第718話 異世界転生の経緯
オージェとの食事を終えてすぐ、俺は自分の部屋に戻って書簡をしたためる。書簡に記す内容は、今の状況と俺が必要としている事を箇条書きで説明したものだった。急いで書き終え同じ部屋で待っているオージェに声をかけた。
「待たせた!」
「書くの早えな」
オージェが感心している。
「データベース書きで鍛えたからな」
「幼少の頃からやってたんだっけ?」
「ああ」
そう。俺は武器のデータベース作成を、幼少から死ぬほどやってきたため書くのは早いのだ。
「行こうぜ」
「そうだな」
俺達はメリュージュのいる格納庫へと急いだ。すぐに格納庫の扉を開いて中に入ると、メリュージュは俺達の顔を見るや否や声をかけて来た。
「あら、もう来たのね」
「ああ、母さん。おおむね念話で伝えたとおりだよ」
どうやら俺が書簡をしたためている間に、オージェが念話で説明をしていてくれたらしい。魔人達との周波数が違うようで、俺達には龍族の念話は聞こえない。
「メリュージュさん。俺からも説明させてください」
「はい」
俺とオージェが詳細を説明すると、メリュージュは二つ返事でOKしてくれた。
「すみません!急がせてしまって」
「いいのよ。ラウル君の書簡があれば、彼らはすぐに飛んでくると思うわ」
「護衛をつけましょうか?」
「ふふっ、いらないわ」
そう言ってメリュージュはすぐに魔人基地を飛び立っていった。メリュージュをグラドラムに送ったあと、関係者を集めてくるように念話で魔人達に召集をかける。俺とオージェはすぐに司令塔の会議室へと向かった。
「失礼します」
俺達が会議室で待つとすぐに、カララがアウロラを連れてきてくれた。カララにはイオナたちがいる宿舎の警護についてもらっていた。何かあった時に、強い魔人がそばに居た方が良いと思ったからだ。そのため駆けつけるのが一番早かった。
「お兄ちゃん」
おーよしよし!と甘えさせたくなるのをぐっとこらえる。周りにはオージェ達がいるからね。
「急にごめんねアウロラ」
「ううん、用があるって聞いたから」
「ああ、天啓についての話をしよう」
「わかった」
「皆がそろうまでちょっと待ってて」
「うん」
アウロラを連れて来たカララが俺の目を見る。自分はどうすべきなのかを聞いているのだ。
「大丈夫だ。イオナたちがいる宿舎へ戻って警護を続けてくれ」
「かしこまりました。用がありましたらお呼びください」
「わかった」
そしてカララは部屋を出て行くのと、すれ違いざまにシャーミリアがやって来た。
「皆様を、お連れしました」
「ご苦労さん」
シャーミリアの後ろからエミルとグレースが入ってくる。するとエミルがオージェを見て声をかけて来た。
「オージェ、やっと目覚めたか」
「ああ、エミル。待たせたな」
「お前が寝ている間に、マリアさんはかなりの腕前になったぞ」
「そうか…たぶん俺はヘリの操縦には向いて無いんだと思う」
「最初から飛べるわけはないさ。マリアさんが特殊なだけだ」
「あれは、マジで驚いたよ」
しかし不思議なものだ。母親のメリュージュは飛べるのに、龍神であるオージェは飛ぶ事が出来ない。と言うより、オージェが何故人間形態なのかもわからない。リヴィアサンを分体に持っているからなのかもしれないが、龍族は未だに謎が多い。
「僕もまだ無理ですー、今はマリアさんのヘリに乗ってますけど、サポートに徹したほうが良さそうです」
悔しそうにグレースが手をひらひらさせる。
「その方がいいかもしれない。細かい事はグレースがやってくれると上手く行きそうだ」
「分かりました。僕はマリアさんのヘリで、武装全般を担当しますよ」
グレースだって本体の虹蛇は凄いのに、分体である本人は飛べもしないし地面にも潜れない。分体である意味ってあるんだろうか?まあ分体が破壊されても、百年でまた生まれてくるらしいから意味はあるにはある。虹蛇も未だに謎が多い。
「みんな忙しいところすまない、ちょっと異世界転生組だけで話があるんだ」
「「「わかった」」」
オージェ、エミル、グレースが俺の方を向いた。アウロラがちょこんと俺の隣に座っている。
「シャーミリア。この建物に誰も近づけさせるな、ここだけの話なんだ」
「かしこまりました」
