第747話 アラリリス攻略の糸口
アラリリスの騎士を事情聴取して分かった事は、アラリリスとは元々三十万人が住む都市だったようだ。新しい王になってから何故か人が消え始め、今では二十万人までその数を減らしたのだと言う。
十万人が消えた…。てことは三人に一人が消えたことになる…どう考えてもおかしい。
「明らかに異常値であるな!なぜ人々は不思議に思わんのだ?」
「それが…ほとんどの群衆が、人が消えていく事を話し合いもしないのです。きっと消えた人は、嫌気がさして国を出て行ったんだろうと…ただそういう人が増えてきたのだろうと、当たり前のように言うのです」
俺の前に座るリュウインシオンという騎士が、高めの声で俺に告げる。鎧兜をかぶっているが、顔立ちが綺麗なイケメンであることが分かる。その凛々しい顔立ちはきっと女にモテるだろう。どこかカーライル臭がする。それなのに俺の女の配下達は、リュウインシオンに嫌悪を抱いていない。
「それはおかしいのである!十万もの人間が消えれば普通は何かを疑うであろう」
「もちろん私もそう思うのです」
「とすると…都市に残った人間達は、消えた人間が勝手に国を出ていったと思っているわけであるか?」
えっと…ちょっと虹蛇様を演じるのが面倒になって来たな。普通に話しちゃってもいいかも、本家の虹蛇はもっと砕けた話し方をするわけだし。
「はい。そして、それと同時にドゥムヤという人形が、都市に大量に増えたのでございます。それを新しい王が新しい軍隊だと言い放ち、残った軍人もそれを信じて一緒に兵隊として仕事を続けています」
リュウインシオンは俺に訴えかけるように話す。
「兵はそんな訳も分からない人形と一緒に、仕事をしているって言うのか?」
「はい」
「疑いもせずに?」
「そうなのです。なぜかその真実からは目を背けてしまうのです」
群集心理かな。真実を知るのを怖がっているうちに、それが本当となり信じ込んでしまったのかも。でもそれって…これから俺がアウロラの為に、人間の国を管理するにあたって凄く勉強になるぞ。そんな事言ってる場合じゃないけど。
「その真実を、白日の下にさらけ出さないと誰も信じないか…」
「そうです。今でも人が消えていくたびにドゥムヤが大量に増えるので…それ自体が明らかな事実だと私は思うのですが。私たちの言葉だけでは信じないので、それ以上の真実を突き付けねばならないのです」
「それ以上の真実か?何か心当たりがあると?」
「はい。もちろんでございます。『それ』を我々近衛は目撃したのですから」
「なにを?」
「人がドゥムヤに変えられてしまうところをです」
そうか。そのものずばりを目撃したってわけだ。そりゃ疑いようがない。
「なぜお前達はそれを見る事が出来た?」
「我々が王宮勤めだからです」
なるほどね。国の中心にいる者だけがそれを知っていると言う事か。そんなものを目撃したら、さすがにわかるよな。
「もしかしたらここに居る騎士は、全員近衛?」
「そうです」
そんな秘密を見てしまったら、そりゃ逃げるしかないわな。逃げなければ自分が人形にされてしまう。
「とすると、ここに住む人も王宮関連の人が多いのか?」
「はい。宮仕えの者かその家族が多いかと思います。最愛の家族を消された者もおります」
なるほどね。自分や自分の家族の身に、直接厄災が降りかかってくれば信じるよな。あのドゥムヤとかって言う人形も、その現実から目をそらしてしまいたくなる、空恐ろしさがある。
