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第761話 アラリリス避難民

「人間を依り代にしてたって訳か…」


「そのようです」


 ほとんどがミイラもしくは白骨化しているが、腐ったばかりのような死体もあった。生きたまま人形にされ、そのまま体が朽ち果てていくという惨い仕打ちに、俺は不快感を覚えていた。どういうからくりか分からないが、人間の体を人形にして乗っ取っていたらしい。


《ラウル様》


 難民たちを避難させた、ルフラから念話が繋がった。


《どうしたルフラ》


《リュウインシオンとヘオジュエ以下、騎士達が都市に入りたいと申しております》


 なるほど。だが都市内にはドゥムヤの呪いが解けた影響で、あちこちに遺体が転がっている。それを見て平常心でいられるかが心配だが、彼らにはこれを見せておくことも必要かもしれない。


《俺が一度そちらへ行こう》


《は!》


「みんな。聞いての通りだ!戦いは終わった。騎士達に会いに行こう」


 俺の言葉にギレザム、ゴーグ、カララ、シャーミリアが返事をした。


「「「「は!」」」」

《ハイ》


 一応ファントムも返事をする。


 俺達は都市を抜けて正門に戻った。


「ラウルよ!どうじゃった?」


「敵の主犯格を仕留めました。モーリス先生のおかげです!」


「街を焼かずに済んだのは良かったのう…、そしてラウルの表情が曇っておるようじゃが?」


「はい…実は…」


 モーリス先生とデイジーに、人形化が解けた結果などの経緯を伝えた。二人も神妙な面持ちでじっと聞いてくれている。


「悔しいのう…」


 モーリス先生が言う。


「はい」


 俺が拳を握りしめて答える。するとデイジーが言った。


「おぬしが抱え込むことでもなかろうよ。あたしと爺さんで騎士に話をすればいいのじゃないか?」


「いえ。これでも魔人国の王子ですので、そういうわけにもいきませんよ」


「まだ若いのに辛い立場じゃのう…」


 デイジーが言うと、モーリス先生とマリアとミーシャの表情が曇る。しかしこれは魔人国の代表者である俺が、アラリリスの王族であるリュウインシオンに伝える必要があった。これからの関係性を考えても、俺が伝えるのが筋だと思う。


「ではひとまず、私が避難先へと行ってまいります。配下を護衛に残していきますのでここでお待ちください」


「分かったのじゃ!」


「シャーミリア!お前は俺と来い」


「は!」


 ここは炎天下になればかなり気温が上昇する為、遮光テントを数セット召喚した。


「ギレザム!みんな!これを組み立てて待っていてくれ」


「かしこまりました」


「「ラウル様、行ってらっしゃいませ」」


 マリアとミーシャが深々と頭を下げた。


「ああ」


 俺とシャーミリアはすぐに、民たちが避難した場所へと急ぐのだった。


 避難所になっている場所には、あばら家がまばらに立っており、そこに二十五万ものアラリリスの民が避難していた。全員があばら家に入れるはずもなく、地面に座り込んだ民が、疲弊しきった顔で俺達が歩いて行くのを見ている。俺がヴァルキリーを着たままなので、虹蛇の化身だと思って拝んでいる者もいるようだ。


