第743話 荒野の調査
山脈の奥地に着陸した俺達は、CH-53Kキングスタリオンを廃棄し西方に向けて進軍する。岩肌の山脈を降りた麓にも木々は生えておらず、荒野が延々と続いているようだった。俺達の視界のはるか先には高くそびえる岩山があり、どうやらそこが砂漠の国アラリリスのようだ。地形は全くの平たんではなく、岩が盛り上がったような場所があちこちにあった。
「やはりこちらに飛んで正解でしたね」
ギレザムが確認するように言ってくる。
「シャーミリアからの情報でも、アラリリスは村からそう遠くはなかったからな。先の村にデモンをくぎ付けにしているうちに、アラリリスの首都を攻略したほうがいいだろ?」
「そう思います」
山脈に降り立って徒歩で進んで来たので、丸一日以上かかってはいるが、村からヘリで直接アラリリスに向かえば一時間もかからずに到着しただろう。今俺達は、アラリリスの首都の南東深くより進軍していた。恐らく敵は北からの進軍を警戒しているので、こちらは手薄になっているであろう。
「かなり暑いですね」
「そうだな」
時間にして午前十時頃だが、かなり気温が上がってきているようだ。先ほどの村から、二百キロくらいの距離だと思うがまったく気候が違いすぎる。下手をするとすでに四十度くらいになってそうだ。わずかな距離でこれだけ気候が変わるのは、この世界ならではといっていいだろう。
「このあたりでテントを張り、一旦やり過ごそう」
「わかりました」
俺がベージュの遮光テントを召喚し、皆で組み立て始める。この暑さではカトリーヌ、マリア、カナデが参ってしまうだろう。三人を乗せている狼形態のゴーグの息遣いも荒い。車両を使うと光の反射や砂塵が上がる為、徒歩で進んでいるのだが、人間達の消耗を避けるためにゴーグが三人を運んでいた。
「脱着」
俺がヴァルキリーを脱いで外に出ると、思わず立ち眩みしそうなくらい暑い事がわかった。体感で四十五度以上ありそうな感じだ。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
シャーミリアは汗一つ掻いてかかず、めっちゃ涼しそうな顔で聞いてくる。
「さすがに暑い。みんなはテントに入れ!」
「「「「「「は!」」」」」」
「それではご主人様。私奴とファントムとマキーナが周辺の警護をいたします」
「お前は暑くないのか?」
「まったく暑さなどは感じておりません」
「ラウル様、私も大丈夫です」
今度はルフラを纏うカトリーヌが言った。どっちが話してるのか迷ってしまう。
「それじゃ、カトリーヌが暑くなるだろ」
「私は大丈夫です」
今度こそカトリーヌが言ったらしい。
「じゃあルフラも警護に当たってくれ」
「はい」
カトリーヌが一人芝居のように同じ口でやり取りをした後、ズズズズとカトリーヌの足元に水たまりのようなものが出来た。すぐさまその水たまりが人の形となり、水色の髪を持つ少女に変わった。
「暑いのですね」
「ああ、カティはテントに入れ」
「はい」
遮光テントの日陰というだけでだいぶ楽になる。このあたりは湿気が無く乾燥しているため、日光を浴びなければそこまで暑さを感じなかった。
《バルキリーも周辺を監視していてくれ》
《かしこまりました我が主》
俺の指示でバルキリーがテントから離れ、周りを警戒した。
「私の糸を張り巡らせておきましょう」
「ああ、カララ頼む」
敵陣に近いため、魔人達も警戒の網を緩める事は無い。荒野は全てベージュの乾いた土で覆われており、召喚したベージュのテントは完全にカモフラージュ出来ている。テントの中にいる水を必要とする者全員に、戦闘糧食のペットボトルを召喚して渡した。ゴーグが一気飲みしたのを見て、俺はすぐに各自に数本の水を渡す。更に食塩のタブレットを召喚して渡し、全員の口に含ませた。
