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第714話 ギレザムの気遣い

ファートリア神聖国での戦闘以降この砂漠の基地に来るまで、家族と話をする時間などほとんど無かった。常に魔人達が周りにいたこともあり、作戦の話及び軍の準備調整にほとんどの時間を割いていたのだ。すぐにでも敵が攻めてくるかもしれない状況下で、個人的な時間は皆無に等しかった。


「せっかく会えたというのに、よろしいのですか?」


ギレザムが気を使ったのか俺に聞いてくる。


「もちろんだ。ギレザムら魔人達とオージェ達が、こんな炎天下の中で頑張って来たんだろ?俺だけ家族水入らずで過ごすなんてわけにはいかないさ」


「いえ。むしろラウル様達はファートリア神聖国で、死闘を繰り広げておったのですよね?こちらは環境が厳しいだけで、基地の設営と戦闘訓練に明け暮れていただけです」


「それは、たまたまだ。あのデモンや魔獣の大群が来たのは南だ、南には絶対にヤバい敵がいると思って間違いない」


「ですが、事実デモンには攻めこまれておりません。ラウル様はこちらに戻られてから、ずっと魔人たちへの気配りや基地の防衛機能向上のために、働き続けておられるではないですか」


「それが魔王子の務めだからな」


「それはそうなのでしょうが…」


「とにかく、今はやる事が山積みだから仕方がないって」


俺がきっぱりと言うが、それでもギレザムはあきらめ切れなそうな顔をしている。


ビュゥ!


と強い風が吹いて、砂ぼこりが舞った。虹蛇の結界は効いていないのだろうか?


「ここ虹蛇の結界は効いてるんだよな?」


「そのようですが、シン国のほぼ外側に来るとあの結界は効きが弱いようです。ですが間違いなくここも効いておりますよ」


「そうか…それと、雨は降らないのか?」


「ほとんど降りません」


「そうか…」


砂漠の砂が大量に飛んで来るわけではないが、石畳で整備された通路には砂がつもり建物も砂で白くなっている。こんな殺伐とした中で、一生懸命やって来たヤツラを前に家族でぬくぬくとなんて出来ない。


「しかし…暑いな。雨も降らないんじゃ水の保管も大変だろう?」


「いえ、それは全てグレース様が担当なさっております」


そう言えば、虹蛇の保管庫の事を忘れていた。あの無限かと思われる虹蛇の倉庫のおかげでだいぶ助けられているらしい。グレース様様ってわけだ。


「…そうか、虹蛇倉庫か」


「はい。山脈で膨大な量の水を汲んだと聞いております」


確かに虹蛇倉庫なら基地全体で必要になる水、数か月分を保管して置けるだろう。だが、グレースが戦闘作戦に参加したり、長期でここをあける場合に水が不足するのが目に見えている。


「グレースがいなくても、水が調達できるようにしておかないとな」


「それは既に、北方面の森の中へ貯水池の設営工事を行っております」


流石はギレザムだった。それも想定して策を練っていたらしい。


「貯水池からの距離は?」


「約十五キロといったところでしょうか?このあたりでは水量が確保できません」


「遠いな…補給用のトラックを補充しよう」


「ありがとうございます…。あの…ですから、作戦と基地の調整については我々が段取りをしておりますので、ぜひイオナ様のもとへ」


なぜかギレザムは、とにかく家族との時間を過ごすようにと勧めてくるのだった。だが俺が決めた今日の予定の半分もいっていないのだ、仕事を放りだして個人的な時間を取るなんて出来ない。仕事の途中にギレザムがこんなことを言うのも珍しかった。


「これが終わったらな」


「これが終わったら?本当ですか?お約束していただけますか?」


「約束する」


「わかりました」


それからのギレザムは、もう家族の事を言わずに俺と基地の査察に集中した。基地のあちこちで改善できる部分が多々あり、その都度魔人達に指導して周る。俺達が査察でみつけた課題を、北から連れて来たドワーフたちに伝え、基地の防衛機能向上に役立ててもらうのだ。


