第716話 オーバーワーク
俺はモーリス先生に呼ばれ格納庫に来ていた。
格納庫にはモーリス先生とハイラを含む異世界人そしてミーシャがいて、その奥では数人のドワーフも一緒に待っていたようだ。
「先生、お待たせしました」
「おお、ラウルよ。忙しいのにすまんのう」
「いえ。オージェがまだ起きて来ません。それまでは基地の防衛対策を進めるだけです」
あれからオージェは丸二日眠ったままだった。まるで俺達がデモンを大量に討伐した時のように、目を覚まさないらしい。そのうち目を覚ますだろうと、メリュージュが言うのでそっとしている。
「なるほどのう」
「みんなで顔をそろえてどうしたんです?」
「ラウルよ。その防衛対策のことなんじゃが、見てほしいものがあるのじゃよ」
モーリス先生が何か新しい発見でもしたのだろうか?意気揚々と俺に肩を組んで、奥へと連れて行く。すると奥には何か装置のような物が置いてあった。
これ…なに?
異様な形の装置が…いやなんとなく想像がつくぞ…
「ちょっとまっておれ」
モーリス先生はそう言うと、五人の異世界人のもとに行って何やら話を始めた。
「教えたとおりにやればよいのじゃ」
「「「「「はい!」」」」」
先生と五人が一緒にやって来て、その装置の前に立つ。全員がモーリス先生に手をかざして立っていた。するとモーリス先生は魔法の杖をその装置に向けてかざすのだった。杖から装置に魔力が注がれていくと、装置の中央に設置された魔石が輝きだした。
シュンシュンシュンシュン
機械の一部が回り出すと、突然そこから水が霧状になって吹き出した。
えっと…スプリンクラー?加湿器?こんなものを数日で作り上げたのは、ミーシャとドワーフか…いったいなんでこんなものを?
「よし止めておくれ」
モーリス先生が言うと、異世界人たちがモーリス先生に手をかざすのをやめる。
「どうじゃ?」
俺に向かってモーリス先生が聞いてくる。
「よくこんなものを作りましたね」
「ハイラ嬢ちゃん達の知識を借りてのう、ミーシャとドワーフが試行錯誤して完成させたのじゃ。もちろん試作品じゃがの」
なるほど。異世界人の知識にはスプリンクラーも加湿器もある。その説明を聞いて形にしたのが、ミーシャ達という事なのだろう。前世のスプリンクラーには遠く及ばない代物だが、よくできていると思う。
だが…
「えっと、先生。まさかとは思いますが、これで火の一族を抑えようというわけじゃないですよね?」
「ふぉっふぉっふぉっ!そんなわけなかろう!」
「火災が起きた時に、十分威力を発揮するとは思いますが…」
「何を言うとるんじゃ?消火に使うわけじゃないのじゃ」
スプリンクラーと言えば、消火装置と相場が決まっている。あと考えられるのは、綺麗に手入れされた庭の芝生の水やりくらいだ。
「では何のために?」
「ふむ。では今度は違うやり方でやるとするかの」
モーリス先生に異世界人たちが手を合わせた。キチョウカナデだけがその隣に立って、機械の方に集中している。すると再びモーリス先生の魔法の杖が、その機械に魔力を注ぎ始めたのだった。
シュンシュンシュンシュン
機械はまた霧のような細かい水を振りまき始める。
「カナデ嬢」
「はい」
モーリス先生に言われたキチョウカナデが、機械に向けて魔法を放った。
「えっ!」
「どうじゃ!凄いじゃろ!」
俺は素直に驚いた。キチョウカナデがその機械に魔法を行使すると、機械自体が消えて見えなくなってしまったのだった。カナデの魔法は生物にしか効果がないと思っていたのだが、なんと無機物であるスプリンクラーの機械が見えなくなった。
現代人の知識を応用してこんなものを作るなんて…ミーシャ恐るべし。一体何を教わったら、こんな天才になってしまうのか。俺はスプリンクラーの機械が消えた事より、ミーシャの能力に戦慄を覚える。
ガシュン!