「人形にされた者は、元に戻れたりするのかな?」
「元に戻った者を確認していません。もしかしたら戻れないのかもしれません」
「そうか」
てことは、俺達は北の村で人間の慣れの果てを、ヒャハァァァァッ!とか言って燃やしちゃったのか…。ヒャハァァァァッ!って言ってたのは俺だけだけど。だがどうする事も出来なかったもんなあ…
「虹蛇様はどのようにして、アラリリスをお救い下さるのでございましょう?」
リュウインシオンが核心を聞いてくる。俺は打開策を探るために、君に聞いてたつもりなんだけどね。そりゃ神様が来ちゃったら神頼みになっちゃうよね。さて…どうしたらいいものか。
「まだ生きている人間がいるんだな」
「はい。我らは彼らを救うべく、アラリリスに突入するところでございました。どうせ叶わぬのなら玉砕覚悟で本陣に切り込もうと思っておりました」
リュウインシオンが悲壮感漂う感じに訴えてくる。それを聞いた騎士達も病室の人間達も、下を向いて歯を食いしばっていた。本来はそんなことをしても、どうしようも無いのが分かっているのだろう。
「そのような真似はしなくていい。それよりも今のアラリリスの内部や、周辺の状況。そして潜入している人間の数や、仲間になってくれそうなやつの情報が欲しい」
「わかりました」
「それよりもリュウインシオンさん。ここは病室なんだろ?彼らに休息を取らせたいんだ、場所を変えて話をしよう」
「お心遣い感謝申し上げ奉ります」
「あ、私も!まいります」
寝ていた浅黒い肌の可憐な少女が立ち上がろうとする。
「リユエは病んでいるのです。ここで休んでなさい」
「リュウインシオン様だけに大変な思いはさせられません」
「足手まといになります。今はそっと休むのです」
「…わかりました」
残念そうに顔を伏せる少女と周りの病人たちを後にして、その病室を出た。そして俺達はリュウインシオンについて行く。洞窟の下におりてくると、そこにはそこそこの広さの場所があった。
「今も都市には普通に人が住んでいるんだな?」
「そうです」
「ドゥムヤとかいう人形はどこに?」
「王宮にもおりますし、防衛のために郊外にもおります」
「郊外って言うと、都市の外に建っていたあばら家か?」
「そのとおりです。既にご覧になりましたか?」
「ああ、見てきた」
「あれら一軒一軒にドゥムヤがおり、都市の東門にもかなりの数がおります」
「そこに突貫しようとしたのか?」
そりゃ自殺行為だが…
「いえ、我々は正面突破を考えてはおりませんでした」
「他に侵入口があるって事?」
「それは…」
「なんだ?」
リュウインシオンが口ごもる。すると後ろについて来ていた、副官のようないかつい顔の男が代わりに話し始めた。
「ヘオジュエと申します。虹蛇様に発言の許しを請いたい」
「ああ、しゃべっていい」
「はい。リュウインシオン様の作戦を申します。恐らくは侵入するだけでも、人死にが出る可能性がある、侵入経路を選んで入ろうとしておりました」
「侵入するだけでも人死にが出る?」
一体どこから入ろうっていうんだ?毒の通路とかそんなんか?
「はい。それは西の御岳でございます」
「西側の切り立った山だな?」
「虹蛇様が創造されたと神話で言われております。お伽話だとは思っておりますが…」
いや、たぶんホントに虹蛇が作ったんだと思う。
「何を言うか。あれはもちろん我が創造したものだ!」
オオオオオオオオオォォォ!!
