第724話 南に巣食う敵
砂漠基地のヘリポートには、2機のCH53Eスーパースタリオン輸送ヘリが待機していた。2000キロもの航続距離があるため、調査中は新しい機体を召喚しなくても済む。既に各部隊への作戦報告は昨日のうちに終えている。出撃に備え、まだ薄暗い夜明け前のヘリポートに皆が集合していた。日中の灼熱とはうってかわって朝方は少し冷え込むほどだった。人間ならこの環境に適応できずに体調を崩してしまうだろうが、ドワーフの建造物が優秀なので問題は無かった。
「では先生!行ってまいります」
「うむ。各隊、気をつけるのじゃぞ!東の本隊はもちろんじゃが西の山脈も安全ではない、心してかかるのじゃ」
「最新の注意を払います!」
オージェがモーリス先生に礼をする。俺は残していく魔人に向かって号令をかけた。
「よし!ラーズ!ミノス!ティラ!先生と母さん達を頼むぞ!」
「「「は!」」」
東の調査隊はアルファ小隊、西の調査隊をブラボー小隊と名付けた。もちろん転生組四人がいたずら心でつけた呼び名だ。俺達の隊がアルファ小隊となる。
「アルファ小隊、ヘリに搭乗せよ!」
「ブラボー小隊、ヘリに搭乗せよ!」
俺とオージェが自分の隊員に声をかけて、ヘリへと乗り込んでいくのだった。
《ヴァルキリー来い!》
《はい、我が主》
ヴァルキリーが俺に近づいて背中部分を開放させ、俺は中に入り込む。後部が閉まり俺の視界はヴァルキリーの視界に移行した。既にミーシャが飛行ユニットを取り付けてくれている。
「シャーミリア、予定通り俺もヘリの護衛につくぞ」
「は!」
今回ミーシャがグラドラムから持ってきたヴァルキリーの推進装置は、更に性能が向上しているようで、かなり航続距離が伸びたそうだ。更にファントムに大量の予備推進剤を飲みこませたので、エネルギー切れの心配もない。
《全員装備の確認を!》
《《《《《《完了しております!》》》》》》
アルファ小隊とブラボー小隊の魔人たちから一斉に返事が返ってくる。皆が既に臨戦態勢に入っているようだった。CH53Eスーパースタリオン輸送ヘリのエンジンに火がはいり、ローターが勢いよく周って砂煙が立つ。
《出発せよ!》
《《《《《《《は!》》》》》》》
二機のヘリがゆっくりと上昇していく、ブラボー小隊のヘリが西に進路を取りアルファ小隊のヘリも南に向けて進み始める。俺はそれを基地から見上げヴァルキリーに話しかける。
《ヴァルキリー、用意は良いか?》
《飛びます》
バシュッ!
あっという間に上空に浮かんだ。シャーミリアが横に居て俺を見守っている。今度の飛行ユニットはすこぶる調子が良さそうだ。
《ミリア、問題なさそうだ。行くぞ!》
《は!》
俺達は先を行くCH53Eスーパースタリオン輸送ヘリの側面についた。シャーミリアもM240機関銃とバックパックを背負いながら、軽々と体を浮かせて飛んでいた。俺は状況に応じ武器を召喚しようと考えて、今は非武装となっている。
《魔獣を見つけたら予定通り排除して良い、ヘリには何も近づけるな》
《かしこまりました》
ヘリの中の皆には悪いが、ヴァルキリーの中はとても快適だった。鎧内部の温度は常に一定に調整されているのだ。
《お前を作った人は本当に偉大だ》
《それは良かったです》
《重量を除いては、なにも言う事はない》
《重くて、申し訳ございません》
《いや、防御力が最高って事だよ》
《ありがとうございます》
飛ぶ俺達の左側、東の山脈から朝日が昇って来た。紫色に染まる空がとても美しかった。山脈はどこまでも続いており、反対側を見れば無限に続く砂漠が見える。この砂漠の更に奥に進めばあの瘴気だまりがあるのだった。
「無線の試験だ!アルファー小隊カトリーヌ!聞こえるか?」
「感度良好。問題ございません」
「了解だ」
ヴァルキリーには無線の機能があるのだった。これもグラドラムから持ってきた機器を、ミーシャがヴァルキリーに取り付けた。
《ブラボー小隊ルピア、念話は問題ないか?》
ブラボー小隊に念話を繋いでみる。
《干渉はございません。良好です》
《オッケーだ》
ブラボー小隊はシン国の最南端、結界の内側を飛んでいるため現状は危険がないだろう。西の山脈に到着してからが本当の作戦開始だった。
《ご主人様、ゼロ時方向に飛竜の群れを確認。排除します》
シャーミリアが魔獣を確認した。
《了解》
ドシュッ!
