第762話 避難民収容
リュウインシオン率いる騎士達と協力しつつ、俺達はアラリリスの民を都市に搬送した。魔人の運転する自衛隊74式特大型トラックと、マリアの操縦するMi-26ヘイロー大型ヘリを駆使し、ギリギリのところで死人を出すことなく、すべての民を都市に入れる事が出来たのだった。だが四十度以上の炎天下の荒野での避難に時間がかかってしまい、かなり危険な状態になっている人もいた。脱水症状や熱中症による意識障害、昏睡状態になってしまった者もいるようだ。
「すぐに建物に搬入して、弱ってる者から水を与えるんだ!動ける者も自分の水分補給をしたらすぐに、皆に水を配るように言ってくれ」
俺が指示を出すと、話を聞いていた市民達が一斉に走り出す。
「カティとルフラは、熱が出ている人たちを治療してほしい」
「「はい!」」
既にモーリス先生が、水魔法を駆使して何軒か建物ごと凍り付かせた場所がある。そこに状態の酷い物を運び込んで、カティとルフラが治療を施すのだった。そして俺はリュウインシオン率いる騎士達に向かって言う。
「危ない者にはこれをかけてくれ」
デイジーたちが運んできたエリクサーとポーションを大量に置いて、リュウインシオンと騎士達に見せた。
「これは?」
リュウインシオンが聞いてくる。
「こちらの青いのがエリクサーで、赤いのがハイポーションだ」
「こ、このような高価なものを…」
「つべこべ言わないで早く持っていけ!」
「かたじけない!」
リュウインシオンより早くヘオジュエが答え、その瓶に手を伸ばして騎士達に配り出した。受け取った騎士達がすぐさま走って行くのを見ると、よく統率の取れたいい騎士のようだ。
「すみません。では」
そう言ってリュウインシオンも、数本の瓶を持って走って行った。都市はさながら野戦病院のような、慌ただしい雰囲気となっていた。
《ご主人様》
シャーミリアの念話だった。都市内で不備が無いかを調査させていたのだった。
《どうした?》
《爆撃により家を失った者達が、行き場を失っております》
《すぐ行く》
シャーミリアからの念話を聞いて、俺がファントムを引き連れて駆けつけると、サーモバリック爆弾で破壊された街に、呆然と佇む民が居た。シャーミリアとマキーナが俺に頭を下げる。
「手を煩わせて申し訳ございません」
「問題ない」
「いかがいたしましょう?」
「テントを張る」
そして俺は大型のテントを数十個召喚する。
「アラリリスの民よ!ここに天幕をはる!手伝ってくれ!」
ヴァルキリーを着た俺を虹蛇の化身だと思っている市民たちが、一斉に駆け寄って来て俺達に組み立て方を聞きながら、テントを立て始めるのだった。あらかたテントを張ったところで、各テントに大量の戦闘糧食と水を置いた。
「シャーミリア!マキーナ!民に水を」
「「は!」」
そう告げて俺は、再び民を治療している場所に戻る。
「ラウルよ。病人たちは落ち着いてきたのじゃ」
モーリス先生が俺に告げる。
「わかりました」
モーリス先生の言葉を受けて、俺は一斉に魔人全員に念話を繋げた。
《動ける民は皆、自分の家に戻っているだろう。各家々を回って弱っている者がいないか調べろ》
《《《《は!》》》》
俺が指示を出しているそばから、マリアとミーシャが俺に近づいてきた。
「ラウル様。民に何か食べさせないといけません」
「そろそろ、元気な者も参ってしまうか…」
《アナミス!リュウインシオンと騎士を連れてきてくれ》
《はい》
そう念話で告げて、すぐに俺はトラックの荷台に大量に戦闘糧食を召喚した。
「騎士達が来たら、ここに乗せた食料の食べ方を説明して、民に配るように伝えてほしい」
「「かしこまりました」」
マリアとミーシャならば、そつなくやってくれるだろう。
