表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

736/951

第734話 アラリリスの異変

 恰幅が良く色黒の肌で髭を蓄えた主人、同じく色黒で整った顔をしたあどけない少女、同じく色黒で細身の体系をした従者。彼らはアンフィスバエナの唾液でどろどろではあるが、白装束で身を包み貧しそうには見えない。アラリリスの民なのだと言った。


「なにから話せば…」


「何からでもいい」


 俺は商人が話し出すのを待つ。主はなかなか話を切り出さずに険しい表情をしていたが、俺は急かすことなく、じっくりと待つことする。ようやく商人がゆっくりと話を始めた。


「アラリリスは…もはや国と呼べるものではありません」


「お父さん!」


 ようやく主が話し出そうとするのを、娘が慌てて止めた。何かに怯えているようだ。


「良いんだよ。ロメリナ」


「でも!」


「やめなさい!」


「でも!」


「良いんだ!」


 俺の目の前で親子が争っている。話したらまずいことがあるらしい。とにかく話をさせなければ状況が分からない為、話を促すために俺から言葉をかける。


「娘さん。俺達は他国の人間だ。話しても問題はない」

 

 だがロメリナは口を閉ざして何も言わなかった。


「……」


「ロメリナよ。話してしまおう」


「そんなことしたら、国の皆が」


「もはや、アラリリスは国とはいえないよ」


「だけど、生きている人がいるわ」


「あの状態の国で生きている…などとは言えんのじゃないか?わしらだって生きているなどと言えるものか…」


「……」


 なるほど。箝口令でも敷かれていたのか、言ったら何かをされるという状況らしい。だが魔獣に襲われて食われた、というアリバイも作ってあげたし、この人らはデモンの干渉も魅了も受けていないので、話しても誰かに聞かれる事も疑われる事もない。そこで俺は更に声をかける。


「俺達から漏れる事は無い。俺達は恐らく君らの考える者とは違う」


「恐らくはそうなのでしょう。では、この子が恐れている事を話します」


 そして少女は観念したのか、それ以上、父親に詰め寄る事はしなかった。


「いつからになるでしょうか…こんなことになってしまったのは…」


 商人はぽつりと語り出した。


「前のアラリリスの王は人格者で、民を気遣い民と共に生きるお方でした。砂漠に近く厳しい環境のアラリリス国では、団結しなければ人々は生きていけません。前王はその厳しい環境であることを感じさせぬ、良き国を築き上げておりました」


「アラリリスは砂漠の影響は受けないのか?」


 あの危険な砂漠の脅威に曝されても、アラリリス国は存続し続けられるらしい。もしかすると、シン国のように結界が張られているのかもしれないと思い、俺は訊ねてみた。


「地形のおかげだと言われております。アラリリスは切り立った崖に囲まれ泉が湧き出た、砂漠のオアシスとして旅人が集まった国なのです。時折砂漠の恐ろしい魔獣が出るものの、人々が団結して追い払い国の安全を保っていました」


 どうやら地形に恵まれて国が存続しているらしい。グラドラムと似ているのかも知れない。商人が話を続ける。


「ある静かな昼下がりでした。突如、深く濃い霧が発生し、それが瞬く間にアラリリスを覆いました。アラリリスでは霧など出たことが無く、人々が何か天変地異の前触れではないかと騒ぎだしました」


「霧は珍しいのか?」


「はい。アラリリスではあまり見たことはございません」


「続けてくれ」


「はい」


  北の大陸では霧など珍しくはないが、南のこの地では霧を見たことは無いと言う。人間は初めて見るものに恐怖を抱く。人々が騒ぐのもおかしな事では無い。


「それからです。アラリリスがおかしくなってしまったのは」


「どうなった?」


「霧が発生した日に、下町の住人が僅かに消えたのです」


「住人が消える?」


「そうです」


「何処かに行ってしまったと言う事か?」


「最初はそうなのだろうと、皆が思っておりました。実際のところ私も家族もそう思っていたのです」


 そう言って商人は悔しそうな顔で口を噤む。


「それが違ったと?」


俺が話を続けるように尋ねた。


「恐らくは違ったのだと思います」


「恐らくは?」


「はい。と申しますのも確証が取れていないのです。でも間違いなく、人は都市を出て行ったわけでは無い、と私は思っています」


「どういう事だ?」


「これを言うと、私達も消されてしまうでしょう」


 商人が覚悟を決めた眼差しで娘を見る。ロメリナも同じような顔をして頷いた。そして話を続けた。


「そのとき、いきなり王が替わりました」


「ん?戴冠式とかがなく?」


「通常ならばございます。ですがそれもなく突如、王が替わりました。おかしな事だらけでございますす。王が崩御したわけでもなく、また、王族でもない血族以外の方が王になるなど、ありえません」