「建物内にも砂が入り込むようだな?」


「はい。どうしても出入りする時に、体に付着した砂漠の砂が落ちたりするようです」


建物の中を見ると通路にも砂が積もっていた。


こんなところで寝たり起きたりするのは抵抗ないのかな?まあ魔人国では洞窟で暮らしていたし、このくらいは平気なのかもしれないけど。


「室内に入る時に、吹き落とすような機能があればいいんだが。特に武器の保管庫は、故障を防ぐためにも砂があまり入らないようにしておきたい」


「入り口で着替えるようにしますか?」


「いや、それだと業務効率的に問題がでる。そこまでの対策は必要ないが、武器に不良があったら困るからな。保管方法だけは神経を使った方がいいだろうな」


「わかりました。ではそれもドワーフに報告しましょう」


「頼む」


建物を出て外に出ると風が止んで、燦燦と太陽が照り付けていた。先ほども暑かったが、更に気温は上昇し熱で汗が噴き出る。人間にはかなり厳しい気象条件だと思うが、ギレザムは汗一つかかずに涼しい顔をしていた。


「ラウル様、では昼食はイオナ様の宿舎に戻られますか?」


「いや、いいよ。その辺で戦闘糧食を食おうぜ」


「わかりました」


ちょっと気になりだした。ギレザムがこんなに家族に会うのを進めてくるわけがない。何かあったのかもしれない。


「ギル…もしかしたら母さんになんか言われた?」


「いえ。イオナ様には何も」


「そうなんだ、マリアとか?」


「いえ。マリアからも何も言われておりません」


「そうか…」


だがギレザムの表情を俺は見逃さなかった。絶対に誰かに何かを言われているような雰囲気が伝わってきた。問いただす必要がある。


「誰に言われた?」


「はい。アウロラ様です」


すぐにゲロった。別に隠そうとも思っていないようだった。


「アウロラ?」


「はい。どうしてもラウル様にお話ししたいことがあるとの事です」


「俺に?」


「出来れば二人きりにしてほしいとおっしゃってました」


「…アウロラがか。寂しいのかな?」


「恐れ入りますが、そういった事ではなかったように思えます」


えっと…じゃあいったいなんだろ?切羽詰まったお話なんてあったかな?


「…そう言えば、ファートリア神聖国からここまであまり話をしていなかったか…ていうか何があるのかね?」


「わかりません」


「ギレザムは聞いてないの?」


「申し訳ございません」


「いや…いいけど」


アウロラが内緒話をしたいか…いったいなんだろう?


俺はちょっと気になりだした。


「とにかく軽く飯食って、仕事を進めよう」


「わかりました」


俺が戦闘糧食を召喚し、建物の軒下で乾パンと缶詰で軽く腹を満たして、ペットボトルで喉の渇きを癒した。目の前の通路を、魔人兵が時おり通り過ぎて行き俺達に頭を下げてくる。


「基地は、まだ拡張しているんだよな」


「はい。北からの魔人を迎え入れねばなりませんので」


「やはり休んではいられないよ」


「わかりました」


飯を終わらせて俺達が歩いて行くと、ひときわ巨大な建物が見えて来た。ヘリを格納する格納庫にしようと思っていたらしいのだが、メリュージュが着たためその巨大な格納庫はメリュージュの宿泊所へと変わったのだ。


「メリュージュさんいるね」


「はい」


巨大倉庫の外まで、その巨大な気配が伝わってくる。人間には基地のど真ん中に巨大な黒龍がいるとは分かるまい。


「ちょっとメリュージュさんに挨拶していくよ。過ごし辛いかもしれないし、要望を聞いて行こうと思う」


「は!」


俺とギレザムは、その巨大倉庫の巨大な扉についている小さな扉を開いて中に入る。ドワーフはこんな細やかな作りも得意なのだ。


「失礼しますー!」


俺が大きい声であいさつをして中に入って行く。


「しーっ!!」


いきなりメリュージュから静かにするように注意されてしまった。静かにしなければならない何かがあるらしい。俺達は頭を下げて倉庫を出て行こうとする。


「あら、用事があったんじゃないの?」


メリュージュがこそこそ話で俺達に囁いた。俺達はそっとメリュージュさんの前に周る…


すると…


偉丈夫がメリュージュの腕の中で、健やかそうな顔をしてスヤスヤと寝ていた。よく見るとそれがオージェだと分かる。まあよく見なくてもそうだろうが…


「寝てるんですか?」


「なんだかね、ラウル君がここに来るまで、かなり気をはっていたらしいのよ。この子「ラウルが来たから俺はお役御免だ」とか言って、眠り始めちゃったの」


そうか…。それなのに俺は到着して早々、オージェをヘリコプターの操縦訓練なんかに駆り出してこき使ったってわけだ。でもオージェがこんなに疲れるなんてちょっとびっくりだ。


