第744話 騎士の逃亡
洞窟の入り口に立って、奥を覗いてみるが暗くてよくわからない。だがギレザムもアナミスも、人の気配を感じるといっている。
《こんなところに人間がいるなんてな、何故見落としていたんだろう?》
《恐らくは地形の問題かもしれません》
《てことは、俺達が通って来た道筋にも居たかもしれないって事?》
《いえ、恐らく通って来た周囲にはいなかったと思います。かなりそばに来て分かったので、広い範囲に分布しているのか、ここだけなのか見当がつきません》
《シャーミリアでも気が付かないんだから仕方ないか》
《はい》
《どうしたもんかね?いきなり転移魔法陣が仕掛けてあったりしないかな?》
《どうでしょうか、魔法陣を発動されないように中を調べるしかないかと》
俺達に緊張が走る。もしかしたら俺達は地雷を踏んで、転移罠でどこかに飛ばされてしまうかもしれない。そうならないように慎重に慎重を期すしかないだろう。鏡面薬を使用しているので視覚的に捉えられる事はないが、気配を悟られる可能性は大いにあった。ギレザムにはS&W M500リボルバーのハンドガンを、アナミスにはグロック17ハンドガンを渡す。狭い洞窟内で戦うには小回りが利くハンドガンが最適だろう。俺とファントムは武器が状況によって武器を変えられるため、手には何も持たずに入る。
《いくぞ》
《《は!》》
《ハイ》
足音を立てず、しなやかな肉食獣のようにひたひたと洞窟を進んでいった。洞窟の中は暗いが、ギレザムとアナミスが見えているので俺は彼らを追っていく。
《いました》
かなり奥に入ったあたりで、ギレザムが足を止めた。俺達も足を止め岩の端から顔をのぞかせて奥を見る。するとカンテラを灯して座っている集団がいた。
《アナミス、あの人間たちは魅了は受けているか?》
《受けていないようです》
《普通の人間がいるのか…》
そして人間達が、ぼそぼそと話をしているので、俺達はもう少しそばに寄って聞き耳を立てる。
「そろそろ食料が尽きます。一度南に引いてはいかがでしょう?」
厳つい顔の鎧を着た武将が、目の前に座る一回り小さい鎧を着た人間に言う。小さい鎧を着た人間は、向こうを向いているため顔が見えない。
「しかし我らは何も出来ておらぬ!」
「時はまた来ます、リュウインシオン様」
どうやら厳つい顔の武将は、目の前の上官っぽい奴を説得しているようだ。
「逃れた民はその数を減らして来ている、すぐにでもまともな暮らしをさせねばもっと死ぬ」
「しかし、我々のこの戦力では。国に巣くっているあれらを、討ち滅ぼす事など出来ますまい」
「南端のモエニタ国も既に奴らの手に落ちたのではないか?精鋭で敵の心臓を刺すしかないのだ」
「しかし…」
「父のズシアンも既に傀儡になってしまった。我々がやらねば人は滅びる」
「北は…北はどうなっておるのでしょう!」
「既に調査隊が数ヵ月も戻らぬのだ、恐らく北もやられておるのだろう」
「くっ…」
「力及ばなくとも、このまま死ぬよりはましだ。アラリリスの民の前で死ねれば本望」
「「「「……」」」」
鎧を着た一人がそう言うと、皆うつむいたまま黙ってしまう。姿をみれば、皆が甲冑を着ており戦支度をしてきたようだ。どことなく前世で言うところの、三国志の甲冑に似ている感じだ。
《ラウル様。この者達は、気配の操作に長けております》
《それで、俺達は気が付かなかったのか》
《はい》
なるほど…気が操作できると言う事は…
「何奴!」
やっぱり気づかれた。
リュウインシオンってやつと対面で話をしていた、厳つい顔の武将がこちらを睨んでいる。どうやらグレースの所のオンジと、似たような力を持っているようだ。静かになったところで、俺達の気配に気が付いたらしい。