俺の言葉に、騎士たちが一斉に俺の言葉にどよめく。神話の張本人だと思っている俺からの言葉に、感極まっているようだ。
「本当のお話だったのですね!長い年月、アラリリスをお守りいただきありがとうございます」
リュウインシオンが祈りを捧げるように言うと、騎士全員がハハァ!とひれ伏してしまった。
「…まず…今はその事はどうでもいい。その西から入るのは危険なのか?」
「発言いたします」
ヘオジュエが話す。
「言ってみてくれ」
「はい。西の御岳はそれはそれは険しい崖となっております。敵も、もちろんそんなところから、敵襲があるとは思いますまい!我々は盲点を突いて、そこから奇襲をかける予定でございました」
「でも人死にが出ると」
「足を踏み外せば、真っ逆さまに落ちてしまいます故」
あ、そりゃあぶない。
「そこを徒歩で超えるつもり?」
「はい!登るも危険降りるも危険な切り立った崖が多いのでございますが、我らは超えるつもりでおりました!そうでなければ奇襲は成功などしますまい」
「どうやってそこを超えるつもりだった?」
「縄をなってかぎづめをつけ、それを使って降りていく予定でございました」
「装備をつけたままって事で当ってる?」
「はい!当っております!」
そりゃ危険だわ。敵と戦う前に死ぬだろ、まあそれだけ切羽詰まっていたって事だろうけど。
「都市内に人が住む場所は?」
「比較的東側に偏っておるかと、西側の崖そばは落石などもありますので民家はございません」
「なるほど。潜入している仲間の人数は?」
「協力者は、五十名ほどおります」
「信用できるのか?」
「はっきりとは申せませんが、皆が家族を失った者達です。消えた家族をあきらめきれない者達が協力してくれています」
ヘオジュエという側近のおっさんは、いろんな状況を頭に入れているとみていい。かなり優秀で、この集団の要のような存在だろう。リュウインシオンも、彼には絶大な信頼を置いているようだ。
「後は…国民の説得がカギか…」
「と、いいますと?」
「国民を外に逃がす事が出来れば、犠牲を少なく出来るんだがな。あとは全部我らがやるつもりだ」
「虹蛇様方がでございますか?」
「ああ、危険な崖を降りるのも俺達がやろう。だが、降りなくても国民さえ都市の外に出せれば、解決策はもっとたくさんあるのだがな」
オオオオオオォォォォォ!
騎士たちが俺の言葉に驚いている。いや、ほんとの事なんだけど。国民さえ外にだせれば、都市に残るのはドゥムヤと敵だけだ。
「ですが…」
「わかってるよ、ヘオジュエ。リュウさんの言う通り、国民はこっちの言葉を信じてくれないんだろ?」
「りゅうさん?」
ヘオジュエが変な所にひっかかった…。自分が使える偉い人を気軽に呼ばれて気に障った?
「あ、すまんな。リュウインシオンさんだっけ?」
「は!虹蛇様!リュウでかまいません!」
リュウインシオンが言う。
「じゃあ…リュウが言っていた通り、国民には信じてもらえてないんだよな」
「その通りでございます」
「なら、どうやって信じてもらうかを…、信じさせて国民を外に逃がすかを考えた方が良さそうだ。その怪しい新しい王様とやらがやっている事を、白日の下に晒すか?」
「そのためにも、まずは潜入しなければなりません」
まあその通りだ。騎士達が集中して俺を見ている。俺が何を言うかを固唾をのんで待っているのだ。まあ俺も大した事は言えないんだが、やれることは無いとも言えない。
「少数精鋭で行こう。俺と使徒たちと、リュウさんとヘオジュエさんで行ったらいいんじゃないかな?」
「いけません!リュウインシオン様とヘオジュエ様だけを連れていかれるなど、我々がそれを望んでおりません!」
「そのとおりです!それならば我を連れて行ってください!」
「いいえ!その大役は私にお任せください!」
騎士の配下達がざわざわと騒ぎ始める。
「黙りなさい!虹蛇様の御神託ですよ!」
リュウインシオンが言うと、騎士たちはピタッと話をやめる。だが一人だけそのまま話を続けるやつが居た。
「いえ。リュウインシオン様。出来ましたら、その大役は私めだけにお任せいただけないでしょうか?」
ヘオジュエが、リュウインシオンの前に跪き首を垂れて願っている。
「ならん。私が行かねば、王城の裏戸は開かぬぞ」
「それは…」
なんか兵士たちが揉め始めた。あんまりのんびりしていられないので、とりあえず話を遮る。
「案内だけでいい、まずは内部の情報を探りたい。いざとなればアラリリス首都を脱出する」
「ちょっと考えさせてください」
ヘオジュエが言った。
「わかった。ならば考えがまとまったら教えてくれ」
「はい」
そうして、俺は兵士たちが相談している間、本隊に念話で今あった事を全て伝えるのだった。どうやら突破口の糸口の一つが見つかった。アラリリスの首都攻略を前に、かなりの情報を手に入れられたことはとても有益だ。地の利が分かっている奴と合流できたのはラッキーとしか言いようがない。
そしてどうやら騎士たちの相談がまとまったようだった。