第736話 夢現の神獣
おかしな状況であるにせよ、普通の人間の生存が確認された。アラリリス国には未だ人間が居て、発見した村にも人間達が暮らしているらしい。だがしかし、それが偽りの平和であることが、おおよその話から分かった。
「やはりアンフィスバエナ様の化身だったのですね!」
目の前の浅黒い肌を持つ端正な顔立ちの少女ロメリナが、目を輝かせて俺に言ってくる。御者から俺の事を聞いて、自分の見立てが正しかった事を喜んでいるのだろう。
俺とアンフィスバエナは縁もゆかりもないけど。
「いかにも!この国は何者かに毒されておるようだ。我はそれを救いに来た神獣なのである!」
尻尾アーマーの鎌首を立てて俺が言った。
しかし…これ…俺が南国で戦う事を想定して、デイジーとバルムスがあえてこの形にしたのでは無いか?とも思えてきてしまう。
「やっぱり!」
少女ロメリナは、微かな希望に縋り付くように言った。さっき、そこにいる御者の魂核を書き換えたような悪い人なのに、とにかくいい感じに勘違いしてくれたので、俺はそれに便乗する事にしたのだった。
「だが、それには民を説得せねばなるまい。偽りの平和に満足しておるようでは、救う事など到底かなわぬよ。信ずる者は救われるということだ」
俺がなんちゃって神獣様の化身ような言葉遣いで、何をすべきかを示す。言ってみれば御信託みたいなもんだ。俺は神託なんか受けたことないし、すべては想像なのだが上手くやっていると思う。
「…そうですか…」
しかし今までとは打って変わって、ロメリナの表情が曇ってしまった。偽りの平和に飼いならされてしまった人々から、どうやって信じてもらえば良いのかが見えてこないのだろう。俺も分からないし。
「ですが、ロメリナ様。私たちがやらねば民は救われませんぞ!」
俺とアナミスが、魂核を変え真人間になった御者が目を輝かせて言った。魂が言わせているので、本当に本心からそう思っているのだった。俺達はこの御者を使って、まず目の前の商人達を動かそうとしていた。騙そうとしてるいるわけでは無い。
「お前は懐疑的だったと思ったが?」
商人の主が御者に言う。
「とんでもない!ローム様。私はこちらの神獣様にお会いして、心を入れ替えたのですよ。このような奇跡に出会えた事に感謝しておるのです」
俺は心を書き換えたのであって、入れ替えたわけではない。
「うむ。そうではあるが、どうしたら良いものか?」
商人の主も考え込んでしまった。実際に人々に、無条件で神獣の神託を信じてもらう事は難しいだろう。だがやってもらわねば、大量の人間が死ぬ。都市や村には、デモン召喚の魔法陣が仕掛けてある可能性があるのだ。どうにかして人々を都市の外に追い出せないものだろうか。
「コホン。では我が悪役を買って出てやろうか?」
「えっ神獣様が?それはどういう事でございましょう?」
「我が村を襲えば人々は逃げるであろう?」
まあそんなにうまくいくとは思えない提案だが、何かやれるとすればそんなところだろう。もちろんいろんな思惑は隠しているが。
「そんな!神獣様を悪だなどと!そのような事をしていただくわけにはまいりません!」
あれ?
俺達が魂核を変えたおかげで、良い人になりすぎた御者が反対してきた。俺はだいぶ思惑に反する事を言われ返答に困ってしまう。
「いや、神獣様のお告げをお前の意志で変えてはならんぞ!」
商人の主人が言う。そうそう!そんな感じでいい!どうやら主人も信じているようだ。
「我は石を投げられようとも構わぬ。それで人々が救われるのであれば何も問題はない。守護を司る者として甘んじよう」
「なんという御心の広さ!その広き御心に感謝いたします!」
うーん御者を完全な信者に変えすぎてしまったな。まあこれはこれでいい事だが。
「では、お前達を下界に下ろす事にする」
「「「わかりました」」」
という訳で俺達は正体を明かす事なく、商人達を人里に下ろすことを決めた。あとはどうやって偽装して行くかが問題だ。
「良いか?山を降りるのは明朝の朝だ」
作戦を遂行するためにはカナデの魔力の復活を待って、アンフィスバエナをしっかり使役させる必要がある。カナデもあと数時間は休息を取らないと復活しないだろう。そして商人のような無防備な人間だけでは、ここから村まで森を抜けてはいけまい。
「わかりました」
「その天幕を使うがよい!」
「ありがたき幸せ」
人工的なビニールのテントを疑問には思わないのだろうか?こんな異常な状況では何もかもが不思議に見えるかもしれないけど。
「しかし…このような所に祠があったとは」
商人が言う祠とは、RG-33L装甲車の事だった。こんなものを見たことがない人間からしたら、神様の祠だと思っても不思議ではない。
「細かい事は気にするでない!早く休むがよい!」
「「「はい!」」」
商人達が天幕に入った。
しばらくして、ぞろぞろと隠れていた魔人達が出てくる。日が暮れてあたりが暗くなってきているので、人間の目では魔人を捕らえることは出来ないだろう。
「上手く行きましたね。ラウル様」
ゴーグが楽しそうに言った。どうやらゴーグは、この一連の出来事を楽しんでいるように思う。
「遊びではないのだぞ」
ギレザムが諫めた。
「いいよ、ギレザム。そのくらいの余裕があった方が、上手く行きそうな気がする」
