第722話 砂メガロドン
「「「「これは…」」」」
俺達、転生組はビビっていた。
M113装甲兵員輸送車をザンド砂漠の奥へと進ませた結果、恐ろしい光景を目の当たりにしたからだ。数百メートル先で行手を阻むかのように暗黒の瘴気が立ち昇り、オ、オ、オ、オ、オ、オ!と唸るように吹き荒れている。まるで巨大な暗黒のバケモノが、俺達の侵入を拒んでいるかのようだ。明らかに空母落としを行った直後よりも酷い状態になっている。
「やはり引き返しましょう」
俺がモーリス先生に提案してみる。実はさきほど一度戻るように勧めたが、即答で先に進もうと返事して来たのだった。俺は念を押すように戻る事を進言する。
「なぜじゃ?」
先生が、もう一度同じ答えを返してくる。
なぜじゃ?って、そりゃ身の危険を感じるからですが、何か?
五人とも防毒マスクをかぶり防護服を着ていた。操縦席に設置されたモニターには、異常な空間が映しだされている。絶対に何かがおかしい、ここで戻るというのは正常な判断だと思う。
「危険だからです」
「危険?そりゃ当たり前じゃろう、未知の土地の調査に来ておるのじゃから。本来、冒険とは危険な事の繰り返しじゃぞ。ひよっていては何も掴めんのじゃ」
この状況にひよってるやついる!!全員だよな!!
俺達の眼前に広がるそれは、冒険などという領域を遥かに超えてる気がする。モーリス先生はどんだけ肝っ玉がすわってるんだろう。好奇心オバケは本当に困る。
「とにかく先生、魔人達を引き連れて出直しましょう」
「おや?ラウルよ、早速魔人を出動させるのかの?」
「それはそうです。適材適所というものがあります!」
「ラウルよ…この地の調査を疎かにすれば、更に危険じゃと思うぞ」
俺達がこの地をノーマークにすれば、ここを通って敵が攻めてくるかもしれないと言う事だろう。だが…こんなとこ敵は通ってくるか?辿り着くまでに大半は死ぬだろ。という思いが心をよぎる。
「こんな恐ろしい土地を通って、敵が来るとは思えないのですが?」
「そ…それならば、せめて瘴気の採取をさせてほしいのじゃ!それだけなら安全にできるじゃろ?」
モーリス先生はどうしても諦めきれないようだった。そして俺は瘴気が採取出来る物だという事を、たった今知った。一体あんなものどうやって採取するというのだろう。
「どうすれば良いですか?」
「まずは、ギリギリまで近寄ってくれんかの」
ギリギリまで近寄るのも拒否したいところだが、モーリス先生の譲歩案を受け入れることにする。
「わかりました!」
「すまんの」
「オージェ!聞いての通りだ!」
「マジで行くのか?」
「ギリまで寄せてみよう」
「了解」
M113装甲兵員輸送車が、瘴気が発生している方向へと走り出す。近づけば近づくほど暴風が荒れ狂い、重厚なM113装甲兵員輸送車の車体が軋む。重量があるため飛ばされはしないだろうが、外はかなり危険な状況だとわかる。
するとエミルが後ろを振り向いた。
「あの、先生」
「なんじゃ?」
「下級精霊達を呼ぶ事が出来なくなりました。怖がっているようで、上級精霊も嫌がってますね」
「なるほど、既にこの土地は自然にあらず。といったところかの、生き物が生息するには厳しすぎるのかもしれん」
見りゃわかる。
「既にこちらまで、瘴気が届き始めました!」
オージェがモニターを見ながら叫ぶ。
「先生、これで瘴気が採れますか?」
「まだ無理じゃ!」
「しかし…」
これ以上、突入するわけにはいかない…だが先生はあきらめてはいなかった。
「しばし待て!」
「はい」
モーリス先生は俺の言葉を制して何か考えている。
「ラウルよ、わしに魔力を分けておくれ」
「魔力ですか?わかりました」
俺がモーリス先生に触れて魔力を注ぎ込むと、車内に明かりが満ちてくる。どうやら俺の魔力を使って強力な結界を張ったようだ。だが俺の魔力を多く取り込むことで、モーリス先生の体にも負担がかかっているだろう。
「突っ込んでおくれ」
「この中にですか?」
オージェが焦りも隠さずに聞き直す。
「やるのじゃ!」
「はい!」
オージェがモーリス先生に気圧されるように、更にM113装甲兵員輸送車を進めた。結界で守られているからこの程度で済んでいるのだろうが、モロだったらどんな結果になっただろう。
「なんだ!?」
「どうしたオージェ!」
オージェが何かを感じとって狼狽えている。ウォオオオオオオオ!とM113装甲兵員輸送車の、2ストロークV型6気筒液冷ディーゼルエンジンが唸る。
「進みが遅い。瘴気の内面から圧力がかかっているようだ」
オージェの額に汗が浮いている。
「質量があるのか?」
エミルもモニター越しに見て首をかしげていた。
「なんとか押し切るのじゃ!」
それでもモーリス先生は強引に指示を出した。瘴気と結界との接触面が、球体状に推し進められていく。車両が完全に瘴気の中に入った。
「すまんが、ラウルよ。ファントムにこれを持って外に手を出すように指示しておくれ!」
「それは?」
「魔道具じゃ!」
「わかりました」
モーリス先生はバックから見たことのない、銀の筒のような物をとりだしてファントムに渡した。モーリス先生から手が離せない俺はグレースに指示を飛ばす。
「グレース!ハッチを開けてくれ!」
「了解」
《ファントム!ハッチを開けるぞ!》
《ハイ》
ファントムが答えた!
