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第750話 地下水路

 王族の隠れ家にはきちんと調度品もあり、人が暮らせる状態になっていた。ずいぶん使われることは無かったようで、埃が積もっているようだが作戦遂行上は問題はない。そして密会に使われるだけあって、窓の数が少なく建物の中は比較的気温が低いようだった。建物の中に人がいる事も分からないだろう。


「この建物は都市のどのあたりに位置するんだ?」


「はい。ここは都市の北西にあたります。王城からはだいぶ離れております」


「そうか。この建物に羊皮紙とか置いてるかな」


「ございます」


 リュウインシオンが、棚から羊皮紙とペンを取り出してくる。ガラスのケースに入ったインクは、ずっと放っておいたために乾いているようだ。


「水がいるな」


 俺はすぐさま戦闘糧食のペットボトルを召喚する。


「ゴクリ」


 俺が水を出した瞬間リュウインシオンが喉を鳴らした。魔人達と行動しているため、忘れがちだが二人はただの人間だ。ここまでの行軍でかなり喉が渇いているようだった。俺は数本召喚して二人とギレザム、ゴーグにも渡してやる。


「あ、ありがとうございます」

「かたじけのうございます」


 リュウインシオンとヘオジュエが水を取り、蓋を開けて一気に飲み干した。それを横目に俺はインクのガラス瓶に水を入れて炭を浸す。少し経つとインクが溶け出し、書ける状態になったので俺は羊皮紙に円を書いた。


「これがアラリリスの都市だとすれば、今どこら辺に位置している?」


北西と言われても、ピンと来なかった俺は紙に書いてもらう事にしたのだ。


「はい。だいたいこの辺りです」


 リュウインシオンが指差すと、この隠れ家はほぼ円の外縁に近かった。


「じゃあ、王城の位置や市民が住む場所、湖や森の位置を記してもらえるかな?」


「都市の地図ですね」


「そうだ」


するとリュウインシオンとヘオジュエが、話をしながら羊皮紙に線を引き始めた。かなり細かいところも書いてくれている。すると二重丸を書いたところがあったので、それが何かを聞いてみた。


「そこに何がある?」


「屯所があります。その脇には兵舎もあり、おそらくはドゥムヤもいるでしょう」


「わかった。続けてくれ」


「はい」


二人は確認をとりながら、都市の地図を書き上げていく。大まかに言うと半分が森と泉の湿地帯で、半分は都市部になっているらしい。今俺達がいるところは都市部の端に位置し、森と都市の境目にある場所のようだ。その森と都市の境目を南に向かった中央辺りに、王城がそびえ立っている。そして更に今いる場所に×が付けられ、他の場所にも×をつけた。


「こういったお忍びの場所が、あと二カ所あるっていう事で間違いないか?」


「間違いございません」


 ファートリア神聖国の時もそうだったが、国のお偉いさんは身の安全を考えてこういう場所を用意している。緊急事態が起きた時に逃げ込む場所なのか、密偵と会う場所なのか分からんが計三ケ所の隠れ家があるそうだ。


