第742話 放置作戦
あの村のデモンをどう処理するか話し合った結果、スルーしてアラリリス国まで進むことになった。敵はこちらの正体を掴み切っていないであろう点と、アンフィスバエナとの戦いが続いていると思わせる事で、あの村から動かないであろうと推測したからだ。更にデモン召喚の魔法陣が発動し終わったため、後ろから大量のデモンに襲われる事も無いと判断したのだった。
「じゃあ定期的に、アンフィスバエナの声を発するように仕掛けておくよ」
「はい」
長距離音響発生装置LRADの録音機能を使い、アンフィスバエナの鳴き声を録音し定期的に流す事にした。森の奥深くに機械を隠し、村に向けて鳴き声を出し続けるのだ。バッテリーが切れれば、いつしか音も消えるだろう。
「じゃあ、もうひと暴れしてくる。その間にカナデはアンフィスバエナを、元の場所に帰して来てくれ」
「もう、よろしいのですか?」
カナデが名残惜しそうに聞いてくる。
「情が移ったかい?」
「多少は…」
「カナデ。コイツは本当に、このあたりの守り神であった可能性がある。オーク達が生き残っていた事から考えても、人間がこの山脈に入り込まなかったという事じゃないかな?」
「確かにそうですね」
「戻してやろう」
「わかりました」
「ギレザム!アンフィスバエナの巣までは、危険な魔獣が多く生息する。カナデと一緒に送り届けて来てくれるかい?」
「は!」
「もう一人護衛がいるか?」
「必要ございません」
だろうね。
「じゃあ頼む。それじゃあカララ!もう一回村の周りで暴れてこよう」
「はい」
出撃しようとした俺達を、カナデが呼び止めた。
「ラウル様」
「なに?」
「私が不可視化魔法をかければ、カララも鏡面薬の効果を気にせずに戦えます。もちろん私が死ぬことが無ければですが」
「なるほど、じゃあやってもらうか。ギレザムが一緒で死ぬなんて事は無いだろうし」
「わかりました」
カナデがカララに不可視化の魔法をかけると、カララはすっかり見えなくなってしまった。この魔法は術者が対象者から離れても、術者が生きてさえいれば効果は持続するらしい。このあたりが、この世界の人間と異世界人の魔法の違いだった。魔力が強いからか、その効果が格段に持続する。
「あ!それとカナデ!」
今度は俺がカナデを呼び止めた。
「なんでしょう?」
「アンフィスバエナに、オークだけは襲わないように言い聞かせてみてくれ」
「わかりました。ですが自然に戻す時に、使役は解いた方が良いかと思います」
「その辺りは任せる。じゃカララ、行こうか」
「はい」
「ギレザム。カナデを任せたぞ」
「は!」
俺とカララが再び、村へと向かって動き始める。それとは逆の方向にギレザムとカナデ、そしてアンフィスバエナが進んで行くのだった。俺はすぐさま村を監視しているシャーミリアに念話を繋げた。
《シャーミリア村は今どうなってる?》
《静まり返っております》
《デモンは?》
《動いてはおりません》
《了解だ》
俺とカララが森を抜けて再び村に近づいて行く。シャーミリアの言う通り、村は静まり返っているようだ。ボゥゥゥゥゥゥ!っとM9火炎放射器を放射して、再び戻ってきた事を知らしめる。
《ご主人様。デモンが動きました》
《了解》
《ラウル様》
《どうしたガザム》
《まだ人形が残っていたようですね、南門からぞろぞろと出てきました》
《数は?》
《およそ三十体》
《敵もいろいろ工夫するわけだ。まああの人形は俺達にとって脅威にはならない、注意しながら事に当たるさ》
《わかりました》
そして俺は再び炎を放射する。するとそれを確認した敵の人形が一目散に、こちらに走ってくるのが見えた。更に村の壁の上からは、骸骨のカマキリと大きな手が二つ出ている。
《ご主人様。反応から察するに、どうやらあの骸骨がデモンの一体、そして手の一つ一つが別のデモンです。周囲にいるフレイムデモンの数は三十体となります》
《了解》
人形達が俺に攻撃を突進してくるのと同時に、手のデモンがフレイムデモンを投げてきた。すぐさま尻尾アーマーのM9火炎放射器が人形達に炎を振りまく。更に飛びかかって来るフレイムデモンは、透明化しているカララが火炎放射器で焼き殺した。燃えながらもかかってくるフレイムデモンは、尻尾で叩き潰して殺す。カララの糸でも斬って殺せるが、アンフィスバエナの攻撃跡に見えなくなってしまうので、あくまでも尻尾と火炎の攻撃を繰り返した。
《やっぱりデモンは村を出てこないな》
《そのようです》
《人形も全部焼いたし、フレイムデモンも投げて来なくなった。森に戻ろうかね》
《はい》
その結果に満足したアンフィスバエナを想定して、再び森に戻るのだった。やはりデモンは俺達を追ってくる事は無く、何らかの意図があって村に留まっている事がわかる。
「よし、種まきはしたぞ」
皆のもとに戻り俺が言うと、マキーナが俺に尋ねてくる。
「ではご主人様。山脈方面に」
「そうしよう、そのまえにヴァルキリーの飛行ユニットを回収していく」
「かしこまりました」
《シャーミリア!ガザム!撤収だ、俺のもとに戻れ》
《《は!》》
念話で二人を呼び戻した俺は、次に長距離音響発生装置LRADの音声をセットした。これで定期的にアンフィスバエナの声が、村に向かって流れる事になる。
「大型のヘリを召喚できる場所を探すぞ」
「「「「「は!」」」」」