ヒュンヒュン…
「ああ!」
モーリス先生が残念そうに叫んだ。見えなくなっていた機械が、再びあらわになってしまったのだ。
「どうしたんです?」
「壊れてしもうた」
するとミーシャが俺の前にきて言う。
「ラウル様。申し訳ありません。短時間ではこんなところが限界なのです」
「いやいや。短時間でここまで作る方がおかしいよ。凄いと思う」
「そ、そうじゃ!そしてこれはミーシャが悪いのではないのじゃ」
モーリス先生が慌てて説明をしてくる。
「魔法使いが魔力を注ぐと、どうしてもむらが出るのじゃ。わしは魔法使いの中では、安定して魔力を放出できる方じゃが、どうしても魔力が足りん分をこの子らに分けてもらわねばならん。そうすればおのずと魔力にむらが出てしまうのじゃよ」
なるほど。言ってみれば電圧が不安定だと、機械が壊れるのと一緒の原理だろう。機械の耐久性と魔力の安定供給がなされなければ、この機械を永続的に動かす事なんて無理という事だ。
「惜しいですね。これを基地全体に設置して、光魔法を発動させれば基地を消す事も夢じゃないのに」
「まあ…それには、かなりの超えねばならん壁があるがの」
「確かにそうですね。魔力の問題を解消できても、巨大な装置を作るのは更に難しいでしょうしね」
「そう言う事じゃ。基地全体ではなく、一部なら何とかなりそうじゃがな。それでは意味がない」
「でも、かなり大きな進歩だと思いますよ」
確かに不備はあったものの、これは凄い発明だと思う。なにより魔力で動くってのが凄い。
「すまんが、今はこれ以上見せるものはない」
「わかりました。まあ装置の巨大化と強度ということなら、バルムスと直属のドワーフたちが居れば解決できるでしょう。問題は光魔法の方でしょうね」
「あの…」
ミーシャが申し訳なさそうに手を上げた。
「どうした?」
「その噴霧器から鏡面薬をばら撒いたらいいのではないでしょうか?」
「!」
「!」
俺とモーリス先生が、ミーシャに気づかされてしまった。もっと簡単な解決方法を…いや…まてよ…
「ミーシャ。そんなに大量の鏡面薬は無いぞ」
「…確かに。デイジーさんが居ないと無理です」
ミーシャが申し訳なさそうに言った。
結局、バルムスとデイジーが居ないと解決しないという事だった。解決策が見えたと思ったら、また遠のいてしまう。かなりいい線いってると思ったが、実用化は難しそうだった。
「まあ、とにかく見せたかったものはこれで終わりじゃ」
「ありがとうございます先生。実用化が出来ればかなり有効だと思います」
「すまんのうラウルよ」
「いえ!気にしないで下さい!凄い発明なのですから!」
基地を消すための第一歩が見つけられたのだから、こんなに凄い事は無かった。
「また一から考えていかねばならん」
「お願いします」
話を終えようとしたらミーシャがまた口を開いた。どうしても諦めきれないようだった。俺とモーリス先生が、ある程度めどがついて納得したのに彼女は納得していない。
「魔力の安定供給と言う事であれば、全く問題ありません」
「ん?どういうことだ」
「ちょっと見てほしいものがあります!ついて来てください」
俺達はミーシャについて格納庫の奥に移る。するとそこにはメリュージュがグラドラムから吊るして飛んできた、コンテナが置いてあった。ミーシャは腰から鍵を取り出して、そのコンテナの扉を開いた。
「おねがい」
ミーシャに言われて、ドワーフたちがそのコンテナの中に入って行く。すると、ドワーフたちは何らかの機械を運び出して来たのだった。あちこちにシリンダーのような物が突き出ており、パイプのような物も生えていた。
「これはなんだい?」
「これが魔導エンジンです」
これが魔導エンジン!
