第756話 出現した火の一族
広がって行く転移魔法陣を前に、俺は後ろに下がらざるを得なかった。だが俺が下がった場所の地面が再び盛り上がり、巨大な顎になって襲ってくる。俺はそれを避けて更に大きく後ろに飛んだ。
バグン!
その地面の巨大な顎が音を立てて閉じる。
「ほほほ!」
俺が殺そうとして追っていたギュスターヴとかいうデモンが、変な笑い声を発して転移魔法陣の向こうに現れた。俺が襲い掛かれば転移魔法陣の範囲に入る為、容易に近づく事は出来ない。
厄介だな。
「どうした?近づいてこい!」
ギュスターヴは俺を転移魔法陣に誘い込みたいのだろうか?距離があるため火炎放射器の射程からも遠く、有効打にはならないだろう。俺をどこかに飛ばしてやろうと考えているのだろうか?敵の策が読めない以上、下手に手出しする事が出来ない。
すると…
転移魔法陣は更に輝きを増して、見ているのが辛いほどになってくる。その光の中から何かが出てくるのを俺は見逃さなかった。
ゴオ!
ボゴオ!
糸を引くような火箭の槍と、大きな火炎が俺に向かって飛んできた。俺は咄嗟に尻尾を使って、体を弾き飛ばし近くの建物の屋根に飛ぶ。
「これはこれは!ゼクスペルのナール様にフォティア様!よくぞおいでくださいました!」
ギュスターブが大きな声で呼んだその先をみれば、光が消えゆく転移魔法陣の中に、筋肉隆々で髪を逆立てた男と、やたらプロポーションの良い髪の長い女が立っている。だが明らかに人間では無いだろう感じが伝わってくるのだった。髪の毛が炎のようにゆらゆらと揺れていた。
《ご主人様!強大な気配が都市に現れました!》
俺が念話するより早く、シャーミリアが俺に念話を入れてきた。
《ああ、目の前にいるよ》
《今!参ります!》
《いやシャーミリア!民の避難を優先させてくれ!ギレザム!後何分だ?》
《は!あと十…いや八分で脱出を終わらせます!》
《了解だ。民に怪我をさせることなく急げ!》
《は!》
俺は魔人に指示を出し、民を早く都市の外に連れ出すように言った。俺が念話を終えたあたりで、再びナールとフォティアが俺に火炎の攻撃を仕掛けてくる。俺は逃げ去ったが、俺がいた住居はほぼ一瞬で焼け落ちてしまった。
「我は!アンフィスバエナの化身だ!お前たちは何者だ!」
とにかく何でもいいから時間稼ぎのために、話しかけてみることにした。だが俺が話しかけたと同時に、二人はまた火炎の攻撃をしてくるのだった。
うおっ!なんつー礼儀知らずなやつや!
すると今度は俺を無視して、二人は後ろを振り向いた。ずいぶんと余裕があるようで、俺の事などどうとでもなると思っているようだ。後ろにいる鰐顔に何か話し始める。筋肉隆々の男ナールが先に言葉を発した。
「ギュスターヴよ、魔人めが攻めて来たのではなかったのか?」
「そ、それが。あの蛇の化身とやらは、なかなかに厄介で北の村ではマンディテとマノとルカ―が仕留められなかったようでして」
「ふむ」
「あら、あんなネズミ一匹仕留められないなんて、やはりデモンは無能だわ」
フォティアと呼ばれた女がギュスターヴを蔑むように言った。
「申し訳ございません。あ奴らの策は失敗したようです」
「笑止千万!策など!力で押せばよい!」
「は、はい!」
どうやらギュスターヴというデモンは、あの二人より地位が下らしい。俺はゼクスペルという言葉には聞き覚えがあった。あの二人は、火の一族六人衆の内の二人だと言う事が判明したのだ。
まずい…ファートリア聖都で遭遇した、フーって火の一族はめっちゃ強かった。あの二人がそいつと同類と言う事は、決して侮ってはいけない相手だ。恐らくはこの都市など、一夜で塵に化すほどの力を持っていると思っていい。そしてあの鰐顔のデモンのおかしな能力、アレを避けながら二人を相手する事はかなりきつい…
ゴオゥ!ドゴォ!
