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第710話 ヘリ操縦訓練

瘴気を含む砂漠の砂が俺の頬を叩きつけていた。


「くそ!」


俺は頬の砂を払いながら悪態をつく。顔は煤だらけで、ゴーグルを外すと目の周りを縁取るようになっていた。俺はふてくされて胡坐をかく。


「大丈夫か!」


エミルが叫びながら近づいてきて、俺にハイポーションをふりかけた。不時着の衝撃で腕が折れていたのだが、そこがシュウシュウと音を立てて修復されていく。


「ああ、とにかく上手くいかない…」


危険や怪我した事より、上手くいかない事の方が悔しかった。何でこんなに出来ないのか…自分でも情けなくて仕方がなかった。


「そりゃそうだ。そんなに簡単にはいかないさ」


俺達の目の前には、破損して煙を噴き上げているMH-6 リトルバード 小型ヘリがある。


「もう、かれこれ半日やってるのに?」


俺はあまりにも上手くいかない事にぼやく。


「あのなぁラウル…自家用操縦士の資格を取るのに何時間かかると思ってんだ?」


「10時間くらい?」


「最低でも40時間以上の訓練が必要なんだよ」


「えっ!そんなに!?」


「それは、あくまでも個人用の場合だからな」


「個人用?じゃあ他にも何かあるのか?」


「事業用操縦士になるなら、最低150時間以上の訓練が必要なんだよ」


「そんなにか!」


「当たり前だろ!お前一日で飛べるようになると思ってたのか!」


「ああ」


「舐めてんなおまえ…ドクターヘリの操縦士になるなら、2000時間以上の飛行時間が無いと無理なんだぞ!前の世界で何年かかったと思ってんだよ」


「すっげえな!そんなに必要なのか?」


「三十歳を超えてやっとなったんだ。それでも早い方だったんだぞ」


「尊敬するわ…」


「…まあ…とにかく今日の今日で飛べるようになるかは分からんからな」


俺が立ち上がって辺りを見回すと、少し離れた場所にも壊れたMH-6 リトルバード 小型ヘリがある。そこではグレースが途方に暮れて座り込んでいた。


そして…


「あ、あれもダメだ…」


エミルが言うと、空からはオージェが操縦するMH-6 リトルバード 小型ヘリが落ちてくるところだった。


ゴシャァッ!


堕ちた。


「オージェ!大丈夫か?」


俺が心配になって駆け寄ろうとした時、


バゴーン!


MH-6 リトルバード 小型ヘリが爆発するように散って、そこからオージェが出て来た。どうやら心配する必要は一切なかったようだ。


「わははははは!無理だ!」


豪快に笑ってこちらに近づいてくる。オージェはグレースのそばを通りかかる時に、ひょいっ!と首根っこを掴んで連れて来た。


「猫じゃないんですから!」


「しょぼくれてるからだろ!」


「だって、難しいんですもん」


なんだかしばらく見ない間に、オージェとグレースが面白い事になってる。


どうしてここでこんなことをしているのか?それは俺達の作戦遂行のためには、絶対に稼働させるヘリが数機必要だと結論づけたからだ。そのため朝からヘリの操縦を見よう見まねでやり出したのだが、すでに全員がヘリを数機壊してしまっていた。


「二人も、ぶっつけ本番で出来るわけないだろ」


エミルが二人に近づいて、怪我をしているグレースにハイポーションをふりかけた。どうやらグレースも足を負傷して、動けなくなっていたようだ。それをオージェがひょいっと片手で持ち上げて連れてきたのだ。


「痛いし、僕はもう無理かも!」


グレースが弱音を吐く。


「おまえ、甘いんじゃないか?」


オージェが半笑いで蔑むように言う。


「はあ?僕はオージェさんと違って、弱いんですよ!そのうち本当に死んじゃいますって!」


「わるいわるい!」


オージェがグレースに謝るが、全然悪びれていないようだ。脳筋と頭脳派は、基本的に考え方が違う。


「みんな!とにかく気長に訓練しないと、飛べるようにはならないよ」


エミルが諭すように言った。


「へいへい」

「まあそうだろうな」

「分かりますけど…」


俺達はエミルの講習を一時間ほど受けて、手本を見てからすぐに単独飛行に移ったのだった。だが、そんなには甘くはない。もっと簡単に飛ばせるかと思ったが、ヘリの操縦はやる事がいっぱい有り過ぎて気を抜くと墜落する。