「あの作戦は成功しますかね?」
ギレザムが聞いてくる。あの作戦というのは、マイクロ波兵器による洗脳計画の事だ。
「先の村の結果を見れば上手く行くと思うけどな。こんなことなら本家本元のグレースを連れてこればよかったよ」
「虹蛇様を信仰する国のようですからね」
「いまは、北の村が襲撃にあっていると思っているだろうからな、意識が北の村にいっているうちに攻略してしまおう」
「まずは陽が落ちるのを待ちますか」
「そうだな」
偵察のために都市へ誰かをやる事も考えたが、どんな敵がいるかもわからないので不用意に動くのをやめた。
「とりあえず、見る限りでは普通の山に見えるな」
「そうですね。あの山のおかげで都市が守られているとも言っておりましたね」
平野にいきなりポツンと山がそびえている。ここから見る限りでは草木の生えていない普通の山に見えるが、どういう地形になっているのかを知る必要があった。
「さて」
俺はすぐに軍用の監視ドローンを召喚して、そびえたつ山に向けて飛ばしてやる。手元のモニターを確認していると、徐々に巨大な山が近づいてくる。
「グラドラムとも、また違うみたいだな」
「そうですね。山がくりぬかれたようになってますね。それが砂漠の壁になっているようです」
「コの字型になって、砂漠に向かって壁のように山がそびえているのか」
俺達が見るモニターには、コの字型にくりぬかれたような山の中に都市があった。そこには緑もあり水がある事が分かる。都市は意外に大きく、過酷な環境のわりに多くの人が住んでいるようだ。
「正面から行くのも得策じゃないとは思うが、マイクロ波兵器はこちら側からじゃないと届かない」
「上手く隠せる場所があるといいのですが」
「ああ」
ドローンでは詳細がつかめない。だがこれ以上近づくと、敵に感づかれる可能性があるので一旦ドローンを戻す事にする。
「アラリリス首都周辺には、あばら家のような集落があるみたいだな」
「あぶれた人が住んでいるのでしょうか?もしかすると監視所かもしれませんね」
「それもありえるな」
そしてしばらく順調に飛んでいたドローンが、ここに到着する前に降下して落ちてしまった。
「あれ?」
「どうされました」
「恐らく熱でやられたんだろう。ドローンが落ちた」
「落ちるものなのですか?」
「恐らくフライトコントローラーがやられたかもしれん」
「よくわかりませんが、いかがしましょう」
「既に念話でシャーミリアに回収させてる」
「なるほど」
辺りの大地からはゆらゆらと陽炎が上がり、地面は白く光り輝いているように見える。良くこんな場所で人間が生きているもんだと感心するが、きっと何らかの利点があるのだろう。
「この周辺を探査してくる」
「では我がお供しましましょう」
「暑いぞ」
「なんのこれしき」
「わかった、ならついて来てくれ。あとファントムも連れて行く」
「わかりました」
俺は早速念話で全員に通達を出す事にした。
《みんな!俺とギレザムとファントムが周辺を探索してくる。全員そのままの自分の持ち場を離れるな》
《《《《《は!》》》》》
俺はそのままヴァルキリーの中に入り込んだ。背中が閉まって一気に暑さから解放される。
《ヴァルキリー》
《はい、我が主》
《フライトユニットを外してくれ》
《はい》
ガシャン。とユニットが外れて身軽になる。別にユニットを外さなくても動く事は出来るが、立ち回りが悪くなってしまうので外した。
「じゃ行こうか」
「は!」
《ハイ》
俺とギレザムとファントムが更に南方向へと進んでいく。あちこちにある岩の盛り上がりが、行く先の見通しを悪くしており、普通の人間なら迷ってしまうかもしれない。そんな岩場をかなりの距離進んできた。
「アラリリスの山は、そうとう標高が高いんだろうな」
