第746話 虹蛇の化身(偽)
シャーミリアに連れられ拠点からカトリーヌがやって来た。俺が病人の現状を説明をすると、すぐさま回復魔法をかけ始める。カトリーヌの見立てでは、この病人達の治療は急を要するらしかった。
「急ぎます!」
「頼む!」
「ゾーンキュアブレス!」
パアアアアア!直視できないほどの光が、洞窟の一室から漏れ出した。
「さすがだな!」
光が収まるとカトリーヌがそのまま手をかざした。
「デプレッションヒール!」
キラキラと輝く光の粒子が、人々の頭に触れては消えていった。
「お、また違う魔法か!」
「ヒートイレース!」
病人全員の体に、波紋のような淡い光が広がった。
「三連発か!」
「ふうっ」
カトリーヌが額の汗をぬぐう。多めに魔力を消費した為、若干フワフワした感じになっているようだ。今やった魔法が何なのか俺にはよくわからないが、寝ている病人たちの顔色が少しずつ良くなってきた。
「あとは、アナミスが癒しの夢を見させてあげて」
カトリーヌがアナミスに術をかけてもらうように促す。
「わかったわ」
アナミスの赤紫の靄があたりを埋め尽くしていく。すると苦しそうだった、病人たちの寝顔が安らかになりスース―と息を立て始める。
「終わったわ」
「これで大丈夫。あとは栄養補給だけ」
カトリーヌが俺達に向かってニッコリと笑った。魔法の重ね掛けをした上に、アナミスの術をかけなければならないほど深刻だったらしい。
「カティ、ありがとう」
「いえ。せっかく生き残った人々を、みすみす死なせるわけにはいきませんから」
「そうだな。こんな過酷な環境で生きてきたんだから、どうにか生き延びてほしいよな」
「はい、精神が衰弱しきっているようですが、体が回復すれば気持ちも追いついてくるでしょう」
カトリーヌが力強く言った。俺が知らないうちに、いつの間にかカトリーヌはバージョンアップしていたようだ。瀕死の人間を死の淵から蘇らせることが出来るらしい。
「それにしてもよくやってくれた。ここに居る人達はポーションでは戻らなかったんだよ。どうして回復し始めたんだ?」
「気です。彼らは生きる気力を失っていたようです」
「カティは、そんなことを感じ取れるのかい?」
「そうなのです…。実はファートリア防衛戦を経てから強く感じるようになりました。自分でもよくわかりません、何故でしょう?」
カトリーヌが自分でも良く分かっていない様子で、その美しい顔を傾げている。どうやらマリアやミーシャ、ミゼッタ、イオナと同じように、カトリーヌも魔人からの影響で進化してきているのだろう。マリア達は俺と長年一緒にいたが、カトリーヌは一足遅くグラドラムから合流している。恐らくルフラを直に纏う事で、その進化の進みが彼女らより早いのかもしれない。
「とにかく目覚めさせて、栄養を取らせるしかないが…どのタイミングで目覚めさせたらいいかな。騎士や他の人間達には、まだ俺達の存在を知られていないんだよな」
「先の村と同じでよろしいのではないでしょうか?」
「先の村と?って事は、神の使徒作戦か」
「はい」
カトリーヌが自信を持って答える。
「そうか…そうするか…」
「ラウル様。アラリリスの騎士たちはここに居る方達を助けるために、アラリリスに特攻しようとしたのですよね?それであれば、この方達を救った我々の事をどう思うでしょう?更にラウル様には、あの蛇に似た魔導鎧があります。虹蛇の化身だと言っても、この奇跡を目の当たりにすれば信じるかと思われますわ」
まったくもってカトリーヌの言うとおりだった。こんな奇跡の御業を見せつけれられば、誰だって疑う事は無い。どこからどう取っても完璧な作戦だ。
「よし!じゃ、それやろう!」
俺は人命救助の為に脱いでいた、ヴァルキリーを再び装着する。
「それじゃあ、皆は隠れた方がいいよな?」
「いえ。私達は、虹蛇様の使徒と言う事で良いかと思います」
カトリーヌは自信満々に言う。
「俺一人じゃなくて?」
「はい。恐らくは上手くいくと思いますよ」
「わかった」
それから俺達は綿密に演技プランを立てた。ここの人たちに信じ込ませるためにどうするべきかを、真剣に模索する。
「…て感じでいいか?」
「そうしましょう」
「「「「かしこまりました」」」」
ヴァルキリーを着た俺が、部屋の床に胡坐をかいて座る。そしてその隣には、久しぶりに俺に化けたルフラが跪き、俺の後ろにシャーミリア、ガザム、アナミス、カトリーヌが膝をついて頭を下げる。
「じゃあ、アナミス。この洞窟の人間を全て起こそうか」
「はい」
アナミスから一気に洞窟内に、ツンとした香りの紫の煙が漂っていく。すると一番近くに寝ている人間から、ゆっくりと目覚め始めるのだった。
「う、うん…」「あれ…ここは…」「あ、みんな…」「く、苦しくない!」
ベッドの上でゆっくりと身を起こし始めた人間達が、それぞれに自分の体をさすりながら話し始めた。どうやら床に座っている俺達には誰も気が付いていない。
「コホン!」
咳払いした俺に気が付いて、皆が俺に話しかけてくる。
「えっ?」「あれ?」「だれ?」「あ…あの、どちら様ですか?」
よし!今だ!