「てかさ、お前ら。一旦諦めた方がよくないか?」


うーん…エミルの言う通りかもしれない。すぐに作戦行動に移った方が良さそうな気がするが…


いま俺達はシン国と砂漠の境で、必死にヘリコプターの飛行訓練をやっていた。ここに来るまでに様々な対策をしてきたのだが、かねてよりの課題だったヘリコプターの重要性が浮き彫りになった。ヘリを操縦できるのがエミルだけでは機動性も悪く、作戦の幅が狭まってしまう。俺はそれを打開しようと思ったのだ。それで一も二も無く、前線に到着してすぐにやり始めたのだが…


全く上手くいかない。


「エミルよ。操縦訓練を諦めるってのもさぁ…。俺もグレースもやっぱり稼働するヘリが一機だけ、というのは限界があると話してたんだ」

「そうです。でもヘリの操縦がこんなに難しかったなんて思いもしなかった」


オージェとグレースも同じ意見だったようだ。だが次の作戦に移るために、何百時間も飛行訓練などしている余裕はない。


「北の大陸の状況は落ち着いたんだよな?」


話を変えて、オージェが俺に聞いて来た。


「ああ。北の大陸は恐らく問題ないだろう。強い魔人達を各地に配備して、兵器も十分置いて来てある。魔人の一般兵も大量にグラドラムから送られてきているし、更に魔人達もどんどん増えているようだ。基地の設置も順調だから、南よりずっと安全だと思う」


俺はファートリア神聖国の防衛対策の為、各地に魔人の配備をするように西部基地のニスラと、西部ラインのドラグに指示を出してきた。クレ、マカ、タピ、には魔人兵達の指揮を任せており、フラスリアのマズルには、もっと各地に魔人達を平均的に配備するように伝えている。ファートリア聖都のコンクリ詰めも終わったのでここに来ているのだった。


「それで到着次第、ヘリの訓練とか…無理が無いか?」


エミルが考えを改めさせるように言ってくるが、俺はやはりヘリの重要性は高いと考える。


「だけどなエミル。ここまでの経緯から考えても、ヘリの優先順位は一番だと思っているんだよ。何としてもヘリを数機稼働させないといけないんだ」


「それなら俺がフル稼働で何とかすればいい」


「いや、隊を分ける事を考えればそれじゃダメなんだよ」


「…まあその通りだがな…だけどすぐには無理だ。それが分かっただろ?」


「まあそうだな…」


「なら…」


「もっと超簡単に乗れるようになる方法は無いのかよ?」


「だからねえよ!お前達は精霊も扱えるわけじゃないしな。そんな簡単な方法があるんなら、俺はすぐに伝えていたさ」


確かに。


俺達が話をしていると砂嵐が酷くなってきた。どうやら砂漠が荒れだしたらしく、俺がゴーグルをつけると他の三人もゴーグルをつけ直した。こんな砂嵐の中でヘリを飛ばすなんて、俺達には無理だろう。


「ラウルよ。こうなってくると、この砂漠はもうだめだぜ」


オージェがお手上げの姿勢を取る。ずっとここで待機していたので、気象条件はオージェ達の方が詳しい。


「そうです。さすがにもうやめましょう」


グレースも俺に諦めるように促してきた。ここまで言われてしまえば、一旦ヘリの訓練は中止にせざるを得ないだろう。だが俺には一つだけ…諦めきれない理由があったのだった。


パラパラパラパラパラ


砂漠の空に一機のMH-6 リトルバード 小型ヘリが飛んできた。


「エミルさあ…あれは一体なんなんだよ…」


そう、俺が諦められない理由は、あの一機のヘリに原因があった。俺達がいくらやっても出来なかったのに、どうしてもおかしい。エミルがここに居る以上は、あのヘリは他の誰かが飛ばしている事になる。もちろん訓練し始めた時に居た、もう一人だから俺達は知っているのだが…


「彼女が、なんで飛ばせてんのか分かんねえ…なんだろうな…俺には説明できない」


エミルが首を捻る。


「彼女が出来るんなら、俺達も出来るはずだろ?」


「そんな事言ったって、一回の講習で飛べるようになるなんて思わなかったんだよ」


MH-6 リトルバード 小型ヘリはご丁寧に、少しずつ高度を降ろして俺達の傍らにふわりと着陸をした。エミルは着陸が難しいとか言ってたが、容易く着陸して来たのだった。この砂嵐の中をだ。


「おっかしいなあ…」


エミルが頭をひねっている。


ヘリの横から、人が飛びおりてこっちに走って来た。


「ラウル様!」


手を振ってくるメイド姿のその人はマリアだった。マリアはたった一回の講習で、ヘリを見事に飛ばしてみせたのだった。俺達のプライドはズタズタに引き裂かれていた。


「マリア。問題ないか?」


俺が聞く。


「そうですねぇ。まだ急上昇や急降下には慣れませんね」


「はは…そう…」


マリアはイメトレでもするように、操縦桿を操作するようなしぐさをしてみせた。


「マリアさん。気流が乱れたと思ったのですが?」


エミルも不思議そうに尋ねる。


「なんとか調整する事ができました」


「…ああ…そうですか…それはよかった」


「はい!」


ゴオオオオオオ!