「ラウル様」
「どうだった?バルムス」
俺は都市内の被害状況を、バルムスたちドワーフに調査させていたのだった。
「思いの外、無事な住居が多いので、大型の魔人を十人とオークやゴブリンを四十名も連れて来ていただければすぐに」
「了解だ」
そして俺はすぐに正門の外まで走る。するとそこに大きな体を横たえて、じっと都市の中を見つめているメリュージュがいた。アラリリスの民に見つからないようにどこかに隠れていたのだが、民が全て都市に入ったので舞い戻ってきてくれていたのだ。
「メリュージュさん!」
「あら、お仕事のようね」
「魔人軍の砂漠基地から魔人を連れて来てほしいのです」
「わかったわ」
「魔人五十名を待機させます。飛べますか?」
「問題ないわ。数珠つなぎにぶら下げて来てもいいかしら?」
「そうしてください」
「わかったわ」
「お願いします」
バサッ!と大きな翼を広げて、一気に空に飛び立って行った。それを見届けてすぐに市内に戻る。すると今度はカナデが俺のところにやって来た。
「ラウル様!」
「集まったか?」
「はい。潜伏させていた砂蛇でございますが、全て集めました。何をさせればよろしいでしょうか?」
「ああ…それは用途が無いな。カナデがこの地を去れば脅威になってしまうから、元の場所に帰すとしよう」
「はい」
「すぐカララを呼ぶ」
「わかりました」
そしてすぐにカララがやって来た。
「は!」
「俺達がここに潜入した方法で、砂蛇たちを砂漠側の山脈に戻す。カナデと協力してやってくれ」
「かしこまりました」
カナデは大量の砂蛇を使役して、カララと共に森の方へと消えていった。
《ラウル様!食料になりそうなものを捕まえてきました!》
今度は、ゴーグが念話を繋げてきた。何気に忙しい。
《どこにいる?》
《門の外に到着しました》
《すぐいく》
俺が再び門の外に出ると、狼形態のゴーグが尻尾を振ってちょこんと座っていた。ちょこんと座っていると言っても滅茶滅茶デカいので、可愛げがあるかと言ったらそうでもない。ただ俺は、元のゴーグを知っているので可愛いと思っているだけだ。
「見てください!」
俺がゴーグに言われて後ろを見る…というか、さっきから気が付いていたものを見る。
「なにこれ!?」
えっと…恐竜?
「でっかいトカゲでしょ!荒野をさまよってたら、洞窟があったんで潜ったら深層にこれがいたんです!」
トカゲって言うかティラノサウルスなんじゃないの?
「一人で仕留めた…んだよな」
「ラウル様の指示だったので!」
尻尾をぶんぶんと振っているので、俺はゴーグの頭を撫でてやった。
「上出来だ。荒野の洞窟に、こんな魔獣が潜んでいるんだな」
「びっくりしましたよ」
「じゃあ、お前も市民にびっくりされるから戻ってくれ」
「はーい」
俺の前でみるみる小さくなっていくゴーグ。あっという間に人間になって、背中に背負っていたリュックから自分の服を取り出す。昔と違って、きちんと自分の服の管理が出来るようになったのだ。いつまでも小さい子じゃないんだと目を細めてしまう。
「よし、コイツはドワーフたちに解体を頼もう」
「はい」
俺達が市内に入って行くと、向こうからバルムスたちドワーフが歩いて来た。
「聞きましたぞ!」
「ああ、ゴーグが仕留めて来た」
「わかりました。おい!皆で解体するぞ」
「「「「「は!」」」」」
既に念話で聞きつけて来たバルムスやドワーフたちとすれ違い、俺はモーリス先生の元へと向かう。モーリス先生は日陰に座って走り回る騎士や、市民たちを眺めていた。
「すみません先生。魔力が切れましたか」
「ふむ。じゃが何とか収まったようじゃ」
「よかったです」
「ラウルは、ずいぶん手際がよくなったのう」