グレースがハッチを開ける。俺達は備えて身構えたが、瘴気は入り込んでは来なかった。かなり堅牢な結界が張られているようだ。ファントムが銀の筒を持って、ハッチの外へと手を出した。
「一旦、結界を緩めるのじゃ!」
モーリス先生が魔力の調整をして、外部の結界の範囲を変えているようだった。
バシュゥゥゥ!
何かが弾けるような音がした。
「ん?急いでハッチを締めるのじゃ!」
モーリス先生の予測を超えたのか、急遽ハッチを閉じる事になった。
ガパン!
グレースがハッチを締めると、モーリス先生は再び結界を強く張った。
「どうなった?」
俺がファントムを見る。顔から腕そしてその先へと…
「あれ?」
ファントムの手首から先がなくなっていた。握っていたはずの銀の筒も一緒に無くなっている。
「失敗したのじゃ!」
モーリス先生がショックを受けている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
その時いきなり車体が大きく揺れ出した。大地震が起きているかのようで、モーリス先生が俺に倒れ込んでくる。俺はそれを受け止めて転げた。モーリス先生が怪我をしないように、体制を整えて止まる。
「なんだ?」
「いかん!瘴気の渦から出るのじゃ!」
モーリス先生が叫ぶのと同時に、オージェがM113装甲兵員輸送車を後方に下がらせる。だが瘴気が邪魔をしてなかなか進むことが出来なかった。それでもじりじりと車体が下がっていく、瘴気に深く飲み込まれてしまったようで、なかなか外に出られない。
「ラウル!もっと魔力を注いでおくれ!」
「杖が壊れます!」
「命には代えられん!」
「はい!」
俺は更に強い魔力をモーリス先生に注ぎ込む。するとモーリス先生が苦しそうな顔をして呻いた。
「ぐぅ」
「大丈夫ですか?」
「よい!続けるのじゃ!」
俺はそのまま強い魔力をモーリス先生に注ぎ続ける。更に周辺に魔力が満ちて、結界が強化されていった。
ゴゴゴゴゴゴ!
「お、おい!あれはなんだ!」
エミルが叫んだ。モニターに映る地面が大きく盛り上がって来たのだ。何かが地面の下から出ようとしているように見える。いきなり山が出来上がったと思ったら砂が落ちていく。そして砂が落ち切ったところで正体が見えた。
「…サメ…」
「だな」
「デカいぞ…」
オージェとエミルが呟き、それを聞いたグレースが前面に移ってモニターを覗き込む。
「あれは…メガロドンじゃないですか?」
「えっ…」
「マジ…」
いきなり砂の中からメガロドンが出てきたらしい。
「なんじゃ?メガロドンとは?」
「サメの巨大なやつです」
「いや…ラウルさん。メガロドンなんてもんじゃない!物凄くおっきいですよ!」
砂の中から、とてつもなくデカい鮫が飛び跳ねたのだった。メガロドンというにはそのサイズがおかしすぎた…百メートルはあるのではないかという大きさだった。
「「「うわああああああ」」」
オージェとエミルと、グレースが車両の前方で叫んでいる。
「どうした?」
状況が分からない、後部ハッチ付近の俺が聞く。
「津波だ!」
オージェが言うと車両の前方が急に上を向いて、俺とモーリス先生は後部ハッチの所まで転げてしまった。どうやら巨大鮫が飛び跳ねた影響で、砂の津波があがったようだ。おかげで俺達が乗るM113装甲兵員輸送車は、何回転もしながら瘴気の外側まで放りだされてしまう。そのまま天井部分を下にして地面に落ちた。
「いつつつつつつ…」
「先生!大丈夫ですか?」
モーリス先生は御老体だ、どこか怪我をしたのかもしれない。
「ああっ!!!!」
「どこか怪我をされたのですか!!」
「杖が折れてしもうた!!!!」
モーリス先生の杖が、折れて転がっていた。
「とにかく逃げた方がよくねえか?」
オージェがこっちにやって来た、グレースとエミルも無事なようだった。
「そうだな」
ガチャ
「あれ?」
逆さまになっているためか後部ハッチが開かない。俺がおもいきり力を込めてみるが、うんともすんともいわなかった。