俺はそろそろと尻尾アーマーの鎌首を立てる。
「へ、蛇!」「ま、魔獣が!」「に、逃げなきゃ!」「だ、だれか!」
あれ?ヤバイ!このままじゃ、俺が騎士達の討伐対象になっちゃう!
「誰が魔獣じゃ!」
「は、はい?」
質素ながらも質のいい服を着た、浅黒い少女が聞き返してくる。
「だから!誰が魔獣じゃと聞いておる!」
「あ、あの…」
「我は虹蛇の化身である!」
胡坐をかきながらも、思いっきりふんぞり返ってみる。すると目を見開いたベッドの上の人々の視線が、グサグサと刺さってきた。
…あれ?虹蛇と違うってバレてんじゃね?
「虹蛇様?」
「そのとおりじゃ!」
俺は負けずに嘘をつき通す!すると皆が不思議そうな顔でじっと俺を見つめる。
やっぱ失敗したかも…
「虹蛇様は、あなた方の命を救ってくださったのですよ!そんな不思議な顔をされては、虹蛇様に失礼にあたります」
俺に化けたルフラが、もっともそうに言う。確かに命は救ってるからあながち間違ってはない。
「は、はい!助けていただいたのですか!」
「うむ!そうである!」
すると慌てて話をしていた少女が、ベッドを降りようとする。
「まあよいよい!そこに座っておれ!」
「ですが!このような高い位置にいては!」
「上も下も無い。お前たちはただ救われた。それだけじゃ!」
「な、なんという事!みんな起きて!こちらは虹蛇様よ!みな、床におりて頭を下げなさい!」
「だから!いいって!そのままでいてくれよ!」
「あ、あれ?今、お言葉遣いが変わったような…」
「そんなことは無いぞ!我は変わらぬ!」
「失礼いたしました!」
「ところで皆、喉が渇いておらぬか?」
「そ、それは…はい」
そして俺は、俺の周りに座っている魔人とマリアに目配せをする。すると皆がスッと立ち上がって、先ほど召喚していたペットボトルの水を持って彼らのもとへ近づいた。
「お、お美しい…」「まさに、神のごとき美しさじゃ」「綺麗…」「素敵…」
シャーミリアとアナミスとカトリーヌから水を飲まされ、皆が頬を赤く染めている。それよりももう失神寸前なのは、ガザムに水を飲ませられている浅黒い肌の愛らしい少女だ。かなりのイケメンに思いっきり見惚れているようだ。
「どうじゃ」
「おちつきました」
「そうか!それはよかった!」
そんな事をしていると、部屋の前の通路から足音が聞こえてきた。鎧のこすれる音がするので、どうやら騎士たちが上って来たらしい。
《さてどうしよう》
《一旦最初の位置にもどりましょう!》
ルフラが答えた。
《えっと、演技をやり直すって事?》
《はい》
《よし!じゃあみんな集合!》
すると皆がまた最初の定位置に戻って、膝をついて頭を下げた。病人たちもそれをみて、一緒に頭を下げるのだった。なぜかそうしなければならないと思ったらしい。
「失礼する!」
最初に騎士の一人が部屋に入って来た。俺が胡坐をかきながらゆっくりと入って来た騎士を見る。
「な!なにやつ!」
先頭の騎士が剣に手をかけると、次々に騎士たちが入って来て、病人たちの前に守るようにして立つ。きちんと弱きものを守る行動が身についているらしい。
「まってください!こちらの御方は虹蛇様の化身にございます!」
浅黒い肌を持つ、愛らしい少女が声を上げる。
「に、虹蛇様?こちらが?」
「そうです!私たちを治してくださいました!」
すると騎士たちが、病人たちをぐるりと見渡した。今にも死にそうだった病人たちが、全員体を起こして騎士たちを見つめている。
