第738話 マイクロ波兵器誘導
やはり商人達は村人の説得に苦戦していたようだ。それどころか偉そうな人に、逆に説得されている。ローム商人が話したであろう内容は、人形を使う悪しき者を懲らしめるために、神獣が襲って来るというものだ。だが人々は全くその話を信じなかったらしく、逆におかしなことを言うなと責められていた。
《やっぱ無理があったみたいだな》
《それではラウル様が考えた作戦に移るわけですね?》
《そう言う事だカララ》
まだ商人が敵に処分されていなかっただけでも御の字だ。今ならまだ助ける事が出来るだろう、そのために俺は次の作戦に移る。ローム商人が作ってくれた下地を生かすために。
《デモンの気配は?》
《ありますが動きはありません》
《俺達の侵入に気づいて無いのかね?》
《そこまではわかりかねますが》
《ま、そうだよな。とりあえず村中にカララの罠を仕掛けておこう》
《はい》
俺とカララは、村の建物の影を縫うように移動し始める。この村を徘徊してわかった事は、やけに静かだと言う事だ。酒飲みなどをしている奴はいないのだろうか?
《南の国の人らが、禁欲的なわけじゃないよな?》
《どうなのでしょう?こちらの事情は私にはわかりませんが》
《だよなあ》
《ただ生かされているだけなのかもしれません》
《今、アラリリス国がどんな風になっているかも分からずにか》
《はい》
俺とカララは村の様子を探りながらも、次々と仕掛けを施していくのだった。夜はどんどん更けていき、人々も寝静まってきた。
《そろそろ頃合いだ、活動しているのが俺達だけだと、デモンにバレるかも知れない》
《では、このあたりで》
俺達は一度村を出て、アンフィスバエナがいる皆の場所まで戻る事にした。
「やはり上手くはいきませんか?」
戻ってすぐに、鏡面薬で姿が見えないギレザムが聞いてくる。
「ダメだったよ。そんな簡単には行かないようだ」
「ラウル様がおっしゃっていた兵器を使うわけですか?」
「そう言う事だ」
するとこれまた、鏡面薬で見えないシャーミリアが嬉しそうに言う。
「全て、ご主人様のご計画どおり、と言うことになりますね」
「だな」
「さすがでございます」
「あの商人達が一応下地を作ってくれている、どうなるかはこれから始める実験次第だ」
俺はすぐさま、ある兵器を召喚した。前世の世界では謎に包まれていたが、俺のデータベースがアップデートされた時に見つけたものだ。既に子供の頃に、想像したことの無い兵器が召喚できるようになってしまった。
「これを使う」
「大きな…箱?ですか?」
ギレザムが、いままで俺が召喚してきた物とは明らかに異質な、デカくて白い無機質な箱を見てつぶやく。一度召喚して使い方は理解したものの、本当に効くかどうかは良く分からない。
「そうだ、これは音の武器なんだ」
「音の…」
「これを使って、村人の頭に直接話しかける」
「念話のようなものですか?」
「違うよ。マイクロ波という技術を使うんだ」
「まいくろは?」
「そうだ。音を耳に届けるんじゃない。頭蓋骨に伝えるんだ」
そう、俺が召喚したのは。ボイス・トゥ・スカル V2K の技術を使った兵器だ。離れた場所からマイクロ波で頭蓋骨を振動させ、言葉が脳に直接届いたような錯覚を生み出す。実際に運用はされていたが、謎に包まれていたマイクロ波兵器だ。
「これで、御信託を?」
「そういう事だ」
俺はこれを実戦で使って、試験をする事を心待ちにしていた。成功したら、俺はアウロラの信者獲得のためにこれを悪用…、いや!運用するつもりだからだ。まさに人民に御信託を授ける為には、うってつけの兵器なのだった。
「魔力を使わずとも?」
鏡面薬で見えないアナミスが興味深々に聞いてくる。洗脳や催眠は彼女の専売特許だが、魔力を使わないで出来る事が不思議なようだ。
「だが。アナミスの力とは全く違うよ。アナミスのは精神や魂に直接作用するだろ?これはそんな高性能じゃないよ」
「利点はなんなのです?」
「電力の続く限り、片時も途切れずに話しかけられるところさ。耳を塞いだところで、聞こえてくるから防げないんだ」
