第726話 行商人捕獲作戦
シャーミリアが捕獲してきた魔獣は、北では見たことのないものだった。カバだか豚だか分からない小型の魔獣で、その肉はまんま豚肉のような味がした。ミーシャ特製の調味料のおかげで、普通に焼肉屋の味がする。
俺の前に座っているカトリーヌがポツリと言う。
「普通の人間が居たのですか…」
「そうなんだよ。まるで何事も無かったように、普通に生活をいたんだ」
「攻略が難しいですね」
「どうしたものか…」
肉に舌鼓を打ちながら、俺達はどうすべきかを模索していた。
「敵には気づかれているのでしょうか?」
「どうだろうな…敵なのかどうかも分からなくなってきたし」
「アスモデウスのように味方になると言う事ですか?」
「それもわからん」
人間と平和に暮らしている以上、敵かどうかも分からない。もしかしたら人間を養殖でもしているように、生贄として飼っているだけなのかもしれない。するとマリアが横から話して来た。
「ラウル様。敵はどうせデモンなのですよね?デモンだけを始末してしまえばいいのではないですか?」
「私もそう思いますわ」
カトリーヌもマリアに強く同意する。愛する人たちを残虐に殺された二人は、デモンがどんな相手であれ許す事が出来ないようだった。もちろんそれは当たり前の感情だ。
「まあ、そうしたいのはやまやまなんだけどな。デモンの位置も数も分からないし、バティンのような潜伏型のデモンだった場合には、作戦は失敗するだろう」
「そうですね…」
「はい…」
二人は残念そうな顔をする。どうしてもデモンを殺してほしいようだ。
俺達が肉を食っていると、虫が寄って来た。サキュバスのアナミスが虫よけのモヤを出して追い払う。北大陸の森と違ってやたら虫がデカいし、なんか見たことのない形をしていて不気味だった。
「ラウル様」
カトリーヌから離れているルフラが発言する。
「なんだ?」
「潜入はどうでしょう?」
「潜入ならガザムがしてみたけど?」
「いえ、そういった潜入ではありません。例えばですが普通に人間の営みがあるのなら、南からの行商人のフリをして中に入ってみると言う事です」
「なるほど…」
それも可能かもしれない。だがそんなに簡単に行くだろうか?
「もし村への入村許可証とか何らかの認証方法があったりしたら、すぐにバレそうだけどな」
「それならば、行商の人間達を襲い成りすませばよろしいのでは?」
「成りすます?顔見知りだったら?」
「私が形態を模写して、潜伏すれば問題ないかと」
「…単独ではダメだ。危険すぎる」
「いざという時は脱出します」
俺は頭の中でいろいろと考えて、ある結論にたどり着く。
「それなら、ルフラと一緒に俺が行く」
「「「「「「いけません!」」」」」」
一斉にダメ出しをされてしまった。
「だって、ルフラだけを行かせたら脱出できない時だってあるかもしれない。そんな時は車両を召喚して、突破したらいいんじゃないかと思って」
「ご主人様。お言葉ではございますが、敵に炎の一族のフー以上の者が居た場合、逃げ切れない可能性もございます。その間にデモン召喚魔法陣が発動されれば大変危険かと思われます」
シャーミリアの言うとおりだった。相手の力量が全く分からない以上、下手に手出しが出来ない。今のシャーミリアの言葉で、俺達の議論が止まってしまった。
「ルフラ…違う方向で考えようか」
「その方が良さそうです」
ルフラの案は悪くないと思ったが、やはり敵の状況が分からない以上は簡単ではなかった。
「ラウル様」
カトリーヌが何かを思いついたようだ。
「なに?」
「行商人を捕らえるまでは良いのではないですか?都市に入らず、行商人から何か情報を得ることが出来るかもしれません」
「まあそのとおりだな。行商人を捕らえて尋問すれば、何か情報が得られるかもしれない。敵にその異常を気付かれるまでは、何も手出しはしてこないだろう」
「はい」
「皆はどう思う」
ここいる全員が、それについては異論は無いようだった。
「それではラウル様」
アナミスが発言する。
「なに?」
「もしラウル様が問題ないのであれば、情報を聞きだした後で行商人の魂核を書き換えてしまいましょう。そやつらに中の情報を調べさせれば良いのではないでしょうか?」
めっちゃグッドアイデア!良い答えだ!