「開かない」
「どいてくれ」
オージェは防毒マスクを脱ぎ、スゥっと息を吸い込んで呼吸を整えている。
「ハッ!」
オージェが正拳突きをくりだす。バゴオォォォォン!と思いっきり後部ハッチが吹き飛んだ。オージェは発勁のように力を溜めて、拳で殴り後部ハッチを吹き飛ばしたのだった。こんなパンチ絶対に受けたくない。
「出ます」
オージェが先に外に出て俺達があとに続く。立ち上る瘴気から離れたとはいえ、まだそう遠くはない。こんなところに、あの巨大メガロドンが来たらひとたまりもなかった。オージェが防毒マスクをつけ直して振り返った。
「ラウル!もう一度、車両を頼む」
「了解だ」
俺は再びM113装甲兵員輸送車を召喚した。皆が後部ハッチを開いて乗り込みながら瘴気の方を見る。それは来た時と同じように、化物のような唸り声を上げていた。
「いきましょう」
俺はふらつくモーリス先生に肩をかして、M113装甲兵員輸送車に乗り込んでいくのだった。後部ハッチを締めると、オージェがすぐにエンジンをかけて出発させる。
「あの瘴気はこっちにはこないようですね」
グレースが言った。あれ自体はこちらを襲ってくる事は無さそうだ。
「メガロドンも今の所、こっちには来ていない。急ごう」
エミルの掛け声とともに、M113装甲兵員輸送車のスピードが増す。俺達は瘴気から離れ、砂嵐ゾーンをも抜け出した。するとそこは雲一つない青空だった。太陽が容赦なく照りつけ砂を焼いている。
「防護服を脱ぎましょう」
俺は先生の体を調べるために防護服を脱ぐように言う。皆もガスマスクを外し防護服を脱いだ。
「先生!お怪我はないですか?」
「うむ。打ち身くらいかの?おぬしらはどうじゃ?」
逆にモーリス先生が俺達に聞いてくる。俺達は皆、首を横に振って無事な事を伝えた。
「ファントムには申し訳ない事をしたのう…」
ファントムが手を持っていかれたことを気にして、モーリス先生が申し訳なさそうにファントムの腕を撫でる。
ポンッ!
その時いきなりファントムの腕が出て来た。さすがの再生力に全員が目を見張る。
「ファントムは大丈夫ですよ」
「う、うむ…」
先生がホッとした表情を浮かべた。そしてグレースが残念そうにつぶやいた。
「先生…瘴気の確保は無理でしたね…」
どうやら皆が銀の筒が持っていかれたと思っているらしい。
「そんなことは無いぞグレース」
「え?瘴気の中に落として来たんじゃないんですか?」
「ちゃんとあるぞ」
俺が言うとファントムのコートの下が盛り上がった。そこに俺が手を突っ込んで、銀の筒を取り出す。俺はあの瞬間、銀の筒を体内に取り込むようにファントムに指示をしたのだった。
「おお!なんと!取れていたのか!」
「はい。ちょっと手を引くのが遅れましたけど、何とか採取できたと思います」
「凄いのじゃ」
俺から銀の筒を受け取って、モーリス先生はポンポンとファントムを軽くたたいた。そのしぐさをファントムの目はきちんと追っている。昔ならどこか遠くを見つめたままだったのに、やはりこいつには自我が芽生えつつあるのかもしれない。
「とにかく帰投しましょう」
「そうじゃな」
砂漠調査は無事に終わった。あのまま奥まで行っていたら、今ごろはM113装甲兵員輸送車ごと、メガロドンの腹の中におさまっていただろう。…そしたらそこから、ピ〇キオのクジラのエピソードが始まってしまうところだった。気軽に行ったつもりの調査が、これほど命がけになるとは思わなかったが、収穫があったのは確かだった。
「結果良ければすべてよし!」
「「「「はい!」」」」
モーリス先生の掛け声に俺達が元気に返事をした。これが冒険!これが異世界ファンタジー!を体験して俺達の精神は高揚していたのだ。
しかし…あのメガロドンはなんなのか?突然変異なのだろうか?前にトラメル達と砂漠に行った時、あんなのは居なかった。もしかしたら瘴気の影響なのか?
俺の空母落としは、この世界を怒らせてしまったのかもしれない。