第759話 手詰まり
さてどうするか?森の中に逃げ込んだデモンを、おびき寄せる方法が見当たらない。
「森に逃げられるとしんどいな」
「はい、ここからでは見つけられないようです」
TAC50スナイパーライフルの暗視スコープで、森を確認しているマリアがデモンの正確な位置を掌握できないでいる。
「森の木が邪魔か…」
この状況で俺はふと、前世のベトナム戦争で行われたある作戦の事を思い出す。ベトコンの隠れ潜む森を失わせ、更に食料をも奪うという目的で、米軍が森に枯葉剤を大量に撒いた。いわゆる枯葉作戦。その作戦の結果、枯葉剤による影響で孫の代まで奇形が生まれるなどの深刻な問題となった。
俺にはもちろんそんな真似は出来ない。アラリリスの民が生きていけなくなる。そうは言っても、デモンをどうするかの対策は見つからない。
「私奴が潜入してデモンを叩きましょう」
ゼクスペルの二人を抹殺したことで、気分を良くしたシャーミリアが言う。
「いや、それはダメだ。敵の能力が未知数な上に、デモン召喚魔法陣や転移魔法陣があると対応できない。更に敵が転移されてくる可能性もあるしな」
「出過ぎた事を申し上げました」
「いや。俺もありかと思ったんだが、間違ってシャーミリアを失うわけにもいかないし」
「は!」
確かにシャーミリアの神速であれば、それも可能かもしれないが、敵の強さが分からない以上は手出しする事は難しい。また火の一族を転移魔法陣で呼び寄せる可能性も否定できないだろう。
「ギレザム、森にまで魔法陣が設置されていると思うか?」
俺がギレザムに尋ねてみる。
「人が森にはおりませんので、魔法陣の設置は無意味だと思われますが」
ギレザムが答えた。
「まあ…ね。でもこの都市の人間を壊滅させるという意味では、森への設置もあると思わないか?」
「そうですね。今までの敵のやり方であれば、その可能性も高いかと思われます」
「だよな」
となれば、どうやって敵をあぶり出すか?敵が逃げ出してくれればそれはそれで好都合だが、デモンが動き出す気配はない。恐らくは俺達を都市内に誘い込もうとしているのだろう。インフェルノやデモン召喚魔法陣を発動させられれば、都市はあっという間に壊滅してしまう。そうなれば人間達は、厳しい環境に耐えられず数日も生きていられなくなるだろう。
「ミサイルで狙い撃ちできませんか?」
「対象が小さすぎて狙えないよ。だけどこのまま待っていても、転移魔法陣で逃げる事も考えられる。その時にインフェルノを発動されれば終わりだ」
「困りましたね」
「ああ」
このまま朝が来て日が昇ってしまえば、荒野の温度がかなり上昇し、炎天下で人間達が参ってしまうだろう。洞窟の都市に二十五万もの人間は入らない。軍艦を大量召喚して収めてしまった方がいいのだろうか?魔力を大量に消費するが、全員を助けるにはそれしかないか。
迷ってる時間なんて無いよな…
「森が焼けたとしても泉は残ると思うか?」
「ファートリア聖都では地下に水がありましたね、デモン召喚魔法陣は地下には影響しないかと思います」
ギレザムの言うとおりだろう。ファートリア聖都の地下に大きな破壊は見られなかった。
「なら市民の食料事情さえどうにかすれば、しばらくはしのげるかね。森の再生はどのくらいかかるだろう?」
「数十年はかかるかと思われます」
「やっぱそうかぁ」
「どうなさるおつもりです」
「相手が魔法陣を発動させるより早く、俺の魔力を大量に流し込んで発動させてしまえばと思うんだ。安全を確認した後でデモン討伐し、更地になった都市内に軍艦を大量に召喚して、市民を避難させ、魔人を連れて来て復興活動をさせるってところかな」
「森はそれほど早く復旧しないですが、食糧事情も魔人が何とかすると言うところでしょうか?」
「そうも考えたんだがな…。インフェルノが発動して、泉が干上がったりしないかと思うんだよ」
「はい…」