「なんでそうなったと思う?」


「恐らくは、下町の住人だけが消えたのではなく、あの人望のあった王も忽然と消えたのだと噂が流れております。そしてそれにすげ替えられるように、新しい王が現れたのです。しかしその王はどうやらアラリリスの民では無いようなのです」


 そんなアリエンティな事が起きれば、国の誰もが騒ぐだろうな。いつのまにか王が替わってるなんて、前代未聞だろう。


「異論を唱えるものが大勢いたろ?」


「はい。もちろんたくさんおりました。城には兵もおりますし、表立って騒ぐのは不敬にあたりますが、若者は気持ちを抑える事が出来ずに声をあげました」


「それでどうなった?」


「……」


とても言いづらそうだ。何かに怯えているようにも見える。だが商人はそのまま話を続ける事にしたようだ。


「異論を唱える者も…消えてしまいました」


《アナミス。ここまで、この者の言動に嘘はなかったか?》


 一旦、アナミスに念話で確認をとる。


《ございません。全て真実です》


《了解》


 こんな変な事が真実らしいが、敵の香りがプンプンしてくる。


「ですが…」


そのまま商人は続ける。


「それでも、まわりの人々にはどこか遠くに旅立って行ったのだと、言いはる者がおりました。しかし、さすがに私はそうでは無いと思い始めたのです」


「どうして?」


「それは…」


やはり口が重い。余程の事があったのだろう。俺はとにかく急かさずに次の言葉を待った。


「とうとう私の義弟が消え、従兄弟も消えたからです」


「前触れもなく?」


「はい。義弟とは前日に一緒に食事もして、これからの事やお互いの嫁さんの愚痴なんかを言ってましたから」


 なるほど、身近な人にそれが起きれば疑わざるを得ないな。


「義弟や従兄弟は人々が消えた事に強く疑問をもち、王が不当に変わったのだと疑っていたのです。今思えば、彼らを信じてあげるべきだった」


「弟さんは疑っていたと?」


「はい。従兄弟と一緒に、それを探るような事もしていたと思います」


「で、消されたか?」


「私の中で、それが確証に変わる出来事が起きました」


「なんだ?」


「義弟や従兄弟が消えた事に、腹を立てた正直者の私の妻が、そのことを知り合い達に相談して、吹聴して回ったのです」


「それで?」


「周りの人間達はそれを信じようとしませんでした。やはり義弟や従兄弟は、自分らで勝手に街を出て行ったのだろうと。ですが諦め切れない妻は、止める私をよそに、更に多くの人に訴えかけたのです」


「なるほど」


「そしてある日、妻は忽然と姿を消したのです。洗濯物を取り込み鍋に火をかけたまま」


そりゃ決定的だな。明らかに消えたのではなく消されたとしか思えない。真実を突き詰めようとすれば、消されてしまうようだ。


「それでどうしたんだ?」


「それから、私は妻を探し続けたのです。ですが一向に見つけることはできませんでした。そんなある日親しい友人に言われたのです」


「なんて?」


「これ以上探るな、諦めろと」


「なんでだ?」


「これ以上やれば、私も消されるからだと」


「誰に?」


「それはわかりません。ですが、私もそのような気がしました。娘もおりますので私は黙る事にしたのです。そしてアラリリスの街は、親が消えた者、子供が消えた者、妻が消えた者、恋人が消えた者、友人が消えた者で溢れ返りました。そして皆、口を揃えて同じ事を言うようになりました」