「えっ!ずいぶん小さくなったね!」
以前グラドラムで見た時は、もっと大きくてとても車に積めるようなものではなかった。だが目の前にあるのは八十センチ四方くらいの大きさでコンパクトだ。
「これと同じものが、既にグラドラムで二機稼働しているんです」
ミーシャが力説してくる。だが俺は魔導エンジンの力を見たことがない、一度発動した物を見たことがあるがどんな効果があるかまでは知らなかった。
「その力は、どの程度のものなんだい?」
「二機でグラドラムの全てを賄えます」
「なんじゃと!」
「えっ!」
モーリス先生と俺は食い気味に叫んでしまった。どう見ても小型のエンジンより小さい機械だ。それがたった二機でグラドラム全体をカバーできるらしい。
「もっと早くにお伝えしたかったのですが…ラウル様はお忙しいようでしたので…」
もう、本当にごめんなさい!忙しい忙しいと飛び回って、コミュニケーションが図れていなかった!俺自身が焦ってしまっていたらしい。
「ごめんね!別にミーシャをないがしろにしてたわけじゃないんだ!前に魔導エンジンの事を聞いていたのに、俺が忘れていたのが悪いんだよ」
「いえ。今話せたからいいのです」
ミーシャはニッコリ笑って言った。よく見ると目の下のクマが凄い、この噴霧器を作るのに恐らく数日徹夜したのだろう。発明の時に周りが見えなくなると聞いてはいたが、その癖は直っていないようだ。
「えっと、この魔導エンジンはすぐに使えるのかな?」
「そう簡単ではありません。稼働させてしまえば場所を移す事が難しいのです。きちんと安全な場所に設置をして、動力を伝える為の配線を這わせなければなりません」
「危険なのか?」
「はい」
「どういうことだ?」
「私達はこれを何度も暴走させて、その都度海に捨てました。そうしないと大爆発を起こしてしまうからです」
「海に?」
「はい。そのおかげで、グラドラムの港付近の水温はかなり上昇しています」
それって本当に大丈夫なのだろうか?まるで原子力エンジンでは無いか…放射線とか出ていないか心配になってくるぞ…
「えっと、これを稼働させる事を最優先にしよう。基地内に動力が供給されればいろんなことができるんだろ?」
「はい。かなり便利になると思われます」
「凄いのじゃ…」
モーリス先生が思わずため息を吐く。
「直属の魔人を全員呼んで総がかりでやる。足りなければ、防衛にかかわる魔人以外も全員参加させてこれの設置をしよう」
最優先事項がたった今、変更になった。
「それでは、基地の中心に深い穴を掘る事からおすすめいたします」
「わかった」
俺はモーリス先生と目を合わせて頷く。このエンジンを動かせれば、やれることがたくさんあるだろう。この基地はグラドラムの何十分の一くらいの大きさしかないのだ。魔導エンジンを一機稼働させれば十分な動力が得られるだろう。
「ミーシャが、工事の指揮をとってくれるか?」
「もちろんです!」
目の下のクマが痛々しいが、ミーシャははつらつとした笑顔で答えた。
「あの…ラウルさん?」
ハイラが声をかけてくる。
「なに?」
「確かに大事ですが、ミーシャさんには休養が必要かと思いますよ」
疲れたミーシャを見かねて、ハイラが言う。最優先事項の前に最優先事項が決まった。
「いえ!私は大丈夫です!すぐに取り掛かりましょう!」
ミーシャはそう言うが、ドワーフ二人も心配そうに見ている。ミーシャだけが張り切って腕まくりをし始めた。
「じゃあ!」
とミーシャが歩き出そうとすると…
フラッ
ミーシャがよろけた。
「ミーシャ命令だ。寝てくれ」
「…えっ…は…はい…」
ミーシャが渋々と俺に従う。俺はミーシャに背中を向けて、おんぶするように促した。
「いえ、ラウル様におんぶなど!自分で歩きます!」
「いいから!」
「…はい」
ミーシャが俺の背中に体を預けて来たので、そのままひょいっと背負った。相変わらず軽くて体調が心配になる。
「モーリス先生。ミーシャを休ませます」
「そうじゃな。そのほうがええ」
そして俺は格納庫を出て宿舎に向かうのだった。外は相変わらず熱く太陽がじりじりと照り付けてくる。この暑さではミーシャがまいってしまいそうだ。
「暑いな…車召喚するか…」
「あの!」
「なんだ?」
「我儘を言えば…」
「ああ、言ってくれ」
「このまま宿舎まで…ダメですか?」
「おんぶのまま?いいけど暑くは無いか?」
「大丈夫です」
俺はそのままミーシャを背負って歩き出した。ふと記憶がよぎる。
「なんかグラドラムでもこんなことあったような気がするな」
「はい」
「いいかミーシャ休養も大事だぞ。お前に何かあったら悲しいし、休みはきちんと取ってほしいんだ」
「分かりました…」
しばらく歩くと俺の背中から、ミーシャの寝息が聞こえて来た。やはり相当疲れていたようだった。
直属魔人の誰かをミーシャと一緒に居させた方が良いだろうな…、無理をしたらすぐに俺に伝えてもらないと。
…もっと…出来ます…
「ん?なに?」
……
ミーシャが何かを言ったと思って、俺が尋ね返すがどうやら寝言を言っているようだった。まるでブラック企業の社畜が、夢でも仕事をしているかのように。仕事人間のミーシャにはやはり付き人がいる。
アイツだろうな…
恐らくは命令を振り切って無理をしてしまうだろうミーシャの為を思い、一緒に居てもらう魔人の目星をつけるのだった。