《人間と戦っても仕方がない、一旦引くぞ》
《《は!》》
《ハイ》
俺達は疾風の如く、洞窟の入り口に向かって走る。もちろん足音を立てずに気配を断ちながら。
《追ってきますね》
《追いつかれはしないよ》
《そうですね》
俺達は洞窟を出て灼熱の荒野へ身をさらし、すぐさま崖を登って対面の岩の上へ到達した。そのまま後ろを振り向いて洞窟の入り口を見ると、出てきた数人の武将が左右に分かれて進んでいった。
《うまく巻いたようだな》
俺がギレザムに確認する。
《この速度で、岩山を登るとは思っていないでしょう》
《そう言う事か》
《あれらは何者でしょう?》
《恐らくはアラリリス国所縁の者か、アラリリスの兵士か。国を抜け出して潜伏しているとみて間違いないだろう》
《であれば、新しくすげ変わったと言われる、アラリリス国王の敵という事になりますね?》
《たぶんそうだ。俺達と同じ敵という事になるか》
《話の内容からして、逃げおおせた国民もいるようでしたね》
《そのようだ》
アナミスが確認した結果、騎士たちは魅了もデモンの干渉も受けていなかった。どうやら人間には一定数の、デモンの影響を受けない人間ってのがいるらしい。
《どうします?》
《説得してみるかね》
《それもありでしょうが、信じてもらえるでしょうか?》
《確かにな。だけどなあ…あれは放っておけば玉砕の道を選ぶだろうね》
《そうかと思われます》
《何人くらいいたかな》
《約二十名ほどかと》
《絶対死ぬな》
《そうですね…》
《ふうっ》
少なからず反旗を翻す人間が生きているという事は朗報だ。だが騎士達はかなり切羽詰まっているようで思い詰めていた。あの程度の兵力では、アラリリス国をどうこうする事など出来ないだろう。
俺達が話をしていると、飛び出して行った兵士たちが、何も見つける事が出来ずに再び洞窟に戻ってきた。既に洞窟の中からも他の騎士たちが出てきており、全員で灼熱の荒野を南へと向かって走り出すのだった。
《うわ、そっとしておけばよかった。このままあんな甲冑を来て炎天下を走るなんて死ぬぞ》
《多少気が使えるようですが、どうでしょうか?》
《後をつけよう》
《《は!》》
《は!》
《シャーミリア!こちらで人間の生存を確認した。その騎士たちは南へ動いたので俺達が追跡する。陽が落ちるまでその場所に待機していてくれ》
《私奴だけでもそちらに向かいますか?》
《いやそれはだめだ。そこがデモンの襲撃を受けたら、お前が居ないとカトリーヌ達を守れない。こっちはギレザムがいるから問題ないよ》
《わかりました。お気を付けて》
《頼む》
走って騎士立を追いながら、シャーミリアへの連絡を終えた。騎士たちはかなりの距離を走ったが、再び大きな岩場にたどり着き、その日陰へと腰を下ろした。流石にこの気温の中を、甲冑を着て走り続ける事など出来ないようだった。俺達は平野に体を伏せて、騎士達を観察する事にした。どうやら岩場について騎士達は何か作業をしているようだった。
《どうやらあの岩場に生えている、枯れ木の下を掘っているようです》
《なんでそんな事をしてるんだ?》
《何でしょう?》
しばらくその行動を見ていてすぐにわかった。どうやらあの兵士たちは水を求めて土を掘っていたらしい。その木の根を深くまで掘り進んで引っこ抜き、したたり落ちる水を飲んでいる。
《あれ、水を含んでいたんだな》
《枯れているように見えました》
《このあたりの人間の知恵ってところか》
《そのようです》
俺とギレザムとアナミスが、召喚した双眼鏡を使い交代で確認する。鍛えられている人間とはいえ、この灼熱の大地を走り続ける事など出来ないようだ。今度はアナミスが俺に話しかける。
