第713話 透明化と使役
俺とモーリス先生が、キチョウカナデをヘリポートに呼びつけてあれこれと話をしていた。
キチョウカナデはドラゴンを使役する事が出来る上に、対象の生物を透明化出来る、というチートな魔法を持っている。俺はその能力を利用し、どうにか基地の防衛機能向上が図れないかを考えていたのだ。
まずはその魔法の原理を紐解く事となった。
「それじゃあラウルよ。準備はええかのう?」
「いつでもござれです」
モーリス先生は興味津々のようだ。モーリス先生は一度この魔法を破っているのだが、どうやら勘八割で破ったらしい。その勘が当たるのだから、大賢者というのは空恐ろしい。
ただ…透明になって俺の体に影響はないよな…まあハルトやキリヤも無事だし問題ないか。
「カナデ嬢ちゃんよ」
「はい」
「ラウルを透明にしてくれるかの?」
「はい」
カナデは俺を見ただけだった。
「おお!」
モーリス先生の目が爛爛と輝き始める。どうやら俺は既に見えなくなっているようだった。
「せ、先生!私はどうなってますか?」
「見えんぞラウル!全くの無詠唱で消しおった!」
「凄いものですね」
「じゃが…」
モーリス先生が魔法の杖をかざして、俺の目の前で魔力を流した。するとモーリス先生の目と俺の目がばっちり合う。どうやら透明化が解けてしまったようだ。
「えっ?解除出来たのですか?」
「ふむ。なんと…これは複合魔法じゃったのか」
「複合魔法?」
また難しそうな魔法を使っていそうだな…異世界人ってのは、なんでどいつもこいつもそうなんだ。キチョウカナデは確か、ファートリアの魔法使いに教えてもらったんだっけ?そんな魔法使いがいたっていうのか?
「カナデ嬢よ、わしにその魔法をかけておくれ」
「はい」
スッ…。俺の目の前からモーリス先生が消えた。
「き、消えました!モーリス先生が見えません」
「やはりそうか…」
透明になったモーリス先生が何かを考えているようだ。俺からは見えないので、どんな表情をしているのか分からない。
「ラウルよ、わしを燃やしてみよ」
「えっ?」
「良い、あの炎であればわしの結界が防ぐのじゃ」
モーリス先生が燃やせと言っているのは、俺の火炎放射器でって事だ。かなりの高温となる上に、簡単に炎が消えないのだが…大丈夫なのだろうか?
「危なくないですか?」
「…ならわしを避けて、放ってみよ」
ちょっと不安になったらしい。
「…先生がどのあたりにいるか分かりませんが?」
「なるほど…ならほれ!これを融かしておくれ」
空間からポイっと巨大な氷が出て来た。
「わかりました」
すぐさまM9火炎放射器を召喚して、その氷に向けて炎を噴出した。するとあっという間に氷は解けてしまう。更に徐々にモーリス先生の姿が現れてきたのだった。
「どうじゃ?」
「えっと、どうなっているのです?」
質問に質問で返してしまう。
「水じゃよ。水魔法の応用じゃ」
「水魔法ですか?」
「そうじゃ。水が形状を変えて光を反射するようになっておるのじゃよ。屈折して、対象物の後ろにある空間を映し出すようになっておる。若干の光魔法を使ってその加減を調整しておるようじゃ」
「そうなんですね…あれ?それって…」
「デイジーの鏡面薬に似ておるのう」
「ですよね」
「じゃが、あれにはもっと不可思議な作用が含まれておる。わしにもよくわからんものじゃ、じゃがこれはよくわかるのじゃ」
「先生にもできますか?」
「うーむ。かなりの練習が必要であろうが、無理では無いかもしれんのう」
「他に出来そうな人は?」