そしてシャーミリアは部屋を出て行った。これで、この館に近づく者は一人もいないだろう。俺は最大限アウロラに配慮したのだった。アウロラについての詳しい事はイオナしか知らない、アウロラはその事をあまり他には知られたくないようなのだ。
「よっ!」
俺はすぐに目の前のテーブルにペットボトルの水を召喚した。アウロラの蓋は俺が空けてやる。
「喉乾いたろ」
「うん」
アウロラがペットボトルと取って口に運ぶ。皆もペットボトルの水を勢いよく飲み干した。暑い中でいろいろやっていたので、相当喉が渇いていたはずだった。
「よし、それじゃあアウロラ。お兄ちゃんに言った事で、お前が言える範囲の事を話してほしい。まずは敵の情報を天啓で得たことを話してくれ」
俺は高いテンションのまま、アウロラに話すように促す。
「えっと…」
俺だけに話す時とは違いアウロラは緊張しているようだった。
それもそのはず、世紀末の拳法家の長男のような筋肉隆々の男、190センチはあるだろうエルフの精霊使い、虹色の髪の毛をしなやかに揺らして笑う可愛い…まあいい。とにかくこいつらに囲まれたら、少々威圧感を感じてしまうかもしれない。
何か気持ちをほぐしてやる必要がありそうだ。
「話し辛いか。じゃあまず俺達の事を話そう。アウロラは最近、記憶が蘇ったばかりだからな。よく知らないと思うしね」
アウロラがコクンコクンと首を縦に振って頷いた。
「俺達の前世が日本人だったってのは大まかに知ってるよな?」
「うん」
「お兄ちゃんたちは、前世でも友達だったんだよ。皆でゲームをするゲーム仲間みたいなもんだ」
「えっ!ゲーム仲間!」
アウロラが意外な顔をして驚く。
「ははは。軍人かなんかだと思っていたか?」
「うん」
「しかもアウロラからしたら、だいぶオッサンだぞ…ていうか今のアウロラと今の俺達の歳の差みたいなもんだけど」
「そうなんだ」
「サバゲって知ってるかい?」
「なんとなく…。モデルガンで撃ち合うやつでしょ?」
「そう、あれやってたんだよ」
「なんか…今やってる事に似てる…」
「そうかもね。俺の力は、それに影響を受けたみたいなんだ」
アウロラは皆の顔をぐるりと見渡した。周りのみんなはアウロラに微笑みかけている。アウロラが話しやすいように気をつかってくれているようだ。
「俺達さ、ラウルに集められて遊んでいたサバゲ仲間なんだよ」
「オージェさんも…」
「俺はあっちではね、自衛官だったんだよ」
「自衛隊の人?」
「そうそう」
「意外…」
「確かに、こんな拳法家みたいな恰好してたら分からないよな!」
「うん」
どこをどう見ても自衛官じゃない。とんでもない拳法を極めた達人にしか見えない。そのオージェがアウロラの頭を優しくなでる。
「俺もそうさ。ラウルに誘われてしょっちゅう遊んでいたんだ」
「エミルさんも…」
「俺はこっちでも同じ職業だな。向こうではドクターヘリのパイロットをしてた」
「凄い!ドクターヘリのパイロットってなるの難しいんですよね?」
「アウロラちゃんドクターヘリ知ってるんだ?」
「詳しくはないですけど、テレビで見ました」
「敬語はいらないよ」
「うん」
エミルはアウロラの手をぎゅっと握って笑顔を浮かべた。アウロラもニッコリと笑う。
「アウロラちゃん、僕もだよ。ラウルさんに誘われて散々遊んでたんだ、飲みもしょっちゅうね」
「意外…」
「今ではこんな女の子みたいな、なりをしているからね」
「どんな仕事をしていたんですか?」
「フリーランスさ」
「フリーランスって?」
「まあ…自営業だよ、ソフトウエア開発をしていた。簡単に言うとIT業ってやつさ」
「凄い…みんな凄いんだ!」
アウロラが尊敬のまなざしで、三人を見つめる。よく考えるとこの三人は特殊な職業だったんだなと、改めて思う。
「まあそう言う事だ」
「みんな本当に日本人だったんだ」
アウロラはどこかホッとしたような表情で俺を見る。
「俺はしがないサラリーマンだったよ」
「お兄ちゃんも!」
「そう。この中では一番、ミリタリーにのめり込んでたオタクさ」
「オタク!なんかお兄ちゃんらしい!」
アウロラがそう言うと、オージェとエミルとグレースが顔を見合わせる。そしてワンテンポおいていきなり笑い始めた。
「「「わははははははははは!」」」
「ふふふふふふ」
三人とアウロラが俺を見て笑う。何がおかしいんだろう?俺がオタクだというのがそんなに面白いんだろうか?