シャーミリアはあっという間に見えなくなってしまう。俺はヘリの後方にさがり全体を見渡せる位置へと動いた。
《排除完了》
早っ!
《いつも通り手際が良いな》
《い、いえ…それほどのことは》
《そのままヘリを前後で挟むように、編隊を組むぞ》
《は!》
それから一時間ほど、約三百キロくらい飛んだところでシャーミリアから再び念話が入る。
《ご主人様。砂漠の瘴気が見えます》
《東にも伸びているのか》
《辛うじて街道は生きているようですが、いかがなさいましょう》
《東寄りの、山脈付近の森の上を飛ぶ》
《かしこまりました》
そして俺はすぐに、ヘリでナビをしているカトリーヌへ無線を繋げた。
「アルファ小隊、カトリーヌ」
「はい」
「瘴気の影響を受けないように、三キロほど東を飛ぶ」
「了解しました」
指示をすると、CH53Eスーパースタリオン輸送ヘリはスムーズに東に旋回し、その位置をずらしていく。マリアの操縦は既にこのレベルまで来ていた。もちろんエミルには及ばないだろうが、熟練パイロットの域にあるようだ。銃を最初に教えた時といい、スナイパーライフルを教えた時といい…なんでこんなに出来るのか本当に不思議だった。元はただのメイドなのに。
やっぱ、俺の魔力を若い頃から浴びたせいのようだ。モーリス先生がそのような事を言っていたが、マリアは俺が必要としている姿になるため努力としているからだとも言っていた。俺から受けたイメージの力が強化されたのかもしれない。
「朝日が綺麗ですわ」
「本当だなカティ、平和な世界でゆっくり眺めたいもんだ」
「ええ。その時はぜひお側で」
「了解だ。そしてこれは軍用無線だ、個人的な会話は慎むようにな」
「す、すみません!」
《あら、よろしいじゃありませんか。カトリーヌもラウル様の肩の力を抜いて差し上げようと思ったのですわ》
カララが俺をたしなめるように言う。彼女は俺に意見をしてくる数少ない魔人だ。彼女の意見はとてもありがたい。そして俺はカトリーヌを叱りたかったわけじゃない。だが俺の身内にだけ甘くしては、魔人達に示しがつかないと思っただけだ。
《ラウル様がカトリーヌ様に甘くしたところで、我々はラウル様に甘える事などありません。問題ないです》
アナミスには俺の心が見透かされているようだ…恐るべきサキュバス。
《分かったよ、お前達には敵わないな》
《《うふふふふふ》》
カララとアナミスがからかうように笑う。
《お前らラウル様をからかうのではない!不敬だぞ》
ギレザムがめっちゃ真面目に怒る。系譜の順列には厳しいのだ。
《もちろん分かっているわ》
《まったくギレザムは真面目ね》
《シャーミリアを見習え》
《もちろんラウル様をお慕い申し上げておりますが、あれは…ちょっと》
《そうだわ》
《あなたたち!作戦行動中よ!ご主人様の邪魔をしないように!》
シャーミリアも真面目に怒る。このあたりは魔人でも性格にばらつきがあって、天真爛漫なルピアなんか、もっとまじめにフワフワした発言をしてくる事がある。それはそれで各自に個性があって良いと思うのだった。
・・・・・・・・・・
《ここより八十キロ先に何らかの反応があります》
シャーミリアが念話で伝えて来た。
《デモンか?》
《瘴気の影響か分かりませんが、はっきりと確認する事が出来ません》
《距離的に敵からも発見される事は無いだろうが降下しよう》
《《《《《《は!》》》》》》
《各員戦闘準備》
《《《《《《は!》》》》》》
太陽は既に東の空に上がり、辺りの気温が上昇してきているようだった。砂漠を見れば砂の先には瘴気が渦巻いており、そこから天気がまるで違う。砂嵐も発生しているようで、瘴気もかすんで見えるのだった。
「ヘリを着陸させるぞ」
「はい」