「ラウルよ。そもそも複合魔法が使える魔法使いなど珍しいのじゃ。異世界から来た魔法使いは、いとも簡単にそれを使いよる。それもほとんど無意識にやっておるようじゃ」
なるほど。恐らくは前世のアニメや、映画の影響が大きいだろう…先進国の人間ならイメージできる人は多いと思う。
「カナデは子供の頃透明人間に憧れてたのか?」
「たしかそうです。子供の頃に何か映画で見た気がします」
魂核を書き換えても過去の記憶は残っているので、それを朧気に思い出しているようだ。
「なるほどね」
モーリス先生が何かを考えつつ、カナデを見つめていた。
どうにか基地の防衛のために効果的な方法が見つかればいいのだが…
「ふむ。カナデ嬢ちゃん。それではあそこに行ってみよう」
「はい」
モーリス先生が指さす方向には、シン国の人たちが利用する馬車が置いてあった。俺達が近づいて行くと、馬に餌やりをしていた少年が俺達に気づいて頭を下げた。
「いきなりごめんね」
「いえ。大丈夫です」
「えっと、ちょっとこの馬と馬車を借りるよ」
「えっ?」
「大丈夫。取り上げたりするわけじゃない」
「はい」
少年に説明をして、俺はモーリス先生に目配せをする。モーリス先生は頷いて、少年い微笑みかけカナデに話しかける。
「カナデ嬢ちゃん。この馬車にさっきの魔法をかけてくれるかのう」
「えっ?馬車に?」
「そうじゃ」
「はい」
・・・・・・・・・・・・・
消えない。
「カナデ、やってるか?」
集中できていないのかと思い、尋ねてみる。
「やってます」
どういった原理化分からないのだが、馬車は消えないようだった。
「カナデ嬢ちゃん。今度は馬にかけてくれるかの?」
「はい」
スッ、と馬が消えた。
「わっ!ど、消えちまった!」
少年が慌てている。馬が消されたのでは、大人に怒られてしまう。
「大丈夫じゃよ」
モーリス先生が、杖をかざすと瞬く間に馬が現れた。
「で、出て来た!」
少年が驚いて、馬の首筋をポンポンと撫でていた。
「うむ。消えたのではない、見えなくなっただけじゃからのう」
モーリス先生は、生徒に教えるように少年に伝えた。少年はただただポカンとしている。
「どうやら魔法は、生き物にだけ働くようですね」
「これは体温か…もしくは血流に関係しているかもしれんのう」
「どういうことです?」
「温度のあるものにまとわりつく、もしくは液体状のものにまとわりつくといったところじゃろう。じゃから生きたドラゴンが消せたり人間が消せたりするのじゃ」
「そうですか…」
言っている意味のほとんどが分からなかった。
だが俺が当初考えていた、基地ごと見えなくしてしまおう作戦は無理だという事がわかる。俺は大胆にも、キチョウカナデの魔法でこの基地を消そうとしていたのだった。結界で覆うのは現実的ではないが、消す事なら可能じゃないのかと安易に考えていたのだ。
「しかも周りの温度が高すぎれば、水が蒸発して魔法がかき消されてしまうのじゃ」
「それは困りますね。敵には炎の一族とやらがいるのです」
「そ奴らには、ほとんど無効じゃろうて」
「無理かぁ…」
だが俺はあきらめきれなかった。炎の一族が来たら効果が消えるかもしれないが、発見されるまで時間がかかればその間に基地の防衛体制をを完璧に整えられる。
「無理じゃ、とは言っとらんがな」
「出来ますか!」
「今は答えを持ち合わせておらん、そして大勢の水魔法と光魔法の魔法使いが必要となるじゃろ」
「…今はあてがありません」
「基地全体を覆うだけの魔力をどうするかを考えねば、実現化は程遠いじゃろうな」
「わかりました」
