第735話 金で買われた間者
商人の親子には一緒のテントに入るように言い、ファントムを護衛に置くことにした。護衛というよりも、変な動きをしないように監視をつけた状態だ。離れた場所からシャーミリアが監視しているので、ファントムに対し細かい指示も出せるようになっている。万が一の時はシャーミリアが何とかしてくれるだろう。
「さてと」
まず俺が気になるのは、商人と一緒に居た御者の方だ。今は商人親子から離して森の近くに連れてきていた。御者からすれば、俺と御者が一対一になっているように見えているだろうが、ギレザム達オーガ衆にも離れて監視させている。さきほどアナミスが、この御者が嘘をついていると言っていたため尋問する事にしたのだった。
「お前には本当の事を言って貰おうか?」
「えっ?なんの事です?」
いやいや、お前はアナミス嘘発見器に引っかかってるから。普通にしらばっくれたところでバレてるんだよ。
「嘘は通用しない。お前はいったい何を隠しているんだ?」
「何をと言われましても、私は一介の御者です。商会の主人以上の事は何も知りません」
《どうだ?アナミス》
《嘘をついております》
さてどうしたもんか?別にアナミスの能力で自供させても良いが、まずはコイツの良心を信じて聞いてみる事にしよう。それ如何で対応が変わってくる。
「お前はいつ、あの人達の御者になった?」
「さて、いつだったでしょうか。定かではありませんが、もう数ヶ月ほどになるかと思います」
「昔からじゃないのか?」
「商人様の前の御者が消えてからです」
「お前が後釜に入ったと言うわけか?」
「もちろんです。ローム商会といえばアラリリスで知らない者はおりませんからね。席が空いたので直ぐに直談判をしました」
なるほど。だいぶ大きな商会らしい。それならばそこで働きたいという気持ちは分かる。だが…
「国の情勢は知っているよな?それでも商人の所で働く利点があるのか?」
「あります」
「何故だ?稼ぎが良いからか?」
「稼ぎ?それだけじゃないんですよ。ローム商会には常に仕事があるから、安定して賃金が貰えるんですよ。これ以上の勤め先は無いってもんですよ」
「そんな情勢で、なぜローム商会は安定して仕事があるんだ?」
「ローム商会は元より従業員が多く、物資の流通にかけてはたくさんの知識をお持ちだ。お国から仕事が下りてくる商会なので、常に仕事があるんでさぁ。新しい王様もそこに目をつけて利用なさっているようだ」
なるほどね。国から直接委託を受けている業者ならば、仕事は常に切れないだろう。そこに目をつけてこいつはローム商会で働いているというわけだ。
《アナミス、今の言葉に嘘は?》
《ありません》
俺は尋問を続ける。
「お前に家族は居るのか?」
「おります。私がローム商会の御者になれたことを喜んでますよ」
という事は、家族のために安定した職に就いたという事なのだろう。こいつは一体何を嘘ついているんだ?なにも嘘をつくような事は無さそうに感じるが。
「さっき商人が言ってたけど、アラリリスは厳しい環境なんだよな?生きるのが大変なんだろ?人が消えているとか言っていたし」
「消えたやつらは今の現状に嫌気がさして、どっかにいったのでしょう。ローム様はなにか勘違いをなさっているらしい」
「勘違い?」
「今のアラリリスは平和に暮らす事が出来ております。何より魔獣の脅威に怯えなくても良くなった。更に物資は南国のモエニタ国から入ってくるし、過酷な農業や狩りをしなくても済むようになったのですよ」
どうやら商人の考え方とは違うようだ。さっき商人は今のアラリリスの民は、生きているとはいえないと言っていた。商人の言った『生きているとは言えない』という意味は、恐らく『自分の意志で自由に生きることが出来なくなった』という事を指しているのだろう。
「行政については、新しい王がやっているという事だったな?」
「そういう事です。だから悪いことばかりじゃないんでさあ。いい環境になったってのに居なくなる奴らが悪いんですよ」
「居なくなった奴らはどこに行ったんだと思う?」
