第73話 強さをくれる者
俺は真っ暗闇の洞窟内にいた。
洞窟の中に一人で立ち尽くしていた。
シン・・
音もなく静かな空間がまるで俺ごと暗黒の一部にしてしまったような・・
ピチョン
どこかの奥でしずくがしたたり落ちた。その時だった俺はスゥっと1歩前にでた。
フォン
俺の後頭部のあたりを何かが通り過ぎた。その直後、俺は垂直に1.5メートルほど予備動作無しでジャンプをした。
シュッ
俺がたっていた足元あたりを何かか走り抜けたようだ。俺は着地と同時に3メートル先へと飛んで掌底を突き出した。
ポンッ
何かに軽く当たった。
ドサッ
人が倒れるような音がした。その倒れた後ろから気配がした。
シュッ
俺はスウェイの形でそれをよけ、真剣白刃取りの形で突き出されてきたものをよける。
目の前に突き出されている物は、フェアバーンサイクス ファイティングダガーナイフ FX-592だ。俺はこれがすこぶる気に入っている。いつぞやの戦いでオーガ達と一緒に騎士を狩りまくった。
「あれは痛快だったな・・」
そのままそれを相手からつかみ取り、上空に目にも止まらないスピードで放り投げる。しばらくするとカツン!と岩肌にナイフが突きたった音がした。ここは洞窟内だった。スウェイでナイフを上空に投げた姿勢のまま、左足を思い切り上空に蹴り上げる。
ダフッ
肉を軽く蹴る感触がした。
「がっ」
ドサッ
人が転がる音がする。すると間髪入れずに左右からナイフが突き入れられたが、俺はそれを両の手で少し押し出して避ける。すると少しよろけた感覚が伝わってくるので、想定したところに低空で回転脚を入れてみる。
ドサ!ドサ!
二つの気配が転んだようだった。すると背後からかすかな気が俺の後頭部に突き入れられる感覚がした。俺は首を左に傾けると頬の脇のギリギリのところをナイフが走り、髪の毛をゆらした。そのまま突き入れられた腕をつかみ、背負い投げのような形で床にたたきつけた。
ドサ!
俺は‥何もなかったようにそこに立った。
パチパチパチパチパチ
「お見事です!」
今度はお世辞でもなんでもない本物の賞賛の声が聞こえてきた。
俺は軍用のライトを召喚して灯りをともす。すると俺の周りには、ティラ、マカ、ナタ、タピ、クレの5人の戦闘ゴブリンが倒れていた。皆、意識はあるようだった。
「すまない、みんな怪我はしてないか?」
「ええ大丈夫です。」
「問題ありません」
「すこし肘をすりむきました。」
「おしりが痛いです。」
「頭がくらくらします。」
ゴブリンからそれぞれに答えが返って来た。
「ティラ俺は相手の力を利用して戦えているか?」
「申し分ないと思います。」
「そうか、じゃあ合格かな?」
「はい。」
そうだ。ゴブリンと戦闘訓練を始めてから、2年が経過していた。俺ももう11歳になって体も中学生のようになっている。おそらく前世の感覚で言ったら大きい小学5年生だろう。165センチは超えていた。
ギレザムもゴブリンたちも見かけは全く変わっていない、俺だけが成長していった。訓練の最初はティラひとりにですら、棒の先がかすりもしなかったが、今ではゴブリン隊長5人を暗闇で相手しても圧倒できるようになった。こちらは素手で5人にはファイティングナイフを持たせた状態でだ。
「あれから2年か・・やっとだ。やっとゴブリンとの訓練を卒業できる。」
「ラウル様、想定の条件よりかなり高い目標を叶えての卒業です。」
ギレザムがもとより想定していた条件を、俺があげてそれをクリアして卒業にいたったのだ。
「ギレザム、この基地は下層迄どのくらいあるんだっけ?」
「最下層ですと8階となります。」
「下の階層に挑戦できるかな?」
「そうですね、その前に2年前に断念した、我々との訓練を再開しませんか?」
「あの、さっむいやつか・・」
「はい。」