俺もギレザムにも名案は浮かばない。
「ラウル様。アラリリス市民を難民として、魔人軍基地で保護してはいかがでしょう?」
マリアが言った。
「アラリリスの民がそれを了承するだろうか?あと避難は大量のトラックを召喚して、魔人に何度も往復させる必要がある。万が一そこを敵に襲われたら、かなりの人間が死ぬことになるだろう。この都市を防衛するならどうにかなるが、避難している難民を守り切るのは至難の業だ」
「すみません。浅はかでした」
「いやマリア、一応俺もそれは考えたんだ。だけど不測の事態が起きた時、どうにもならないと思ったんだよ」
「はい」
すると今度はカララが口を開いた。
「それでしたら、グレース様に助けていただくのはどうでしょう?ゴーレムをお借りして、デモンを追い立てて外に連れ出せませんでしょうか?」
「もちろんそれも考えた。だが…グレースは今ごろ、砂漠をはさんだ西のどこかにいる。次に会えるのはいつか分からないし、そんなことをしている間に人間はどんどん消耗してしまう。敵が仲間を増やす可能性だってある」
俺の答えにシャーミリアが反応する。
「急ぐのであれば私奴が砂漠を越えて飛び、グレース様をお連れするというのはいかがでしょう?」
「ダメだシャーミリア。あの砂漠は危険すぎる。デモンと戦うよりも厳しいかもしれんぞ」
「それほどでございますか」
「そうなんだよ」
やはり一度魔法陣を発動させて、故意に壊滅させるしかないか…
「でも!ラウル様!たった一匹のデモンの為に都市や森を焼きたく無いですよね!」
ゴーグが悔しそうに言った。確かに、たった一匹のデモンの為にアラリリスの都市を破壊するのは嫌だな。ゴーグの言葉に俺の判断が鈍る。
「なんとかデモンを釣れないかな?」
するとギレザムが難しい顔をして答える。
「難しいかと…むしろ逃げ出してくれたらそこを捕まえるのですがね」
「未だに逃げないのは、やはり転移魔法陣などの策があるからだろうな」
「はい」
いくら考えても堂々巡りだった。いずれにせよそろそろ夜が明けてしまう。そうなれば日中は灼熱の地獄と化す。老人や子供だけでなく大人も耐える事は出来まい。空が明るくなってきており、後一時間もしないうちに太陽が上がる。
「悔しいけど、やるしかない。俺が魔法陣に魔力を注いで魔法陣を発動させる。魔力を大量消費すれば、俺の力が減退するからお前達がデモンを殺してくれ」
俺が決断すると魔人達は同意した。
「「「「「は!」」」」」
俺は結局、魔法陣を発動させるため魔力を注ぎ、都市が消滅した後にデモンを仕留める作戦を行う事にした。
結局、米軍の枯葉作戦と同じか…
極力市民たちの為に森を残したいと思ったのだが、悩んでいる間に時間が刻一刻と過ぎていく。多くのアラリリス民を助けるために、都市を壊滅させることを選ぶしかなかった。
すぐさま俺達はファントムが見張る正門に向かった。
「ファントムご苦労さん」
《ハイ》
一応念話で返事はする。
「それじゃあ、みんな。俺がこの都市に設置してある魔法陣を発動させる。デモンが召喚されてくるかもしれない!生贄がいない分、大したデモンは来ないと思うが心してかかれ」
「「「「「は!」」」」」
そして俺が正門の内部に鏡面薬を投げた。確かに地面に魔法陣が設置されているのが確認できた。俺は地面に手をついて最大限に魔力を注ぐ用意をした。
「いくぞ!」
「「「「「は!」」」」」
《ラウル様!》
「まて!」
突然だった。俺に念話を繋いできたのは、砂漠の魔人基地に残してきたティラだ。俺は一旦魔力を注ぐのを止めて、ティラの話を聞くことにした。
《どうした?》
《今、恩師様とデイジーさんとバルムス、そしてドワーフたちを連れてそちらに向かっています!》
《えっ?そうなの?》
《メリュージュさんに頼んで、運んでもらっている所です!》
《一体どうして?》
《アウロラ様のお言葉です》
《アウロラが?》
《はい》