「続けてくれ」


 続けて地図を書き記していくと、都市はきっちり網目状になっているようだった。


「大体こんなところです」


 リュウインシオンがペンを置いた。


「網目状になっている理由ってあるのか?」


「水です。王城でオアシスの水の管理をしております。地下水路が張り巡らせてあるために、都市がこのような形状になっているのです」


「水路は全域に?」


「はい。住人たちが暮らす場所にまんべんなくひかれています」


 それは使えそうだ。案外アラリリスは進歩しているようで、地下水路を作って水を供給しているらしい。


「屯所は四カ所か。兵舎が一カ所、後は都市郊外のあばら家にドゥムヤがいるって事だな」


「そうなるかと思います」


「街に潜伏している仲間に会う事は?」


「街のある場所に目印を置いて、それを確認した者が所定の場所に現れます。ほとんどは市場や人通りの多いところで、手紙でのやり取りとなります」


「人通りの多いところで?」


「その方がかえって安全なのです。ですが、私もヘオジュエも面が割れておりますので潜入は難しいです。いつもは配下の面が割れてない者がやっておりました」


「そうか」


 潜伏している全員に、俺達の作戦を告げるのは難しいな。というかどこで情報が洩れるか分からないし、どんな影響が出るか分からないからギリギリまで放っておこう。


「もう二カ所の隠れ家にも行きたいが、どうか?」


「この隠れ家は森から入れますが、他は都市部を通らねばなりません。難しいと思われます」


「そうか。ならば地下水路は通れるか?」


 リュウインシオンとヘオジュエが驚いた顔をする。


「水がいっぱいに流れておりますので、人が入れるかどうかはわかりません」


「そうか。水路に入るとすればどうやって入れる」


「この隠れ家は台所の床下に流れております」


「わかった。人が活動を始めるのはいつぐらいだ?」


「夕刻になれば人は動き出すでしょう」


 状況はだいたいわかった。地下水路を辿って他の隠れ家に行けるかどうかがカギだな。作戦決行までに潜伏している仲間をなるべく遠ざけたいが、残っていたらいたで仕方ないかな…。


「後はこの家に土間はあるか?」


「ございます。裏口から入った部屋に」


「そこに連れて行ってくれ」


 そして俺達はリュウインシオンについて、土間のある部屋に行く。


「広さは十分だな」


「はい?」


 俺は土間にマイクロ波兵器の白い鉄の巨大ボックスを召喚するのだった。木の床ではそこが抜ける可能性がある、壊れる音でここに人がいるのがバレるのはまずい。


「わ…」


「し!」


「すみません」


「リュウインシオンとヘオジュエも、音だけは気を付けて。この建物に人がいるのがバレると危険だ」


「わかりました」

「はい」


 二人が静かに答えた。


「人が動き出すまでは、地下に居た方がいいかもしれん」


 二人と目を合わせて気を付けるように確認を取る。敵の真っ只中で、所在がバレるのはまずい。


「この器具を残り、二カ所の隠れ家に設置したい」


「持っていくのですか?」


「違う。人だけが行ければいいんだ」


「正確な位置を知っているのは私だけです」


「リュウインシオン。だから案内してもらうんだよ」


「どうやって?」


「地下水路を通ってな」


「ですから…」


「大丈夫だ」


「わ、わかりました」


「人が動き出す時間を見計って動く」


「「はい」」


 いったんリュウインシオンとヘオジュエを、地下通路に繋がる屋敷の奥に連れてくる。魔人達は完全に気配を断つことが出来るが、彼らはそこまで気配の操作は出来ない。まああのドゥムヤは気配などを感知できないようだが、突然侵入してきた時に危険だ。


