第755話 ギュスターヴvs偽アンフィスバエナ
都市が広いため、住人や騎士たちの避難はまだ終わっていない。俺達も白装束を着て避難するアラリリスの民に紛れ込んだ。都市内に居たメンバーには、さりげなく市民の避難を誘導するように伝えている。
《全魔人に告ぐ!まだ住民の避難は終わっていない、こちらからの攻撃はするな!》
《《《《《《は!》》》》》》
俺達が攻撃をしてしまえば、敵は魔人軍が来た事を察知して、魔法陣を発動させる可能性がある。魔人達には攻撃をしないように指示を出した。
「急げー!」
「子供を抱えろ!」
「怪我人を助けるんだ!」
市民たちは声を掛け合いながらも、血相を変えて走り続けている。パニックを起こして、どこに逃げたらいいのか分からなくなっている市民もいた。いきなり逃げろと言われても、気持ちが揺れているに違いない。その迷いが足取りを鈍らせているのだろう。
《ギレザム、シャーミリア、カララ、ゴーグ!市民たちが迷わないように導いてやれ》
《《《《は!》》》》
《ギレザム!リュウインシオンとヘオジュエはどうなってる?》
《内通者や騎士達と合流できました。今は我と一緒に逃げております》
ギレザムが答える。騎士達は北北西の方向へと逃げたらしい。
《ご主人様。こちらもまだ出口に到着しない人間達がおります》
《シャーミリア、とにかく上手く誘導するしかない》
《は!》
すると走る俺の横に、魔導鎧のヴァルキリーが走って追いついてきた。念話で俺のもとに来るように伝えていたからだ。
《よし!ヴァルキリー!緊急ドッキングだ!》
《はい!我が主!》
俺とヴァルキリーとルフラが、人のいない民家に飛び込んですぐに民家の反対側から出てきた。言ってみれば魔導鎧の早着替えのようなものだ。入ったのは三人で出てきたのは二人になっている。人々はパニックを起こしているため、鎧姿の俺が混ざっていても気にした様子はなかった。
「うわーん、ママーママー!」
道端で泣いている幼女がいた。恐らく母親とはぐれてしまったのだろう。俺はその子に近寄ってそっと抱き上げて走る。もしかしたら母親が探しているかもしれないが、今は母親を探している余裕はない。
「大丈夫だ。ママは必ず探してやる」
気休めかもしれないが、俺はその場しのぎで子供に伝えた。すると子供は一旦泣き止んでくれた。必死の形相で俺にしがみついてくる。いつの間にかルフラも老人をおんぶしていた。どうやら老人が動けなくなっていたところを助けたらしい。
「みんな!こっちだ!」
俺が声を張り上げて、迷っている者を誘導した。一度誘導すれば迷いかけていた者達は、一斉にその後を追う。
「もうちょっとだぞ」
俺が抱きかかえた幼女に言うと、コクリと頷いて必死にしがみつている。
《ご主人様。南南東の穴からの市民は、もう間もなく全員が外に出ます》
《よし!シャーミリアは、残った者がいないか捜索にでてくれ。何か異変を感じたら飛んで逃げろ》
《ご主人様を置いては》
《命令だ。俺なら問題ない》
《は!》
俺達の集団は、東に空けた壁の穴めがけて走っていた。市民も流れに乗って東に走り続けている。最後に声をかけた地区なので、まだ三分の一が都市内に残っていた。
《ラウル様!こちらもどうにか逃げ切れそうです。リュウインシオンとヘオジュエが、騎士たちに話をして市民の避難を手伝ってくれています》