「度重なる戦後処理のおかげで、慣れてしまいましたね」
「後は皆に任せていいじゃろ」
「はい」
そして俺は、人目を忍んでようやくヴァルキリーを脱いだ。
「やっとラウルの顔が見れたの」
「ずっと虹蛇のフリをしていましたから」
「本家が来たらどうするかのう?」
「その時は、彼にしっかり働いてもらいますよ」
「ふぉっふぉっふぉっ!そうじゃな!守護神たるところを見せてもらわんとな」
「そうです」
するとそこに声がかけられる。
「なんじゃ、あたしのラウルと楽しそうに!」
デイジーだった。
「なんじゃと!いつからデイジーの孫になったのじゃ!お主は他人、わしはラウルのじいじじゃ!」
「ジジイの焼きもちはみっともないわい」
またいつものやり取りが始まった。どうやらこの二人とサイナス枢機卿は、息を吸うようにこうなってしまうのだろう。
「先生!デイジーさん!僕にとっては二人とも、大切なおじいちゃんとおばあちゃんです!」
「「そうかそうか!」」
俺の言葉に二人が目を細めて、微笑みながら見つめる。なんとなくホッとする俺が居たりする。
「まだここの人に、正体を明かしてないんですよね」
「アラリリスの民にか」
「ええ。まあこれから挨拶しようと思っているのですが」
「普通にご対面か?いや、それは面白くないのじゃ」
「そうじゃな、もうちっと面白い演出は無いもんかね?」
二人がいたずらっ子のように言う。演出とかは特にいらないと思うのだが…
「まずは、もう一度鎧を着た方がええのう」
「そうじゃな。どうじゃろ?虹蛇の中から生まれて来た!的な演出は」
「デイジーにしては悪くはないのう」
「そうじゃろ」
「進化っていうのはどうじゃろ?」
「なるほどなるほど。進化した姿がこの可愛いラウルか、そりゃええ」
なんか二人が暴走し始めたので俺が止める。
「えっと、すみません。私は魔人国の王子として挨拶をするつもりですが?」
「いずれはじゃろ?」
「ネタバラシは必要かと」
「うーむ。ならば、それは王にだけでよかろう?」
「どうしてです?」
「リュウインシオンは若い王じゃ、求心力がまだない。虹蛇の威光を借りて市民を御したほうが、彼にとってはやりやすいじゃろう?」
なるほどなるほど、リュウインシオンが行政をやりやすいように、俺が市民に対して虹蛇であり続ける事が重要って事か。流石は年の功、先々の為にいろいろと考えてくれていたようだ。そしてその意見はバッチリいただいておこう。
「わかりました。では人目に付かないうちに」
「ふむ」
そして俺は再び、こっそりヴァルキリーを纏うのだった。
「それでええ」
二人に促されて、俺はリュウインシオンの元へと向かう。リュウインシオンは一生懸命、騎士に指示をして市民達に食料を配っている所だった。
「リュウインシオン!ヘオジュエ!市民の救助が落ち着いたら、話をしたいのだが時間と場所はとれそうか?」
「もちろんでございます」
すると横からヘオジュエが助言をする。
「リュウインシオン様。それでは迎賓館がよろしいかと、あそこの建物は無事でございました」
「ならばそうしよう」
ヘオジュエが既に、俺達の話し合いの場を見つけてくれていたようだった。そつのない仕事ぶりに、ヘオジュエの優秀さがうかがえる。
「それでは今宵、迎賓館にて」
「ああ、そうだ!もしかしたら料理に使えるかもしれない、魔獣を仲間が狩ってきたんだ。見てくれないか?」
「魔獣でございますか?もちろんでございます」
「リュウインシオンだけでも来て、魔獣を見てくれ?」
「わかりました。それではヘオジュエ、後は頼みました」
リュウインシオンがヘオジュエに告げると、ヘオジュエは軽く会釈をした。
「は!」
後はヘオジュエと俺の配下達に任せて、リュウインシオンと共に門の外に向かうのだった。