俺が火球を避ける為そこから飛び去るが、着地場所に大きく顎が口を開けて待っていた。
「ちっ!」
尻尾アーマーを建物の壁に突っ込ませて、体を落下させないように横に飛ぶ。バゴンという音と共に、家の壁を突き破って入るのだった。そのまま建物の裏側まで突き抜け、反対側の地面に着地した。そのまま通りを直進して右手にいる敵を確認する。
まずは、あの鰐頭だけでも片付けられないか…
バグゥゥゥン!
俺が抜け出てきた建物が音を立てて爆発し、一気に火のカーテンが伸びた。俺を追って攻撃をしたようだが、建物に留まっていたら直撃を食らうところだった。
《我が主、右前方に注意です》
ヴァルキリーからの忠告に反応し、咄嗟に尻尾アーマーで跳ね上がるように地面をけり出し飛んだ。するとヴァルキリーの言葉通り、右手の建物が崩壊しデカい顎が出てくる。どうやら俺の動きが読まれているようだ。
《挟まれた!》
上空に浮きながら俺はヴァルキリーに言う。後方に火の一族、前方に鰐頭がいるのだ。
《体をお丸めください》
《分かった》
俺が体を抱えるように丸めると、尻尾アーマーがアンモナイトのように円形に体に巻き付いた。地面に着地すると同時に、車輪のように地面を高速で転がり始める。そのまま建物を突き破り、一気に火の一族とギュスターヴの間を高速で抜けるのだった。
バッ!
尻尾がほどけて俺は再び空中に居た。高速回転の反動で宙に飛び出した状態になっている。
《ギレザム!あとどのくらい!》
《あと五分!》
《よし!》
あと…五分。一人でこいつらをひきつける事が出来るか…
ゴゥゥ!ボォォォ!火の一族は、俺を探すように無差別に街を焼きだした。俺がたまらず見通しの良い街道を突っ走ると、目の前がそそり立ちはじめる。ギュスターブの顎が地面から出てくるところだった。
なんだかんだと、コンビネーションプレイが出来ちゃってるじゃないか!デモンは無能だとか言いつつ、きっちりとその能力を使いこなしてる!
俺はその顎を飛び越え向こう側に着地した。するとそこに火炎が叩きつけられてくる!
「やべっ!」
逃げようがない!と思った時、その火炎をヴァルキリーが尻尾アーマーを広げて止めてくれたのだ。
《我が主!北東へ向かってください!》
《分かった!》
俺はヴァルキリーの指示通りに動いた。どうやらヴァルキリーは敵の位置を掌握して、俺の動く先を決めているらしい。そのおかげで一瞬の余裕が出来た。
《ギレザム!》
《あと三分!》
あんまり遠くに逃げ去ると、火の一族の攻撃が人間達に向かうかもしれない。
《ヴァルキリー!》
《はい!我が主!》
《敵を出来るだけひきつけたい!》
《かしこまりました!西へ向かい屋根の上から火を吐きましょう》
《了解!》
俺とヴァルキリーは人間達が逃げている正反対に現れ、夜空に向かってM9火炎放射器を照射した。
どうか…
ゴゴゴゴ!バグン!
先に俺を見つけたのはギュスターヴのようだった。建物ごと俺を飲み込むように顎が現れ閉じた。そこにすかさず炎の槍が飛んでくる。この槍はかなり厄介で、建物を何件も何件も貫いて延焼を大きく拡大させていくのだった。
《あの、フォティアって言う女の技だ。どうやら飛距離があるようだな》
《そのようです。第二波来ます》
尻尾アーマーを地面に突き刺して、俺の体を引っ張るようにし、パチンコの玉のように俺の体が射出される。勢いよく住居を何件もぶち破って止まった。
《ギレザム!》
《あと一分!》
急いで俺が瓦礫から飛び出した。
《敵はどっちだ?》
《こちらであってます》
ヴァルキリーの指示通りに走ると、今度は筋肉隆々のナールが見えてきた。近づく俺にナールが気が付き、デカい火炎の球を投げつけてくる。俺は急ブレーキで止まり左へと飛んだ。俺がいた場所を火球が通り過ぎ…そしてその火球が俺めがけて戻ってきた。
そんなこともできんの!!