俺は小隊を率いて、隠していたヴァルキリーの飛行ユニットを回収した。森の方からはセットした長距離音響発生装置LRADが、予定通りアンフィスバエナの声を発している。恐らく敵は、再び襲撃されるのを警戒して村にくぎ付けとなるだろう。山脈を登ってしばらくすると、大型ヘリが召喚できそうな平坦な場所を見つけた。
「このあたりで良いな」
「「「「「は!」」」」」」
するとそこにシャーミリアが下りてきた。
「ご主人様。先に南を偵察いたしましょうか?」
「いや、まもなく南に発つ。敵に察知されないよう、ヘリで山脈の奥を飛ぼうと思っているから、シャーミリアには俺と一緒にヘリの護衛をお願いしたい」
「は!」
山脈の奥にはデカいドラゴンが飛んでいたりするから、俺とシャーミリアでヘリを護衛する必要があった。そこにガザムも合流し、ギレザムもカナデをおんぶして戻ってきた。俺はすぐさま、CH-53Kキングスタリオン大型ヘリを召喚する。
「ギレザム!ガザム!ちょっとヴァルキリーの飛行ユニットを持ち上げてくれ」
「「は!」」
二人がヴァルキリーの飛行ユニットを持ち、俺はそこに背中を向けて体を入れ込む。すると自動的にヴァルキリーが飛行ユニットを装着してくれるのだった。昔はもっと大掛かりだったのだが、バーションアップしてより簡単に装着できるようになった。
「俺もシャーミリア達みたいに、飛べるようになったらこんなのいらないんだけどな」
「それは…」
シャーミリアが何かを言おうとして止める。
「なんだ?」
「は、はい。ご主人様が元始の魔人として覚醒なされば、可能になるかと」
「え?そんな事わかるの?」
するとギレザム、ガザム、ゴーグ、そしてマキーナがウンウンと頷いている。その四人の後ろからマリアが顔を出して俺に告げた。
「ラウル様…ラウル様はご記憶が無いようでございますが、私も一度その片鱗を見ています」
「そうだったっけ?」
「ですが、あれはラウル様ではございませんでした。何というか…もっとこう禍々しく…」
「マリア。あれは禍々しくなどないわ、とても神々しく美しいお方でした」
「そうだな。あれこそが元始の魔人たるお姿だった」
「二人の言う通り。あれは真のお姿だった」
「俺もすっごくびっくりした。この世界の頂点って感じがしたよ」
シャーミリア、ギレザム、ガザム、ゴーグが目をキラキラさせて言う。彼らの目にはよっぽどカッコ良く映ったらしい。冷静なマキーナまでが嬉しそうにニコニコしていた。
「みんながそう言うのであれば、そうなのでしょうが…」
マリアは多数決に押されるように納得する。だが俺自身の意見は違う。
「いや、皆はそう言うけどな…俺は我を忘れるのなんて嫌だな」
するとマリアが納得したように答えた。
「はい。ラウル様はラウル様でいていただけたらと思います」
「も!もちろんご主人様はご主人様のままでよろしいのです!」
「そうです。ラウル様はラウル様のままでよろしいのです」
「そのとおり。我々は変わってほしいと言っているわけではないのです」
「そうかな?あれはあれでカッコイイと思ったけどな」
「ご、ゴーグ!お前は空気を…」
ギレザムが慌てているが、別に皆が変わってくれと言っているわけではないので、俺は別に気にしていない。だが本当に訳の分からない何かに、意識を乗っ取られるなんてまっぴらごめんだった。
「問題ない。それよりカナデ、アンフィスバエナはどんな感じだった?」
「おとなしいものでした。一応オークを襲わないように言い聞かせましたが、使役を解いたのでしばらくすれば忘れるかもしれません」
「まあそんなもんだろ。いままでそれでうまくやって来たんだし、俺達が干渉したことで大きく変わるのも不味い。とりあえずは良く働いてくれたからね、感謝感謝だよ」
「ですが…」
「何?」
「巣に帰す道中に出会った魔獣には使役をかけました」
「そうなの?」
「アンフィスバエナを守るようにと」
「いいんじゃない?」
「すみません。勝手な真似をしてしまいました」
「いいよ!もしあの人形やデモンが来ても、手こずるだろう。人間ならもちろんたどり着く事すらできないだろうし」
「はい」
どうやらカナデは、本当にアンフィスバエナに情が湧いてしまったらしい。
「じゃ、行こうかね」
「「「「「は!」」」」」
マリアとみんながCH-53Kキングスタリオンへと乗り込んでいく。CH-53Kキングスタリオンのローターが回り始め、その巨体を空中へと浮かせていった。俺とシャーミリアがそれを確認し、周辺を警戒しながら空へと浮き上がるのだった。
「夜が空けるか…」
東の空から薄っすらと紫色になりつつある。俺達は一晩中籠城するデモンと戦っていたらしい。マリアが操縦するヘリが南東の方向へと飛んでいく。俺達はヘリが大型魔獣に襲撃を受けないように、周囲を警戒しながらヘリの左右を飛んだ。数十キロほど飛んでいると、大型のワイバーンが飛んでいた。
「わざわざ殺したくないな」
俺はワイバーンに近づいて行って、尻尾アーマーをバサァっと広げてみる。するといきなり目の前に現れた蛇の鎌首に驚いて、逃げて飛んで行ってしまうのだった。
「おおー使える使える」
《素晴らしいです》
《なるべく、殺さずに行こう》
《かしこまりました。食べられそうなものが居たらどのように?》
《捕まえてくれ》
《はい!》
向こうに到着したら、またシャーミリアのバーベキューだな。出来るだけうまそうなやつを捕らえてもらう事にしよう。アラリリス国を攻略する前の腹ごしらえを想像して、俺の腹の虫が鳴くのだった。