「ご主人様。あちらにルフラ達がおります」


 シャーミリアに言われた場所に行くと、カトリーヌ達が救護活動をしていた。あちこちに行って怪我をした市民達に回復魔法をかけている最中だった。


「ラウル様!」


「カティ。ご苦労様、あまり無理をするな。かなり弱っている者だけでいい」


「はい。ですが多くの民が憔悴しきっているようです」


「それはそうだろうな、だが無理をすればカティもダメになってしまう」


「私は大丈夫です」


「とにかく力を抑えながら最小限で頼む」


「わかりました」


 俺とカトリーヌが話している所に、ルフラとリュウインシオン達がやって来た。そして俺の前に来てリュウインシオンとヘオジュエが跪いた。


「虹蛇様!」


 リュウインシオンが声を上げる。


「あー、あのちょっといいかな?」


「どうされました?」


 リュウインシオンが不安げな顔で俺を見上げる。


「跪くのは止めてほしいんだ」


「なぜです?」


「騎士だけじゃなく民も急いで都市に入れねばならない」


「はい…」


「だから今は説明をしている時間は無い」


「…わかりました」


 俺がそう言うと、リュウインシオンとヘオジュエはそれ以上聞いては来なかった。


「ここは灼熱になる。まずは優先的に老人と子供、そして病人や怪我人を都市に運びたい。そうしなければ死人が出てしまう可能性もある。それは分かってもらえるよね?」


「わかります」


 その前に、何て説明したらいいものか。とにかく市民たちがあれを見たらショックを受ける。


「ドゥムヤについて話しておく」


「はい」


「我らもドゥムヤの正体を確認した。やはりドゥムヤは人間だった…人間を人形に変えたものだ」


「はい。それは私達も目撃しております」


「人形から人間に、戻ったのを見たことは?」


「ございません」


「あれの、中身はまだ人間のままだった」


「なんと!人間に戻れたものがおるのですか?」


「そうだ。そして君らが新しい王と言っていた者は、やはり悪魔の化身だったよ」


「やはり…」


 本来俺達の計画では、騎士達に夢を見せて自分らで討伐したと思わせようとしていた。だが、あのドゥムヤの惨劇を見たら、そうも言っていられなくなったのだ。アラリリスの民の弔いは、アラリリスの民にやってもらう必要がある。


「そして、申し訳ないのだが、その悪魔の化身は俺が討伐させてもらった」


「…そうなのですね」


「そこからが問題だ」


「はい」


「ドゥムヤに変えられていた人間達なんだが…」


「はい」


「戻った途端…変わり果てた姿になっていたんだよ」


「……」


「すまない。どうする事も出来なかったようだ」


「いえ。人間に戻れただけでも救いだと思われます」


「都市には、その死体がたくさん転がっているんだ。そこにそのまま市民を連れて言ったらどうなるだろう?」


「…そう言う事でしたか…」


「ああ」


 そしてリュウインシオンは考え込んだ。俺がどうするべきかの判断をゆだねている事に気が付いたらしい。俺達はリュウインシオンの返事を待つ。


「我々で弔います。そしてその前に市民に説明をするお時間を頂けますか?」


「もちろんだ」


 そして俺はリュウインシオンと騎士たちを連れて、カトリーヌ達が乗ってきたトラックの所に向かった。市民たちは座り込んで膝を抱え、絶望の表情を浮かべている。逃げたはいいが、この厳しい環境を乗り越える事が出来ないと思っているのだろう。着の身着のまま出てきたのだから、そう思うのも無理はない。


「リュウインシオン。この上に乗って市民に話してもらうがいいか?」


「はい」


 シャーミリアがトラックにかかっている幌を取り去った、荷台に俺とリュウインシオンとヘオジュエ、そしてシャーミリアが上がった。俺が長距離音響発生装置LRADを召喚して、スピーカーモードにする。そしてリュウインシオンにマイクを渡し、民に向かって話すように促した。