どうしよう、あれすっごく寒かったんだよな。死ぬほど寒くて本当に死にかけたんだっけ。
「今の気を放つラウル様であれば試練を越えられると思いますが。」
「本当か?」
「はい」
「わかった。じゃあやる。それと・・今日は俺の第1訓練卒業の日だ、みんなでお祝いしようぜ!」
「「「「お祝い?」」」」
ギレザムを含むゴブリン5人がみんなで?マークを浮かべた。
「ああ、それじゃ地上の城にみんなで一緒に行こう!」
「大丈夫なのですか?」
ティラが不安そうに俺に聞いてくる。
「大丈夫、ルゼミア陛下と父さんにはすでに話を通してある。」
「我々のようなものが一緒に?」
「あ、お前たちが緊張するといけないから、陛下と父さんには遠慮してもらってる。」
「は・・はい。」
俺達は洞窟を出た。
城の食堂につくとイオナ、マリア、ミーシャ、ミゼッタがそれぞれ準備のため動き回っていた。あれから2年で、イオナは27才、マリアは22才、ミーシャは17才、ミゼッタは11才になっていた。それぞれの雰囲気が前とは少し変わっている。
「あ、みんな。終わったのでゴブリン隊を連れてきたよ。」
「あら、ラウルおめでとう。合格したの?」
イオナが聞いて来た。
「ああ、ようやく免許皆伝だよ。」
「めんきょ??かい??」
「ああ、こっちの事だ。」
イオナは俺の後ろで静かに待っている、ゴブリン隊長たちに向かって話しかける。
「はじめまして。息子にいろいろと教えてくれてありがとうございます。」
「い・いえ・・」
「俺は・・なにも・・」
「そんなことは・・」
「お役に立てたかどうか・・」
「それほどの事は・・」
みな謙虚な返事を返している。
「母さん、みんな凄いんだよ!凄く早くて最初は手も足も出なかったんだ。」
俺が言うとティラがオドオドと話し始める。
「で・・でもこんなに早く5人を相手に出来るようになるなんて・・アルガルド様は私たちとは少し違います。」
「・・あなたのお名前は・・えっと。」
「ティラです。」
「ああティラさんね、ラウルが師匠と言っていたわ。」
「師匠だなんてとんでもないです。」
「あなたのおかげで毎日新しい発見があるといっていたわ。教える才能があるのね。」
「そんなことないです。」
すこしオドオドしながらティラが受け答えしている。
「それで、ラウルがあなた達とは違うってどういうこと?」
イオナが質問する。するとティラが答える。
「私たちがここまで成長するのに使った時間はもっと長いんです。」
「どのくらい?」
「30年はかかっています。」
「あ・・私たちよりずっと年上ですのね。失礼いたしました。」
イオナがあらたまって答えを返す。するとティラは恐縮したように言った。
「いえいえいえ!!そんなことはないです!そんな丁寧なお言葉遣いはいりません。」
「それでは・・」
「いや母さん、みんないいって言ってるんだし特に気にしなくていいと思うよ。」
「ラウルのお師匠様ですのに。」
「師匠だなんて、そんなことは無いです。」
ティラがぶんぶんと手をふっている。
「本当に俺の師匠だよティラは。」
「とにかく、立ち話もなんですから座りましょう。」
イオナが促して、みんなの席に座ってもらう。
「みんな、マリアとミーシャの料理はうまいんだぞ!楽しみにしてくれよ。」
「「「は、はい!」」」
少し待っていると、どんどん料理が並べられていく。
「こ、こんな料理初めてみました。」
ティラが言うと他のゴブリンたちも興味深々に眺めていた。
「これは大陸で人間たちが食べている食べ物だよ。材料はルゼミア陛下にお願いしてグラドラムから仕入れてもらったんだ。」
「そうなんですね。」
グラドラムは今、ファートリア神聖国の領になっている。2年で世界はほぼファートリア神聖国の支配下にあった。強国であったバルギウス帝国が主体とはならず、もとの強国であったバルギウス帝国ですら、ファートリア神聖国の属国に置かれている状況だった。