「さあてね…、南のモエニタ国か北のシン国か。逃げて行ったヤツの事なんざあ分かりませんよ」
《いま嘘をつきました》
アナミスがすぐに察知して俺に知らせてくる。
「本当にそうなのか?他の国に行ったのは間違いないか?」
「…いや、本人たちから聞いたわけじゃないんでね。分かりませんよそんな事」
「お前は本当は、消えた人々がどうなっているのか知ってるんじゃないか?」
「そ、そんなことは…なんでそんなことを言うのでしょう?」
「お前が嘘をついているからだよ」
「嘘などと!!そんな滅相も無い!!」
俺にも分かるように動揺しているのが見て取れた。やはりこいつは何か真実を知っているらしい。デモン干渉も魅了も受けていないので、自ら嘘をついていると言う事になる。
「いや、嘘をついているね。俺には分かるんだよ」
特に俺の配下にはね。嘘は通じないんだな。
「何を根拠に?」
確かに根拠はない。心を読んでアナミスが嘘だと言っているだけだ。間違いなく言葉と裏腹な事を言っているのだけは分かるのだ。
「根拠なんてないよ。お前が嘘をついているから、本当の事を言わなければ殺す。それ以上でも以下でもない」
「な、なんで?なんで俺が殺されなきゃならないんだ!」
「本当の事を言わないからだな、それだけだ」
そして俺は背中から、そろそろとヴァルキリーに装着した尻尾アーマーを動かして、御者に巻き付けた。商人の娘ロメリナが、俺をアンフィスバエナの化身だと言った事にヒントを得て、それを演じてみることにしたのだった。
「う、ぐぐ!バ、バケモノ!」
「こらー!我は神獣なのだぞ、無礼な口をきくんじゃない。そして嘘をつくではない!人間の真意を見抜く事など容易いわ」
とりあえず言葉遣いを変えてみる。
「娘の話は、ほ、本当だったのか!」
「なぜに身近な人間の言を信じぬ?」
「そんな事言われても、アンフィスバエナなんて…アンフィスバエナ様なんて初めてみるんだ!まさかその化身がいるだなどと、そんな伝説のような話があるわけがない!!」
一応御者は俺の事をアンフィスバエナだと思って、様づけで言い直した。俺がアンフィスバエナだと言う事だけは信じてはいるらしい。
「この世にはのう…信じられぬこともあるものよ。お前のように浅はかな人間には特にな」
「そ、そんな…」
「ほれ、言うてみい」
「しかし…それは…」
御者がまだ言い淀むので、俺は少しきつめに尻尾アーマーを締める。
「うぎぎぎぎぎ」
「苦しかろう、お前が嘘をつけばつくほどその尻尾はお前を締めつけていくのだ」
確か、中国の古いお話でサルの頭を締め付ける、緊箍児とかいう鉄の輪があったけどそれをモチーフにしてみた。
「…それは…」
「早く言わねば、体が真っ二つに切れてしまうのだぞ?」
御者は顔を青紫色にして叫ぶ。どうやら肺に空気が入っていかないらしい。
「あの!見張れと言われました!」
「誰に何を?」
「サイタラってえ偉い人から村で起きている事を見て来いって!そしてあの商人が裏切らないか見張れって!」
「裏切る?なにをだ?」
「あの商人の嫁さんや義理の弟は、国に反逆したんだ!悪いヤツらの親族だから、いつか裏切るかもしれない。だから見張って報告しろって言われたんだ」
あっさり吐きやがった。
《アナミス、コイツは本当の事を言っているか?》
《言ってます》
《了解だ》
「最初から本当の事を言えばいいものを、人間の考えなどお見通しなのだ!」
「お、恐れ入ります!何卒…何卒!!うぐっ…」
あ…失神しちゃった。
御者は泡を吹いて気を失ってしまった。どうやら酸素を取り入れられずに失神してしまったようだ。俺は尻尾アーマーの締め付けを解いて、御者に軽く何度かビンタをする。とはいえ、神が作った合金で出来たヴァルキリーの手は痛いだろう。
「すぅーーー、はあはあはあ!」
すぐに目を覚ました。酸素が行かなくなって一瞬気を失ったようだが、解放されて大量に空気を肺に送り込んでいる。
「ふむ。嘘は言っていないようだな」
「は、はい!言ってません」
「お前が彼らを見張る事によって得られる対価はなんだ?」
