


「わ、わかった!それじゃあぜひ!」


「はい!」


 やたら気合が入るリュウインシオンに、申し訳ない事をしたような気になる。だがこれから長い付き合いになるのだ、ここで裸の付き合いをしておくのもいいだろう。


「では参りましょう」


「あ、ああ。それじゃあ行って来る」


「はい。ご主人様、ごゆっくりお楽しみください」


 シャーミリアがニッコリ笑う。…だがギレザムは笑っていない、何か複雑な表情をしていた。


 どちらかというとギレザムは常識人だからなあ…これを良しとしていないのかもしれない。


 俺達が廊下を歩いて下の階に行き、建屋の奥に入って行くとそこに風呂があるようだった。俺はリュウインシオンの後ろについて、浴室へと入って行く。


「おお!かなり広いな!」


「あ、はい。湯船はアラリリスの観光の目玉でございます」


「いいよ!早く入ろう!」


「は、はい。それではお先に入ってお待ちください」


「わかった!」


 俺は急いでぱっぱと服を脱ぎ始める。なぜかリュウインシオンは俺から目をそらして、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。とにかく温泉なんて気持ちよさそうだし、一も二も無く入りたい。


「じゃ、お先!」


 湯船に続く扉を開けると、そこには大浴場が広がっていた。


「おお!これが温泉!すっごい広いな!」


 あまりにも綺麗な浴槽に俺のテンションが上がってしまう。なんかプールくらい広い浴槽に、なみなみとお湯があふれ出ていた。どうやら天然かけ流しの温泉らしい。


「いただきまーす!」


 俺は思わず体も洗わずに、プールのようなお風呂に飛び込んだ。お湯はどちらかというとぬるめで、長ーく入っていられそうなお湯だった。体をさすってみるとすべすべな感じがする。もしかしたら肌にもいいのかもしれない。


 カラカラカラカラ


 扉が開いて湯気の向こうに人が立っている。リュウインシオンがようやく準備出来たらしい。ゆっくりとこっちに近づいて来た。どうやら恥ずかしがり屋のようで、胸から布をぶら下げて体の前面を隠している。やはりこちらの国の風習では、一緒に風呂に入る習慣など無いらしい。


「ごめんね。リュウインシオン!無理言っちゃったみたいで」


「いえ。魔人国との円滑な関係を結ばせていただくにあたり、貴国の風習に慣れてまいりませんと」


「悪いね!」


 そしてリュウインシオンは俺から離れた所に、そっと入ってくる。


「話をするのに遠くねえか?」


 同じ王子同士、俺は気さくに接する事にした。きっと俺の態度が相手を緊張させているのかもしれない。それならそれで本当に申し訳ない。


「は、はい」


 リュウインシオンが近づいてくる。すると湯気の向こうからリュウインシオンが現れて、その顔がはっきり見えた。やっぱりイケメンだ…、いや…イケメンというより綺麗な顔をしていると言った方がいいだろう。戦闘中のススだらけだった時とは全く雰囲気が違う。


「ああ、こっちの国では布を体に垂らして風呂に入るのか?」


「い、いえ。もちろん湯船につかる時は布は入れません」


「なにか恥ずかしかったりする?だったら申し訳ない。俺が目を逸らそう」


「いえ!問題ございません!もし、失礼にあたるのであれば布は外します」


「別に失礼だとかは無いよ。ただ俺の国では布を巻いて風呂には入らんからな」


「分かりました…それでは取りましょう」


 そしてリュウインシオンは体の前に垂らしていたタオルを、スッと外すのだった。


 そして…俺はそこに、あるべきものと…無いものがあるのを目撃した。今の今まで俺は何を見ていたのだろうか?アラリリス国の王子だと思っていたリュウインシオンは、アラリリス国の姫君だったのだ。

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