「グラドラムの皆さんは元気なのかなあ?」
「はい、お変わりなく過ごされているようですよ。」
マリアが聞いた話では、ポール王やデイブ宰相も健在だった。今は王ではなくファートリア神聖国のグラドラム領主と執事の立場だが、元気に暮らしているようだ。魔人国は厳しい北海を隔てているため、ファートリアとバルギウスの連合国も侵略してこなかったのだ。グラドラムは魔人国との玄関口という事もあって、他の国のように圧政に苦しむようなことは無かった。対魔人国の外交領のような扱いを受けているため、ひどい仕打ちを受ける事がなかったのだ。唯一ファートリア神聖国から遠い、魔人国のグラウスだけが独立国家としての地位を保っていた。
「魔人の国はかなり警戒されているようだね。」
「あの、グラドラム戦で一人も兵隊が帰ってこなかったことで、下手に手出しができなくなってしまったとの事です。」
「本当に計画通りにすすんだよ。死体の一つもないんだからな、警戒しない方がおかしい。」
俺とマリアがグラドラムの事を話しているとイオナが言う。
「ラウル・・あなたの計画通りね。」
「ああ、あれだけの戦力を一人も残さず消せば警戒するのは当たり前だからね。」
「ポール王もしたたかよね。ラウルが言った通り魔人を抑えられるのは我々だけだといって、ファートリア神聖国をけん制しているらしいわ。」
「それも俺がルゼミア陛下と相談して、敵が来たらそう言うように仕組んだんだけどね。」
「ふふふふ。」
「ははは。」
彼の人間性を思い出して俺達はくすくすと笑った。
「それじゃ、食事の準備もできたので、母さんお祈りを。」
「では、命に感謝して。いただきます。」
「「「「「いただきます。」」」」」
俺と、イオナ、マリア、ミーシャ、ミゼッタ。ゴブリン5人で卒業パーティーが始まった。
「おいしい!こんなにおいしい料理を食べたのは初めてです!」
「ほんとうだ!食べたことない!」
「大陸ではこんなものが食べられるんだ。」
「いくらでも食べられる。」
「もぐもぐ。」
ティラ、マカ、ナタ、タピ、クレはそれぞれ感想をのべながら料理を食べていた。皆、凄く喜んでくれた。
「このお魚のパイ・・懐かしい味だわ。」
イオナがしみじみと言う。
「はい、私とミーシャでセルマの事を思い出しながら作りました。」
「セルマ・・彼女の料理は本当においしかったわね。」
「はい・・」
イオナの思い出話にマリアとミーシャが少し涙ぐみながらうなずいている。セルマは逃亡の旅の途中で、レッドベアーの一撃で即死してしまった。彼女の料理は本当に絶品だった。おふくろさんを亡くしたような悲しみが思い出される。
「俺とグラム父さんはいつもこのパイを楽しみにしてたっけ。」
「レナード様やセレス様、シャンディ様もいつも楽しみにしてました。」
「クレムとバイスは残りを取り合って喧嘩したりしてました。」
俺とミーシャ、マリアがそれぞれに魚のパイについての思い出を語る。久しぶりのサナリアの料理に、3年前まで住んでいた故郷の事をしみじみと思いだしていた。
「どうしたんですか?」
悲しみと思い出に包まれた俺達をみて、ティラが聞いてきた。
「いや・・なんでもない。美味いだろこれ?」
「はい!すっごくおいしいです!」
「うん、俺もそう思う・・」
「アルガルド様?泣いてますか?」
「いや・・ほんの少しだけ懐かしくなっただけさ。」
セルマの温かい家庭料理の味に、ほんの少し塩加減が加わってしまった。それでも・・この味はずっと忘れた事がなかった。
「そう・・俺は忘れてはいない。」
小さな声でつぶやくのだった。
ティラは成長が早いと言ったが、そう・・俺を強くするものはいつも心の中にある・・