「恐ろしいです」
いや、俺からしたらアナミスの方が百倍恐ろしいけど。
《ゴーグ!ルフラ!カティとマリアを連れてこっちに来てくれ!》
《《は!》》
後方待機のゴーグがこっちにやってくる気配がする。やはり鏡面薬を使っているので見えない。
「というわけで、カトリーヌが書いた原稿を!」
やってきたカトリーヌに指示を出すと、空間に羊皮紙が浮かび上がった。
「はい」
御神託の台詞をカトリーヌが考え、羊皮紙に書いたものを受け取った。これからこの原稿を元にして、この村の人間達にお言葉を届けようと思う。
「まずはこの原稿に書いてある文章を吹き込むか」
俺はV2kの機械のパネルを操作し、カトリーヌの原稿に目を通して一旦皆の前で読み上げてみる。
「皆様は、これまで、幾度も恐ろしい魔獣や砂漠の脅威にさらされてきました。だがしかし、脅威にさらされるたびに協力し合い、耐え忍んで、その試練を乗り越えてこられた事と思います。今あなた方は、突然に訪れた新しい王により、その脅威に怯えることなく暮らせるようになったと思っているでしょう。ある者は幸せになったと言うでしょう、ある者はこのままの生活が続けばいいと思っているでしょう。しかしその平和は作られたものなのです。ある日突然崩壊し、皆を地獄に陥れるための偽りの平和なのです。まさに砂上の楼閣であるといえましょう。そこに人としての自由や本来の幸せはあるのでしょうか?そこから逃げる事も一つの戦いなのです。今は耐え忍び、その先の明るい未来を信じてください。私アンフィスバエナは、皆様が希望を持ち自らの力で、幸せを勝ち取ることを望みます。皆様の安寧はその先にある事でしょう」
えっと…マジ?
「すばらしい!」
「なんという心に響く演説でしょう」
そう声を上げたのはマリアとカナデだった。
「うん。とてもいい言葉だとは思う…ただなんていうか、神獣が話す内容って感じがしなくないかな?」
「そうでしょうか?」
「あと、長い」
「長い…」
「ああ、まあ気を悪くしないでくれ。この演説はもう少し違う場所で行った方がいいみたいだ。内容としては…自分の国民に話すような内容じゃないか?」
するとカトリーヌが答えた。
「ラウル様がお話をされるのであれば、このくらいの内容が良いのかと思ったものですから」
「うん!それは良いと思うんだが…」
困った。カトリーヌを傷つけないように、やんわりと断りたい。これじゃあ緊急性もないし、神獣の怒りに触れたって感じがしない。そもそも、これで緊急性をもって村を脱出するとは思えない。
「何と申しますか…カトリーヌ様。この文章にはカトリーヌ様の優しさが滲み出すぎているのかもしれません」
シャーミリアがやんわりと言った。
「そうですな。カトリーヌ様の高尚なお考えが現れた素敵なお言葉だ。ですが少々難しい言葉が多かったかもしれません」
ギレザムもやんわりと言ってくれる。
「そうですか?私としては分かりやすくお伝えしたと思っているのですが…」
「カトリーヌ様、カトリーヌ様のお言葉はとても高尚でございます。そのようなお言葉が、自分の考えを持たぬ、言いなりの愚民どもに理解できるでしょうか?私奴はそうは思えません」
「我もシャーミリアの言うとおりかと思います」
「私もそうかと思いましたわ、素晴らしいお言葉過ぎて、あの村の人間に理解が出来ないかとおもわれますよ」
カララもシャーミリアとギレザムに同意してくれた。
「そうですか…そうですね。すみません!ラウル様にお話ししていただく上で、私は考えすぎていたようです」
「よし、だがこの内容は多少引用させてもらうよ」
「わかりました」
魔人たちよ、ナイスアシスト!カトリーヌも気を悪くせずに済んだようだ。
「じゃあ吹き込むか」
パネルを操作し言葉を吹き込む。
「我はアンフィスバエナ!自らの意志を持たぬ愚民どもよ!目を覚ますのだ!お前たちは過去に幾度となく災難を乗り越えてきたはずだ!その誇りを忘れたか!我は誇りを忘れた民に制裁を加えるためにここに来たのだ!そのような愚かなものは食ろうてやろうではないか!自らの信念がまだ生きているなら!逃げよ!未来はその先にある!我に食われたくない者は今すぐ逃げるのだ!」