再びそれを避けると、火球はまたとんぼ返りに戻って来て俺を襲う。
きっちぃ!!
何とか火球の襲撃を避けて、住居に紛れながら逃げる。
火球は来ないか…
どうやらあれは目視した相手に飛ばす技らしい。
《ギレザム!状況はどうか!》
《あと、十人、九、八、七…全員脱出しました!》
《よし!》
俺は走りながら敵を探す。すると通りの向こうにギュスターヴとフォティアが見えた。どうやら向こうも俺に気が付いたらしい。フォティアが手を伸ばし、火の槍を浮かび上がらせた。
《あの攻撃は早い!》
《予測は出来ます》
ヴァルキリーの自動運転で、俺はすんでのところで炎の槍を避ける事が出来た!
すぐさま、拳銃信号を召喚して空に打ち上げる。
《マキーナ!位置は分かるか?》
《信号が見えました!》
《火の奴らは簡単に死なない!連結LV2の魔力を上げる!鰐顔デモンを撃てとマリアに!》
《は!》
俺が走りながら鰐顔に近づいて行くと、フォティアが第二の炎の槍を浮かび上がらせる。俺は急ブレーキをかけて、炎の槍を見極めるために立ち止まる。
「立ち止まっていいのかい!!」
ギュスターブが見ている先で大口を開けると、俺の足元の地面が盛り上がってくる。
ダメだ!逃げれば、炎の槍に狙い撃ちされる!
バシュコン!
鰐顔の首から上が吹き飛んだ。マリアの狙撃に俺の魔力がたっぷり入って、見事にギュスターブへ命中したのだった。そのまま鰐顔が力なく倒れる。地面も中途半端に盛り上がっていたが、しぼんでいくように真っすぐになった。そこにフォティアが炎の槍を打ち込んできた。
シュッ
俺はのけぞってそれをギリギリ避ける事が出来た。
「しぶといようね」
フォティアは俺にそう告げて、異常に気が付き振り向く。
「あら。ギュスターブ?」
もちろん既に死体となっているギュスターブは返事をしない。音もせずに着弾した、マリアの超ロングスナイプショットに気が付かなかったらしい。意識外からの攻撃に何が起きたのか分からないようだった。
《逃げるぞ、ヴァルキリー》
《はい、我が主》
俺が魔力を放出した為、ヴァルキリーの運動性能が上昇した。かなりの高速で走る事が出来るようになった。
《左より、敵です》
《わかった》
俺が尻尾アーマーを使って上にはじけ飛ぶと、そこを通過するように巨大火球が通り過ぎた。そして再び火球がホーミングミサイルのように、俺を追いかけ始める。
やばっ!
だがその火球は俺に届かなかった。なぜならば、ナールという火の魔人がグーパンチで殴り飛ばされたからだ。怒りのグーパンチを繰り出したのは、もちろん我らがシャーミリアだった。
「我が主に対する無礼!死を持って償わせてやる!」
ああ…バッキバキにブチ切れてる。
だが…
ズボッ!とナールは瓦礫から出てきた。もちろんそれくらいで死ぬわけはない。
「…蛇の化身ではないのか…」
アホが、今ごろ気が付いたらしい。シャーミリアが俺の横に立つと、突然炎の槍が俺達の元へと飛び込んできた。シャーミリアが俺の腕を掴んで飛ぶ!
次もくる!
そう思ったが、第二波は来なかった。
パリパリパリパリ!!
ギレザムがS&W M500ハンドガンの引き金を引いていたのだった。それが電気を帯びてフォティアの胴体に突き刺さっている。ギレザムの能力とハンドガンの威力が合わさった攻撃だ。
「ぐっぎぎぎっ!」
フォティアが、プロポーションのいい胴体に穴を空けてギレザムを睨んでいる。
「フォティア!こやつらは蛇の化身などではない!」
「ぐぅ…どうやら…既に来ていたようだねぇ」
《ギレザム、シャーミリア、急速離脱だ。都市を出るぞ!》
《《は!》》
民を全て逃がしたので長居は無用だ。俺達は高速移動で、東の市壁に空けた穴へと向かうのだった。