「なんか変だったか?」
アウロラは首を横に振った。
「ううん!お兄ちゃんらしいなって、本当に好きなんだろうなって思った。そして…」
「そして…」
「可愛いなって思った!」
か!可愛いだとぅ!!!よりにもよって、可愛いアウロラから可愛いなんて言われるなんて心外だ。お兄ちゃんんはカッコイイお兄ちゃんでいたいんだ!
「一本取られたなラウル」
オージェが笑いながら俺の背中をバンバン叩く。エミルとグレースも楽しそうに笑っている。
…何か。こういうの久しぶりだな…。
楽しかった前世の頃を思い出してしまった。俺は前世でも、こいつらからこういう扱いを受けていた気がする。
「でもねアウロラちゃん。ラウルさんの前世の記憶が、凄い能力をこっちの世界に生み出してくれたんだよ。もしラウルさんの力が無ければ、僕たちはみんなデモンに飲まれてしまっていたと思う」
「そうなんだよな。俺も何度もラウルのその力に助けられたから分かる」
「エミル…」
「俺達四人をまた引き寄せてくれたのは、まぎれもなくラウルだしな」
「アウロラちゃんのお兄ちゃんは奇跡の人なんだよ」
エミルとオージェが、アウロラに俺を美化して言ってくれている。なんていい奴らなんだろう!うんうん!
「お兄ちゃんって凄いんだね」
「いやあ…それほどでも」
気がつけばアウロラの緊張はすっかりとれていた。だいぶ話しやすい雰囲気になってきたようだった。
「私は…」
「うん」
アウロラが自分の事を話し始める。
「普通の女子高生だったの。でも向こうの世界で死んでしまったの、それでこっちの世界に生まれ変わったみたいで…最近記憶が蘇ったの」
「なら俺達四人と全く同じだよ」
俺が言い、皆がうんうんと頷いた。
「そうなんだ…」
アウロラが驚いたようにみんなを見る。
「お兄ちゃんなんて、向こうの世界でサバゲやってるときに本物の拳銃で撃たれちまったんだ」
「うそ!そんな事あるの?」
「普通は無い。なぜか実弾の銃が持ち込まれて、撃たれてしまったらしい」
「酷い…」
俺が胸のあたりをさすって笑う。
「しかも!その弾丸と一緒に転生して来たんだ。その弾丸の事なら母さんも知ってるよ」
「そうだったんだ…」
イオナはフォレスト家に居た時に、お守りとしてその銃弾を飾っていたのだ。俺は今も、その弾頭を肌身離さず持ち歩いていた。弾頭が入った袋をポケットから取り出して、更に袋から弾頭を出す。
「おお!俺は初めて見せてもらうな!」
「俺もだ」
「僕もです」
「そうだっけ?」
皆が一斉に頷いた。手のひらに出て来た弾丸をみて皆が口々に言う。
「9㎜弾か…」
「本当だ、9㎜の弾頭だな」
「これと一緒に転生したなんて…」
「アウロラ!手を開いてごらん」
アウロラが両手を胸の前でお椀のようにして差し出したので、そこに弾頭を乗せてやる。
「これが俺の胸に入ってたんだよ」
「…これが…今まで、お兄ちゃんを守って来たの?」
「まあそうだな」
アウロラがその弾をじっと見つめて、ポツリという。
「ありがとう」
弾丸に感謝を。
それを見て俺達はほっこりとした気持ちになるのだった。
「アウロラちゃん。僕たちはね、飛行機事故で死んだんだよ」
グレースが自分たちの経緯を話し出す。
「えっ!」
グレースの言葉にアウロラが目を丸くした。
「ん?飛行機事故さ。三人が同じ飛行機に乗ってたんだ」
「えっと…あの…どこの飛行機?」
「ああ、アメリカから日本に帰る時のやつさ」
アウロラは目を更に見開いた。
「そうなの!?」
「どうかした?」
「私も…私もアメリカ発の飛行機に乗っていたの!それが墜落して死んだの!」
「「「「!!!」」」」
俺達は絶句してしまった。まさかアウロラまで飛行機事故で死んだなんて…なんの冗談だ。
「えっと航空機会社覚えてる?」
エミルが聞く。
「アメリカ航空!」
「もしかしてAB199便?」
「…そうです…」
衝撃の事実だった。アウロラは偶然にも、前世でオージェ達が乗っていた飛行機に乗っていたらしい。それは運命だったのだろうか?もしかすると巻き込まれてしまったのではないだろうか?
俺達五人はしばらく沈黙してしまうのだった。