「物資を、食料を多めに家族に分けてくれるというのです!そして金ももらってます!」
「食料と金でか…」
「出来心です!決してあの商人に恨みがあるわけではないのです!」
《アナミス。これは本心か?》
《そのようです》
どうやらこの御者は敵の回し者ではなさそうだ。とはいえ、金で裏切るやつだと言う事は分かった。このまま開放したら、アンフィスバエナの事も上に報告するだろう。あとあの商人達が、国に対して反感を持っている事もバレてしまう。
「改めて聞くが消えた人はどこに行ったと思う?」
「はっきりとは分からないが、状況からいってお国が絡んでいるのは間違いないとおもう」
「お前はそれに加担するのか?」
「ち、ちがう!加担しているという気はない!ただ…お国の言う事を聞いていた方が身のためだと思ったんだ!人間が消えているのは間違いない。俺が消えたら家族が食えなくなる!」
まあやはり、家族のためにやっているようだ。自分が消える事を恐れているようだった。もちろん家族も消されたくはないのだろう。それはあの商人達と同じ気持ちに違いない。
「お前は、この出来事を国に戻ったら話すのか?」
「話しません!」
「本当か?金を積まれてもか?」
「そうです!」
《アナミス、コイツは嘘をついているか?》
《ついてます》
「ふうっ」
こんなに脅しても嘘をつくこいつに、ついつい大きなため息をついてしまった。
「えっ!!今ため息をつきましたか?」
なんでそんな細かい所を、ツッコんでくんねん。ていうか、コイツをこのまま返したら、商人たちの身の安全は確保できないな。
「お前は家族が家で待ってるんだろう?」
「そうです」
《嘘をついているか?》
《ついていません》
こいつは嘘と本当が入り混じって話をしているらしい。そのおかげで全体的に本当の事を言っているように感じる。世渡り上手というやつなのだろう。
「もし、この事を上に報告したら、お前の家族は呪われるだろう。この神獣様であるアンフィスバエナの恐ろしい呪いで、末代までたたられると思え」
ガチガチガチガチ
御者が歯を鳴らして震えている。だんだんと自分が置かれている状況が、身に染みてきたのだろう。そりゃそうだ、恐ろしいアンフィスバエナの姿を見ているのだから、そいつに呪われるなんて言われたら本気にする。
「どうなんだ!」
「言いません!誓います!」
《アナミスこれはどうだ?》
《本心です》
まあ本心だろう。だけどこいつは状況が変われば必ず裏切るやつだ。そして俺はもう一つ、気になったことがあるので聞いてみる。
「お前のように、お国から何かを頼まれている奴っていうのは他にいるのか?」
「はい、結構いると思います。そんな奴らはたくさんいますよ、そいつらは国の言いなりになって動きます。もちろん金や物品の為ですがね」
「尻尾を振ったやつが、得をするってことか?」
「そうです」
「お前の周りはそれを知っているのか?」
「もちろん周りには一切話しません。そんなことをすれば、国の何かがおかしいと思っている奴らが、嗅ぎつけて何か嫌がらせをしてくるでしょう」
なるほどね。金で動くか…そりゃそうだわな、国が不安定な時に信じられるのはモノとカネだ。国が衰退しているのをいいことに、国民の弱いところに付け込んでいいように操っているらしい。そして国のやっている事に対し、異論をぶつけてくる奴や調べて暴こうとしている奴らを消している。言ってみればこの御者も被害者ではある。
《アナミスどうする?記憶を消すか?催眠か?こいつを泳がせるにはどうすべきかね?》
《記憶の消去は不自然が生じますし、催眠は解かれれば思い出してしまうでしょう》
《じゃあ…仕方ないか》
《はい、魂核を書き換えましょう》
《まあ、俺達基準の良い人間に変えるって感じだけどね。まずは眠らせろ》
《はい》
隠れた場所からアナミスが赤紫色のモヤを出してきた。御者はあっという間に眠りについてしまうのだった。この御者の魂からリライトして、違う人間に変えてやるのが、コイツの為にも安全だと思ったのだった。