「これに話しかければ良いのですか?」


「まあそうだ。これは声を大きくするものだ」


「まさに神器…すばらしいです」


 まあ、神器って事でいいや。別に説明する必要性も無いし。


「最初に俺が話す」


「はい」


 そして俺は避難民に対して話し始める。恐らくマイクロ波兵器と同じ声が聞こえてくるので、皆はすぐに反応するだろうと思う。


「アラリリスの民よ!」


 二十五万の民は一斉にどよめいた。昼夜聞き続けた、神託の声がいきなり聞こえてきたのだからそうなるのは仕方がない。


「「「「「「「虹蛇様ー!!!!!」」」」」」」


 アラリリスの民が一斉に跪いた。二十五万人がドミノ倒しのように体を低くしていく。まあ今はまだ虹蛇って事でいい。本当の虹蛇は将来連れてくる事にしよう。


「よく聞いてくれ。我は皆の前に、この者を連れて戻ってまいった!」


 ガヤガヤが更に大きくなり、誰だ誰だと騒ぎ始める。


「沈まれ!」


 俺が言うと、皆はコントロールされているかの如く静かになった。ずっと聞いていた神託の声なので通りやすいようだ。そして俺はマイクを外して、リュウインシオンに言う。


「リュウインシオン。君は王族なんだよな?」


「そうです」


「俺達と一緒に悪の王を滅ぼしたことを伝えるんだ。そして市民には一緒に都市に戻るように話をしてほしい」


「かしこまりました」


 そしてリュウインシオンが民衆の前に立った。気品あふれるその佇まいを見て、王族であることに納得させられる。まるで俺達と話している時とは全く違う人がそこにいるようだ。


「民よ!」


 言葉を聞いた民がシンと静まり返る。そしてリュウインシオンが兜を脱ぎ去ってその顔を皆に見せた。すると群衆は一斉にざわつき始めた。


「静かに聞いて欲しい。我はリュウインシオン・チェイ・リュズオウです」


 再びシンと静まり返った。どうやら顔を見て皆が気が付いたようだった。


「ここにあらせられる虹蛇様と共に、アラリリスを取り戻すため舞い戻りました。民には苦しい思いをさせてしまいました。私はこれまで、ずっと機会をうかがって今日に至ってしまったのです」


「逃げたんじゃなかったのか…」

「そうだ。新しい王に恐れをなして逃げていたはずだ!」

「今までどこに行ってたんだ!」

「そうだそうだ!今更戻って来ても取り返しがつかないぞ!」


 罵詈雑言が一気に広まって行く。せっかく俺がマイクロ波兵器で洗脳したって言うのに…やっぱりアナミスと一緒に魂核を書き換えてやればよかったかね。


「その通りかもしれない。だが私が都市の異変を訴えたのを、誰も聞かなかったのも事実です」


「いや!本当の事を知っていればそんなことはない!」

「そうだ。事実を知っていればこんなことにはならなかった!」

「たくさんの人が消えたんだ!新しい王に好き勝手させた!」

「それは罪じゃないのか!」


 うーん。市民が自分勝手な事を言い出したぞ…やはり民の意識は簡単には変えられないか。


「許してくれとは言いません。だがこれからのアラリリスを皆で作って行かねばなりません。そのために皆の力をもう一度貸してもらいたいのです」


 リュウインシオンが言う。しかし一度火が付いた不満が、一気に爆発しシュプレヒコールのように鳴り響く。


 …まったく、真実に目を向けずにいたのはどこのどいつらだ。まあ真実を知らないからこうなったのは仕方がないとは思うけど…ムカつく。


「リュウ、貸せ」


「は、はい…」


 俺は長距離音響発生装置LRADのマイクを、リュウインシオンからふんだくって叫ぶ。


「黙れ!愚民よ!この虹蛇が認めた王を愚弄するつもりか!」


 シーンとなる。


「えっと…虹蛇様…王では…」


 リュウインシオンがちっさい声で俺に告げる。


 …いや、そんな事知ってるし。でも生きてる王族が一人しかいないんだから、王になってもらうしかないんだけど。隣でリュウインシオンに狼狽えられると困るなあ…と思っていたら、隣りにいたヘオジュエがリュウインシオンを座らせる。俺が話すをの邪魔しないように配慮したらしい。


「新王、リュウインシオンは命をかけて悪の王を討ち、このアラリリスに自由を取り戻したのだ!真の声に目覚めて立ち上がり、民の為にこの地を守ったのであるぞ!おかしな事を言うのであれば天罰を下さねばなるまい!」