「ラウル様がそう言うのであれば」
「よし!それじゃあ、そろそろあの人形たちがどうなったか見にいくか」
「人選は?」
「俺とギレザムがさきほど戦闘した場所へ、ガザムとゴーグは森を索敵してくれ。残りはここで商人達を見張っててほしい」
「「「「「は!」」」」」
そして俺達は二手に分かれて偵察に出る事にした。飛翔できる魔人はどちらにでも駆けつけられるように拠点に置いて、ルフラとファントムも護衛の為にここに残す。
「ギレザム。上手くいくかな?」
俺は一緒に行動しているギレザムに聞いてみる。
「村の人間が、どれだけ信用して動くかにもよるかと思われます」
「そうだよなあ」
簡単に人を信用する人も一定数いるが、ほとんどの人間は嘘のような話を信じない。神獣の怒りに触れて村が襲われるかもしれない、なんて言葉を簡単に信じる方がおかしい。だが村の前に一度双頭の大蛇が顔を出しているし、人形が大量に破壊されたという事実は、それを信頼するには十分な出来事だと思う。
「アンフィスバエナが村を襲撃すると、デモン召喚魔法陣が発動する可能性もあります」
「俺達、魔人軍の到着を待たずしてか?まあ…それも十分にあり得るな。不自然なアンフィスバエナの襲撃を、魔人の襲撃と取るかもしれない」
「いずれにせよ短期決戦ですね」
「そうだな」
俺達が川を下って行くと、ギレザムが足を止める。
「ラウル様、人形がまだおりますね」
どうやら人形達は未だに、双頭の大蛇を探し回っているらしい。魔獣に執着して探しているというより、本当に魔獣の襲撃なのかを疑って探っているのだと思う。
「やっぱ予想通り、疑ってんだな」
「そのようです」
「迂回していくしかないか?」
《ラウル様》
時を同じくして、ガザムから念話が入る。
《人形を森に複数体確認できました》
《想定通りだな、人形は眠らなくてもいいんだろうな、そのまま朝まで探索し続けるのかね?》
《そうだと思われます。このまま放っておけば、山脈方面にも追手が来るのではないでしょうか?》
《そうだろうな。現状は分かった、一度拠点に戻ろう。人形に見つかる事の無いようにな》
《は!》
念話を切るとギレザムが話しかけてくる。
「では我々も戻りましょう。拠点の位置を変えると言う事で良かったですね?」
「そう言う事だ」
「は!」
俺達が拠点に戻ると、シャーミリアが近づいてくる。
「それでは、拠点を移します」
「ああ。このRG-33L装甲車で、アンフィスバエナが居た山脈奥まで移動だ」
「かしこまりました。商人たちはいかがなさいましょう」
「当初の予定通り、そのままにしていく。俺達が立ち去った後で、テントを思いっきりひっぺがして彼らを放りだそう」
「は!」
そして俺は一台のRG-33L装甲車のハッチを開いて中に入った。俺が入ってきたことで、気を使ってカナデが目を覚ましてしまった。
「すまんカナデ。起こしたかな?」
「お休みを頂きありがとうございました」
「いや、まだそのまま寝ていてくれ」
「しかし…」
自分だけのうのうと、寝ているわけにはいかないと思っているのだろう。
《アナミス来てくれ》
すぐにアナミスが俺のもとにやって来た。そしてすぐにカナデを眠らせてしまう。これでカナデはしばらく目を覚まさないだろう。
「マリア、想定通りだ。人形がここを嗅ぎつけてくる前にRG-33L装甲車を移動させる。俺があっちを運転するからマリアはこっちを頼む。俺が先導するからついて来てくれ。カトリーヌはそのままカナデを頼む」
「「かしこまりました」」
そう告げて俺は外に出た。
《みんな!これから山脈に向けて出発するぞ。全員で護衛を頼む》
《《《《《《は!》》》》》》
そうして俺達はRG-33L装甲車を山脈に向けて走らせるのだった。ヴァルキリーを着たまま操縦は出来ないので、そのまま装甲車についてくるように指示をだしている。さらに車を走らせている途中で、拘束したアンフィスバエナの側にいたカララを見つける。
「カララ!そのままついて来てくれ」
「はい」
そしてカララはアンフィスバエナを宙に浮かせたまま、俺達の後ろをついてくるのだった。森の中は暗くRG-33L装甲車のライトがあたりを照らしながら、まばらに生えた木々の間をすり抜けていく。拠点にしていた場所からだいぶ離れた所で、シャーミリアとアナミスに念話を繋げるのだった。
《アナミス、商人たちが目覚めないように一度催眠をかけろ》
《かけました》
《シャーミリア。熟睡した三人をテントから運び出してテントを回収してくれ。三人はそのあたりに寝かせろ》
《は!》
《車両の跡を消してくれ》
《は!》
《ファントム!入手した片手剣を三本出せ》
《ハイ》
《それを商人たちの周りに置くんだ》
《ハイ》
《どうだシャーミリア?》
《全て完了しました》
《よし!アナミスが三人の目を覚まさせてから、全員で気づかれないように撤収しろ。そして俺を追ってこい》
《《は!》》
商人達が夢現の中で、現実か夢か分からなくなるような工作をしたのだった。あとは人形たちが彼らを見つけてくれるだろう。現状から察してアンフィスバエナが、餌として人間を確保していたと思ってくれるに違いない。
これで神獣の神託という、摩訶不思議な『気がついたら夢だった』的な雰囲気の演出は出来たと思う。人間達が上手く動いてくれることを祈ろう。