俺が残念そうな顔をすると、横で見ていたキチョウカナデが申し訳なさそうな顔をする。ギャルっぽい雰囲気の女性だが、魂核を変えたことでとても大人しい性格となってしまった。
「カナデのせいじゃない。元々無理難題を可能にしようと考えているんだからな」
「すみません」
「だから、悪くないって」
「そうじゃよ。この検証は決して無駄ではないのじゃ、むしろこの世界に革命が起きるほどの事じゃからのう」
「そうなのですね?」
「そうじゃ」
本当にモーリス先生の言う通りだった。だが俺は今すぐにでもそれを実現させてほしかった。
…まあかなり無理があるのは自分でも分かってたけどさ。
俺の表情を見てモーリス先生が俺の頭に手を置く。
「ラウルよ、今は無理でもその原理を生かす事は出来るかもしれんぞ。まあ…魔導士に頼らなくても出来る方法があればいいのじゃが…」
「引き続き研究を重ねましょう」
「そうじゃな」
「じゃあカナデ、いつものお仕事に戻っていいぞ」
「あの…」
俺が戻るように言うと、今度はカナデの方から話しをしてきた。
「なんだ?」
「イオナ様が、私をお呼びになっているのです」
「イオナが?」
「はい。あの…ペットの…」
「グリフォンか」
「はい。イオナ様は私がドラゴンを使役できるのを知っておいでなのですが、何かを試したがっているようでした」
「そうなのか…」
母さんはいったい何を試したいのだろう?
「ラウルよ。わしらも一緒に行ってみようではないか」
「そうしますか」
「うむ」
そして俺達はカナデについて魔人が作ったイオナ用の厩舎に向かう。イオナ用の厩舎とはグリフォンやセルマ達がいる場所で、そこでイオナはグリフォンたちの世話をしているのだった。
「母さん!いる?」
「はぁーい」
厩舎の中からシャツとパンツ姿の、ブーツを履いたイオナが出て来た。
「あら?先生ごきげんよう。ラウルまでどうしたのかしら?」
「母さんがカナデに話があるって言うから、俺たちも来てみたんだ」
「そうなの?でも大したことじゃないのよ」
「わしらが居たら邪魔かのぅ?」
「そんなことはありませんわ、私はカナデさんにお願いしてみたかったのです」
イオナとカナデは、ほぼほぼ初対面だった。ファートリア聖都で初めて会って、この南の魔人基地に来るまでの短い間柄だ。親しくなっているとは思えなかった。
「カナデさん」
「はい」
「あなたはドラゴンを使役できると聞いたわ、それは間違いないのかしら?」
「はい、間違いございません」
「そうなのね。試しに私達の子を使役できるかやってみてほしいの」
「いえ!恐れ多い!イオナ様が可愛がっている魔獣を使役などと!」
カナデが二、三歩後ずさった。
「いいのよ。やってみて」
やんわりと強い意志で、半ば強制的に指示をだした。
「はい」
・・・・・・・
キョェェェェェl
グルゥゥゥゥウゥ!
ギャッギャッゥ!
イチロー、ニロー、サンロー、ヨンロー、ゴローが騒ぎ始める。もしかしたら使役し始めているのかもしれない。
「すみません…」
ところが、カナデは謝って来た。
「どうかしら?」
「使役出来ません。全く言う事を聞かないどころか、私を怒っているようです」
「そう…」
今のやり取りで何が起きたのか、俺も先生もよくわからなかった。
「カナデ、もしかして気を使って使役しないようにしたのか?」
俺がカナデの本心を聞きたくて尋ねる。
「いえ。本当に使役が出来ませんでした」
ドラゴンを使役できるのにグリフォンが使役出来ない?もしかしたらグリフォンって使役出来ないタイプの魔獣…いや、最初にグリフォンに会った時は敵に使役されていたから、そんなことは無い…どういうことだ?