《騎士たちは魅了を受けていなかったか?》
《はい。カララとも確認しましたが、魅了の影響のある者はいません》
《わかった》
となると俺達の地区の避難民が最後というわけだ。まだ三分の一以上、数万人が都市内に残されていた。俺達がいくらカバーしながら避難を続けても、それほど早く抜けられるわけではない。すると俺達が混ざった一群の進みが遅くなってきて、渋滞になり止まってしまった。
「なんだ?」
「なんでしょう?」
俺とルフラの位置からは、何故市民たちが止まっているのかが分からなかった。先で何かが起きたらしい。
「まずいな」
「そうですね」
俺とルフラは混雑の真っ只中で、立ち往生してしまう。
《すまん!俺達の避難民が立ち止まってしまった!先で何が起きてるか確認してくれ!》
《わかりました!》
答えたのはゴーグだった。どうやら他を避難させて、こちらに合流してきていたらしい。
「みんな!慌てるな!まずは立ち止まるんだ!」
俺が周りの人間を落ち着かせる為に叫んだ。だが俺の言葉は雑踏にかき消され、民の耳には入っていないようだ。このままでは将棋倒しになって、怪我人が大量に出てしまう可能性がある。
「仕方がない」
俺は抱いている子供をおろした。そしてすぐに近くの建物の屋根に上る。すぐさまLRAD長距離音響発生装置を召喚して、民に向けて声を発した。
「皆の者!良く聞け!!」
いきなり発生した大きな声に、民が一斉に立ち止まり振り向いた。俺は尻尾アーマーを大きく広げて、右に左に蛇のようにゆらゆらと揺らす。一瞬にして雑踏の騒音が止まり、俺に視線がくぎ付けになった。
「我は虹蛇なり!皆を救うためにこの地に降り立った!」
ワッ!と群衆が声を上げて驚いている。いきなり現れた虹蛇に希望を見出したようだ。
「我がここに来た以上は、皆は助かるぞ!慌てる事は無い!ゆっくりと非難をするのだ!敵はまだ地獄の業火を発生させてはいない!」
人々はゆっくりと動き出した。どうやら俺の言葉が耳に入ったようだ。
《ラウル様!ドゥムヤです!人形が東の抜け穴を見つけて、通せんぼしてます》
ゴーグが先を確認して俺に伝えてくる。
《了解だ!ギレザム!シャーミリア!カララ!ゴーグのいる東の抜け穴に向かってくれ、ドゥムヤを片付けろ!》
《《《は!》》》
《ルフラは、この民たちを扇動してくれ!》
《はい!》
そう伝えて俺はすぐに、民達の最後尾へと屋根伝いに走った。
「ここが最後尾か…、さて…」
俺が最後尾から先を確認するために、都市の奥に入って行く。すると通りの奥から何かがやってくるのが分かった。
「何か…おかしいのがいるねえ…」
やって来た何かが俺を見たとたんにそう言った。暗がりから近づいてくるそれは確実に変だ。そいつは人間のような体つきをしているのだが、口がワニのようにせり出して、瞳が爬虫類のように縦になっている。
おかしいのはお前のほうだって。
「……」
とりあえず俺は答えない。
「あら?だんまりとは礼儀が無い、我が名はギュスターヴ!」
デモンが女か男か分からない。性別など無いのかもしれないが、声が二重に聞こえている気もする。
「……」
「礼儀の知らない子はお仕置きだねぇ」
俺が黙っているとそいつは思いっきり突進してきた。俺が寸前で身をかわして逃げると、その口が数メートルに広がった。
バグン!
