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第764話 密談

 ひんやりとした地下貯蔵庫にて、俺はリュウインシオンと二人きりで話をしている。みんなが来る前に、これまでの事を確認していたのだ。そして俺はリュウインシオンという人の誠実さと、民に対する思いを聞いて感心していた。


「魔法も使えず、剣術もほとんどダメ?」


「はい」


「それで、王城を占拠している悪を倒そうとしていたのか?」


 するとリュウインシオンは、目を伏せながら横に首を振って答える。魔法も剣術もダメな人が、一体何をするつもりだったのか?だがリュウインシオンの目には強い光が宿っていた。


「私にはもう出来る事が限られていました。ヘオジュエと一部の騎士だけが、私に賛同し玉砕覚悟で攻め入る予定だったのです。もちろん敵の本丸に到達する事など出来ないと分かっていました」


「それじゃあ無駄死にしてしまうよね?」


「そうです。しかし洞窟に避難している民が限界でしたし、生きているうちに出来る事をするしかないと思いました。本当にそれだけしかなかったのです」


「そうか…」


「しかしラウル様! 私には目論見がありました」


「目論見?」


「はい。私のような元王族が攻め入り、民を前にして討ち死にすれば、民が目覚めてくれるのではないかと思ったのです。私達の命で、民が目覚めてくれはしないかと…」


 なるほどね。アラリリスを取り返すために現れた旧王族が、現王に倒される事で、異変に気が付いて欲しいと思っていたわけだ。だが正直それでは、平和に飼いならされた民が目覚めるとは思えない。とはいえその覚悟は凄いと思う。


「凄いよ」


「いえ、凄くなどありません。ラウル様」


「いや凄い。俺なんか育った国が滅ぼされた時、母親と従者しか救えなかった。もちろん小さかったという事もあるが、俺にはわずかながらも能力があったんだ。それでも何もできずに逃げるしかなかったよ」


「なんと悲しい事でございましょう」


「自分の非力を呪ったよ。だけどリュウインシオンは違う、非力でも配下を説得し話し合いながら、洞窟に住む民たちを助けた。その数は決して少なくは無いと思う」


「いえ、ただ必死にやった結果です。本当に偶然に偶然が重なったようなものです」


「結果が全てさ」


「ありがとうございます」


 洞窟に残った人々の命は、最善を尽くした結果だ。その偉業を成し遂げたリュウインシオンを、素直に尊敬する。非力なのにきちんと結果を残したのだ。だがその真っすぐな人間性では、そこまでが限界だろう。俺はこのリュウインシオンという善人が、これからのアラリリスを率いるためにはそれではダメだと思う。


「それでだ」


 俺はリュウインシオンに話を切り出した。暗くひんやりした部屋で、まるで怪談話をするおじさんのようにカンテラで下から照らされている。別に怖い話をするわけじゃないけど。


「はい」


「事情はだいたい分かってるんだけど聞かせてほしい」


「なんでございましょう」


 リュウインシオンは真っすぐに俺を見据える。カンテラがあたりを照らし、解体したバカでかいバジリスクの顔がこっちを見ている。他にこの話を聞いている者はいなかった。


「さっきも話したように、どの国も王族や貴族が殺された。俺の住んでいたユークリット王国も多分に漏れずね。そしてそれはこの国もだろ?」


「はい。恐らくは生き残ってはおりません。全てドゥムヤに変えられて、今は変わり果てた姿になっていると思います」


「だよね。心中お察しするよ、俺達も同じ境遇だったから」


「はい」


「だけど、他の国と違うのは、ある程度平和に暮らしていたというところかな」


「そのようです」


「危機感を煽るために、あの七日間で虹蛇としての神託を与えたが、それはいずれ忘れてしまうだろう」


 リュウインシオンが再び目を伏せた。恐らく生き残ったたった一人の王族として、これからアラリリスを立て直すにあたっての不安があるのだろう。


「そうですね…」


「リュウインシオンはどんな手を使っても、民の平和を勝ち取りたいか?」


 ようやっと俺が本来聞きたかった事を切り出す。


「どんな手も?それはどういう…」


「君は真っすぐすぎるんだ。恐らく国の政治には関わって来なかったんだろ?」


「お恥ずかしながらその通りです。兄も姉もおりましたし、私が王位を継承する事は無いと思われておりましたから。そのような教育も受けておりません」


 分かってる。すっごく真っすぐに育てられたみたいだし、きっと王様はリュウインシオンの事が可愛かったんだと思う。政治から遠ざけられて生きて来たに違いない。


「でも、ヘオジュエはついて来てくれたんだよな?」


「そうです。ヘオジュエは私の育ての親と言ってもいい存在です。この度の玉砕作戦も私だけを逃がして、ヘオジュエと騎士達でやると説得されていました。私は逃げて幸せになるようにと、それだけを言われておりました」


「だがそれでは、リュウインシオンの気持ちが収まらなかったんだよね?」


「はい」


 だろうね。温室で素直に育てられた結果、正義感の強い真っすぐな人間になったのだろう。だがそれでは市民達がついてこない。良い人だからついて行こうなどと、ほとんどの国民は思わない。このアラリリスは厳しい環境だけにシビアに考える人が多く、甘ちゃんにはついて来てくれないだろう。


「じゃ本題に入るけどいいかな?」


「もちろんです」


「このまま俺の正体は明かさずに行こう」


「それはどういう?」


「俺の正体は虹蛇のままで行くって事だ。俺が虹蛇で、これからのアラリリスは虹蛇の逆鱗に触れる事の無いように、虹蛇に認められた王族に従っていくという構図にした方がいい」


