第752話 七つの神託
アラリリス都市の調査を行ってみて、どのように攻めるのが効率的か大体掴めてきた。
「じゃ、時間が来たのでやるか」
調査をして二日目の、都市の気温が上昇し住民たちが家屋に入って休む頃に、最初の隠れ家からマイクロ波兵器の照射を始める。活動中だと外に出歩いている奴らが、突然頭を抱えちゃったり騒いだりして怪しくなっちゃうからだ。
スイッチオン
、、、皆の者よく聞けい!我はこの大地の創造者であり国の礎を作った虹蛇である!我の声が聞こえた者は選ばれし者だ!聞こえない者がいるとすれば既に悪の手に落ちておる!信ずる者にしか聞こえない神託なのだ!お前たちは本当の人間の暮らしを忘れておる!あんな人形をおかしいと思わない奴は悪魔に心を囚われてしまっているのだ!心に正直に生きてこそ人間!我はそのような正直者こそ救おうと思うておる!。。。
「よし。これ以上情報が多いと民の頭に全てが入らない。短期記憶は七項目ぐらいが限界だ」
一、虹蛇の声である事
二、声が聞こえた人は選ばれし者である事
三、聞こえなければ悪である事
四、信ずる者にしか聞こえない事
五、本当の暮らしを思い出せ
六、人形を疑問に思え
七、心に嘘をつくな
「素晴らしいです」
シャーミリアが目を輝かせて拍手をする。
とにかくこの七項目を、人々が家で静まっている間中ずっとリピートさせるのだ。人が活動を始める頃に照射を止め、次は寝静まる頃に始める。外での活動時間以外は、ずっとこれらが脳の中で鳴り響き続けるって事だ。前世でどこかの心理学者が発見した、短期記憶はだいたい七項目が平均値というやつを元に考えた作戦だ。七項目とは例えば、曜日や音階、七つの大罪、七不思議、七福神、春の七草、親の七光りなんてものまである。とにかく俺が考えた七項目をぎっちりと脳に叩き込む。
「じゃあ三時間くらい、このまま放っておこう」
「「「「は!」」」」
俺達は一旦じっと隠れ家で息を潜めることにする。
今日は、この区画のマイクロ波照射の内容はこれで行く。そして二カ所目の区画では明日から照射し始め、三カ所目は明後日から照射し始めるつもりだ。もちろん時間差にするのには意味がある。流石に頭の中で一日中声が流れ続けたら、誰かに話してしまわないと気がおかしくなる。そしてその神託が聞こえたという噂が、聞こえていない者の耳に入れば聞こえてない者は焦ってくる。自分だけが救われないのか?と思ってしまうのだ。だが二日目からマイクロ波が脳内へ聞こえ始めた人間達は、自分たちにも神託が聞こえてきた事で安心する。より信じやすい状態となり、三日目の区画の人間はより深く心に刺さる。更に三日目には最初に聞こえた区画の人間に新しい神託を与える。
「きっと人々は休まらないだろうな」
するとギレザムが気の毒そうな表情で言う。
「これが七日も続くのですね…、民を疲弊させるのも意味があるのですよね?」
「そのとおりだ。精神が病めば病むほど脳に言葉が刻み込まれるからな」
「さすがでございます」
マイクロ波で流す音声は三日目に別なものに差し替える。二日も流しっぱなしにして七項目が頭に浸透したところで、今度は救いの内容を垂れ流すのだ。
一度手が空いたので、次の作戦のために念話を繋げる。
《ルフラは今どのあたりだ》
《まもなく西側の山脈の麓に到着します》
《シャーミリアとカララが迎えに行く》
《かしこまりました》
俺はこの作戦のために、ルフラを拠点から呼び寄せていた。拠点には作戦の為、ファントム、ガザム、マキーナ、ルフラと人間のカトリーヌとマリアとカナデを置いていたのだが、都市内の状況を見て思いついた作戦があるのでルフラを呼んだ。また洞窟の住人たちには、リュウインシオン達が戻らない事で変な気を起こさないようにアナミスを張り付かせてある。
「シャーミリアとカララは、ルフラを迎えてきてくれ」
「「は!」」
シャーミリアとカララが、脱出用の地下道からルフラを迎えに出て行った。
「リュウインシオンとヘオジュエはどうしてる?」
「まだ寝室にて休ませております」
「屈強そうな騎士だからと思ってこき使いすぎたな。さすがに昨日からの過酷な強行軍で参らない人間はいないか」
砂の山越えに地下水路の移動、俺の指示を受けての様々な雑務。二人とも疲労困憊のようで、ふらふらしていた為、各自適当な部屋で休むように言ったのだった。
それから、シャーミリアとカララがルフラを連れて戻ってきた。
「ご主人様戻りました」
「お待たせいたしましたラウル様」
「よし、ルフラ。お前に重要な役割があるんだ。人々が外に出始めるから俺と一緒に街に潜入するぞ」
「お任せください」