砂嵐が強くなってきた。


「一旦、基地へ戻ろう」


「そうだな。その方が良い」


「ヘリコプターはどうします?」


マリアが聞いてくる。


「この暴風ではもう危険だよ。とりあえずヘリは捨てて、あれで行こう」


俺はこの場所まで乗って来た、8輪装甲車ボクサーMRAVを指さした。


「はい」


そうして全員で、8輪装甲車ボクサーMRAVに乗り込むのだった。あっという間に視界が悪くなり、俺達はすぐに魔人軍基地へと車を出発させる。


しかし…不思議だった。マリアって一体何なんだ…、拳銃を渡せばそれを昇華させピストル格闘を編み出し、スナイパーライフルを預ければ超ロングスナイプを決める。車両を運転させれば難なく使いこなし…挙句の果てにはヘリコプターをいとも簡単に操縦して見せた。


「マリアって、凄いよな」


「そんなことはありませんラウル様。皆様にはもっとすごい能力がございます」


「いや…」


俺達四人は言葉を失った。


俺は魔神を受体し、龍神オージェと虹蛇グレースが特別な能力と体を持っているのは確かだった。その俺達が出来ない事を、このマリアはただの人間なのにこなしてしまうのだ。ヘリの操縦なんて、魔人達にだって出来るやつは居ないというのに飛ばしてしまったのだ。


【超天才】


そんな言葉が頭に浮かんだ。例えばカーライルには戦闘において天賦の才がある、しかしそれは人間の域を超えた修練と、『血のにじむ』などという表現では生易しい究極の努力で成しえているものだ。だがマリアはそこまでの修練を積まなくても、ある程度自分で消化し更に工夫してより高みに持っていけるのだ。これを超天才と言わずしてなんと言ったらいいのだろう?


「皆さん、どうしたのです?私はとにかくラウル様のお役に立ちたいのです。魂の底からそう願っているだけなのです」


少し大人しくなってしまった俺達に、マリアは優しく言うのだった。


「マリア…ありがとうな」


「いえ。私のお仕事ですから」


いやいやいやいや!普通のメイドの仕事をはるかに超越してると思うし、どう考えても戦闘メイドっといった感じだろう。それなのに料理も裁縫もめっちゃうまいときたもんだ。俺は彼女がサイボーグなんじゃないかと思えてくる。


「マリアさん」


オージェが口を開いた。


「なんです?」


「あなたは世が世なら、世界の頂点に立ったかもしれない人間だと思いますよ」


「はあ?決して!そんなことはございません!オージェ様は何をおっしゃるのですか?世界の頂点に立つのはラウル様です!」


「うーん、それとも違う話なんだがね。確かにラウルも凄いとは思うが、ただの人間であるマリアさんはその想いだけで超常的な能力を発揮しているみたいだ。俺達にはそこまでの想いが無いのかもしれない」


「そうでしょうか…私にはよく分かりません」


今度は運転していたグレースが話し出す。


「僕らがいた前世なら、絶対に億万長者になってるタイプだと思います。それか何らかの分野で、必ず世界の頂点に立ったと思いますよ、というよりも前世の偉人にこんな人がいたかどうか…」


「生まれながらのってやつか…」


「ええ」


とにかく機動力の確保という意味では、マリアはそれを成しえる能力を持っていることが分かった。今までチャレンジをさせてこなかったが、もっと早くからやらせておけばよかったと俺は後悔するのだった。ヘリの訓練をするときにマリアが手を上げたのには驚いたが、彼女にはそれが出来ると確信めいたものがあったのだろう。


「基地が見えて来ました」


グレースが言う。俺達の目の前には、巨大な魔人軍の基地が見えてきたのだった。俺達が、北の大地を駆け巡っている間に出来上がったとは思えないほどの規模だった。砂漠の砂はここには届かず、相変わらずシン国と砂漠の境目を囲っている結界は正常に働いていることが分かった。


8輪装甲車ボクサーMRAVは魔人軍基地の門をくぐるのだった。

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