「よかったわ。私ちょっと不安だったのよね」
イオナが微笑みながら、イチローを撫でた。イチローが気持ちよさそうに目をつぶっているが、他のグリフォンもイオナに対して頭を差し出して来た。どうやら俺も(私も?)撫でてと言っているらしい。
「どういう事?」
「私の可愛い子達が使役されたら悲しいじゃない」
「…それだけの理由?」
「そうよ」
「ふぉっふぉっふぉっ!あいかわらずじゃのイオナ」
「ええ、先生。今も昔も私は私です」
どうやらイオナは、自分が手塩にかけて面倒を見て来たグリフォンたちが、使役されるか試したらしかった。見事に使役を阻止して満足なようだった。
「どういうことでしょう?」
「分からないわ。とにかくこれで、この子達が奪われる事は無いわね」
「確かに、そうかもしれないね」
俺が肯定すると、気を良くしたのかイオナはセルマを呼んだ。
「セルマ!」
ぐもももも、がおがお
(なんでしょう)って言ってる。
「カナデさん。セルマにその力を使ってみて」
「はい」
・・・・・・・・・・・・・
「やはり無理です?」
セルマにも使役は使えないようだ。というか中身が人間なので、それが出来るとなるとカナデはホウジョウマコのように、人間を操れるという事になる。出来なくてよかった。
「それはそうよね」
「どうしてです?」
「いいのいいの、お呼び出ししてごめんなさいね。ハイラさん達の所に戻っていいわ」
「わかりました。ラウル様よろしいですか?」
カナデが俺に聞いて来た。
「いいよ」
俺が許可を出すと、カナデは厩舎を出て行く。セルマが唐突に俺を抱きかかえ、モフモフと撫でて来たのだった。作戦行動中だったこともあって、しっかりと触れ合っていなかったからかもしれない。
がおくぅがが、がおがおきゅー
(ラウル様はお元気でしたか?)と言っている。
「ああ、元気だったよ。セルマは母さん達を守っていてくれたんだね、ありがとう」
くるぐぅがおがおー
(なにを当たり前のことを)と言っている。
「そうだな。悪い悪い」
セルマは俺をぎゅっとして頬ずりしていた。それをグリフォンたちが羨ましそうに見ている。どうやら自分たちも俺に甘噛みなどをしたいらしい。だがべっちょべちょになるので、俺はセルマから離れないようにした。
「ふむ。これから分かる事は、イオナの力が使役魔法を上回ると言う事じゃな。ビーストテイマーもかたなしじゃて」
「そんなことはございませんわ」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ!やはりイオナはイオナよ」
「うふふふっ」
先生とイオナはいつものように笑い合っている。
しかし、どうしてカナデはグリフォンを使役出来なかったのだろう?イオナは使役しているわけではなく手懐けているだけだと言っているが、魔法を上回っているとでもいうのだろうか?
「……」
先生が考え込むように黙る。
「どうしました?」
「上回ればいいのじゃな。強い力でカナデがやっている事を再現できれば良いわけじゃ…うーむ。じゃが…」
だが結局モーリス先生は行き詰ってしまったようだ。
「先生」
イオナがモーリス先生に微笑む。
「なんじゃろ?」
「強い力というのなら、メリュージュがおりますわ」
「メリュージュ殿が…」
しばらく沈黙してモーリス先生が言った。
「カナデ嬢はドラゴンを使役しとったが、それは相互で力が作用しているのかもしれん。ドラゴンの魔石からの力が強ければ強いほど、使役の力も強くなる。まあメリュージュ殿を使役など到底不可能じゃろうが、その力を借りる事が出来れば何か道はあるかもしれんのう」
モーリス先生が何かを閃きそうだが、なかなかたどり着くことが出来ないでいるようだった。
「なるほどです…ですが、基地はかなり大きいですし…ましてや生物でもありませんよ」
「ふむ…蒸気を纏わせる原理が分かればいいのじゃがな」
とにかく、一朝一夕で出来る事じゃないのは確かだった。基地の防衛はもっと他の方法で探らねばなるまい。俺は他の方法が無いかと、再び思考をめぐらすのだった。
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