三時間後、都市に人々が出てくる気配がしたため、マイクロ波兵器のスイッチを切った。そして俺はルフラと共に、地下水路を通って他の隠れ家に移動する。すぐさまアラリリスの女の民族衣装に着替え、二人で街に潜入した。こちらの区画には虹蛇の神託は流れていない為、昨日と変わらぬ営みが繰り広げられている。
《ルフラ、めぼしい奴を見つけないとな》
もちろん安全の為、市街地での会話はすべて念話で行う。
《はい》
そして俺達が市場につくと、昨日見かけた人間もちらほら見かけた。
《どれがいいかね?》
《信頼されそうな人間がいいですよね》
《だな》
俺達が街で人間を物色していると、訝し気な表情の難しい顔をしたおじさんがいた。間違いなく人が信じないような、おかしなことは言わない常識人のように見える。絶対に見たものしか信じないような、虚言には耳を貸さないようなおじさんだ。口角が下がりへの字口になって、まゆ毛もぶっとく白い。間違いなく気難しい。昨日の潜入でも見かけたおじさんだった。
《あれ、よくね?》
《いいですね》
俺達はそのおじさんを尾行する事にした。おじさんは寡黙に買い物を終えて、真っすぐに家に帰るようだった。門を入る所を確認し、俺達はおじさんが中に入った後で住居に忍び込む。
《では》
《気づかれないように》
《はい》
家の中に入ると気難しそうなおじさんは、台所に座って水を飲んでいた。台所にはその妻らしき人間もいる。年老いた夫婦は二人で暮らしているのか、子供が働きに行っているのかは分からないが、建屋内には二人しかいなかった。俺達は廊下で聞き耳をたてる。
料理を作りながら、夫人が話し出した。
「どうでした?」
「いつもと変わらん」
「そうですか」
「平和そのものだ」
「…そうですか」
「もう一杯水をくれ」
「はい」
特におかしな会話は無い、主人の方は何も問題ないような口ぶりだったが、奥さんは何か含みのあるような返事だった。
「あなた。モエニタ産の魚の干物なんて、珍しいですわね」
「そうだな」
「やはり王がドゥムヤを使って運んできたのでしょうね」
「そうだな。あのドゥムヤがいるからこそ、この都市は支えられているのだ。今の王には感謝するだけだな」
「…はい」
夫人は少し間を空けて返事をした。
「本当にアイツは!こんな恵まれた環境にもかかわらず消えおって…何が不満だというのだ!」
「あの子は、本当に生活に不満があったのでしょうか?」
「またそれか…。そうに決まってるだろ、でなければわしらに黙って街を出て行く訳がない」
「…本当に街を出て行ったのでしょうか?」
「くどいぞ!そうに決まっているだろうが!おかしなことを言うな!」
「ご、ごめんなさい。そうよね、いきなり嫌になったのよね。私ったらまたおかしなことを」
「そうだ。お前は何も考えなくていいのだ!おかしなことを言って、この素晴らしい暮らしを与えてくれた新しい王に失礼だろう!」
「はい」
「まったくどいつもこいつも!」
「はい」
奥さんの方が能面のような顔になって、話をしたくないといった表情に変わる。恐らくずっとこの調子で、話もままならないのだろう。
モラハラだ。
その後は夫婦に会話も無く、そのまま食事を運び始める夫人と黙ってそれを待つ旦那。これを円満というかどうかは分からないが、間違いなくこの都市に起きた現象が家庭内を二分している。子供が出て行った事について、まともに話し合わないようじゃ家族と言えるのだろうか?崩壊していると言っても差支えがなさそうだ。
《無言で飯を食うんだな》
《静かですね》
《きっと子供がいなくなった事で、家庭がギクシャクしちゃってるんだろう》
《やはり、ラウル様の選別は確かですね》
《なんつうか、俺がいた前世の国では、こういうおじさんがいっぱいいたんだよ》
《本当の事も話さずに、良く平気でいられますね》
《ははは…》
スライムに言われちゃ立つ瀬がないな。ルフラの方がよっぽど血が通っている…血は流れてないけど。ここの人間達は皆仮面をかぶって生きている。恐ろしい事から目を背け続けているようだ。しばらくその夫婦の食事を眺めていたが、他に言葉を交わすことなく静かだった。その足元には影のように忍び寄る、ルフラの一部があった。
《全て覚えました》
《よし》
ルフラの言葉を合図に俺達はそっと家を離れた。ルフラが覚えたのは、訝し気な親父の姿形と声と話し方。それを自分の分けた一部で記憶したのである。再び隠れ家の廃屋に戻り、裏木戸から中に入って井戸の梯子を下りる。そのまま石畳の通路を進むと、そこにヴァルキリーが居た。すぐさま俺はアラリリスの民族衣装を脱ぐ。
《装着》
ガパン!