「先ほどのドローンの映像からもそう見えました」
「あれは自然に出来たものなんだろうか?」
「わかりません」
「まあそうだな。あれのおかげで人間が暮らせていられるわけだからな、不思議なものだ」
「はい」
俺達は周囲を確認しながら、探索を続けていた。とにかくどこまで行っても何も無い。
「若干、草みたいなものが生えてるぞ」
岩の日陰になっている場所に、枯れ枝のようだが枯れきってはいない植物が生えていた。風が吹くと枯草の丸まったようなものも転がって行く。
「この岩のおかげで風が発生しているのでしょう。熱風ではありますが、体感的には少し温度が下がったようにも感じます」
「岩の合間には日陰もあるし、魔獣とかもいるかね?」
「どうでしょう?食物が無いように思いますが」
「まあ、そうか」
そして俺達が更に岩場を進んでいくと、ギレザムが俺の前に手をかざした。声を出さずにギレザムに念話を繋げてみる。
《どうした?》
《気配が…恐らくは人間です》
《人間?こんなところにか?》
《間違いありません》
《こちらには気が付いているか?》
《恐らく気が付いておりません》
《わかった》
どうやら更に南に進んだところに人間がいたらしい。拠点が発見されると厄介なので、すぐにシャーミリア達に念話を繋ぐ。
《シャーミリア、こっちに人間がいるらしい。拠点が見つかるとやっかいだ。警戒を怠らぬように》
《もちろんでございます。ネズミ一匹近づけさせません》
そして俺は次にアナミスに念話で話す。
《アナミスは俺の場所まで来れるか?》
《すぐに》
《なるべく低空を飛んでくれ》
《かしこまりました》
俺達は岩陰に隠れるようにして、アナミスの到着を待った。ギレザムが言うには、人間は複数人いるようで一カ所に動かないでいるとの事だった。
《ラウル様》
アナミスがやって来た。
《暑いのにすまない》
《これくらいは問題ありません》
彼女は露出の多い煽情的な格好で風通しは良いだろうが、日焼けはしないのだろうか?というか俺の配下はどんな暑さの下で活動しても、日焼けとか全然しないのはなんでだろう?アナミスも多分に漏れず、肌の色は白いままだった。
《先に人間がいるらしいんだが、敵が味方か分からん》
《調査ですね?》
《そうだ、いざという時は全員を眠らせる》
《かしこまりました》
《ギレザム。敵が気づかない範囲まで接近しよう》
《了解しました》
ギレザムを先頭にして、俺、アナミス、ファントムがついて行く。もちろん気配を消して敵に悟られないように静かに。
《この先です》
目の前には岩の地層が見え、その先に人間達がいるらしかった。
《ファントム、鏡面薬を出せ》
《ハイ》
ファントムが手を差し出すと、手のひらに鏡面薬のカプセルが乗っていた。それを俺達が受け取って、体に振りかけると見る間に姿が消える。見えなくはなったが系譜の繋がりのおかげで、誰がどこにいるのかだいたい分かるのだった。
《この岩場を登ろう》
《《は!》》
《ハイ》
ギレザムがすいすいと岩場を登って行き、アナミスはスッと飛び立つ気配がする。
《ファントムお前も行け》
《ハイ》
ズドッ!瞬間で俺の隣りからファントムの気配が消えた。恐らくは高速ジャンプで一気に崖の上に昇ったのだろう。
さてと。
俺はヴァルキリーの尻尾アーマーを駆使しながら崖を登り始める。尺取り虫のような動きで、素早く崖を登り皆のもとへと立った。
すげえ…尻尾アーマーめっちゃ使える。なんか前世の洋画でこんな機械をつけた悪者が居たような気がする。
《どうだ?》
《洞窟のようですね》
《本当だ》
俺達が崖の上から下を見下ろすと、岩場の底に大きな横穴が空いていた。どうやらそこに人間がいるようだ。俺達は気づかれないようにそっと岩場を降り始めるのだった。