「ギレザム。やっぱオージェは大変だったんじゃないか?」


「はい…」


「オージェはこれまでで何をしていたんだ?」


「毎日欠かさずに魔人達を砂漠に連れて行って、行軍訓練や戦闘訓練に明け暮れておりました」


「ギレザムとかも含め?」


「はい。龍神様自ら敵役をやっていただきまして、我々直属と二次進化魔人を相手にしておりました」


…それは疲れるだろ。てか、俺はその事情も聴かずにオージェにヘリコプターの操縦訓練をさせていたのか…何だが申し訳ない気持ちになってくる。


「すいません。メリュージュさん、そのまま寝かせててください」


「恐らく数日は起きないわよ」


「いいんです。俺が無理させちゃったので、そうなってるんですから。寝かせてあげてください」


「優しいお友達ね」


どうなんだろう?どっちかというと、ブラック企業の社長のような指示を出していたのは俺だ。優しさなんて微塵もなかったように思える。俺はオージェに甘えてしまっていた事に気が付く。


「起きたら俺の所に来るようにお願いします」


「わかったわ」


俺達はそのまま、メリュージュとオージェがいる建物を出ようと振り返る。すると…


「失礼します」


俺達の前のドアが開いて、セイラがそそくさと入って来た。


「あっ!」


俺の顔を見たセイラが慌てたように礼をした。


「セイラ。オージェを見舞いに来たのか?」


「あの…歌を…」


「歌?」


すると後ろのメリュージュが言った。


「セイラありがとう」


「いいえ。私の務めでございます」


「ラウル君。セイラはセイレーンなの、龍神が作った種族なのよ。彼女の歌で、私たちは癒され力を増すのよ」


そう言えばそうだった。リヴィアサンも、セイラの歌を聞いて静まったんだっけ。分体が鎮まるならば、本体にも影響があるのは当たり前だ。言ってみれば、龍にだけバフがかけられる能力を持っているという事だ。


「わかった。じゃあセイラ、オージェを頼むよ」


「はい」


俺とギレザムはセイラとすれ違い扉を抜けて外に出た。そして俺がギレザムに尋ねる。


「オージェはかなり疲労してたようだが、訓練ってどんなんだ?」


「龍神様は、本気で敵だと思ってかかってこいとおっしゃってました。ですので力を抜いては失礼かと思い、我々は全力で戦いました」


「えっと、毎日?」


「はい」


どうやら魔人達は、オージェに大変お世話になっていたようだ。俺は改めて、巨大倉庫に向かって深々と頭を下げる。親しき中にも礼儀ありだ。いくら親友だとはいえ、そこまでしてもらっては申し訳ない。


「アイツ…なんもいわないから、この前はヘリコプターの操縦訓練につきあわせちゃったよ」


「今は、こういった状況ですので致し方ないのではないですか?」


「まあ…そうだな。とにかくオージェには恩返しをしないといかん」


「はい!」


「グレースは?オンジさんと一緒とか?」


「いえ、今日もマリアと一緒にエミル様のヘリコプター訓練に出ています」


グレースはグレースで、一生懸命やっているらしい…。というか、イオナやミーシャもミゼッタも頑張っているし、神と魔人だけが頑張っているわけではないか…。


「ケイナも一緒かな?」


「そのようです」


「わかった」


俺達は次の視察場所に向かって歩き始めるが、なんとなく今すぐアウロラの話を聞いてあげなければいけない衝動に駆られて来た。ギレザムを通じて伝えて来るというのは、もしかしたらとても大事な話かもしれない。


「ギレザム!今日の視察は中止だ!」


俺は唐突にギレザムに告げた。


「は!あとはお任せください!」


ギレザムはホッとしたように俺に礼をする。どうやらギレザムも、かわいいかわいいアウロラには弱いようで、すぐに願いを叶えたくて俺ウズウズしていたのだろう。だが総大将という立場もあり、強くは言えなかったようだ。


「悪いな。じゃあ俺はアウロラの所に行くよ」


「は!」


ギレザムにそう告げて、俺はアウロラの待つ宿泊所へと向かうのだった。

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