《私たちの鏡面薬も時期に消えますね》
《姿を消すか、姿を現して近づくか悩むな》
《その前に近づいて眠らせますか?》
《…敵は俺達の気配を察しているぞ。近づくことができるかな》
《近づかなくとも、風上へ周れればよろしいのです》
《なるほど。アナミスの赤紫の霧を流すのか》
《はい》
急がねば彼らは再び動き出すだろう。俺はヴァルキリーを着ているため、風がどっちから吹いているのか感覚がつかめない。そこで俺とギレザムはアナミスの指示に従い、動く事にするのだった。
《じゃあ、アナミスが先行で》
《かしこまりました》
兵士たちがいる場所をかなり迂回する事になったが、彼らがいる西側へと移動する事が出来た。そして再び腹ばいになりながら、彼らの位置を確認する。
《そろそろ移動の準備をしてるんじゃないか?》
《そのようです》
アナミスが風に乗せて、赤紫の霧を空中に漂わせる。すると広範囲に広がってその霧は薄れてしまった。それでも目に見えない霧は、風に乗って騎士たちの元へと飛んでいく。
《上手くいくかな》
《問題ありません》
アナミスが自信満々に答える。彼女も前と比べ、かなり能力が高くなってしまった。恐らく俺の魔力を使えば、一国の人間を自分の傀儡とすることも出来るかもしれない。そんなアナミスが問題ないというのだから問題ない。
《眠らせました》
ほら。
そして俺達はすぐさま行動した。一気に騎士たちの側へと接近し、念のため少し離れた場所から確認する。
《寝てます》
《了解》
アナミスの言葉を聞いて、ゆっくりと騎士たちの元へ近づいて行くと、皆死んだように眠っていた。まるで化学兵器を使用した後のようで恐ろしい光景だが、ガスを使ったわけじゃないので問題ない。
「これでしばらく目を覚まさないだろうね」
「はい。私が起こすまでは」
「了解。じゃあ日が暮れるのを待って、拠点を南に移動させよう。ギレザム!拠点を作るのにふさわしい場所を探すぞ!」
「は!」
「アナミスとファントムはここで見張ってて」
「かしこまりました」
《ハイ》
そして俺とギレザムは、隠れるのに都合のいい岩場を探すのだった。この騎士たちは更に南へ移動しようとしていた。そちらの方に彼らの拠点があるのかもしれない。位置的に最適な場所を探しておかなければならない。
「ラウル様。あの岩場はどうでしょう?」
ギレザムが言う場所まで移動する。
「いい感じだ。ここにしよう」
その岩は下の方がえぐれており、日陰になる場所があった。朝から昼までは直射日光が差すだろうが、午後は太陽光を遮る事ができるため過ごしやすそうだった。
「あとは時間が来るのを待つか」
「は!」
俺とギレザムがアナミス達のもとへ戻り、更にシャーミリアに念話を繋げるのだった。
《シャーミリア》
《はい、ご主人様》
《陽が落ちたら一度拠点を移すぞ、アラリリス攻めは一旦延期だ》
《わかりました。位置は?》
《合流したら俺達が案内する。今は騎士たちを眠らせてしまったため、死なないように対策をしなければならない。テントを張って彼らを避難させる》
《かしこまりました。時間が来たら皆を連れてまいります》
《かなり距離があるからな、マリアとカトリーヌとカナデをゴーグが乗せて来てくれ》
《はい》
シャーミリアに指示を出したので、問題なく遂行してくれるはずだ。
「よし、テントを作って騎士たちを中に入れるぞ!」
「「は!」」
《ハイ》
騎士が熱でやられてしまわないうちに急いでテントを張り、皆を中に入れるのだった。アナミスが起こすまでは、誰一人目を覚ます事は無いだろう。全員をテントに入れて、俺達も日が落ちるのを待つのだった。