口が思いっきり閉じて、俺がいた場所を噛みちぎるか音がした。
なるほど。俺をまるごと食うつもりらしい。
「すばしっこいねえ」
「……」
さてと、どうするか…。現代兵器を召喚すれば、あっという間に片づけられそうだが今はそれを見せるわけにはいかない。
そんなことを考えている間にも、デモンが突進してきて俺を食おうと大口を開けた。俺が素早くそれを避けて、尻尾アーマーを持ち上げ広げた。大蛇が鎌首を上げているように見える。
「なに?」
「我はアンフィスバエナの化身なり!」
俺はそいつに向かって、大ぼらを吹いてみる。
「アンフィスバエナ?」
「そうだ!」
「蛇風情が、なせ人語を話す?」
「長ーい年月をかけて、我は守護者となった!我が見守る地を乱す者が現れた故、様子を見に来てみれば、お前のような毒虫が巣くっておったのか!成敗してやろう!」
「……」
「それが嫌なら、この地から立ち去るがよい!」
俺の問いに、デモンは額を抑えて笑い始める。
「ふふ…あーっはっはっはっはっ!」
あれ?バレちゃってる?まあデモンは長生きだし、そんな話は聞いた事が無いかもしれないか…まあ俺が作った作り話だから仕方ない。
どうしようかな…
「蛇風情が、我らにたてつくと言うか!」
あ、騙せてた。俺を蛇だと認識しているらしい。
「お前たちなど、我の力で全て燃やしてやるわ!」
「なるほどねえ。お前が北の村を襲った蛇だったのね」
どうやら北の村での事は、こちらにも筒抜けだったらしい。だがアンフィスバエナが襲撃したというカモフラージュは、効果があったようだ。
「ならばどうだというのだ?」
「蛇など食ろうてやるわ!」
「食って見よ!」
そう言って俺が身構えると、目の前の鰐顔デモンは突如後ろを振り向いて逃げて行ってしまった。
えっ?何?あからさまな罠っぽい動き。ついて行くわけないじゃん。
「行っちゃった。じゃあ俺も逃げて良いかな…」
そう思った時だった。ゴゴゴゴゴゴゴゴと地鳴りがして、俺が立っている地面が盛り上がってくる。
「おわっ!とっとっ!」
ガバッ!バグン!
なんと…地面が盛り上がって来たと思ったら、地表が巨大な牙のいっぱい生えた口に変わり、俺をその地面ごと食おうとしたのだ。間一髪でそれを避けて逃げたが、ボーっとしていたら食われているところだ。
なんじゃ!その能力!
どうやら、敵のデモンは地面を巨大な口にして、食らう事が出来るらしい。そんな訳のわかんない能力があるなんてたまったもんじゃない。
「逃げるか」
俺が走り出そうとしたら、俺の目の前が盛り上がり、また巨大な顎が現れて俺を噛もうとした。地面が巨大な口になって次々と俺を襲って来る。
「あぶな!」
俺が逃げるところに、その口が現れては食われそうになる。ヴァルキリーの尻尾アーマーのおかげで、縦横無尽に逃げ回る事が出来なんとかなっていた。
ガバッ!バグン!ガバッ!バグン!
「クッソ!これじゃ逃げの一手しか打てないぞ」
「ふははははは、逃げろ逃げろ!蛇なぞ美味くも無いだろうが、吾輩の養分にしてくれよう!」
いやあ…神が作った合金だから、めちゃ不味いと思うけどね。
「家も壊しちゃって…。ここの人々が困るだろっつーの」
俺は出てきた顎を思いっきり、尻尾アーマーで殴ってみる。だが地面が崩れるように消え去るだけで、特に相手にダメージを与えている様子はない。どうやら鰐男本体は直接攻撃をされないように、どこかに隠れたのだろう。
厄介な敵だ。
辺り一面が、大きな顎で食われ尽くし建物がどんどん崩壊していく。あいつ自身を探し出して倒さなきゃ、ずっと逃げっぱなしだぞ。
《ラウル様!東の穴に巣くったドゥムヤを排除し、避難民を外へと流し始めました》
ギレザムが念話をしてきた。
《急げ!俺は今、デモンと交戦中だ》
《大丈夫ですか!!》
《ご主人様!私奴が加勢にまいります!》
《いや、市民の避難を最優先にさせてくれ》
《か、かしこまりました!》
《俺が時間を稼ぐ、どのくらいかかるだろう?》
《足の遅い者を我々が運び出し、それでも二十分はかかるかと》
《了解だ》
さて、とにかく市民が逃げる時間稼ぎをするしかない。
《やるぞヴァルキリー》
《我が主、アンフィスバエナであれば火を噴いても不自然ではありません》
《じゃあ、鰐男を探してあぶってやろう》
《はい》
俺は地面から生える顎を避けながら、逃げた鰐男を探すのだった。もちろん深追いはしないように、出口までの距離感を図りながら。
俺が一つの顎から逃げた瞬間だった。目の前に魔法の光が輝いた。
「転移魔法陣か!」
俺はそれを避けるように、大きく後ろに下がる。目の前でどんどん光を増していく魔法陣に、冷や汗をかき始めるのだった。