「いいね!その作戦にしよう」
「ラウル様、ひと言よろしいでしょうか?」
「どうしたギレザム?」
「行商人がデモンの干渉を受けていた場合、もしくはデモンの護衛がついているなどがあった場合はどうされますか?」
「…なるほど、そいつはまずいな」
「ご主人様。それでは私奴が気配感知で確認をして、問題のない場合に襲撃をかけましょう」
「そうしよう」
いい感じだ。皆の意見のおかげで、よりいい作戦が出来上がってきた。行商人を襲うメンツも大まかに決まってくる。
やっぱ美味い物を食いながらだと、いい案出るなあ…いいぞいいぞ!そして魔人達もこれまでの経験から凄く考えるようになっているし、成長を感じるなあ…
「おかわりはいかがでしょう!」
シャーミリアが今の俺の思念を感じ取ったらしく、焼いている肉を俺の所に持ってきた。
「あ、ありがとう!」
「お礼など!」
俺がシャーミリアから肉の串を受け取ってかじる。焼きたてジューシーでうまい。ビールが欲しい。
「では本日の午後より、作戦を開始する。上手く行商人が来てくれればいいが、どのくらいの周期で周って来るのかで作戦の期間が決まるな」
「干ばつで農作物が育たないとの話もありました。行商人が来る周期は早いかと思われます」
村人が話していた内容からガザムが推察して言う。それはその通りだろう、畑が死んでいるのなら補給物資が無ければ生活は成り立たない。そう日にちを待たずに行商が来ると想定された。
「張り込み要員は、俺とアナミス、シャーミリア、ガザム、ルフラだな。そして拠点をここから移す必要がありそうだ。距離が遠すぎてどちらへの援軍も出しずらい」
「ではヘリを移しますか?」
マリアが言う。
「いや、ヘリは破壊していく。陸路で進むことにしよう」
「かしこまりました」
作戦の骨子は決まった。食事を終えて、ヘリからリュックに詰まった物資を運び出していく。全て運び出してから、カララが糸でヘリを細分化した。
「ふう、じゃあ埋めるか」
俺が召喚したシャベルで掘った大穴に、ヘリの残骸を押し込んで土をかけて埋めた。以前北大陸ではバティンらが、兵器の残骸を追って来たらしいので、痕跡は消さねばならない。
「マリアはリュックを背負わなくていいよ」
「ですが…」
「いや、魔人に任せてくれ」
「はい」
「ゴーグ!」
「はい」
「マリアを乗せてくれるか?」
「はーい」
そしてゴーグが服を脱ぎだした。狼形態になると服が破れてしまうので、脱いだ服はリュックに詰め込んでいる。前は考え無しに狼化していたのだが、だいぶ成長したようで後先を考えるようになっている。服をしまい込んでから狼化してふせの体制を取る。
「よし、行くぞ!」
「「「「「は!」」」」」
ここから敵が潜伏する村まで八十キロはある。マリアが走っても魔人の速さには到底追いつけない、そのためゴーグに乗ってもらう事にしたのだった。カトリーヌはルフラを纏っているので、走るのはルフラ任せでいい。俺もヴァルキリーを着ているので、余裕で魔人について行くことができる。
「では私奴が先行します」
「頼む」
シャーミリアを先頭に、武器とリュックを背負った魔人達が行軍を開始する。服装がまちまちなので軍隊には見えないが、むしろそれがこの集団の異様さを浮き彫りにしていた。ドレスを着た女、メイド服を着た女が二人、鎧付きの服を着た偉丈夫、暗殺者のような服を着た男、煽情的な服を着た女、貴族風の服を着た女、全身マントのフードをかぶったバケモノ、恐ろしいほど大きい狼、そして全身鎧の俺。どう考えてもまともじゃない。
《目立つよな…》
《我が主!我々が一番目立っていると思います!》
何故かヴァルキリーが嬉しそうに言う。感情はないのだろうが、目立っているのが何かうれしそうだ。
《目立ってナンボじゃないよ》
《失礼いたしました》
《でも、俺が真っ先に標的になるから、みんなは守られるな!》
《はい。我は頑丈故、皆をお守りする事ができるかと》
《よろしく頼む》
森の中を進軍する間も、様々な魔獣がいたがまったく無視して走っていた。魔人達の走りに魔獣が襲って来る暇もないのだ。超進化を遂げた魔人の走りは異次元で、草木の多い森の中をまるで草原を走るかのように走る。
しかしこの密林は北の大陸の環境とは全く違うな。西に進めば砂漠があるというのに、普通に青々とした木々が生い茂り、足元には草や枝が豊富に生えている。トカゲみたいな魔獣もいるし、とにかく虫が大きい。砂漠のサソリも大きかったので、この地域特有の生態系なのだろう。
《よし!半分まで来た、ここから少し東へと逸れて行こう》
《かしこまりました》
シャーミリアが東へと進み、俺達はそれについていく。しばらく進むと少し傾斜が出て来て、登っているようだった。どうやら山脈付近まで到達したらしい。
《よし!止まれ!》
俺の念話による通達で全員が止まった。この周辺に拠点に出来そうな所は無いか探す事にしたのだ。
「テントではなく、車両を置いて拠点とする。平らな場所を探してほしい」
そして俺達は、車両が置ける平坦な場所を探す。すると少し高台に崖の上に、平らな場所を発見したのだった。そして都合の良い事に、ここからはデモンが潜伏しているであろう村を遠くに見る事が出来た。
「よし、ここなら周りも見渡せるし、いざという時すぐに対処できるだろう」
俺はすぐにRG-33L装甲車を二台召喚した。一台では狭く居住空間が取れない為、二台置いて窮屈にならないようにしたのだった。
「中に荷物を入れてくれ!準備ができ次第、待ち伏せ部隊を出発させる」
「「「「「は!」」」」」
そして皆が準備をしている間に、俺はその高台に多連装ロケットシステムM270 MLRSを設置した。万が一、村の魔法陣が発動してデモンだらけになった時に、ここからミサイル攻撃を行うためだ。
「ギレザム!万が一はここから砲撃を頼む」
「わかりました」
そして俺はマリアにTAC50スナイパーライフルと、大量の弾丸を召喚した。
「こちらに近づいてくる敵が居たら、ここから狙撃をしてくれ。敵を近づけるな」
「かしこまりました」
《ファントム!みんなを守ってくれよ!》
《ハイ》
うん。ファントムもきちんと返事が出来るようになったな。よしよし!
準備を終えた待ち伏せ部隊が、拠点を出発したのはその三十分後だった。