 めちゃくちゃシーンとしている。すると、俺達のトラックの後の方から新しいトラックが走ってきた。そしてトラックから、洞窟の都市に避難していた市民たちが下りてくる。


「おお!生きていたのか!」

「ああ、…旦那様…」

「そ、そんな…」


 民達の前に、洞窟で生き永らえた市民が立った。そしてそのうちの一人が俺を見つめている。浅黒くて顔の整った瀕死状態だった少女だ。どうやらこの荷台にあげて欲しいらしかった。俺がその子に手を差し伸べてトラックの荷台にあげる。


「君から説明できるかい?」


「はい」


 俺がLRADのマイクを渡す。


「皆さん!私はリユエ、アラリリスの市民です」


 また市民がざわつく。だが次のリユエの言葉を待つように静まり返った。


「リュウインシオン様は、真実を語ろうとし悪魔に人形にされそうになった私たちを助けてくださいました!この方こそ、アラリリスの本当の英雄でございます!そして本当の事を話すのを恐れた皆さん!口を噤んで、それで何を得ましたか?本当に幸せな人間の暮らしを送って来たと、胸を張って言えますか?」


 リユエが切々と説いている。


「リユエ!」


 すると群衆の中から男が走ってきた。そしてトラックの前まで来る。


「チョウ!」


「生きて!生きていたのか!」


「ごめんなさい。私は本当の事を言ったがために、悪しき王に人形にされかけたの!そこをリュウインシオン様に救っていただき、今日まで保護されて来たのよ!」


 なるほど、どうやらリユエの知り合いがいたらしい。チョウと呼ばれた男は泣きながら、リユエに手を差し伸べている。きっと仲の良い知り合いか何かなのだろう。だが話が長くなると、市民を助ける時間が遅れてしまう。俺はサッとマイクを取り上げた。


「というわけだ!リュウインシオンの言う事が聞けねば、我の言う事に背く事と思え!」


「「「「はっ!ははぁぁぁぁ!」」」」


 文句を言っていた市民たちが一斉にひれ伏し、周りの民も一斉におでこを地面にふせた。そして俺は再びリュウインシオンにマイクを渡した。


「虹蛇様。ありがとうございます」


「ああ」


「とにかく聞いてください!悪の王は討伐いたしました!我々はもう自由なのです!ですがここはもうすぐ灼熱の大地に変わります!急いで都市に戻らねばなりません!歩ける者は子供や老人を連れて都市へ戻ってください!ですが都市には沢山の人間の屍があります!今まで悪の王に人形にされていた者達の慣れの果てです!我々は彼らを弔ってやる責任があります!皆が主体性を持って動かねば、さらに死人が出るかもしれません!急いで事にあたりましょう!」


 リュウインシオンがまくしたてるように告げる。すると市民達に変化が起きた。


「…そうだな。本当の事に目をつぶっていたヤツラは大勢いる。俺もその一人かもしれない!だけど、今は皆の命がかかっている!やろうじゃないか!」


 一人がそう叫ぶと、周りも呼応するように動き出した。そして一斉に民の大移動が始まるのだった。


「よし、動いた。シャーミリア!マリアを連れてきてくれるか?」


「かしこまりました」


 ドシュッ!


 いきなり目の前から消えたシャーミリアに、周りにいる人間達は目を白黒させる。恐らく飛んで行ったのではなく消えたと思っているのだろう。しばらく待っていると、シャーミリアがマリアを連れて飛んできた。もちろん行った時と違って、ゆっくり連れてきた。マリアが俺の大切な人間なので、丁重に扱うように気を付けているらしい。


「マリア、すぐにヘリを召喚する。民を乗せて首都に飛ぶぞ」


「かしこまりました」


 そして俺はそこに、Mi-26ヘイロー大型ヘリを召喚した。その光景にアラリリスの民は神業だと騒いでいるが、時間的な余裕が無いのでリュウインシオンに告げる。


「あれは神のゆりかごだ。けが人や病気の人、子供や老人は極力あれで運ぶから、リュウインシオンから乗るように説明してほしい」


「わかりました」


 そして俺達はアラリリス民の大規模輸送作戦を開始するのだった。

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