「ほ、本当だ」
「リュウインシオン様!剣を抜いてはなりません!」
「あ、ああ…」
騎士たちは一度剣から手をひいたものの、警戒を解いていない。きちんと教育が行き届いている、いい兵士たちだった。
「うむ!我は、虹蛇の化身なり!混迷のアラリリスを救うために、深い砂漠の奥のスルベキア迷宮神殿からやってきたのだ。このように民を弱らせたのは、お前達騎士であるか!ならば我はお前たちを許す事は出来ん!そこになおれ!!」
そして再び尻尾アーマーの鎌首を上げて、彼らを威嚇するように仕向ける。
「そ、その様な…決して私たちはそのような事はしておりませぬ!ですが、このようになってしまったのは、我々の弱さゆえの事!罰せられるのは覚悟の上!」
おお…信じた!逆に下から出なくて、高圧的に出て良かった。
「うむ。だが、それには深いわけがありそうじゃな…。虹蛇であるわしに聞かせる事は出来るかの?」
「もちろんでございます!」
「言うてみい」
「はい!我がアラリリスは、正体不明の王に支配されてしまったのです。前王が突如姿を消し、次々と王族や貴族が消えました。だが消えたのではなかったのです、皆が不思議な力により人型のドゥムヤというものに変えられてしまったのでござます!信じられない事ではあると思うのですが、我々はそれをこの目で目撃いたしました!」
なるほど…、先の村で出会ったローム商人と似たような事を言っているな。辻褄は合っているようだが、なぜここに居る人たちは生き延びてこれたのだろう?
「なぜおまえたちはここに?」
「私と配下の騎士達はそれを目撃し、どうすべきか話あったのです」
「それで?」
「我ら以外の軍の大半は、その事実を知らない為…誰も我々の言う事に耳をかたむけてはくれませんでした」
「なるほど、それでどうした?」
「新しい王と新しい配下、そして仲間だった軍に睨まれました。このままでは我々もドゥムヤに変えられてしまうと思い、一度撤退せざるを得ない状況になり荒野に逃げたのです」
「それでここに?騎士以外の人々は?」
俺と話をしている騎士が、病人たちを見渡す。そして目をみて頷いて話し始めた。
「本当の事を言った人間達です。そのおかしさに気が付いて声を上げた者や、今の王を信じる事が出来ずに本当の事を言ってしまった者なのです」
「ドゥムヤに変えられるってことか?」
「その通りでございます。白日の下で真実を話してしまった人間達は消えてしまうのです。アラリリスに潜伏している仲間が、ドゥムヤに変えられる前の民を助け洞窟に連れてきたのです」
「良くこれだけの人数を、助けられたものだな」
「それこそ長い年月をかけ、一人一人慎重に連れてきました」
「危険ではなかったのか?」
「既に何人もの騎士が消えました。内通者もかなり消えてしまい、我々にはもう後がなかったのです。決起して新しいアラリリス王に決戦を挑むところでございました」
「なぜ危険を冒してまで、お前達はそれをする?」
「なにより国を愛しているからです。そして私にはそれをしなければならない責務があります!」
「おまえに?」
「はい!」
「なぜだ?」
「私が前王の子供だからです」
うわ!すっごい大物ひいちゃった。前王の子供が騎士達を率いて民を助け、ここに潜伏していたらしい。これは使いようによっては、アラリリスの民を目覚めさせることが出来るかもしれない。
俺は目の前の騎士が役に立つかどうか品定めをするように、じっと見つめるのだった。