ふうっ、だいたいこんなもんかな。
「良い感じではないですか!カトリーヌ様の原稿が生きておりますね!」
ギレザムがいち早く言う。
「本当でございますご主人様。カトリーヌ様のお考えを生かした良い御神託だと思われます」
シャーミリアもフォローしてくれる。
「そうですわ。流石はカトリーヌ、ラウル様はあなたの文でとても良い御神託を作れたようよ」
カララもカトリーヌに気を使ってくれた。
「あ、ありがとう。ちょっと私の文章は堅苦しく、緊迫感がなかったようだわ。これも一つの勉強だと思います」
「そうだぞ、カティ。考えてくれてありがとうな」
「いえ、これから精進します」
「ああ」
そして俺はV2kのパネルを操作し、村に向けてマイクロ波を照射し始めた。今の俺の言葉が頭の中で一晩中、鳴り響き続けるだろう。
よしよし!俺はボイス・トゥ・スカル マイクロ波兵器を使って将来、アウロラの為に大量の信者を集める予定なのだ。どれくらいの効果があるのかが楽しみだな。
「シャーミリアとマキーナは上空から村の様子を監視してくれ」
「「は!」」
鏡面薬で見えない二人が飛んでいく感覚だけが伝わってくる。
《ガザム!そっちはどうだ?》
《いまだ人形は動きません》
《了解だ》
どうやらマイクロ波兵器から流れる音は、人形達には影響がないようだった。あとは村人達がどう動くのかを待つのみ。思惑通り動いてくれたら、次の作戦に移るだけだ。
それから間もなく、シャーミリアとマキーナから念話が繋がる。
《動きが御座いました》
《よし!》
《人間達は驚いたように家を出て、周りをきょろきょろと見渡し始めました》
《どこから声がするのかを確認してるんだな》
《耳に手を当てたり、うずく待っている人間もおります。何人かは嘔吐しているようです》
《えっ?》
《倒れる者が増えてきました》
《マジ?》
《まるで屍人のようにふらふらしている者も》
《分かった》
パチッ!俺はすぐさまマイクロ波兵器のスイッチを切った。
《ご主人様!村人が立ち上がりました。よろめいていた人も歩いているようです》
《そしてどうしてる?》
《いまだ外に出ている者と、家の中に引っ込んでしまった者もおります》
《監視しててくれ》
《は!》
なるほど、これにはそういった効果もあるのか…。きっと他の操作ボタンもあるんだろうが、今は使い方が良く分からない。俺はパネルを見ながらうーんと頭をかたむける。しばらくにらめっこするが、すべてが英語表記のためよくわからない。
《ご主人様。すべての人間が家に入ってしまいました》
《そりゃいかん》
パチッ!
俺は再びマイクロ波兵器のスイッチを入れた。
《再び出てきました!また苦しみだして、耳を抑えております》
《今回は少し続けてみよう》
《は!》
十分くらい続けると村人達は、ヘタってしまったみたいだ。俺はマイクロ波兵器のスイッチを切り、それでしばらく様子を見る事にしたのだった。
《動き出しました!村人達が北門に殺到し始めています》
《なるほどね。このまえアンフィスバエナは南に現れたからな。北に逃げようと思うのはわかる》
《それでは私奴どもは先に北門へ》
《俺達もすぐに向かう》
《は!》
「カララこの機械は不要だ」
「は!」
必要がなくなったマイクロ波兵器は、あっという間にバラバラになった。
「ファントム残骸を吸いこめ」
《ハイ》
ファントムが残骸を吸収し、あたりには俺達の痕跡が無くなった。
「カナデ!アンフィスバエナを、北門の方向に連れて行く!皆も周りを固めろ!全員で北に周る」
「「「はい!」」」
「「「「「「は!」」」」」」
村人達が門に殺到するのを見計って、俺達は北の門の前に向かう。しかし、ボイス・トゥ・スカル…マイクロ波兵器は、とにかくすごい威力だと言う事が分かる。非殺傷兵器ではあるが、その効果は凄まじいものであることが分かった。