ヴァルキリーが開いたので俺はそのままヴァルキリーに入った。そのまま地下水路に向かい、元の隠れ家へと戻る。
「お疲れ様です」
「ギレザム。変わりは無いか?」
「こちらは特に変化はございません」
「リュウインシオンとヘオジュエは起きたか?」
「まだです」
「わかった。一応様子見てくるか」
「は!」
俺はそのまま、魔人達をキッチンに置いて二階に上がってみる。廊下には見張りのゴーグが居た。
「ラウル様。お疲れ様です」
「お前もな。二人はおきないか?」
「ぐっすりです」
俺がそっと扉を開けると、床に丁寧に鎧が並べられておりベッドに男が眠っていた。どうやらヘオジュエが眠っているようだ。
「あれ?」
「どうしました?」
「リュウインシオンが居ないぞ」
「それなら、隣の部屋ですよ」
「一緒じゃないんだ」
「はい」
そして俺がそっちの部屋を覗くと、これまた床に鎧が並べられておりベッドに少し小柄なリュウインシオンが寝ていた。
「どうします?」
「まだ寝かせておけ。彼らは道案内で連れて来ただけで、後はやってもらう事が無いからな」
「はーい」
「あと、ゴーグはこれを食ってくれ」
「ありがとうございます」
ゴーグに戦闘糧食のパンとハンバーグと、鶏肉のカンズメを出してやる。ゴーグは好物のハンバーグが出てきた事でテンションが上がったようだった。
「じゃ、引き続き頼む」
「わかりました!」
ゴーグを二人の部屋の前に残し、俺は皆の元へ戻った。既に時間は夜になっており、人々の活動が終わるのを待つことにする。そして人間達が寝静まる時間が来たので、再びマイクロ波兵器のスイッチを入れるのだった。
、、、皆の者よく聞けい!我はこの大地の創造者であり国の礎を作った虹蛇である!…
夜の間中は、ずっとこの声がリピートされることになる。間違いなく寝不足になるだろうが、それが俺の狙いだ。俺の七つの神託が彼らの心に浸透しきった時に、次の言葉を流す予定だった。
そして次の日。
俺とルフラは再び街に出ていた。もちろんあの偏屈おじさんを市場で待っているのだ。
《来ました》
《よし》
一昨日も昨日も来ていたので、やはり買い物がルーティーンになっているらしい。偏屈おじさんは市場にやって来て、寡黙に買い物を始めるのだった。普通買い物は台所を預かる夫人の役割のような気がするが、夫人を外に出したくない理由でもあるのだろう。俺達はそのおじさんが市場を去るのを待った。
《行きました》
《行くぞ》
《はい》
そして今度はルフラが偏屈おじさんに化けて、再び市場に行くのだった。
「あれ?ロタノーさん。何か買い忘れかい?」
市場の主人がルフラが化けた偏屈親父に声をかけてくる。俺はそれを離れた所から無線機で聞いていた。スライムのルフラは無線機を飲みこみ、その機能を使う事が出来るのだ。
「いや、実はな…」
「どうしました?」
そしてルフラが化けた偏屈おじさんが一瞬言葉の間をあける。
「…他の街からの変な噂を聞いたんだが、なにやら虹蛇の神託が聞こえるとか…も、もちろんわしゃ信じとらんがな」
「…ロタノーさん。それを誰に聞きました?」
「いやあ…たまたま聞いたんだ。変な噂がたっておるとな」
「さすがに…ロタノーさんでも、その話が気になりますか?」
「そうだな。まあ戯言だろうがな」
「いや…。お客さんでも聞こえたって言う人がいるんですよ…、まあ俺も聞いちゃいないんでそんな訳は無いと思うんですがね」
「どんな内容か知っとるか?」
「…いや…それは詳しくは言えないですがね。まあきっと戯言です。変な事をいうヤツはいるもんですよ」
「そうだな。悪いな邪魔をした」
「いえ…」
そして偏屈おじさんに化けたルフラはそそくさと市場を抜けて、俺と合流するのだった。合流した時は既にアラリリスの民族衣装を着た女に変わっていた。
やっぱこの都市の民は心に闇を抱えているようだ。