 虎の威を借る狐…蛇の威を借りる王になるというわけだ。このまま洗脳が効いているうちに、その状態で国政を執り行った方がいい。


「それは、民を騙すと言う事でしょうか?」


 まあ、そう言うと思った。


「うーん。じゃあリュウインシオンは、清廉潔白な政治をして、またこんな危険な状況に民を陥らせたいのか?」


「その…、きちんと話して良い政治をすれば民はついてくるかと思うのです」


 甘いわ。どうしたものか…。恐らく前王は民の話を聞くいい王だったらしいし、国民の心を掴むのも上手かったと思う。だがそれは綺麗ごとだけで成り立っていたわけじゃないはずだ。そんな綺麗ごとで国が回るなら誰も苦労はしない。


「いいか。リュウインシオンさえ黙っていれば、これは嘘ではなくなるんだ。ここで二人だけの秘密にすれば、誰にもバレる事は無い。そしてもう一つ俺から提案がある」


「なんでございましょう?」


「君が虹蛇の正体を明かさないという提案を受けたら、話してもいい。だがそれを受け入れないのであれば、話しても意味がないから話さない」


「…」


 リュウインシオンは黙ってしまった。嘘をついて国政をしていくと言う事に、抵抗があるのだろうか?


「ダメか?」


「違うのです。私は本当はこの平和がラウル様の功績であることを国民に伝え、あなたのお力を知らしめたいのです。本当の英雄はこの人なのだと、皆に分かってほしいのです」


 あら?俺の想定した答えと違った。そんな事の為に、真実を言おうとしていたのか。


「そんなことはしなくてもいい。それよりも、国民の安全を出来るだけ確保したいと思わないか?今回の敵は、人智を超えた超常的な存在だったよな?」


「はい」


 リュウインシオンは身震いをした。恐らく人間を人形に変えた敵を思い出しているのだろう。そしてあの地上に散乱している、人間のミイラや死体を思い浮かべているのかもしれない。


「あの化物は、あれだけじゃないんだ。他にもたくさんいる」


「えっ?」


「今まで俺達はあんなのと、延々戦って来たんだよ」


「そうなのですね?」


「そして、恐らくまだまだいる」


「そんな…」


「付け加えて言うと、アラリリスの北端の村に現在も居る」


「そ、そんな!ロウランの民は!民はどうなったのでしょう?」


 なるほど。あの村はロウランっていうのね。


「全てとは言わないが、民は俺達が救い出した。既に俺達の兵士が保護して、俺達の基地へと連れて行ったよ」


「あ、ありがとうございます!ありがとう…」


 リュウインシオンが俺の手を取って強く握りしめた。


「まあお礼を言われるにはまだ早い、俺達は北に救ったデモンという悪魔を駆除しに行くつもりだ。再び村をアラリリス人の手に取り戻す」


「…我々も行きます」


「足手まといだな」


「ですが、他国の人に命をかけさせて、私たちがただ待っているというわけにはまいりません」


「ならさっきの虹蛇の正体をばらさないって条件を飲め」


 リュウインシオンが少し考えるような素振りをした。そして俺の目を見て頷いた。


「わかりました。虹蛇様の元で王政を立て直すと誓います」


「よし。そしてもう一つ、俺達と条約を結ぶ事を了承してくれ。俺達がこのアラリリスの側に、基地を作ってアラリリスの安全を保障する。そこには虹蛇の神殿が出来たと言う事にしよう」


「了承します」


「よし!なら俺達、魔人国がアラリリスに降りかかる火の粉を振り払うとしよう」


 俺は再びリュウインシオンに手を差し伸べる。するとリュウインシオンは俺の目を見つめつつ、しっかりと手を握った。


 するとリュウインシオンが思い立ったように話す。


「あの…ロウラン、北の村がそのような状態になったと言う事は、今は無防備なのでしょうか?」


「そうだ」


「シン国が、北のシン国が領土を拡大するために攻め入ってくるかもしれません」


 リュウインシオンは焦ったように話してくる。


「どうしてだ?」


「貿易の都合上、今までは友好関係を結んでおりました。ですが過去には、領土問題で小競り合いがあったと聞いた事が御座います。力を無くしたアラリリスに、攻め入ってくるかもしれません」


 なるほどね。昔ならそんなこともあったかもしれない。特に武人の多いあの国であれば、それは容易に想像できる。だが…


「大丈夫だよ。リュウインシオン」


「なぜ、そんなことが言えるのです?」


「既にシン国には俺の部下も入り込んでいるし、シン国の東部には俺達の基地がある。かの国の人たちは、将軍と言えど俺達の基地を越えてこちらに来ることは無い。さらにはアラリリス国の安全を確認した後で、シン国とアラリリス国で不可侵条約を結んでもらう」


「そんなことが可能なのですか?」


 なるほど。魔人国の脅威をまだ感じ取ってくれていないようだ。というかこの素直な性格ではそこまで読み切れないか。


「アラリリス国は魔人国と戦争する気があるのか?」


「もちろんございません。救っていただいた恩をあだで返す事はありません」


「それが聞けて良かったよ。そしてそれはシン国も同じさ、俺達はシン国に迫る脅威を取り除いたんだ。俺がシン国の将軍にこの話を持ち掛けて、絶対に反対をすることは無い。そして魔人国に戦争を吹っ掛けるような馬鹿な事はしない、とても賢い将軍様だよ」


 俺の話を聞いてリュウインシオンは息をのんだ。さっきまでの友人のような目では俺を見てはいなかった。その目には畏怖の念が落ち、自分が話しの相手をしている男の正体に、朧気に気が付いてくれたらしい。


「あの…ラウル様」


「ん?」


「アラリリス国を、私たちをどうかよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 俺は握ったリュウインシオンの手を強く握った。どことなくリュウインシオンは震えているように感じた。これで少しは、王という立場の厳しさを感じ取ってくれればいいと思うのだった。

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