「少し待て」


「「はい」」


 そして俺は全員を集合させた。音もなく全員がやって来る。俺はリュウインシオンが書いてくれた羊皮紙を床に広げた。


「みんないいか?こことここに、王族の隠れ家があるらしい。目立つ俺達が地上を歩くのは危険だ。よって地下水路を通ってここまで行くつもりだ、水に潜って行けるか?」


「問題ございません」


 ギレザムが頷く。


「ご主人様。この二人はどうするのです?」


 シャーミリアがリュウインシオンとヘオジュエを見て言う。


「案内役だが、先行してもらわねばならない。どうするのがいいかね?」


「私が糸で引きましょう。皆で水路を進み、私が引っ張ればたどり着けるかと思います」


「名案だ。カララの言う方法で行こう」


「「「「は」」」」


 皆が静かに返事をする。


「まもなく日が落ちれば、人々が動き出す。雑音に紛れて動く予定だ。時間までに準備をするぞ」


「「「「は」」」」


話を終えると、リュウインシオンがモゾモゾしている。


「どうした?」


「すみません。あの、その…おしっこが」


 なるほど便意をもようしたようだ。


「便所は使わずこれを使ってくれ」


 俺はアメリカ軍の簡易トイレキットを召喚する。そしてそれを目の前に並べた。


「これは?」


「こうやって使う」


 俺は簡易トイレキットの袋を開けて組み立て、そこに便をするように伝える。


「わ、分かりました…」


 南の国のイケメンリュウインシオンは、恥ずかしがり屋なのかちょっと抵抗があるようだった。まあ人前でしなければいい事だ。


 そして俺はシャーミリア以外の、酸素ボンベを召喚した。


《我が主、そのボンベを尻尾に取り付けます》


《わかった》


 俺が尻尾アーマーを操り、先にボンベを近づけると口が開いて飲み込んだ。


《えっと、これで使えるようになったの?》


《問題ございません》


 尻尾アーマーってすげえ。


 そして俺達は時間まで待って、早速行動に移す事にした。全員が台所に集まる。一部分に小さく穴が空いており、湧き水のように水が湧いていた。流れてきた水をここで汲み取れるらしい。


「穴が小さいな。ここからは入れないぞ…床をはがすか?」


 俺の言葉にヘオジュエが答える。


「虹蛇様。床を壊せば音が出ます。気が付かれるのでは無いでしょうか?」


「問題ない」


 俺の合図でカララが糸でシュッと床を切ると、床下が露わになる。そこには石畳のような床があった。


「この下が水路か?」


「そうです」


 更に石畳を切ると、その下には急な流れの水路が現れた。結構な水量で人間ならあっというまに流されてしまうだろう。


「これを背負って」


 俺がリュウインシオンに酸素ボンベを背負わせると、ヘオジュエも真似るようにして背負った。


「これをくわえて。すぐに慣れるから、あわてるな」


「「はい」」


 二人は緊張気味にボンベのマウスピースを口にする。俺がボンベのバルブを開けると、二人は驚いたような顔をしていた。


「カララ準備は出来てるか?」


「出来ています」


「じゃ、全員潜水の用意をしろ」


 シャーミリア以外の三人が酸素ボンベをくわえた。


「本当にこの水の中を行くのですか?」


 ヘオジュエが聞いてくる。


「そうだ」


「行けますでしょうか?」


「問題ない」


「わかりました」


 二人は相当不安なようだった。


「リュウインシオン。水中に入ったら隠れ家のだいたいの方角を伝えてくれ、おおよその位置が分かれば人が住んでいない住居を見つける」


「わ、分かりました…」


 そりゃ俺が何を言っているのか分からないだろう。だがそれほど悠長にしている時間は無い。


 シュッ、ドボン!ドボン!


 先に魔人が水に飛び込んでいくと、カララの糸にひかれてリュウインシオンとヘオジュエが水に引き込まれていく。流れは急だが、水中ではギレザムとゴーグが待ち構えていて二人を抱き留めた。俺も最後に水に入る、地下水路は三メートル四方の四角形の形をしていた。俺は水中で使える懐中電灯を召喚し水中を照らす。流れは急だが、ヴァルキリーを着ていればどうという事は無かった。魔人も何事も無いように水中を進んでいく。


《水路も網の目のようになっているんだな》


《そのようでございます》


 少し進むと十字路に差し掛かる。すると上に空気だまりがあるようで、皆がそこに顔を出した。


「外していいぞ」


「はい」


 リュウインシオンとヘオジュエは口からボンベを外した。


「どっちだ」


「いま来た方向から考えると、こっちです」


「よし、またそれを口にくわえてくれ」


「「はい」」


 二人が再びボンベを口にした。魔人が水に潜ると二人は引っ張られるようにして水に沈んでいく。そして一時間もしないうちに、リュウインシオンがだいたいこのあたりだと教えてくれた。


「よし、シャーミリア。このあたりで人の気配の無い建物を見つけろ」


「もう二カ所ほど確認しております」


「よし、二人でそこに行ってカララが地上の建物を確認してくれ」


「「は!」」


 二人が水路を進んでいく。俺達が水の表面から頭を出して、リュウインシオンとヘオジュエを見る。ギレザムとゴーグが抱き留めているが、かなり体力を奪われているように見える。鎧を着て水中を動くのがかなりきついのだろう。


《見つけました》


 カララから念話があった。


「もう一度、口にくわえてくれ」


 二人は黙ってボンベのマウスピースを口にくわえた。


 そして俺達はカララが床に穴をあけた場所から上に登り、次の隠れ家へとたどり着いたのだった。

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