《ファントム!飛びおりて、ヘリが着陸できるように森の木を倒せ》
《ハイ》
やっぱ新鮮だわ…ファントムは今のところ返事しかしないものの、言葉を発している。ただ《ハイ》と《ナイ》しか聞いた事がないので、今度時間を作って言葉を教えてやろうと思う。
CH53Eスーパースタリオン輸送ヘリの後部ハッチが開いて、ファントムが飛びおりた。そのまま垂直に落下して、森の中に消えていくのだった。するとすぐに木々が倒され始めて、あっという間に円形に地面が現れるのだった。
「よし着陸だ」
「はい」
マリアの操縦で、CH53Eスーパースタリオン輸送ヘリは即席のヘリポートへと着陸した。マリアの操縦技術はまるでエミルの操縦を見ているようだった。もしかしたらエミルの技術をコピーしたのか?と思わせるほど、正確無比に着陸したのだった。
俺とシャーミリアも、CH53Eスーパースタリオン輸送ヘリの側へと着地する。
《脱着》
ガパン
ヴァルキリーの背中部分が開いて外に出た。
「暑っついな…、今までが快適だっただけにきついわ」
そして俺はすぐにCH53Eスーパースタリオン輸送ヘリに乗り込んでいくと、皆が待機していた。そこにシャーミリアもやって来る。
「ミリア!何か分かったか」
「八十キロ先に何かが居る事は分かっているのですが、それがデモンなのか人間なのかはっきりしておりません。もう少し近寄らないといけません」
「そうか…なら、俺とシャーミリアとマキーナが先行して、その正体を見極めよう」
「「かしこまりました」」
「ギレザム!アルファ隊はここで待機させ、俺達の連絡を待つようにしてくれ」
「は!」
「マリアとカトリーヌは食事と休憩をとれ、暑いから水分と塩分の補給はマメにな」
「はい!」
「かしこまりました」
「じゃ行って来る」
「「「「「お気をつけて!」」」」」
「お前たちも警戒を怠るな」
「「「「「「は!」」」」」」
そして俺はペットボトルの水をひとくち口に含んで。再びヴァルキリーを装着するのだった。
《低空を飛ぶ》
《はい我が主》
ヴァルキリーがスタンバイする。
《シャーミリアが先行し、俺とマキーナがついて行く》
《《は!》》
俺達三人は森の木々を縫うように飛び始めた。わざわざそうするのは、遠方から発見されるのを防ぐためだ。シャーミリアが縫うようにジグザグに飛び、俺とマキーナがついて行く。シャーミリアの後をトレースする事で、木にぶつかることなく飛ぶ事が出来た。
ザッ!
シャーミリアが空中で止まる。
《ご主人様、これは…》
《なんだ?》
《恐らくはデモンと人間が一緒にいるようです》
《…魅了されているのか?デモンと手を組んでいるのか?…わからんがデモンに与する者は全て敵だ》
《かしこまりました》
《距離は?》
《あと十一キロほどです》
《敵はこちらに気が付いているかな?》
《ここまでの道中で、斥候などは出ておりませんでした。しかしバティンのような者もおりますので、確実とは申せません》
確かに。バティンが消えている時は、シャーミリアでも気配を感知する事は出来なかった。もしかすると俺達を既に感知している可能性もある。かなり高度をあげて飛んできたはずだが、音や気配で認識されている可能性は高い。
《ヘリを飛ばして近づくのは得策じゃないな。ファントムとカララ、ルフラとアナミスを、マリアとカトリーヌの護衛に残して、ギレザムたちオーガ三人衆を呼ぶ》
《適任かと》
《よし!》
俺はすぐさまギレザムたちに念話で告げた。ギレザムたちは飛んでくるわけじゃないから、俺達の数倍の時間がかかるだろう。
「どれだけ情報が取れるかな…」
敵が何故ここにとどまっているのか?敵は俺達の存在に気が付いているのか?それを探り対策を練る必要がある。ギレザムたちが到着するのを静かに待つことにする。