《わかった》
それから待つ事三十分。まもなく陽が昇り朝がやって来る。明るくなりつつある北の空に、飛翔するメリュージュの影が見えた。それがだんだん近づいてくると、メリュージュが何かを吊り下げているのが分かる。俺が基地に召喚して置いていた、ルノーシェルパ装甲車両だった。メリュージュがバサバサと羽ばたいて、そっと装甲車を地面に置くと中からティラが飛び出してきた。
「ラウル様!突然すみません!」
「いや、いきなりどうしたんだ?」
「恩師様をお連れしました」
「メリュージュさん!わざわざすみません!」
「いいのよ。それより」
そしてルノーシェルパ装甲車両から次々降りてきたのは、モーリス先生とデイジーとバルムスだった。あと数人ドワーフたちがぞろぞろ降りてくる。更にミーシャまで乗り込んでいた。
「ラウルよ!すまんのう!」
「モーリス先生!どうされました!?デイジーさんとミーシャまで?」
「そんなことより!取り込み中のようじゃのう?」
「はい、実は…」
俺はこれまでの経緯をモーリス先生たちに伝えた。モーリス先生は神妙な顔をして静かに話を聞いている。
「なるほどのう。やはりそうじゃたか」
「どうしたのです?」
「ここに来るように言ったのは、他でもないアウロラちゃんじゃよ。アウロラちゃんがどうしても、今わしらがここに来なければならないというのじゃ」
「アウロラが…」
「神託だそうじゃ」
「またですか?」
「あながち間違いではないぞ。丁度わしとデイジーが来なくてはならない状態のようじゃからな!」
「先生たちが来なければならない状態?」
「そう言う事じゃ!デイジーが研究しているエリクサーにも関係しておる、そしてわしの研究と考察を合わせてやっと完了したのじゃよ」
「何をです?」
するとモーリス先生とデイジーが顔を見合わせて、アイコンタクトを取った。
「話は後じゃ!」
「は、はい」
「後はラウルの魔力を貸しておくれ」
「分かりました!」
俺はモーリス先生とデイジーと共に、正門に近づいて行く。
「あたしが先に調べるよ」
「は、はい」
デイジーがさっさと門の境にしゃがみ込み、何やら手持ちの瓶を振りまく。
「ふむふむ」
俺達は黙ってその行動を見守る。
「わかったのじゃ!」
デイジーがこちらを振り向いて叫んだ。
「どうじゃった?」
「やはり、転移魔法陣とインフェルノ魔法陣の複合じゃぞ!」
「やはりそうか。と言う事はこれはデモン召喚魔法陣と言う事じゃな」
「そう言う事じゃ」
「なら、後はわしに任せよ」
「ふむ。じじい、うまくやりなよ」
「だーれがじじいじゃ!いつもいつもお主は!だいたい、、、」
「先生!」
モーリス先生がミーシャに止められる。
「ふ、ふむ!すまん。まあ言われんでもやるわい!」
すると今度はモーリス先生が、杖を持ってそれを正門の地面に突き立てた。どうやら俺が見たことのない、新しい杖を持ってきたようだった。
「ラウルよ!強めに魔力を注いでくれるか?」
「えっ?そんなことをすれば魔法陣が発動してしまいます!」
「大丈夫じゃ!」
俺がモーリス先生に手を当てて、魔力を注ぎ始める。すると先生が何やらブツブツとつぶやき始めた。
「ほっ!」
先生が無造作に都市内に魔力を放出した。
「えっ!」
「黙っておれ!」
すると杖の下から一気に、魔法陣の図柄に沿って光が走って広がって行く。だがその魔法陣はいつも見る発動の色とは全く違っていた。
「青い…」
一気に広がって行く魔法陣の光はあまりにも幻想的で、つい皆が見とれてしまうほどたった。都市の奥地まで一気に広がり、強く強く輝いていくのだった。
都市が…無くなってしまう?
だが俺はモーリス先生を信じるしかなかった。いずれにせよ魔法陣は発動させるつもりだったのだ、デモンが召喚してくる可能性もあるので全員が臨戦態勢を取る。
俺はさほど魔力を消費していないと思うのだが、魔法陣の光は更に眩しく輝くのだった。