「なにを?」


「消えたものはきっと生活が嫌になって、アラリリスを出て行ったのだろうと」


うん。聞いた限りでは絶対にそうじゃ無い。それに対して異論を唱えたり、探したりすれば消されてしまうという、恐怖が都市に蔓延しているようだ。


「それからは生活が一変しました。働き手も減り、農業も狩りも廃れ始めたのです」


「そりゃそうなるか…」


「はい。更に悪いことは続きます」


「どうした?」


「砂漠から強い魔獣が来るようになったのです」


「急に?」


「はい。この都市には言伝えがあり、それがなくなったのではと言われています」


「言伝え?」


「この国には、虹蛇様のご加護があり、それで砂漠の魔獣から守られているのだと。そしてそれが消えたのではないかと言われています」


ああ、若干一名、その原因となってるかも知れない奴を知ってるかも。とりあえずここは黙っておこう。


「ならアラリリスは、壊滅するんじゃないか?」


「それがそうはならなかったのです」


「ならなかった?」


「はい。新しい王が強力な軍隊を連れてきたのです」


「強力な軍隊?」


「はい。ドゥムヤと呼ばれる、人形の軍隊です。それは人間より遥かに強く、強い魔獣をも撃退する力があります」


なるほど。それは確かに俺たちも見た…てか焼いた。大量に。


「それで?」


「ドゥムヤは、都市に滞在するようになりました。あの人間は、まるで人間のように振る舞います。ですが食べ物も食べずに、昼夜を問わずに働き続けるのです。そのおかげで都市は前より安全になったかも知れません」


まあ、それならそれで良いような気もするが、なにか釈然としない。それは目の前にいる商人達も、同じ気持ちのようだった。


「なら良いのでは?」


「それがそうもいきません。再び街に変な噂が立ち始めたのです」


「どんな?」


「ドゥムヤは…」


商人はとても言い憎そうだった。すると隣に座っている娘が代わりに答えるのだった。


「あれは…消えた人間なんじゃないかと」


「人間?」


「はい。あまりにも人間らしく、時おり街を懐かしむように徘徊するのです。人と接触する事はありませんし、話す事も出来ないようなのですが、ドゥムヤはあまりにも人間に似ている気がします」


「そんな感じがするだけ?」


「はい。ですが街の皆もそう思い始めています」


 えっ…もしそれが事実だったら、俺はこの人達の隣人を…ヒャッハァ!とか言って燃やし尽くしちゃったんだけど…


でも仕方がない。悲しいけど、これ戦争なのよね…


「怪しむ人が騒いだだろ?」


「最初はそうでした…」


「また騒いだ奴が消えたと?」


「そういう事です」


「あくまでも推測なんだな?」


「はい。確証はありません。そういった噂が流れているだけです。でも誰もが思っていても、口に出すことはできません。皆が皆を疑い始めているからです」


「疑い始める?」


「誰かがどこかに密告して、それで人が消されているのではないかとの疑いです」


 ロメリナがそう言った時、シャーミリアから念話が入る。


《ご主人様。そこに一緒に座る、御者に身体反応があります。どうやら動揺しているようです》


《親子には?》


《変化はありません》


《了解》


御者は何かを知っているのかもしれない。俺は御者に質問することにする。


「そこの、お前はそれについて何か知っているか?」


 すると御者は澄ました顔で答えた。


「いえ、何も知りません」


《アナミス、どうだ?》


《嘘をつきました》


《オッケ》


 この親子が知らない事を、御者はつかんでいるのかもしれんな…


「それでお前たちは、王の命令でここにきたんだな?」


 すると商人が答えた。


「そうです。あの兵隊は言葉を発さないので、理由を聞くなどはできませんでしたが、今回はなんと百体以上の護衛がつきました。恐らくはアンフィスバエナの情報が入っておったのでしょう」


「アンフィスバエナって言うのは、あの蛇の事か?」


「はい。アラリリスは虹蛇様を神と崇めておりますが、蛇の到来は幸運の訪れを意味しているのです。そして今、私達の前にアンフィスバエナが現れました。この地域では神獣と呼ばれています。それが現れた折に、あなた方はやってきた」


 商人が言葉を区切ると、ロメリナが口を挟んだ。


「もしや、あなたはアンフィスバエナ様の化身ではないのですか!」


放った言葉は、俺の想像の斜め上をいっていた。そう言われてみれば、鎧の装飾が尖ったウロコに見えなくも無い。どう返答したらいいのか迷ってしまうのだった。


「質問はこちらからだ!」


「し、失礼いたしました」


ロメリナはそう言うと、肩をひそめた。だがその眼差しには、どこか敬うような希望の光が込められているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